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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
図書館変死体発見事件
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図書館変死体発見事件 5

 今回の事件について分かったことがある、と警察から話があった。ダチュラ達図書館の職員と事件現場に居合わせた利用者がホール前に集まった。

 皆椅子に座って卓子の上に置かれてある飲み物を手に取る。ジュースだったり、珈琲、紅茶、ハーブティーなど様々だ。何で統一していないのだろう。

 新橋色をした、鮮やかな水色の髪を制帽にしまった警官が笑顔で勧めている。皆その笑顔を信じて飲み込む。

 ——悍ましい。

 あの笑顔に対して何でそこまで信じられるんだ。笑顔は攻撃手段として有名な一つだぞ。

 とても手をつける気なかったが、赤みがかかった灰色の目にじっと見られていたら飲まないわけにはいかない。

 カップを手に取って口に運ぶ。唇から魔力を通し、中身の成分を確認する。

 ——自白や睡眠、毒薬の気配はないわね。私の魔力に反発するような魔力はないし、呑んでも大丈夫ね。

 ララはハーブティーを飲んだ。その姿を、警官が見ている。


「待たせたな」


 ダチュラがホールに踏み入りながら挨拶をする。まるで自分が飲むのを待っていたかのような登場だった。

 昨日整えた眉が少し歪んでしまったのが分かった。

 ダチュラの後に続いてセルド、アスクレピオス、バルバラ、あの刑事が入って来た。


「事件について進展がございましたので、この場を持って発表させていただきます。——できるな?」


 ダチュラの言葉に、アスクレピオスは頷く。


「警察じゃなくて、この子が言うのか?」


 シャルが質問の声をあげるが、当然である。何で刑事であるダチュラではなく、少年がやるんだ。


「事件の顛末を語るなら、誰であれ一緒です。だから私は彼に任せることにしました。それだけです。

 彼と似た質問を持っている方がいるのなら今すぐ捨てなさい。時間の無駄なので」


 そこまで言う必要ないだろ。ダチュラに言い返したい言葉を必死に呑み込む。

 アスクレピオスは気まずそうに周囲を見渡す。この状況で推理を述べろと言われて述べる方が難しい。

 たくさんの目が、自分を見ていることの重さを今十分に味わっているはずだ。

 視線とは、可視化されていない質量だ。見られている。それだけでとてつもない重圧を相手に乗せる。

 その重さには覚えがある。

 ——どうするつもりなのかしら。

 アスクレピオスは口を何度か開き、呼吸を整える。


「……僕の名前はアスクレピオスといいます。名字は言いません。覚える必要がないので。

 このような形で発表するのは初めてなので、至らぬ点があると思います。

 疑問に思ったことはすぐに言ってください。対応します」


 翡翠色の目がこちらを見据える。


「——さて」


 推理が、始まった。


「まず被害者ブロシアさんの死を殺人事件と判断した理由は被害者の怪我が頭頂部にあるからです。

 倒れた梯子と散らばった本。被害者とくれば梯子から落ちて死んだと考えられますが、その場合、下半身か、背中から落ちる可能性があります。ましてや被害者は脳梗塞の治療で開頭手術を受けています。余計に頭に衝撃を与えるような落ち方はしません。

 それに、あの本棚は欲しい本があったら端末に情報を入力して、棚に刻まれている魔術で本を取り出す最先端技術を数週間前に取り入れています。梯子に上って取ろうというのは、少しおかしいんです。

 まぁ、その情報を知らなかったと言われたらおしまいなんですが。

 ——ところでシャルさん」


 突然話しかけられたシャルは前のめりになったような元気のいい返事をする。


「あの端末と棚が導入されるのにかかった期間はどれくらいですか?」

「えっと……三週間くらいじゃないか? 実際に取り付け工事が始まったのは月の初め……黄の月の最初だった気がする」

「そうですね。図書館の記録から見ても間違いないです。彼女はその三週間以内に十三回、来館しています。本の貸し出し、返却合わせてです」

「多くないか? 仕事はどうしたんだ」

「術後休暇だったんじゃないか?」


 隣で家族だろう二人が当然の疑問と冷静な解答を出す。

 勘のいい者は気付くだろう。それだけ図書館を訪れていたら、最新式の棚を取り付けるのに工事があったことと、その理由を。

 ——梯子の違和感が際立つな。


「お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、梯子を彼女が使うのは限りなくおかしいというに近い状況なんです。

 故に、僕はこれを事故に見せかけた殺人事件だと判断しました」


 話を区切って周りを見渡す。推理についていけない者がいないか確認するためだろう。


「これを殺人事件と判断した場合、動機と殺害方法、そして犯人がいることになります。

 彼女はどうして殺されなくてはならなかったのか。動機面で僕は探ることにしました。

 彼女は近くの冒険者の昇格試験の試験官としてギルド協会に勤めていて、性格・勤務態度共に問題なく、むしろ優秀だったようです。家族仲もこれといった問題もなく、いわゆる『どこにでもいそーな』女性でした。

 行方不明届けが出されたときも、怨恨関係の話も一切出なかったみたいですからね。

 ——ここ以外では」


 アスクレピオスがそこまで言い切った瞬間、空気が冷える。

 冷えた気がする、ではない。文字通り冷えていっているのだ。

 隣にいる子供が寒いと母親に体を寄せる。その子の口から出てきた息は白い。これでは犯人がいると自白しているようなものだ。

 皆怯えているなか、警察は動じずアスクレピオスに話の続きを促す。まるでこのことを予想していたかのようだ。


「彼女はこの図書館に勤めている職員にストーキング行為を行っていました。噂としてでしか情報を集められませんでしたが。

 その噂、情報が強制的に濁されていて不自然極まりないものでした。

 ストーキング行為する利用者はいるのに、誰に対して行っているのか分からなかったり、ストーカーの特徴は全く分からなかったり。

 故に、これはそのストーカーであるブロシアさんを殺したのだと推察しました。

 そこまで考えて生じた疑問。何故彼女はここの職員をストーカーするようになったのか。

 だから彼女のことを調べることにしたんです。

 そしたら……面白いことが分かりました」


 吐息が、唇を濡らす。それくらい、周りの温度は冷えきっていた。

 ——やめて。これ以上、聞きたくない。


「脳梗塞で入院していたとき、ブロシアさんはここの職員と会っていたんです。

 その人は、頭を開ける手術で不安そうにしていた彼女を慰めただけでなく、手術が終わるまでの間病院にいたそうです。身内ではない方が残るために、看護師を説得していたようなので、看護師はよく覚えていましたよ」

「そんなことされちゃったら好きになっちゃうわ」

「惚れてまうやろー」

「バーシア。補足ありがとう。そこの刑事。茶化さないで。

 ……その優しさに惚れちゃって、相手を知りたいが故に暴走してしまうのは恋愛としては割とよくあることです」


 ——やめて。


「だからこそ、その人と異性が仲良くしているところを見てしまった。許せなかった。認めたくなかった」


 ——やめろ。


「しかも、その人はブロシアさんのことをなーんにも覚えていないんです。

 看護師さんは『あんなに優しい人、初めて見た』って言っていてどんな人なのか覚えていたのに。

 本当に薄情ですよ。

 ——貴方のことですよ。シャルさん」

「やめろッ!」


 アスクレピオスの口から氷の塊が出現。バルバラの叫びが熱くてうるさい。

 急に現れた氷にアスクレピオスは戸惑うことなく消す。口の中を埋め尽くすような氷がいきなり出てきたことに対する焦りは全くない。

 噛み砕くことも、口から出すこともできない大きな氷は、瞬く間に消えた。

 ——特異魔術か!

 掌に魔力を集め、火の魔術式を付与。魔力の濃度に比例して温度が上がって青白く輝く火を弾のようにしてアスクレピオスに放つ。確実に殺す、一撃として。

 しかしそれも届くことはなかった。豚になったからだ。

 魔術が豚に、なったのだ。


「はぁ!?」

「図書館は火気厳禁ですよ。司書とあろうものがなんてもの出しているんですか」


 豚みたいな鳴き声を上げる魔術だったものを抱きかかえながら、セルドが静かに窘める。桃色の目が静かにこちらを睨む。その目に何が込められているのか、見なくても分かる。

 『警戒』だ。彼は明らかに自分を警戒している。


「俺……ブロシアさんのこと知っていたのか?」


 ——気付かないで欲しかった。


「ええ。でも覚えていないんでしょう? それは強制的に忘れられたからです」


 そんな自分の願いを、この少年は踏み潰す。


「何故貴方の記憶をいじる必要があったのか。何故ブロシアさんは行方不明になったのか。

 その疑問の答えはたった一つ。

 『準備』です。とある目的を遂行するための、準備の一つにすぎません」


 アスクレピオスがポケットに手を入れて携帯を取り出す。操作して待つこと数秒。


『しもしも~。国民的大人気推理小説家ユイちゃん先生でぇーす』


 スピーカーから聞こえる女性の声がキンキン響く。耳を押さえたくなる高さと喧しさ。

 だが、その不快さを打ち消す内容。母親に抱き締められている子供が「ユイせんせい」なんて無邪気に笑っている。


「前振りはいいです。貴女の目の前にいる人間と、僕の目の前にいる人間に用があるんでしょう?

 さっさと挨拶してください」


 アスクレピオスは携帯を自分に向ける。携帯画面には『クソ&クズのクズ』と書かれた画面。あんたユイ先生を何て名前で登録しているんだ。

 ——でも、もう逃げられない。ここに来た時点で分かっていたけど。

 腹を括った。

 ユイの挨拶が何なのか、もう想像ついている。

 スピーカーから女性の高い声が冷え切った図書館の空気を完全に止める。


『通話越しで失礼ですが、初めまして。

 ララさん。いや、ブロシア・ダラダットさん。

 それとも、こう呼んだ方がいいのかな?』



「元シンシ、ヒュール・フォンクさん」



図書館変死体発見事件 完

次章 妊婦連続殺害事件

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