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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
妊婦連続殺害事件
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妊婦連続殺害事件 7

 視界を埋めるような広い空を汚すように黒煙が昇る。まるで画用紙にぶちまけられた絵具だ。

 散り散りに飛んでいく小さな無数の点。一拍遅れて頬を叩く爆風。爆心地はきっと建物が無くなっているはずだ。

 いや、それよりも、なによりも、注目するべきものが、レナートの目に映る。正確に言えば、視認したわけではなく、肌で感じたのだが。

 黒煙と共に、舞い上がっていく——魔力。

 おかしい。レナート達はP-1が示した場所に向かっていた。魔力が多い場所に、向かっていたのに。

 どうして、反対から?

 ——囮だ!


「ユイ先生、ルカ君はあそこにいます! P-1さんのは罠です!」

「マ!?」

「どうしますか? あそこに行きますか?」


 分かり切った答えを聞く。


「行くに決まってんだろ!」


 案の定ユイは想像ついた返事をして、箒を出すように指示した。

 空気中の塵から箒に変換し、ユイを乗せてから跨る。


「急発進で行きます。口を開けないでください」


 それだけ言って、箒を発進させた。急激に上がる速度に合わせて頬を叩く風が鋭くなる。ユイの眼鏡から下を手で覆う。自分の手を変換してユイの顔に鎧として装着させても驚かせるだけだろう。レナートは自身の顔の一部を鎧に変換することは慣れたから変換したが。

 『低空流星』とフランチスカやユリアンに馬鹿にされるほど上手とは言えないレナートの飛行だが、目的地に一番速く到着できるのだ。

 爆心地に近付くにつれ、周囲の悲鳴や建物が崩れる音が聞こえてくる。

 それらを流しつつ、目的の場所まで急ぐ。

 ——見えてきた。

 恐らく中心にいる人物を視認した瞬間、箒から手を放してユイを抱きかかえる。同時に消えた箒にユイが息を呑む音が耳元で聞こえた。

 靴を何度か地面に接触させ、前に進む体を摩擦で止める。レナート達が地面を滑るように止まった時、その人物はゆっくりとこちらを向いた。

 最初、誰だか分からなかった。体格的にルカではないことは分かる。大人の体だ。でも誰だか分からない。

 理由は明白。全身が焦げているからだ。誰だか思案している間にも、彼の服は燃えていて肉を焦がし続けている。

 ——いや、誰だか分かった。

 むしろ、何故すぐに気付かなかった、と自身を責めるべきだった。

 彼から少し離れた場所に、この爆発の中心にいながらも、無傷の馬車があることに。


「お久しぶりですね。おねえちゃん、おにいちゃん」


 状況把握に努める彼らの耳に決定的な材料が流れ込む。

 想像できていたけれど、聞きたくなかった声が。

 炎で橙色に染まったユイの唇が、声の名を呼ぶ。


「ルカくん……」

「来るだろうと思っていました。ハデなことしたな~、て自覚はあったんで」


 灰色の髪から覗いて見える緑色の瞳が、炎に反射して宝石のように輝く。

 歪みが全く見えない笑顔を、二人はただただ見つめる。


「ユイ先生、この人は……」

「分かっている。あの御者だ」


 こちらに体を向けたまま動かない黒い人間に、ユイは近付く。ジャケットの内ポケットから煙草を取り出して左手で挟みながら。

 レナートは動かない。下手に動いてルカに警戒されたくない。ユイが歩いている周辺の地面は既に変換対象内だ。対応できる。

 傲慢でも、慢心でも、油断でもない。

 あの戦争による経験による、事実だ。


「あのとき私達に語った妊娠や出産に対するきみの感情は、嫌悪と憎悪しかなかった。御者という行動が自由な立場だから疑っていたが……」


 彼と向き合うように立ち止まったユイの顔が、馬車に向く。


「守ったんだな。彼らを」


 視線の先にある馬車には、ルカが狙っていて、御者が死ぬ気で守った者がある。それだけは、確信できた。

 ユイの目が御者に戻る。


「疑って悪かった」


 そう言われた御者の鼻は落ち、眼は溶けて、唇は他の皮膚と同じように真っ黒で同化している。

 ただの真っ黒な『影』だった。


「後のことは、私達が引き受ける。

 だから」


 焼けた御者の胸に煙草を押し付ける。火は出ていないが、燃焼し続けている肌と触れた煙草から煙が出る。

 煙を確認したユイは、その煙草を、口に運んで、深く吸った。

 ユイの唇から勢いよく煙が出る。


「——あとは任せなさい」


 ユイの言葉を聞いた瞬間。

 張り詰めた糸が切れたように、影は粉々に割れた。

 骨すら残らなかった。いや、あるにはあるのだろう。ただ、他の肉と同じように真っ黒で見分けがつかない。

 そこまで炭化していたら、肉なんて蒸発していて無くなっているはずだが——。

 ——後を託せるまで、意地でもここに残っていた、ということか。


「うっわ~。死体をやいた火でタバコ吸ってる……ありえな……あなたの品性どうなってるの?」


 常識外を見たようなルカの反応にユイは何も返さない。返す価値もないと思っているのだろう。

 レナートは、ユイの行いを常識外ではあると思っているが、おかしいこととは思わなかった。

 ——自分達も、そうして弔った側だから。

 そういった想像が足りないところが、子供という事実を確かなものにさせた。

 六人の妊婦と、一人の人間を殺した連続殺人犯なのに。


「そっか。きみ、子供だったな」

「事実をケンカ売るための道具に使わないでくれます?」

「事実を口にしただけで喧嘩扱いか。被害妄想も過ぎれば自傷と変わりないぞ」

「先生、一桁くらいの子供に自傷という言葉は難しすぎます」

「む。じゃあ言い換えよう。リスカと変わんないぞ」

「リス科?」

「パイに出てくる具材じゃないよレナートさん」

「ぼくを馬鹿にしないでくれます? 自傷という意味くらい知っています。

 よく命令されていましたから」


 シンシ教育について語っていることに、気付いた二人の口が閉じる。


「ぼくの行ってきたこと、て悪いことなんですってね。ひどいですよね。

 ——あの子達を助けて、仇を取ってあげたのに」


 ルカの小さい口から出た言葉は、自供だった。

 その言葉が、どういう意味を持つのか、この子供は分かっているのだろうか。

 ルカは、自分が殺人犯だという事実をこれ以上ないものにしたのだ


「だって、親って自分の理想を押し付ける生き物でしょう? そうして死んだ同士を何人も見ました。

 あの村、子供の数がそんなに多くないのは、理想の過程で何十人も子供が死んだからです。

 あの警察さん達。畑の下を見て驚いていましたよ」

「——畑の肥やしにしたのか。梶井基次郎から上品さと浪漫を抜きとってカスしか残らなかったようなクソの極みの表現だな」

「誰の話をしてるの?」


 本当に誰の話をしているんだ。


「二人とも表情を一致させないでくれる?」

「おねーさんが意味わかんないこというからじゃん」


 ルカの意見に同意する形で頷く。


「レナートさんにはあとで教えるけど、きみに教える道理はないな。きみは、ここで捕まるんだから」


 翡翠色の目が、輝いた。

 ユイの目の前に分厚い壁が三重に並ぶのと、ルカの目から光を放たれたのは全く同時だった。

 いや、光の速度を考えたらルカが一歩遅かった。

 可視化できるほどの魔力密度が濃い光線。まともにくらえば一瞬で肉体は蒸発する。


「三重にしといてよかった」

「おにーさんの発動速度おかしすぎでしょ。魔術の詠唱なしでどうしてぼくより速く展開できるの」

「戦争に出れば分かりますよ」

「子供だからってぼくを馬鹿にしないで。魔族を殺した程度で極められるものではない、てことくらい特異魔術は複雑なのは分かっています」


 その魔族を殺した程度で、できるようになったんだ。


「お喋りする暇、あるんですか?」


 自分の口から出たのは、相手への警告だった。足から地面に干渉し、ルカの足を貫く棘を生やすよう地面に変換指示を送る。

 警戒の外からの攻撃だったのか、ルカの足はあっさり貫かれた。ルカは眉一つ動かすことなく足から棘を抜いて魔力で防ぐ。

 円状に光るルカの足。

 ——痛覚が痛覚として機能していない。従軍者特有のズレっぷりに近い。手加減したらこっちが簡単に死ぬな。

 地面から無数の矢を生やし、ルカを襲う隙にユイの前まで移動する。ユイを背にして庇うように立ち、上下左右前後全方位警戒する。

 もちろん、御者が死んでも守った馬車に対する守りも怠らない。

 背後のユイ。隣の馬車。目の前のルカ。

 処理すべき情報が多すぎる。脳味噌一個じゃ足りないぞ。

 上空にルカの気配。左手の人差し指を上に差す。指先が金属状の物になり、上へと伸びていく。

 もちろん相手は避けるだろう。だから途中から無数に枝分かれさせて逃げ道を塞ぐ。光が枝を避けるように飛んでいる様子は、ただ逃げているだけなのが丸分かりだ。

 そこは、まだ子供だったようだ。

 髪の毛を一本抜いて、空中に放す。風に吹き飛ばされた髪の毛は、一本の矢のように鋭いものになってルカの元へ一直線に飛んでいく。

 細くて鋭い一撃は、ルカの太腿の肉を抉った。腹を貫くつもりで撃ったのだが、変換した魔力に反応したようで、致命傷を避けられてしまった。ただ、飛べなくなったのは確実だ。

 地面に落ちたルカを見下ろす。ようやく、自分が落ちるように誘導されていたことに気付いたようで、前髪の隙間から見える緑の目には怒りの感情しかなかった。

 ——まだ、こちらを殺す気概がある。

 ルカの魔力。ルカの精神。ルカの戦闘能力。

 もう少し早く生まれていれば、あの戦争で名を得るくらいの活躍はできていたかもしれない。そうすれば、あのとき死んでいった戦友達が、今も生きていられたかもしれない。


「……全て、たらればだ」


 剣を抜く。まずは足を斬り落として死なない程度に血を流させる。魔力は可視化されていない血液。故に血を失えば保有している魔力もなくなる。

 ——事件の犯人として、逮捕させるためにも、ここら辺の調整はしないとですね。ちょっと面倒だけど、やるしかない。

 後ろにいるユイは何も言わない。自分のやることが止めていいものではないと分かっているようだ。


「動くと面倒なので、そのままでお願いします」


 剣を皮膚に当て、どこまで切るか検討する。膝より少し上でいいか。血が出てればいいんだし。

 狙いを定めて、振り上げる。


「——て、————」


 ルカの唇が何を紡ぐ。呪文を警戒し、地面に干渉する。だが、周囲に変化はない。

 何を言いたいのか、レナートは動かず、ルカの言葉に集中する。


「ど……し、て……あのとき、きてくれなか、たの……」


「ずっと、まってた」


「おか……さん、が、ぼく……ぉ、てをひ……ぱる、ま、で」



「あのいえで、ずっと、まってたのに」



 髪の毛が落ちてる。

 荒れていない部屋。

 盗られてない荷物。

 入られただけの家。


 レナートの目の前にルカはいない。あの村で借りた家の中が、視界に映っていた。

 自分達があのとき、ロートと話をしている間、この子は。


「あの家で、私達を待っていたのですか……?」


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