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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
妊婦連続殺害事件
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妊婦連続殺害事件 5

 確かにこのような簡素な田舎町なら、通院の方法として使われてもおかしくない。妊娠を知る手段としては妥当だ。

 辻馬車に座っている御者に孤児院『ドムズノツ』の場所を聞けば、ここから馬車で三十分かかるという。馬車で三十分なら相当だ。徒歩だと倍以上の時間がかかりかねない。ましてや自分達は土地勘がない。二時間くらいはかかると見てもおかしくない。

 ユイがこちらを見上げる。馬車に乗っても大丈夫か確認したいのだろう。馬車に乗った方がはやいから。

 レナートは足裏に集中する。

 この町についてからレナートは、自分の靴底を足裏の皮膚の一部に変換し、半径五メタの地面の情報に干渉している。変換を行う前の下準備。変換せずに干渉だけの場合だと繊細な魔力操作能力が必要になるから疲れるのだが、慣れると敵の位置情報などを掴めるから非常に便利なのだ。初めての配属された当初は偵察部隊として相手の情報を探っていた。

 当時のレナートの特異魔術の効果は『干渉』だったから。

 御者の顔を見る。人の良さそうな笑みを浮かべている壮年の男性は黙ったままこちらを見ている。

 ——干渉した結果から見て、魔術的仕掛けや物理的仕掛けはない。乗って問題はないでしょう。

 先に乗って安全を確認。干渉で知っているとはいえ、目視で確認することも重要だ。


「どうぞ」


 安全確認終了。

 ユイに手を差し出して乗っても大丈夫なことを伝える。ユイはレナートの手をとって馬車に乗る。二人が乗ったことを確認した御者は馬を鞭で叩いて動かす。徐々に早くなる馬車に揺られながらレナートはこれから向かう孤児院について御者に聞く。


「私達が今から向かうドムズノツ、てどんなところなんです?」

「簡単に言えば、孤児院ですが……聞きたいのはそういうことじゃないんでしょう?

 親を亡くした子供はまず最初に預けられる場所ですよ。こんな田舎ですからね。孤児院と呼べるものがそこしかない、というのもありますが」

「最近入った子とかいないのか?」

「個人情報に当たるので、そこは知りません」


 予想できた答えみたいで、やっぱりな、と言わんばかりに背もたれに寄り掛かった。


「あぁ、でも……逃げた子がいる、て少し話題になりましたよ」

「どんな子だ?」

「さぁ……周囲に馴染めなかった子みたいですよ。よく魔力を暴走させて怪我させていたみたいですから」

「こんな人が少ない土地でか?」

「他所と比べると多い方ですからね~」


 翼の英雄の死の一件以降、悪印象がついてしまった北路線。利用する者も、近辺の町に住む者も少なくなっていった。

 魔術を使う人が多ければ多いほど魔素は少なく、少なければ魔素が多い。この町の条件から考えれば魔素は比較的多い方だ。魔素生成の自然はあまりないが、人口が少ない。暴走なんて、そうそう起こらないと考えていいくらいだ。


「その人の魔力が、よほど多かったのですね」

「みたいですよ。捜索のとき、私も駆り出されたのでよく覚えています」

「だからその子に関して詳しいんだな」

「人となりは全く知りませんけどね。周囲から歓迎されていないのは覚えてますよ。

 探さないでくれ、て懇願していましたからね。年長組全員が、施設職員に頭を下げて。

 あれは……異様でしたよ」


 思わず息が止まった。

 年長組がどのくらいの年なのか知らないが、子供達の中では責任ある立場にいるのは確かだと思っていい。

 ある程度の分別や責任がある年長組が、捜索しないよう懇願した。

 ——何かがあったんだ。その子と、彼らに。


「これは気になっちゃうな……。園ではマリィちゃんとその子を中心に聞きましょうか」


 ユイの提案に異論はない。


「そうだ。きみは最近起こった事件で何か知っていることはないか?」

「最近? 何かありましたか?」

「嘘だろきみ御者なんだよな?」


 妊婦連続殺害事件を全く知らないような口振りに、ユイの口から余所向けではない地声が出た。地声は出なかったが、驚く気持ちはレナートも一緒だ。六件も出ているのに、何でそこまで無反応なんだ。


「ああ……妊婦さんの。私の中じゃ、日常茶飯事なので無視してました」

「どんな環境で生きてきたの?」


 御者の目尻のしわが二つ、増えた。


「ストリャルドです。私、あそこで生まれたんですよ。死体なんて日常茶飯事過ぎて、全く気にしていませんでした」


 自分の故郷の名前が出てきた。しかも、年齢的に考えて知恵の魔女が来る前のストリャルドで生まれ育った。

 ——自分がいたとき以上に過酷な環境だったはずだ。いや、はずじゃなくて、だった、が正しいか。


「奇遇ですね。私もストリャルド生まれです」

「ほぉ。でも、年齢的に見て……白い花街時代の生まれでは?」


 常に伏せられていた瞼が上がり、灰色の瞳がこちらを見る。濁った水溜りの底にも見えるその灰色には、こちらに対する敵意があった。

 白い花街。それは知恵の魔女がストリャルドの衛生観念を整えて、外部から客を取りやすくなったときにつけられた字だ。死体と腐臭が当たり前だった町が、それだけ綺麗になった、という証拠だ。


「知恵の魔女が来たのは、私が七歳のときです。それまでは、貴方の想像通りの町でしたよ」


 灰色から濁りが消えた。


「そうですか。では、あの人が来る前にはまだありましたか? 出産劇場」

「は?」


 ユイの口からまた地声が出た。レナートもつい出そうになった。御者が言った内容は、ストリャルドが最悪だった頃の中でも更に最悪な『娯楽』。

 レナートは観たことないが、レナートを拾った主人が「最低最悪」と言っていたことしか知らない。


「おや、ご存知ないので? 堕ろすことができなくなった娼婦達が金稼ぎの手段として出産を大衆に公開するんですよ。性的快楽で体を売ることができなくなりますから、一種の劇みたいにして出産を見せるんですよ。滅多に見られないものとして金持ちの好事家はよく集まっていましたよ」

「悪趣味だな」


 同感だ。


「その娼婦達。妊娠させないようにすることもできない娼婦達だっただろ。力ある娼婦なら、客を選べるからな」

「先生にしてはいい推理をしますね」

「今までの事件を誰が解決したのか存知ないのかこのお馬鹿ちゃんは」


 ユイの黒い爪がレナートの頬を突き刺す。容赦ない突きでちょっと痛い。


「ははは。そこのお嬢さんの推理通りです。客を選べない娼婦達がほとんどでしたよ。まれにとんでもないものもいましたが……。

 そんな状態で生まれた子供も、人の形をしていない液状のものが多くて、その場で死ぬのがほとんどでした。

 子供心ながら思いましたね」


「妊娠ほど悍ましいものはない、て」


 実際にその場面を見たであろう人間が言う言葉は、何も言い返せないほどの重みがあった。戦争で多くの敵を殺し、食べてきたレナートが戦争の悍ましさを語っても、彼ほどの重さは出せないと、はっきり分かるものだった。

 ——ユイ先生は、この言葉が何色に見えたんだろう。

 目の前に座るユイに目を向けるが、何も反応はない。

 ただ、馬を操る御者を逸らすことなく注視していた。

 静かな馬車の中で馬の蹄の音だけが音として残していく。

 ユイがポケットの中をまさぐる。指摘せずに見ていたら、ユイ宛に電話が来ているようだった。


「レナートさん。すみません、出ますね。

 ——はい。ああ、お久しぶりだね。……うん。……うん。——へぇ、そんな殺人事件が。大変だね」


 電話口から聞こえる声から察するに相手はアスクレピオスだろう。受話口から聞こえる内容が聞き取りやすくなっていく。


「その程度なら君でも対応できるでしょ。がんばれがんばれできるできる」

『こンの……クズ作家!』


 通話を切る直前の言葉はよく聞こえた。


「少々無責任では?」

「これくらいはできるようになってもらわないと困るんだよね」


 アスクレピオスとバルバラは、ユイの計らいで警察に引き渡されることなく、転校だけで済んでいる。

 それだけで済ませたのだ。対価か何か知らがあるのは当然と言えば当然だ。

 ——これは、その当然な対価の一つなのか。

 蹄の音が止む。


「着きましたよ。ここがドムズノツです」

「案内ありがとう」


 規定料金を御者の手に乗せてユイは一番に降りる。護衛対象が先に行動するな。


「お嬢さん達はその事件の解決に尽力なさっているのでしょう? 応援しています。何か分かりましたら、教えますからね」

「ありがとう」


 ユイの感謝を微笑みで返した御者は、鞭を振る。馬を動かして去って行く黒い馬車を、ユイは見つめていた。

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