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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
図書館変死体発見事件
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図書館変死体発見事件 4


「あれ?」


 一人の男の疑問が管理室に響く。

 監視鏡の記録を確認するために管理室に行き、監視鏡の記録担当に頼んだ人物 の声には疑問が見える。人差し指だけ伸びた爪が画面を端から端まで指差している。


「確かここにあったはず……」


 なんてことを言いながら画面を見ている時間が長ければ長いほど焦りの色が見え始めた。


「ないんですか」


「バルバラさん。そうだとしても直球に言うものではないと思う」


 ララの冷静な指摘は無視された。

 現に管理室で待機していた男は「いやいやいや……そんなまさか」なんて否定の言葉を口に出している。大丈夫かこいつ。


「私達が確認したときにはありましたよね。ダチュラさんとセルドさんと一緒に見た記憶があります」

「ですよねぇ。おれも一緒に見たし、それ以上画面いじっていないんですよね。いや、監視画面に戻したりはしましたけど、時間帯の監視記録はいじっていません。え、でも……間違ってうっかり消しちゃった……? おれが?」

「復旧できませんか?」

「もちろん。削除しても猶予期間が三十日ほどあります。今日のものですから探せばあるはずです。ちょっと待っててくださいね……」


 文章作成機で使われる文字打ち道具を使って今日の監視記録を探すこと十秒。


「……あれ~?」

「びっくりするほど空じゃないですか。何でないんです?」

「おれが知りたいですよ。削除された記録は全部ここにあって期間が過ぎたら抹消されるはずなんですが……いやホントになんで?」


 男の疑問がぽろぽろと零れるが拾う者はもちろん、応える者もいない。


「……仕方がない。ロッソさんの記憶では確かに入館した記録はないんですよね」

「ええ。それは確かです」

「よし。この件は一旦それで良しとしましょう。バーシア。お兄さんから連絡来た?」

「いえ。まだよ」

「そっか。……こういうとき、先生の小説では『腹が減っては戦ができぬ』なんて言葉がある」


 というわけで、とアスクレピオスが手を叩く。話の切り替えが雑じゃないか。


「ちょっと早いけど昼食にしようか。すみません。近くに美味しいお店、ありますか?」

「『ピシュネ』ね」

「美味しいお店は色々ありますけど、おすすめは『ピシュネ』です。ザピエ・カンカが絶品なんです。テイクアウトよし、店で食べてもよし。そちらの事情は詳しくありませんが、それができるのは魅力的では?」

「そうだね。それにしよっか」

「確かに、クラスメイト達が放課後食べている話をよく聞くわ。……食べたくなってきちゃった」

「あたしもっとがっつりしたの食べたいなぁ」

「ソーセージを挟んだパンもありますよ。ジュワッとした肉汁とシャキシャキのレタス。噛めば噛むほど広がるスパイス」

「あっ……言葉だけで味が……味覚が……!」


 ロッソが口元を押さえる。口から涎が出たのかと思うような押さえ方だ。涎を呑む音が聞こえる。もの凄くお腹が空いているのか。鳴っていないけど。

 お昼休憩はまだ先なのに何だか自分もお腹空いてきた。


「気になるね。今から行きましょうよ!」


 アスクレピオスの手を握ってバルバラが管理室を出る。ロッソも二人の後に続く。監視の名目を持っている以上二人と一緒に行く気だろう。

 ——そこまで行動する理由はないわね。シャルと一緒にご飯食べましょう。事情聴取も終わったでしょ。

 ララも一緒に管理室を出たが、三人とは反対方向に体を向けた。三人の声が遠ざかっていく。

 やっと、静かになった。


「あっ。ララ! お前今までどこにいたんだよ~」

「ちょっと、好奇心で」


 レモンの瞳が半分潰れる。疑っているような目線に口を尖らせる。


「まあいいや。どうせこの騒ぎだ。図書館も休館になったし、どっか食べにでも行くか?」

「お弁当があるのよ」

「どーせ携帯食料みたいな固いやつだろ? 『アインス』行こうぜ! ララ、あそこのカフェラテ好きだろ?

 一緒に行こうぜ」


 シャルがララに手を差し出す。

 傷も汚れも、何もない。綺麗な手を。

 まっすぐこちらに差し出された手を、ララは見ていた。

 ——私は、この手に。


「ララ?」

「……何でもないわ。行きましょう。きっと喫茶店は混んでるわ」


 後れ毛を触りながらシャルの背中にある出入り口方面へ歩く。

 シャルはおう、なんて元気に返事してララの隣を歩く。

 ——ごめんなさい。

 シャルの手をとらなかったことを心の中で謝って、ララは図書館を出た。

 喫茶店『アインス』はやはり予想通り混んでいて席の確保に苦労した。カウンター席をシャルが嫌がったのだ。何でだ。はやく食べられた方がいいだろうに。


「ララはぜんっぜん分かってない!」


 何をだ。

 目の前で大きく巻いたパスタを雑に口に入れるシャルを見ながらララはカフェラテを喉に流し込む。どこをどう見てそう思ったのか全く持って不明だが、シャルは自分はこれが好きだと思っているらしい。

 あまり好きな味ではないが、訂正する気にもなれずこうして彼の前でカフェラテを飲んでいる。


「俺はララと一緒にご飯食べたいのに、なーんでカフェラテで済ませちゃうかな! まあララはびっくりするほど少食だから仕方ないし、そこに関しての文句はもうないけど!

 でも! カウンターで別々に座って済ませるのは駄目だろ! 絶対に!」

「はやく済ませた方がいいと思って」

「前向きだろう気遣いが爆速で後進してるぞ」


 俺の性格分かってくれよな、なんて口を尖らせながら口の端についたソースを指で口の中に寄せるように入れる。

 正直、その怒った顔を見ると自分と一緒に食べたかったのか、という気持ちが凄く伝わるので悪い気分じゃない。もちろん狙って行動したわけではないが。嬉しいものは嬉しい。


「まぁ、でも。昔のララと比べたら格段に成長したよな。昔だったら誘っても無視だもんな」

「その当時は本当に申し訳なかったわ……」

「いいよいいよ。今こうして食事できてお話しできているから」


 ニカッと元気いっぱいの笑顔で返すシャルが眩しくてララは目を瞑って顔を逸らす。

 シャルの笑顔は健康にいいが心臓に悪い。一体その笑顔で何人落としたんだ。教えろ。


「んぅ? どうしたんだララ?」

「ちょっと黙っててシャル」

「おう!」


 黙って、て言ったでしょ。

 カラン、と後ろで開閉を告げる鐘の音。いつも聞くその音が、なんだか不快で、音の方へ振り向いた。

 振り向いた視線の先には、あの二人がいた。婚活の話で盛り上がっていた、あの刑事二人だ。


「やあ、お二人さん。相席よろしいかな」


 ダチュラの金色の目がこちらを捉える。疑問形の文体なのに、有無を言わせぬ力があった。

 力を持つ者特有の、嫌な言い方だった。もちろん一司書に断る権利なんてない。

 シャルはそんな空気なんて気付いていないようで、どうぞ、なんて体を寄せて幅を作る。やめろやめろ作るんじゃない。私までそうしないといけないでしょうが。

 渋々。本当に渋々端に体を寄せる。ダチュラが礼を言って座る。セルドも失礼します、断りを入れてシャルの隣に腰を掛ける。うるさい。声が大きいな。


「おすすめはこのサンドイッチですよ!」

「では私はそれで。ダチュラ警部補はどれになさいますか!」

「珈琲」

「ダイエットですか!」

「食事は一人で取る性格なだけよ! もう誰かと食べるなんてこりっごり!」


 セルドの翡翠色の瞳が半分閉じる。呆れて言葉も出ない感じか。シャルも目を閉じて顔を逸らしているから恐らくセルドと同じ気持ちなのだろう。

 ——私はサンドイッチとかパスタ一人前を食べきれない少食だからこれでいいけど、貴女みたいなのはそりゃあ、呆れられるでしょうね。

 珈琲です、と呑気なウェイトレスの声と一緒にドブより黒い珈琲がダチュラの前に置かれる。


「ありがとうございます。

 ——世間話はもういいだろう。君達は私達が食事目当てでここに来たわけではないのは気付いているはずだ」


 ダチュラの目が照明の光を反射する。温度が見えないその目にシャルが唾を飲む。

 紫っぽいピンクの薄い唇が開く。


「ブロシア・ダラダットのストーカー行為について君達はどれだけ把握しているんだ?」

「え? そんなことがあったんですか?」


 シャルの抜けた声に、口から空気の塊を出すところだった。なんてことを言うんだ。


「その様子だと、ご存知ないようですね」

「ええ。変な利用者の話なら噂程度でしますが、そういったことをする人は初めて聞きました」

「へぇ。薄情なんだね」

「一利用者に対してそこまで覚えているわけないじゃないですか。多ければ一日に三百人以上が来館するんですから。病院みたいに個人情報の詰まったカルテがあるわけじゃないんですから」


 シャルとダチュラとの会話に入ってしまった。シャルがあんな風に言われているのを黙って見ていることなんてできない。

 ——下手を踏んだな。

 でも、シャルを責めるようなあの空気は許せなかった。

 ダチュラの金色がこちらを映す。相手を睨む自分の顔が、彼女の瞳の中にいた。


「——これ以上聞いても、意味なさそうだな」

「ダチュラ警部補!」

「今ので分かっただろう。本当に意味ない行動なんだ。ずらかるぞ」

「頼んだサンドイッチは!?」

「持ち帰っておけ」

「分かりました! すみません! 頼んだサンドイッチ、持ち帰りでお願いします!」


 喫茶店内に響くほどの大声でセルドは店員に話しかける。店員の鼓膜が心配になる。実際に客の何人かは耳を押さえている。シャルの頭に響いたのようで、額を両手で揉むように押し当てていた。大丈夫かしら。

 店員が出した包みをありがとうございます、と元気にうるさく礼を言ってセルドとダチュラは喫茶店を出た。


「……シャル」

「頭、イッテェ……アイツ声量押さえらんねぇのかよ」


 本当に辛いものだったようで、食べかけのパスタをどける。これ以上食べる気はないようだ。出されたものはきちんと食べる彼にしては本当に珍しい。

 ——いや、前にも何回かあったな。


「……本当に大丈夫?」

「頭痛い……申し訳ないけど、マジで食べらんない」

「またなの? 病院に行く?」

「前処方してもらった薬が手元にあるからそれを飲むよ。まだ一週間分くらいあるし」

「定期的に処方してもらった方がいいんじゃない? ……これ、貰うわよ」


 半分ほど残っているパスタをララは自分の元へ寄せる。すでに何回か行われたやりとり。少食だが、これくらいなら問題なく食べられる。

 フォークで麺を絡めて口に運ぶ。

 最近、シャルの頭痛が酷くなっている気がする。最初に会った頃は頭痛持ちではなかったから。

 どうして。どうして彼が苦しむの。

 シャルには本当によくしてもらったし、救われた。それに報いるためにも、何とかしなければ。

 ——何とか、しないと。

 お腹の中に、パスタの塊が落ちた。

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