表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
妊婦連続殺害事件
40/42

妊婦連続殺害事件 2

 ユイの真摯な態度のおかげでラマンの自宅で話を聞くのは、そう難しいことではなかった。あんな軽いこと言ったけど、ラマンの中では問題ないらしい。


「女性の連続殺人事件が起きていたから、あんまり外出しないように言っていたんです。エディも赤ちゃん守るためにオレと一緒に外に出ていました。あのとき、なんで外に出ていたのか分かりません。オレは仕事でその日は一日家にいませんでしたから」

「捜査によれば家に鍵はかかっていなかったそうですね。それに、言いにくいことですが……当時の格好が外出向きではないことから、家の中にいた何かから逃げていた可能性が高いです」

「それも警察から聞いたし、本人確認でオレもあいつの顔を見たとき同じこと思ったさ」


 生活魔術で用意した珈琲に口をつけるラマン。一口か二口飲んですぐに卓子に戻した。彼が話を聞く態勢になったことを確認したユイが話を続ける。


「強盗が家に押し入り、逃げてきたところを狙われた……そう考えるのが妥当ですね」

「警察が家じゅう漁ってもそれっぽいものはなかった。もちろん、オレから見てもそう言った形跡はなかった。

 考えられる可能性は……この事件の犯人をエディが家に入れるほど気心の知れた仲だったということだ。それを確かめたくて、ずっと……ずっとずっとずっと聞いているのに、警察は何も答えてくれない」

「警察は、人を守るためにある。だから人を混乱させる可能性があることは言えないんだ。

 私も、小説を書くときは警察の守秘義務や守るために必要なことを考えながら書いているから、きみの思いを察せられても、同意することはできない」


 さっきから会話がずっと重い。被害者の家である居間でこんな会話をしていたら、重くなっても仕方ないが、そろそろ換気がしたい。

 護衛のため、ずっと後ろに立っているが、ちょっとどころではないほど居心地が悪い。気を紛らわせるために、部屋の扉にかけられている布の仕切りの模様を目で追う。見たことがない意匠(デザイン)だ。異国文化が好きなのだろうか。

 ——先生、真摯真剣誠実取ってこいとは思ったけど、こんな重い空気にさせるためじゃないんだ……。

 何か話題を転換させるものはないか。黒い目を動かして部屋全体を見回す。まだ片付けが進んでいないらしく、二人暮らしであることが容易に察せられる痕跡がそこかしこにある。

 洗面所で見た二本の歯ブラシ。どう見ても二人で暮らしていたことが丸分かりだ。食器棚にはまだ使われていない、小さな食器がいくつかしまっていた。誰のものなのか、聞かなくても容易に想像ついた。

 相手を思うと、胃の辺りがぎゅ、とつかまれたような苦しさを覚える。

 二つ並んでいたものと小さいものから逃げるように目線を逸らせば棚の上に飾られていた写真を見つけた。

 エディがラマンの腕を掴んでピースサインをしている。歯を見せながら笑うエディに目線を向けるラマン。二人の関係が窺い知れる青春の刹那を切り取ったかのような、写真。

 ——いいな。


「この写真は?」


 気付けば二人の会話に口を挟んでいた。

 ラマンはこちらの存在に今気付いたかのような反応で首を上げる。


「……あ、ああ、これは出会って最初の飲み会の写真ですね。あいつ、絡み酒、て言うんですかね。急にオレの腕を掴んで写真を撮って来たんです。

 オレはエディ程話し上手ではなかったので、こうして話しかけてくれて……とても、嬉しかった」

「嬉しかったんですか」

「誰かと会話することは、結構疲れるんですよ。でも、話すことは嫌いじゃない。エディがいたから、今の俺がいると断言できます」

「分かる~。ちょっとそういう経験あるから誰かのおかげで自分がいる、て感覚分かるわ~。

 飲み会、てことはギルドですか?」

「いえ、大学です。アーディティーア大学の考古学を専攻していました。エディとはそこで、知り合ったんです」


 学のない自分でも分かる。超有名大学だ。水を纏った蛇みたいな校章が校章らしくないな、て思った記憶がある。

 戦友であるフランは、戦後軍からの推薦でその大学に行くのはどうか、なんて推薦もあったくらいだ。本人は秒で蹴ったが。


「考古学ですか。名前は聞くんですが何をするのか分からないのです。失礼ながら、考古学とは何を学ぶのですか?」

「人類の歴史と文化を様々な方向から調べて探求する学問です。簡単に言ってしまえば、ですけど。遺跡の発掘と文献を読んだりとかして調べますね。

 考古学を学んで卒業した俺達は学芸員として働いていました。エディは、産休に入っていましたが」

「昔の時代を調べる……どこまで昔のことを調べてたんですか?」


 レナートの質問に答える口ぶりは絹糸のように滑らかで、何度も答えてきたことが想像できる。

 思っていたより内容が面白そうで失礼、と断って椅子に座る。彼の話には純粋に興味がある。座っていた状態でも周囲の警戒は可能だ。

 ——それに、ユイ先生に任せていたら空気の質量が凄いことになって自分の胃が保たない。

 そこまで繊細ではないが、何事にも限度というものはある。

 ラマンは魔術で紅茶を用意してレナートの前に置く。できたての紅茶を用意する生活型魔術。魔力の流れがとても綺麗だった。何回も行っていた証拠だ。

 何度も何度も、こうしてエディに飲み物を用意していたのだろうか。

 ふと考えたレナートの心を知らないラマンは、自分で用意した珈琲を飲みながら答える。


「旧世界です」


 重い空気が、消えた。

 代わりに、別の空気がこの空間を支配した。

 咄嗟に舌先を刃物に変えて周囲を見回す。もし何か不審なものがあれば、口を開いてこの刃物を伸ばして突き刺す。自分の特異魔術ならそれができる。

 だが、いくら周囲を見回してもそれらしき気配はない。

 ラマンもこの空気の変化に気付いているのだろう。反応は遅いが、左手をあげて首を左右に振る。


「気にしなくていい。きみが言った言葉に、驚いただけだ」


 この空気を変えたのは、意外にもユイだった。


「旧世界、と言ったね。どういったものを調べたんだい? 具体的に、頼むよ」


 両肘をついて問いかけるその姿は親しみを見せているようで、そんなものは全くないことがラマンを見る目力の強さで分かってしまう。

 黒眼鏡で隠れていても、睨んでいるとはっきりと分かるほどの、力があった。


「——この世界は、いやこの文明は七百から八百年ほど前から始まりました。だけど、それよりずっと前に違う文明が栄えていたんです。それをオレ達は『旧世界』と呼びました。今とは全く違う文明・価値観・社会……それは一種の世界です。だから、そう呼ばれるようになりました」

「初めて聞きました」

「そりゃそうでしょう。戦時中、考古学なんて見向きもされませんでしたから。いや……戦争のために調べられていたでしょうけど、それがどこまで利用されているのか分かりません。

 そういうの、て秘密なんでしょう?」


 ——確かに旧世界時代の技術を用いた兵器開発は極秘中の極秘だろうな。

 ユリアンなら何か知っていそうだ。あいつは何より『歴史』が大好きだから。レナートが旧世界なんて単語を知っているのも、ユリアンが従軍中気を紛らわせるために話してくれていたからだ。


「いわゆる古代兵器、か……人間が考えそうな」


 大罪だな


 言い切ったユイの顔を見る。黒眼鏡に隠された眼のせいで表情から言葉の真意を汲めない。ユイみたいな能力があれば、少しは違っていただろうか。

 何を根拠に言っているんだ、て茶化すこともできない空気の中で、ユイは茶菓子であるチョコレートに手を伸ばして口に入れる。


「……ん。美味しいね」

「ありがとうございます。妻が、よく作っていたものなんです。几帳面な性格で、レシピによく残していたんです」

「へぇ。そんな大事なもの、食べてよかったのかい?」

「ご心配なく。それはオレが作りました」


 随分と器用だな。

 ユイが食べた珈琲風味のチョコレート。レナートもさっき食べたが、本当に美味しかった。口に入れた途端、チョコの滑らかさと珈琲の香りが広がって好きな味になった。この事件が解決したらレシピを聞いてもいいだろうか。

 この美味しさがエディさんの料理を再現したのだというのなら、このラマンという男、相当器用である。


「あいつは、研究にも人一倍真面目で、旧世界神話をまとめたノートの端がボロボロになるまで使っていました」

「旧世界神話?」

「旧世界にも、そういったお話があるんですよ。我々の世界にある妖精滅亡物語も、遠い昔の御伽噺感覚であるように、旧世界にも、そういったものがあったんですよ。御伽噺だったかどうか、知りませんけど」


 こぼれてしまった独り言を聞いたラマンが答える。確かに、違う世界だと想像がつかないが、あの金髪碧眼の青年が世界を滅ぼしかけたお話があったように、旧世界にも旧世界のお話があってもおかしくはない。神話ということはもちろん、神が出てくるのだろう。

 ——本当、なんでここにユリアンがいないんだ。絶対食い着くし、ここにいなかったことをめちゃくちゃ後悔する。

 兵舎に戻るのがちょっと憂鬱になってしまった。終わったら報道されている範囲で事件のあらましを話しているのだ。ウルバノヴィチの一件は、流石に話せなかったが。

 ——あいつのことだ。どっかで情報をつかんでいるさ。

 ユリアンの顔の広さに確信めいた勘がある。

 ラマンは自身の知識を語れて嬉しいのか、口から言葉が滑らかに出てくる。


「旧世界は今よりもっと多くの生命体がいたようです。公的に認められているものだけ挙げるなら人間・妖精・人魚・鳥人・悪魔・竜・神。

 また、今以上に多くの魔力を持った生物もいたという記録が残っています」

「……獣人と魔族はいないんだね?」

「ええ。どの記録や遺跡、化石を見ても残っていません。彼らは人間が生き延びるために進化した姿なのではないかと一説であげられています。彼らの骨格が人間ととても似通っていることが根拠として挙げられますね」

「進化?」

「ええ。旧世界が旧世界と呼ばれたのは、太陽が消失したと称されるほどの氷河期と環境変化による大量絶滅が起きたからです。

 旧世界で生きていた者にはひどい言い方ですが……あそこで文明はほとんどなくなっています。

 それで絶滅した種もいれば、進化した種もいます」

「さっきの魔族と獣人がここで誕生するわけだ」


 会話を続けるユイとラマン。途中から全然ついていけてない。どこだ。どこの会話をしているんだ。

 ——ここに、ここにユリアンがいたら……!


「……こういうのは、エディの方が詳しいんです。院でもっと研究しないか、て教授が話すくらいには、優秀でしたよ」

「そうだろうね」


 返事が速すぎる。脊髄反射で言ったのか。脳味噌で会話しろ。


「聞きたいことは聞けたから、そろそろ失礼するよ」

「先生、アリバイは……」

「彼は被害者だ」


 まだ犯行時刻の行動を聞いていないことを言えば、断言された。この連続殺人事件の、被害者だと。


「幸せを築こうとしていた現在(いま)を踏み躙られた、被害者だよ」


 言い切ったユイは椅子を引いて立ち上がってラマンに一礼する。

 ラマンも頭を下げてユイの行動に返事した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ