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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
妊婦連続殺害事件
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妊婦連続殺害事件 6

 空気が揺らいで、一人の青年が姿を現す。馬車の中に彼の気配はなかった。馬車の後を走って追いかけたのだろうか。



「——P-1」


 ユイの口から彼の呼称が出る。彼の存在に戸惑う


「彼、単身飛行を一発で合格したんです」

「人としての情も欠片も何もないくらい厳しすぎて容赦ない試験官が多いあの試験を、一発で?」

「言い方ぁ……。彼、その魔力調整が物凄く上手いんですよ。P-1、あの御者を尾行して、動きがあれば連絡しろ。人死にの危険性があった場合、連絡より先に被害者の保護を優先しろ」

「承知いたしました」


 P-1は一礼するとそのまま姿を消した。途端に彼の行動が読めなくなる。魔力操作が長けているのは本当のようだ。これは個人の努力ではなく、天性の才能と言うべきかもしれない。

 ——先生にあんなことしなければ、解析魔術師として働いていたかもしれないのに……。

 本当、馬鹿なことをしたな。


「さ、私達はドムズノツで情報を集めましょうね」


 孔雀青のヒールの爪先が目の前の建物に向く。

 目の前にあるのは円錐型の屋根がよく似合う白い建物。『ドムズノツ』は宗教施設である教会と併設していた。




「レンカ君ですか?」

「はい。行方不明になったけど捜索をやめるよう子供達が進言した、という話を聞きまして」


 ユイの質問に対応したのは若い女性だった。信仰に準じる者らしい格好をしていた。肌という肌が顔以外全く見えない。


「あの御者、余計なことを……」


 舌打ちをして送ってくれた御者を罵るその顔は信仰者に相応しくない顔だったが。


「その反応を見る限り、本当だったとみなしていいのかな?」

「ええ……まぁ、問題の多い子だったのは事実なので」


 長く赤い睫毛を伏せて話す姿は当時を思い出しているのだろう。当時の状況が涙となって零れ落ちるような錯覚が起きるくらい、苦労が滲み出ていた。


「よく光る子で……文字通り光るんです。体の中にある魔力が暴走してずっと光ってました」

「それだけ魔力が多いと魔素と共鳴して暴走しそうだが……そういったものはなかったのか?」

「ありませんでした。むしろ、光るだけで済ませるように常時魔力を調整していましたよ。

 能力面だけ見れば、かなり優秀な子でしたけど……性格はかなり難のある子でした」


 当時を思い出しているのか、女は長い溜息を吐いた。それだけでどれほど大変だったのか窺い知れた。

 だがレナートは、話を聞くだけでかなりの魔力量を持っていることが察せられるその子供が光るだけに抑えた、という事実注目した。

 ——常に暴走状態だった魔力を外に出さず、発光だけで抑える。大の大人でも制御が不可能に近い、魔力を? 魔術展開に必要な魔力出力を調整するのとは訳が違うんだぞ。

 訳が違う、どころではない。

 次元が、違う。

 目の前の女は、どれだけおかしいことを子供がやっていたのか分かっているのだろうか。

 レナートの反応から異常だということに気付いたのか、ユイは早速本題に切り込んだ。


「そんなに優秀な子が捜索を止めるように年長が進言するって……どんな子だったんだ?」

「……常にこちらに対して壁を作っていました。定期的に魔力を吐き出させる装置を渡しても、視線だけで壊しては、他の子供達とよく揉めていました。揉めていた子が、探さないでくれ、と言っていた子です」

「視線だけで壊すとかやっべーじゃん! ヤバすぎてウケる~。ハッハッハッ!」


 豪快な笑い声が廊下に反響する。反響し過ぎて更にうるさくなっている気がする。声量を抑えてくれ。


「何がおかしいんだよ!」


 ほらみろ子供が反応して怒鳴ってきた。

 ——子供?

 怒鳴り声を見れば十を越えたばかりの少年がこちらを睨んでいた。その手には魔術行使用である杖が握られている。

 剣に手を伸ばさず、視線だけ少年に固定する。どう見てもこちらに敵意や殺意はない。せいぜい威嚇用だろう。

 だがレナートは決して油断しない。

 戦争時代、人間の戦争孤児を洗脳して自軍に引き込んで自爆用の爆弾にする。そして避難民として人間の軍が保護した瞬間爆破させてこちらに甚大な被害を与えた魔族側の戦略を知っているから。

 必要があれば老若男女子供赤子妊婦構わず殺す。そこに覚悟はない。

 必要なことに、覚悟はいらない。

 ——戦争に行っている者なら全員、それができる。


「あんな生き物! 気にする価値なんてないよ!」

「随分な言い様だな。何か嫌なことされたのかい?」

「俺はされてないよ。でもあいつのせいで傷付いた子がいた! だから俺は探さないで欲しいって頭を下げたんだ。このままここにいたら、あの生き物は絶対俺達を殺す!」


 ——本当に随分な言い様だな。殺そうとする場面でも見たのか。

 隣の女は何も言わない。心当たりがあるのだろう。


「誰を傷つけたんだ?」

「二歳の子供だよ! 事故で両親が死んじゃったからここで引き取って育ててたんだ。

 そいつに魔力をぶつけたんだ! 常に光っているアイツが! そんなことをしたらあの子は本当に死んじゃう!!」

「どうしてそうしたのかは聞いているか?」


 感情が高ぶって怒鳴る少年に対し、ユイは静かに質問する。ユイの淡々とした態度に、少年も落ち着いてきたのだろう。

 呼吸を整えて、ユイの質問に答えた。


「……可哀想だから、て言ってた」


 ——何だそれ。

 表情はそのままで心の中だけで呆れの色を出す。ユイはレナートの心情を正確に読み取ったようで、レンカがどうしてそう言ってきたのかを聞いてくれた。


「まるで、生きていることがこの上なく辛いみたいなことを言ったんだね?」

「……アイツは、あの子を助けるみたいにやっていた。ここに来るってことは訳ありなのは分かる。でも、あれを許すわけにはいかない」


 だから、捜索中止をお願いしたというわけか。

 そんな独りよがりの善など迷惑以外の何物でもない。彼の願いはもっともだったというわけだ。

 ただ。

 ——その思考、どっかで見たことあるな……。

 戦争ではない。そこまで昔ではない。本当に、最近ともいえるような感覚だ。どこだったか、レナートの思考が記憶に浸る。


「レンカくんの写真とかありませんか。言葉だけじゃちょっと想像しにくい」

「入園のときの書類でよければございますよ」

「それを頼む」

「すぐに用意しますね」


 お前は上司か何かか。

 ——ユイ先生ってナチュラルに上から目線で頼むところがあるよな。本当に普通に言うから自然と受け入れちゃんだけど。

 去っていく女性を一瞥してユイは少年に声をかける。


「そこの坊主」

「……んだよ」

「貴重な情報提供ありがとう」


 少年の緑色の目が大きくなる。言われたことがかなり意外なことのようだった。


「こう見えてユイ先生は感謝を言える人間なんですよ」

「おいお前今私に凄い喧嘩売っているの分かっているのか?」

「私ももちろん、お礼を言えますよ」

「何で急に自己紹介した?」


 少年は半目でこちらを見た後、溜息を一つこぼしてこちらに背を向けた。なんだその態度は。

 ユイがこちらを見上げて何か言いたそうにしているが、何が言いたいのかさっぱり分からない。どうしたんだ何があったんだ。

 ユイのポケットから振動音。先程アスクレピオスが電話をかけてきたが、それに関することだろうか。


「もしもし。きみから掛けてくるなんて珍しいね。……あぁ、その話はアスクレピオスくんから聞いているよ。それがどぅ……——それは本当か?」


 今日は先生の地声をよく聞く日だ。

 ——先生にとって何か驚くような情報がこの電話にはあったようだが……一体何だ。

 ユイは一言二言言葉を交わした後電話を切る。切ってから数秒も経たないうちに携帯をまた耳に当てる。


「私だ。今からダチュラから貰った資料を送るから、その人物達について至急調べてくれ。ダチュラの方でも調べているらしいが、正直言って手が足りん。

 調べて欲しいのは彼らの現在の名前と住所……住民票ではない。今いる場所だ。その二つでいい。それ以上はきみの魔力がもたないだろう。頼んだぞ」


 電話を切って携帯を無言で操作する。

 何があったか物凄く気になるし、興味があるのだが、ボタンを打つ表情が真剣過ぎて話しかけられない。

 また携帯を耳に当てる。


「私だ。PPが動く。契約を守れ」

「私だ。フランさんの護衛を離れて、PPの指示を待て。場合によっては戦闘になる。準備はしておけ」

「私だ。御者の監視は一旦やめだ。この町の魔力反応を調べてくれ。大至急」


 一通りの指示を出して落ち着いたのか、ユイは深く息を吐き出した。


「……何があったんですか」

「あの人が持ってくる書類を見てから話します。恐らく書類に載っている顔は、私達が知っているものだ」


 その言葉を待っていたかのように女性が書類を持ってきた。物陰から様子を見ていたのか、と聞きたいくらい絶妙な機会(タイミング)だった。

 女性に礼を言って受け取るユイ。読み進めていくたびに書類を持っていない手から固く握りしめる音がする。書類にしわを作りたくないからだろう。

 書類を読み終えたのか、こちらに無言で差し出される。失礼、と断りを入れて拝読する。

 ユイが手を握り締めた理由が、分かった。

 レナート=R・ワレンチンは、この子供を知っている。


「……この子には、母親がいたはずです。どうして、ここに入ったんですか?」


 二人の空気の変化に気付いているのか、気圧されつつも女性は答えた。


「……行方不明になったんです。他に保護者や身元を保証する者がいなかったので、引き取りました」

「その母親。もう死んでいるな」

「えっ」

「レナートさん、行くぞ。戦闘の準備をしておいてくれ」


 女性に一礼して足早に去る。レナートも目礼だけしてユイに続く。

 ドムズノツを出てもユイは止まることなく歩き続ける。目的地が決まっているのだろうか。

 出てきた教会が掌分の大きさになったタイミングでユイに話しかける。


「先程の電話……デバッド村と関係あるんですか?」

「さっきの電話……ダチュラさんのか。アスクレピオス君の事件の捜査を担当しているんですが、被害者がデバッド村の出身だったんです。それも、ジュードに攫われた元シンシ。

 ロート君の一件の後、個人的に調べていたみたいで、故に早く特定できたそうですよ」

「死ぬまで村を騙しきったジュードが一人の警察ごときで特定されるようなことするんでしょうか」

「ダンタリオンの力でも借りたんじゃないか?」

「雑ぅ……」


 だがこれでユイが一つの仮定を立てたことが分かった。この事件の犯人はデバッド村の出身であるシンシ候補である可能性が高いという仮説を。

 動機なら何となく想像がつく。あの村は祀っている妖精の生贄としてふさわしい存在になるように拷問紛いの教育を赤子の頃から行っている。ダチュラ達警察の調べによると、生存本能の増強として腹を割いて腸を晒させ、魔力が増えて自力で閉じれるまで放置していたらしい。こんなのは序の口で、調べていく過程で警察の何人はしばらく使えなくなったそうだ。

 あそこは妖精至上主義で、そのためならなんだってする村だった。

 ——いや、あれは常識とか倫理、道徳が全く異なっていた。あれは……——異世界だ。

 そんな教育をされていたら、トラウマなんて生易しいもんじゃない傷がつく。

 この世界の常識を知ってしまった者達にとって、妊娠は一種の悪だと認識してもおかしくない。

 シンシ候補なら魔力量は折り紙付き。魔力で強引に腹の子供を引きずり出すことができるし、魔力勝負で圧し負けるなんてことはない。

 何より、魔力量が多ければ多いほど、他の魔力を探知できる。

 丁度、魔力が常時暴走していた子がここにいた。

 ユイとレナートと一緒にミートパイを食べた子が。

 ——お腹の子が、可哀想だから、助けたんですか。


「ルカくん……」

「可能性として限りなく高いだけで、犯人なわけではありませんよ」

「ですが、全ての……特に四つ目の事件の内容がある程度推察できます。彼女は子供を守るつもりで家に入れたんです。

 襲われたことで子供の正体が分かったから、彼女は慌てて外に逃げた。あの魔力が暴走した結果、建物が倒壊しかねませんから。そして魔力の圧し合いになって、負けた」

「他の被害者も、似たようなものでしょうね。……でも、確定したわけじゃない。

 P-1が今彼の居場所を探しています。常時光るような魔力量なら、彼の感知から逃げることはできない。まずはあの子を捕まえてからだ」


 携帯の画面を見ながら、前後に動く足を速くするユイ。

 村を潰された彼、ルカがどうしてここにいるのかは何となく分かる。魔力の暴走は周囲の魔素との調和失敗によって起こるもの。人が多い場所は魔術がよく使われるから魔素が少ない。だから人が少ないこの町に住むことになったのだろう。他の住民も、この様子だと似たような土地で上手く誤魔化しながら生きているかもしれない。

 ——いや、あの羽虫思考ではすぐに死ぬだろ。他者と関わる社会性がひどすぎる。


「P-1さんのところに行くのですか?」

「ああ。話を聞く必要があるからね。動機や状況を見てもルカくんが限りなく黒に近いが、証拠がない。まずは、彼を捕まえないと——」


 ユイの言葉が、途切れた。正しく言うならば、聞こえなくなった。

 はるか後方からの爆音によって。

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