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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
妊婦連続殺害事件
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妊婦連続殺害事件 1

 男は目の前の死体を見下ろす。

 またか、なんて言いたくなる感情を呑み込んで現場保存のための結界を通り抜ける。


「エリック警部補。鑑識から新しい情報です」


 部下から差し出された紙面を受け取って文面に目を通す。

 青い目が左から右に動く。簡潔にまとめられた文章を読み上げた男は懐にしまってた煙草ケースを取り出す。

 一本取り出すと口に加えて安いライターで火をつける。肺まで煙を落とし込み、吐き出す。

 吐き出された煙は急に舞い上がった風によって掻き消える。せっかく整えた髪が崩れてしまい、思わず舌打ちが出る。気分を落ち着けるために手袋を外す。流石に仕事に必要なこれを自分ので汚したくない。

 乱れた金髪を素手で後ろに掻き上げる。それでも前髪は前に降りていくが。

 ——整えたときと変わらなければいいか。

 それにしても、風が強い。その風も、あまり良いとは言えないものを感じる。


「ま、この死体の臭いを運んでいるからだろうな」


 青い目が目の前の死体を見下ろす。

 現場の状況を調べる義務がある鑑識の何人かが目を背けるほどの惨状があった。

 四百年戦争に従軍していた者なら見慣れたであろう死体。ただ、その死に方が問題だった。

 死体の性別は女性。今確認できる肉体的情報から見てもそれは間違いない。

 その女性の腹が、腹の中に泡だて器みたいな混ぜる専用道具で突っ込んで混ぜて滅茶苦茶にしたのかと思えるほど中身をぶちまけていた。

 それだけでも最悪なのに、それを重ねるような最悪があった。

 目の前で視認できる死体は一つ。しかし死んだ命は二つ。

 この死体は、妊娠していた。

 こういった事件が、この町を中心に立て続けに起きている。これで六件目。

 ——そろそろ警察の面子が潰れそうだ。

 上も進展の見えない捜査に苛立ちを見せている。それを打開するためにあるものを用意したと警部が言っていた。それで事件が少しでも進むと思っているのか。

 部下の話からするともうすぐ来るらしい。

 この現場には似つかわしくない、高い踵の靴音が聞こえる。


「こんにちは! 君らの上司さんに依頼されて来ました!

 遥か遠くの彼方から彗星の如くやってきたスーパー推理小説家、ユイです! 隣にいるのは超絶優秀な軍人レナートさんです!」

「レナート=R・ワレンチンです」


 よろしくお願いします、と頭を下げる二人。オリーブと黒の頭を見ながらここにいない上司に心の中で聞く。


 それで事件が少しでも進むと思っているのか。




 今回の依頼は驚くべきことに、警察関係者らしい。

 北路線のピエンチ駅から馬車で行くこと三十分。目的地であるキホズゥ町で妊婦を中心にした殺人事件が起きている。

 翼の英雄が死んだ路線だから悪い印象が多い北路線は利用者が少なく、よく言えば簡素、悪く言えば田舎だ。だが、そんな路線周辺の地域に住んでいる人間はいる。

 殺人事件が六つも起きれば皆外出をしなくなる。現にこの町の人間は不要不急の外出をしなくなった。

 町の現状を馬車から見たユイは「サンミツ警戒体制じゃぁ~ん」とはしゃいでいた。はしゃぐな。

 六つ目の現場についたら一人の刑事が煙草を吸って死体を見下ろしていた。

 真っ先に目についたのは遠目から見てもはっきりと視認できる金色の髪。

 ユイとレナートの足が一瞬止まる。黒い眼鏡と黒い目が交差する。

 二人の思考は恐らく一致している。

 その色を見かけたら石を投げられるほどに嫌われている髪。地毛だが染毛だか分からないが、金髪でいることの姿勢を貫いている。

 ——こいつ相当癖強いぞ。


『とりま私いつも通り明るめに行くんで。一緒に反応見といてください』

『貴女いつも無礼ですもんね。分かりました』

『きみが一番無礼だぞこの野郎』


「こんにちは! 君らの上司さんに依頼されて来ました!

 遥か遠くの彼方から彗星の如くやってきたスーパー推理小説家、ユイです! 隣にいるのは超絶優秀な軍人レナートさんです!」

「レナート=R・ワレンチンです」


 ユイの元気な声についていく形でレナートも挨拶する。

 お辞儀をする自分達を見る彼の目は、青かった。

 冬の空のような、冷徹と言えるほどの感情が全く見えない目で自分達を一瞥するその目から見えるのは一つのみ。


『怒り』


 ——金髪碧眼で常時不機嫌最大限の天元突破って感じの顔。もったいない。

 青い目はこちらからすぐそらし、溜息を吐く。態度から期待していないの丸分かりだ。

 自分を見上げるユイはこちらに背を向けた男に対する見解を求める表情をしていた。


『……どうでした?』

『こっちを全く信用していないです。というより、あれは自分しか信じていないでしょう。

 皆コロッと信じそうな顔をしているのに、もったいないです』

『女に貢がせるタイプのホスト顔ってこと? 表現が花街すぎるよレナートさん』

『曲解しないでください』


 数秒だけでやりとりを済ませるとユイは男に名前を聞く。


「……マラカイト。名前を教える気はない」

「ふーん……じゃあマラカイトさん。この事件について、簡単でいいので教えてくれませんか。

 ダンタリオンとかの新聞である程度情報を得ていますが、そのー、ね? 分かりますよね?」


 首を傾げてマラカイトを見上げるユイ。彼女の言いたいことは分かる。規制されている情報についてだろう。

 ダンタリオンは女性としか共通点をあげていないが、この町の人間はもう一つの共通点に気付いている。

 被害者が『妊婦』だということに。


「どうせ何を言っても無意味なんだろ? ほら、これが材料だ。読むからには、頼まれるくらいの仕事はしてくれよ」


 マラカイトは捜査資料を雑にこちらに突きつける。警察としてその行いはどうなんだ。ユイも彼の行動に驚いているようで口をあんぐりと開けている。のどちんこ丸見えだぞ。


「……ありがとう、ございます」


 ユイは資料を受け取り、表紙をめくる。死体の写真と文章がそこにあった。頁をめくって文章を読むユイの横顔はいつもの軽薄な無礼さはなく、真剣そのもの。


「どの遺体も、お腹からの出血による失血死ですね」


 ユイがさっそく共通点を見つける。言われてみれば、臓物を引きずり出すような怪我ばかりで、手足や胸、顔に傷は全くない。

 ただ一人を除いて。

 ——これはまるで。


「中絶、ですね」


 煙草を吸っていたマラカイトが青い目を眇める。片方の眉がピクリと空に向かって動く。

 自分の言葉がそれなりに的を射ていたのか、他の警察もこちらを見る。自分を見るたくさんの顔の中に、見知った顔が一つ。


「あれ? ワレンチン一等卒?」


 その声を聞いた瞬間、体が勝手に直立不動の態勢で返事をする。長い経験によって染みついたからこその行動だった。


「お久し振りです。トカ伍長!」

「やめろやめろ。俺はもう退役した身だ。普通に……難しいな。俺も軍曹殿に会ったらそうなるもん」

「ご理解いただけたようでなによりです!」

「滅茶苦茶言うようになったじゃん。……ああ、俺は王国軍第四師団第五小隊九番隊に所属していました。ロフ・トカと言います。当時の階級は伍長。彼が敬礼する程度には上の立場にいました」

「ふーん。一等卒以上軍曹未満な位置にいたってことですか?」


 階級に対してはその通りだが、もっと他に言い方はなかったのか。

 トカ伍長は豪快に笑ってユイの無礼を流す。何でも笑って流すのは昔から変わっていない。仲間の遺体を盾にして、笑いながら魔族の首を引き千切ったときは流石に怖かった。

 名がついてもおかしくない活躍だったが、ああいうのには同類が集まる傾向があるのだろう。

 笑いながら命を殺す変態しかあの場にいなかった。レナートの同類はもちろんいなかった。


「ところで、ワレンチン一等卒。彼女達の遺体を中絶と言ったが、根拠はあるのか?」

「いや、妊婦の腹から強制的に何を出す、ていうのが鉗子を連想しまして……」

「ああ。子宮の中身を掻きだすあれね。ゲームで見た」

「げ」

「げげ?」

「げげげ??」


 マラカイトが眉間に何個かしわを作ってユイを見下ろす。その眉間のしわだけで「何言ってんだこいつ」って言っているのが丸分かりだ。

 ——ユリアンなら『目は口程に物を言う』もとい、『眉間のしわはとても雄弁』だとか言いそうだ。

 とういか、げーむってなんだ。げーむって。


「レナートの印象を踏まえて見ると、確かにこれは母親ごと胎児を殺しているように見えますね。

 ……ああ、この四件目の被害者さんは手がボロボロになってますね。お腹を守ろうとしたんでしょうか?」

「見解はそれで合っている。恐らく中の命を守ろうとして手で守ったんだ。ただ、魔術を展開する余裕がなくて手の内側に魔力を込めた。内からの魔力、外からの攻撃魔術。それに挟まれた結果この被害者の手は吹き飛ばされた指の骨しか残っていない」


 マラカイトが答え合わせをする形で補足する。


「魔力を込める、てそんなにマズいの?」


 ユイの純粋な疑問に鑑識作業を続けていたトカ伍長がユイを見る。トカ伍長の首の動きが擬音語で表現できるくらい捻じれた。それはもう、ぐりんっ、と。

 ——まあ、魔術を使う者には初歩の中の初歩だ。

 この人に分かりやすく説明するにあたって適切な語彙を探す。


「魔力はコントロールが難しいんです。魔力保有量が多くて暴走し、周囲に被害を残す事例がたくさんありますから」

「でもそれは本人が扱いきれないほどのものを持っているからだろう?」

「それも一つの正解ですが、根本的には『扱いが非常に難しい』からなんです。

 正しいとは言えませんが、非常に分かりやすい例を挙げるなら……体質過剰反応が魔力と似ています」

「アレルギーが?」

「ええ。あれは免疫機能が無害なものを有害と判定する異常状態。でも、その免疫機能を自力で正常に戻すことはできませんよね?」


 ユイがこくこくと頷く。そこまで分かっているなら後の説明は簡単だ。


「魔力はいわば、その免疫機能なんです。自力で扱うには非常に難しいものを無理矢理行った結果、暴走して内側から体が爆発する」

「つまり免疫機能を整えるエピペンや体の状態を変えて整える魔法薬は魔力で言うところの魔術なんですね。魔力を使って何かするときの調整役」

「ぴんぽーん。大正解です。魔力自体は治療・攻撃・防御とかなり汎用性が高くて便利なんですけれどね。デメリットが大きすぎるんです」

「あっちの言葉の使いまわし上手ね~。

 ……だからあいつら、あんなに崇められていたのね」

「だから! 捜査はどこまで進んだんだよ!」


 男の怒号が現場の空気の熱を上げる。見れば紫色の髪を乱しながら警官だろう一人に掴みかかっていた。

 マラカイトが咥えていた煙草を外し、灰皿で押し潰す。


「捜査の現状をお教えすることはできません。必要があれば順次お教えいたしますので……」

「もう六件だ! ろくに進んでいない証拠じゃあないか! いつになったらオレの……オレの家内の無念を晴らしてくれるんだよ!」


 男の唾が警官の顔にかかる。どの件かは知らないが、こんな状況じゃ、怒り狂いたくなるだろう。

 ——大切な者が無残に死んだことを知った苦しみは、俺も知っている。


「ラマンさん」


 マラカイトの落ち着いた声が二人の間に優しく入る。


「奥様を亡くされた貴方の胸中は、我々は考えることしかできません。故に、我々ができることは一刻も早く、事件解決できるように行動することを約束することだけ。

 だから——帰れ」


 マラカイトが最後の言葉を放った瞬間、男の逆立っていた髪が、急速に萎むように落ちていった。

 警官の胸倉をつかんでいた手は力が急速に抜けたように離れ、背を向けた。

 ——この男、特異魔術を使いやがった!

 警察が魔術で強制的に行動させるのは、取り調べで違法である拷問をするのと同じくらい駄目な行動のはずだ。

 他の警察はそれを知っているはずだし、マラカイトが強行しているのを気付いているはずなのに、何もしない。

 ユイの手をつかもうと手を伸ばすが、レナートの手は宙を掻いただけだった。自分が伸ばした手の先を見ればそこにユイはいない。さっきまでそこにいたはずなのに。どこに行ったあの人。


「待った」


 答えはすぐに分かった。帰ろうとしていた男の手をつかんでいたのだ。がっしりと、掴んでいた。

 男の虚ろな緑色の目に光が戻る。マラカイトの青い目は小さな丸になった。


「ぁ、オレ……」

「はじめまして。私はこの事件の解決に取り組んでいるユイだ。きみの名前は……ラマンでいいのかな?」


 男、ラマンは状況がつかめていないようだが、自分の名前を聞かれたことは分かったのだろう。動きは小さいが、何度も首を縦に振った。

 ユイの白い手が、ラマンの手を両手で握る。自分が何を言いたいのか、相手にちゃんと伝わるように。


「きみの大切な人が亡くなって、心身ともに余裕がない状態なのは分かる。

 だからこそ、深呼吸を一つ入れて私と話をして欲しい。この事件を解決するために、きみの力が必要なんだ。——頼む」


 ラマンの手をしっかり握りしめながら、ユイは頭を下げる。その姿はどこまでも真摯で、真剣で、誠実だった。

 ラマンの目が左右に揺れる。ユイの態度に戸惑っていることは明らかだった。ここの警察がどんな風に彼らに接していたのか、何となく察せてしまった。


「……いいですよ。オレの知っていることなら話します」


 自分の中で何かしらの決着がついたのだろう。緑色の目が、相手を捉え、認識した。


「オレの名前は、ラマン・ハーンドゥ。

 妻の名はエディ・ハーンドゥ。四人目の犠牲者だ」

「おっ。四人目か。幸先いいねぇ~」


 真摯真剣誠実どこに行った。取ってこい。


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