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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
買い物で買ってはいけないもの
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買い物で買ってはいけないもの 8


「ジュリアさん……」

「そのお話は、本当ですか?」


 濁った金色が、こちらをとらえたまま動かない。


「可能性の話だ。絶対にそうというわけではありませんよ。むしろ、きみの方がしっくりきます」

「私がっ」


 大きく開いた口が、中途半端に止まる。

 止めたのは怒りか、驚きか、納得か。

 どれとも受け取れる、そんな感情が混じった表情で立っていた。


「犯人は……誰だと、思っているんですか?」

「誰がサリバンを殺したか、という問いに答えるのはできますが……それは結局、他人事思考が吐いた独り言にしかなりません。

 客観的に見てこうだろうと結論付けても、本人が違うなら違う。

 今回の事件は、そういう、主観と客観の境が難しい事件だと考えています」


 ユイの言いたいことは分かる。

 犯人を捜すことはできても、被害者が殺される経緯までを考えると、犯人とは言い切れないということだ。二重人格が含まれるなら、更に境界が曖昧になる。

 ——言い回しが正しいか自信がないが……サリバンは多くの人達の幸せになるであろう未来を捨てさせた代償を支払わせられた、といってもおかしくはない。その代償の方法として、ジュリアが選ばれたようなものだ。

 サリバンがしたことは恨まれて当然の行いだ。

 今回の事件はいわゆる、『情状酌量の余地あり』。推理小説でよく出てくる言葉だ。特にジュリアの場合、二重人格がその主観と客観の境の判断の難しさに拍車をかけている。

 ジュリアが聞きたいことは、そういうことではないだろうが。それを本人に告げるのをユイなりに躊躇したようだ。


「正直に教えてください。私は、私以外の誰かがいるんですか?」

「それを決めるのはきみだよ。私はきみに、可能性の話をすることしかできない」


 ユイの言葉が冷たくジュリアの体を刺す。ジュリアの金色の丸が小さくなる。

 突き放された、と思ったのだろうか。どう思ったのか、彼女だけが知る事実だから、レナートは推しはかることしかできない。

 でも、確実に。

 ジュリアの中でユイに向けていた目の光は、あのとき消えた。

 厚い雲が切れて太陽の光が窓を通して差し込み、階段を照らす。光を背に立っているジュリアが、黒くなる。

 レナートは手を動かす。

 ベルンハルトの膝が曲がる。


「……決めたわ」


 高い女性の声が聞こえた、瞬間。

 金属音と火花がレナートの目と耳を殴るように刺激する。

 咄嗟に抜いた剣で受け止めたのは、鋭く伸びた爪でレナートの目を抉り取ろうとしているジュリア、みたいな何か。


「ハッ。染みついた感覚は抜けないみたいね。そこの、ボクちゃんも」


 金色の目の輝きが。口調が。纏う雰囲気が。

 先程のジュリアからあまりにもかけ離れていた。

 縦に伸びた瞳孔が一切の揺らぎを見せずこちらを狙っている。


来い(チャングナジュ)!」


 ベルンハルトがジュリアを引き寄せ、その力を利用して顔を殴る。蹴らなかったのは手加減したのだろう。殺すと色々面倒だから。

 急な視界の揺れにジュリアは動きを止めるかと思いきや、逆に殴られた勢いを利用し、回りながらベルンハルトの脇腹を蹴る。読んでいたのか防御の魔術で防ぐが、あっさりと破られた。ベルンハルトの魔術が雑だったのではない。ジュリアの蹴りが強すぎたのだ。

 蹴られたベルンハルトは階段の柵に思いきりぶつかる。かなりの勢いだったのか、柵が壊れてベルンハルトの身体が宙に放り出される。

 普通なら落ちてしまうが、流石従軍経験者。咄嗟に自身を壊れた柵に引き寄せるように魔術を発動し、しがみつく。口笛の一つでも送りたいくらいの反射神経だが、あれはしばらく動けまい。戦力として数えない方がよさそうだ。

 床に手を置いて干渉する。ジュリアの周りの床を蔓のように伸ばし、膝まで拘束する。

 ロバートが無詠唱で風の矢を出してジュリアの肌を傷つけようと襲い掛かる。レナートが作った一瞬の隙を無駄にしない、実に効率的な戦い方。肌を傷つけられて倒れるだろうことは想像できた。

 レナート達三人がそう思った瞬間、ジュリアの上半身が消えた。

 正確に言えば、頭が地面に着きそうなほど後ろにジュリアは大きく仰け反った。上体を反らすことでロバートの攻撃を全て避けたのだ。

 そこまでは読めなかったのだろう。ロバートの息を呑む表情が視界の端で見えた。自分ももちろん読めなかった。軟体動物かお前は。

 一瞬生まれた空白を、ジュリアは逃さなかった。脚に力を入れて拘束を力づくで剥がす。そんなに甘い拘束をしていないのに、まるで細い糸を引き千切るように破いていった。

 ——お前は軍曹かよ。

 『オークの上位互換』

 『怪力軍曹』

 そう呼ばれた怪力軍曹の姿が頭によぎるほどの剛力に内心冷や汗をかく。軍曹を知っているおかげで、恐ろしく思っても脅威に感じないのは不幸中の幸いだろうか。

 二階へとよじ登ったベルンハルトが浮遊の呪文をジュリアにかけて、落とす呪文をかける。急な浮遊感の次の瞬間には全身を叩きつけられる衝撃。あれではしばらくまともに動けまい。数十分前にくらったからよく分かる。

 だが、油断せず、再び床から蔓を伸ばしてジュリアを拘束する。

 動けなくなったジュリアは悔しそうにレナート達を睨み上げる。


「てめぇ……」

「口調から察するに、もう一人のきみでよいのかな?」


 短くなった煙草を携帯灰皿で潰し、新しい煙草に火をつける。ジュリアの攻撃に焦るどころか、予想通りのような、余裕綽々とした態度に、ジュリアの目が更に鋭くなる。


「その目、人間の目ではないな」


 重力のように重くかけられた言葉。思わずジュリアから目を逸らしてユイの顔を見る。黒眼鏡で目元が隠されているためよく分からないが、慣れたものを見る目だった。


「……魚の血を引いているな?」

「ちょッ……!」

「あんた何を!」


 ユイの言いたいことはすぐに分かった。ただ、人魚を魚と呼ぶのは差別に値するため禁止されている。物書きとして差別表記は一通り教えられているはずだし、気を付けているはずだ。

 それでも敢えて言ったことに驚いているのだ。

 ユイの言いたいことを察したのか、ジュリアの目が更に鋭くなる。


「言わなくていいよ。私は、そこまできみに興味はないんだ」

「そう言うことではなくてですね!」


 窘めるレナートにユイはきょとんと不思議そうに首を傾げる。


「……ああ、この社会では人魚は知的生物扱いで人間と同等だったか。うっかりしていたよ。

 正直考えは変わらないが、不適切だったね。その社会に生きる人達に謝罪するよ。あれらには全くないがな」

「おじいちゃんを、侮辱しないで!」

「しかも雄か! こいつぁ珍しいね!」


 ——頭が痛くなってきた。

 頭を押さえるレナートを警察の二人が同情的に見つめる。


「お前の推理が正しければ、シモンが殺したことになる。シモンはどこにいるんだ!」

「私に聞くなよ。多分ここにいない警察がつかまえているよ」

「逃げられました」

「ほらね……って、え?」


 ジュリアの怒りにユイは淡々と対応する。だがその態度も割り込まれた報告で崩れていった。

 ユイだけでなく、ロバートやベルンハルト、レナートだけでなくジュリアも言葉を失う。

 全員報告が聞こえた方向、非常階段側の廊下からこちらに来るツヴァイを見る。

 まとめていた紺色の髪がほどけ、頬に貼りついている。何があったのか、その汗で大体想像できた。

 ロバートが目を剥いた。


「逃がしたのか!?」

「片親魔族のスペック舐めてました。私の魔術指で弾かれたんです。あ゛ークッソムカつく……」


 頭を掻き毟って呻くツヴァイの表情には怒りしか見えない。あの怯えっぷりから想像できない表情だ。半分といえど魔族の血が入った生き物と闘うのはかなり面倒だったようだ。気持ちは分かる。


「半血でそれなら親魔族は相当強いですよ。純粋な魔族でも指一つで弾くなんてことはできません」

「半ケツ?」

「先生はちょっと黙っててください」


 今そういうお下品なのはいらない。本当にいらない。


「それ本当ですか?」

「あいつらの肉体、魔力は人間よりもはるかに上です。故に力づくで解決しがちな傾向があります」

「小手先の技術にちょっと弱いんだよな。俺みたいな戦い方はできない。だから暴力とも言える程の力でねじ伏せて強さを示す傾向があるんだ」

「魔術を『指一本で弾いた』。本人の才能も必要ですが、魔族の能力なのはほぼほぼ間違いないでしょう。そしてその魔族は、同族の中でも特に優秀だった」

「そこまで強いと——」


 ぱた、と開いた口が勢いよく閉じる。つられるようにレナートの口も閉じた。

 茶色と黒の目が交わる。

 互いに何を思ったのか分かった。分かってしまった。故にこれを言うことに躊躇った。

 ツヴァイが二人の顔を交互に見る。言葉の続きを待っているようだ。

 ユイとロバートは話に入れないことを悟ったのか離れた場所でジュリアを監視していた。ユイなんてジュリアの髪の毛の枝毛で遊んでいる。遊ぶな。裂くな。裂くんじゃない。


「……こいつはどうするんです?」

「傷害罪で逮捕は確定だ。それに俺達を攻撃した。捕まえる理由はあり余るほどあるな」

「情状とか人格とかは?」

「それは専門家が判断することで、俺の管轄外だ」


 ロバートが腰から魔力封じの手錠を取り出す。


「ひとまず、今回の事件はこれで終わりだ。シモンも国中に手配書が出される。捕まるのも時間の問題だ」


 手錠をかける金属の音が、ジュリアを捕らえる無情な音がした。

 どうやら事件はこれで終幕らしい。だが、これだけで済まないだろうと、何となく思っていた。

 レナートの悪い予感は、結構当たるのだ。

買い物で買ってはいけないもの 完

次章 図書館変死体発見事件

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