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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
図書館変死体発見事件
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図書館変死体発見事件 2

 静寂を規則としている図書館が、騒がしくなった。


「被害者の名前はブロシア・ダラダット! 年齢三十二歳、死因は頭部打撲による脳内出血!

 死亡時刻は本日黄の月三十六日の午前八時半から発見当時の九時頃! 付き添いはいないため、目撃者は不明とのことです!」

「あと六日……」

「六日後の婚活パーティーより今現在起こっている事件に集中してください警部補!」

「お前に言われんでも分かってる! 自分の運の悪さに悲嘆していただけだろうが!!」


 警察を図書館に入れてから一気に騒がしくなった。主に一人の声量で。

 被害者について話している男性の声はよく通る上に純粋にデカい。振動を可視化できたらとんでもないものになっていること間違いなしだ。


「絶対報告書とかで間に合わないやつだこれ……。全身脱毛したのに……」

「恐れながら警部補! その日に向けて美容計画立てるからここまで気分が落胆するのでは!? 手入れは局所的にではなく、日頃から行うべきかと!」

「日頃から行ったうえでやってるんだよ馬鹿野郎が!!」


 ——事件のことよりこの警部さんについて詳しくなりそう。


「なぁ……この警察に事件任せて大丈夫なのか?」


 ララの思考を読み取ったかのように隣にいたシャルが不安そうに声をかけてきた。正直気持ちは分かる。分かるというか、同じ気持ちだ。


「——だから、こっちに来てくださいって言っているんです」


 耳が男性の声を拾う。この声はあのカップルの彼氏、アスクの声だ。

 隅に体を寄せて隠れるように声を潜めて携帯に何かを言っている。


「殺人事件が起きたんですよ。あれは事故じゃない。他殺です。だからこの事件の推理を……は? 僕に任せる? 正気かあんた! 僕の言葉とあんたの言葉じゃ重さが違うんだよ!

 ダチュラを信じろ? あんな婚活女のどこを信じろと!? ……婚活できないくらい有能でもあんな態度じゃ無理よりの無理だよ! こンの……クズ作家!」


 携帯を逆に折り畳まんばかりの勢いでアスクが通話を切る。会話が所々どころか全部物騒だったが、彼はこの事件について何か分かったのだろうか。


「大丈夫ですか?」


 心配そうに眉を下げてアスクに声をかける。先程とは逆の状況だな、と頭の片隅に数時間前の出来事を思い出す

 アスクは白い肌を青くさせた顔のままこちらを見る。その表情には覚えがある。重度の期待を寄せられて吐き気を覚えている顔だ。


「……さっきとは逆ですね。どうせ会話聞いていたんでしょ?」


 唇の端を歪めて微笑むアスクの表情は悪人にしか見えない。


「聞こえましたよ。会話から察するに……あの推理小説家ですか?」

「地獄耳ですか?」


 お前の声がでかいだけだ。


「アスク。あなたの声が大きくなったから聞かれたのよ。もしこれが殺人事件なら、もう少し周りを見るべきだわ」

「僕が殺されるかも、て?」


 彼女の口が閉じる。あっさり言われるとは思っていなかったのだろう。そこまで頭が回るなら今の話とその根拠を警察に話すべきでは、と思う。

 ——婚活しか頭にない女とそれを煽る男に話したところで、て思うけれど。それでも言わないよりましよ。

 ララは自分の考えをよそ向けに直しながら二人に提案する。

 アスクは眉間にしわを作ったままララの提案に頷く。渋々といった様子なのは丸分かりだ。二人と一緒に行って、女警部補に冷静に声をかけ続ける男の警察に話しかけた。

 恐らくあの電話で話したことを男に言ったのだろう。男は納得したように頷くと女警部補を呼ぶ。


「これが殺人事件なのは聞かなくても分かるが?」


 アスクが息を呑む。まだ何も言っていないのに言い当てた女警部補を睨む。警戒している空気を出している状態なのがよく分かる。


「どうしてか気になっているみたいだが、それを目撃者達に言うことはできない。ただ、アスクレピオス。君の考えは一つの正解だと言っておこう」

「ダチュラ警部補!」

「調べたいなら調べて構わない。君と、君の隣にいるのはシミエル家のご令嬢だろう?」


 ——あのビール製造会社の社長の娘だろうか。何でそんな言われ方をされるんだ?


「シミエル家……あの事件の娘さんなのか?」


 シャルは何か知っているみたいだが。そんなに有名なことが起こったのだろうか。


「あのトンチキ作家が任せるほどなんだろう。試しても罰は当たらないさ」

「ユイ先生はトンチキではありません! 感性が少々人とズレているだけです!」

「お前のフォローはいらないんだセルド!」


 女警部補、ダチュラが煽るセルドに怒鳴るが、周りの警察は気にした様子はない。この二人の会話は日常茶飯事なのだろうか。

 そんな二人の日常に対してアスク——アスクレピオスの目つきが研いだばかりの刃物のように鋭さを帯びていく。

 先程以上に警戒しているのは、言われなくてもよく分かった。


「……では、僕は僕で調べてもいいということですね?」

「ああ。でも、こいつも一緒だ」


 ダチュラの整えられた爪が並んだ手が、鑑識の集団を示す。

 鑑識が集まっている場所には、一人の女性がいた。黒髪の中で目立つ一房の赤い前髪を耳にかけて鑑識と話していた。

 鑑識を見ていた赤い目が、瞬きを挟んでこちらを向く。


「呼びましたか? ダチュラさん」

「呼んではいないが呼ぶところだった。ロッソ。こい……この人達の監視をしなさい。この程度のこと、できないとは言わせない」

「そんなこと言わなくても、やれと言われたことはやりますよ。

 初めまして。あたしはロッソ、と言います。最近ダチュラさんの下で働くことになったんです。あんた達を見逃してダチュラさんに怒られたくないので、厳しく見ますからね」


 後頭部の下にまとめられてある団子状の髪型を触りながらロッソは挨拶する。赤い目を細めて微笑むその姿は美人特有のキツさがあった。

 ——虫唾が走る。


「アスクレピオスと言います。隣にいるのはバルバラです」

「よろしくお願いいたします。ロッソさん」。


 バルバラがロッソにお辞儀をする。ロッソも会釈を返す。その微笑みすら気色悪い。怖気が走る。


「さて、何からお調べいたします?」

「まずは被害者の情報でしょう。彼女について詳しく知りたいですね。遺体の状態は?」

「そんな重要捜査資料、見せるわけないでしょう」


 確かにその通りだ。


「ただ、聞かれたことに関しては正直に答えますよ」

「そう……」


 アスクレピオスの黒い手袋に覆われた指が薄い唇を触る。

 ふにふに、と触ること数秒。


「被害者について分かっていること教えて」

「名前はブロシア・ダラダット。年齢三十二歳。冒険者の昇格試験の試験官としてギルド協会に勤めています。

 特異魔術はありませんが、魔力操作に長けていたようです」

「魔力操作……」


 アスクレピオス達の表情が硬くなる。魔術で魔力の使用を制御していることを考えると、確かにそれは異例のことだ。

 ロッソの表情は変わらない。魔術が使えるほどの魔力を感じないから、恐らく魔力操作の危険性についてよく分かっていないのかもしれない。こんな馬鹿が警察になるなんてこの国も終わったな。


「じゃあ次の質問。遺体の頭部には怪我があったと思うけど、それは頭頂部で間違いない?」

「はい」

「彼女は開頭術を受けている?」

「はい。青の月の終わり頃に脳梗塞治療で」

「じゃあ死因は脳出血か……開頭して時間が経っていないなら致命傷だね」


 専門用語過ぎて理解できない。


「脳梗塞という脳の血管が詰まって血流が悪くなった場所を治療する場所として頭を開けて治療する方法がある。

 私、アスクから聞いた程度の知識しかありませんが……脳味噌を守る骨を切るんですから、衝撃を受けたらひとたまりもないんでしょう? ねぇ、アスク?」


 隣で聞いていたバルバラが分かりやすく説明する。なるほど、そう聞けば確かに死因は衝撃による脳出血でもおかしくない。


「後頭部じゃなくて、頭頂部なんだね?」

「はい」


 紺色の輪っか団子に指をくぐらせながらアスクレピオスは伏せていた瞼を上げた。

 ロッソの赤い瞳とアスクレピオスの赤い目が交わる。


「じゃあこれは他殺の線がかなり強いね」


 アスクレピオスの薄い唇が断言した。

 図書館に恐怖と混乱を連れ込んできた、あの死体に対して。

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