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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
買い物で買ってはいけないもの
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買い物で買ってはいけないもの 7

 ユイとベルンハルトが戻って来たのは、あれから三十分丁度経った頃だった。


「思った通り、皆さんレナートさんのこと覚えていましたよ。ただ、下手に刺激すると面倒だからスルーしてたっぽいです」

「ここで訓練をした者の中には自分で自らの記憶を消した、ということが何度かあったそうなのでそのときと同じ対応をしただけなのでしょう。どんな訓練したんだホントマジで……」

「容疑者三人の中では特にジュリアさんと交流があったみたいですね。事情聴取のときのやり取りは体が覚えていたから出たものと見ていいと思います」

「仲が良かったから……みたいではなかったみたいですけど」


 ベルンハルトの言葉の意味が分からず、そうですか、と適当に返す。

 大方、訓練で辛い思いをしている彼女に飲み物を渡したとかその程度の交流だろう。それで仲良し判定は軽すぎると言うものだ。


「あと、ジュリアさんとサリバンさんの関係性について聞いてきました。

 やはり横柄な性格はジュリアさんのご友人が立てた作り話で、ジョーダンさんやシモンさんが言うような性格だったみたいです。

 まあ、才能があるからという理由で無理矢理親元から引き離し、あそこまで追い込んだことを考えると、友人の気持ちも分からないでもないですが……それでも、やりすぎというものかと」

「でも、ジュリアさんがそういうことを言わなければ生まれなかった噂なのは本当です。サリバンから被害を受けたと話した覚えがないと言ったジュリアさん、ジュリアさんから話を聞いたというご友人どちらの話にも嘘は見えなかった」

「面倒なこと自体に変わりはないわけか。とりあえず、ご苦労。こちらも、容疑者の素性をあらかた調べ終えたところだ」


 ロバートがどこから集めたのか、三人の資料をベルンハルトに渡す。


「え? それ昨日のときにできていませんでした?」

「ツヴァイが新しく集めてくれたんだよ。昨日のは連絡先と生年月日くらいしか分からなかったからな」

「ああ、そういえばそうでしたね」


 ロバートから資料を受け取り、内容に目を通すベルンハルト。茶色の目が左右に動く。

 読み進めていくほど目つきが鋭くなるベルンハルトの横からユイが覗き込む。警察の資料を勝手に見るとか、よく考えなくても凄いことをしている。


「……これマジ?」

「嘘だったらツヴァイが……って勝手に見ないでくださいよ。俺警察ですよ」


 ベルンハルトが粘着性の高いものを剥がすかのようにユイを壁の方へ押しやる。雑だが、正しさしかない。


「でも、そう考えるなら、証拠がありますよ。動かぬ、てほどではないですけど」


 三人の視線がユイに集まる。


「そんなに気になるなら、今説明しましょうか。皆集めても話すことは同じなんで」

「犯人を捕まえることは警察の仕事だ。話してくれ。周りの説得は俺達がする」


 きっぱりと言い切ったロバートにユイは微笑む。まるでそう言うことが分かっていたと表情で返事しているみたいだった。


「じゃ、ちょっと早いですけど、ここでお披露目といたしますか」


 煙草ケースから一本取り出して唇で挟む。

 マッチに火をつけて煙草を燃やし、紫煙を吐き出す。煙が天井に向かって昇っていく様子を証明が照らした。


「——さて」


 ユイの推理が、始まった。


「まず最初に私が持った違和感は被害者に対する認識の差です。

 私は殺されるだけの恨みを買った最低クソクズ野郎だと思っていました。でもそれはジュリアさんを庇う者が作り出した嘘で、本当は国を思う人間であった。

 やり方に問題はあったみたいですが。それで活躍した人物が多いことから察するに、結果的に見れば正解だったけれど、恨みを買う行いであった。

 次の違和感は遺体。椅子にゆったりと腰を掛けた状態で殺された。正面から殺されていることから考えるに警戒を全くしなかった。つまり身近な存在が犯人だと証明している」

「外にあった監視型魔術道具を見て容疑者をある程度絞ることができたのは、遺体に抵抗の跡が全くないからだ。少しでもあったら、犯人特定の幅は広がっていたのは間違いない」


 ロバートがユイの推理に肯定する。遺体の写真を見たが、レナートの目から見ても抵抗らしいものは全く見えなかった。

 油断していた、というより受け入れたような……。

 ——いや、考えすぎか。


「あの監視カメラ、屋内にはあって屋外に全くないんですよね。それも違和感の一つでした。サリバンにとって、警戒すべきものが外ではなく中にあったのでしょう」

「かめら?」

「監視型魔術道具のことですお気になさらず忘れてください」


 ——異世界のこと思い出したな。

 半目でユイを見るレナートの視線から逃げるように、彼女は顔を背けて大きく咳払いする。


「サリバンは有望な戦士を見つけると自身のギルドに引き入れました。その選別方法二つ。

 一つは契約した悪魔から得た未来観測からの選定。

 もう一つの選別方法は……種族」

「ああ。そういえば聞いていたな。何でそんなことを聞こうと思ったんだ」


 ロバートが顎を撫でながらユイに質問する。確かに、未来を見れるなら他の方法なんていらないと思うが、何か必要だと思ったのだろうか。

 ユイの黒い丸眼鏡がロバートの顔を反射する。


「選定するためには、ある程度の基準が必要だろ。無作為と無差別に見ていたんじゃあ、時間がかかるからな。

 運動神経がいいとか、魔力が多いとか、それらを基準にして、探す方が効率いいだろ」

「おぉ~……」


 話を聞いていた三人の声が全く同じ感情、同じ言葉、同じタイミングで出てきた。

 未来を見ることができるのは、悪魔の力を借りたとはいえ特異魔術が進化したからだ。

 ならば、使い続ければ魔力を消耗する。確かに手当たり次第に調べるより、ある程度の基準を作った方が効率はいい。

 ユイの説明に納得した三人の目が、書類のある一点に落とされた。


『ジョーダン・ウエスト。三十四歳。

 孤児なため両親不明』

『ジュリア・バデーニ。二十歳。

 母親、アン・バデーニ。種族:人間

 父親、トーマス・バデーニ。種族:人間』

『シモン・イートン。不明。

 母親、ヴィヴィアン・イートン。種族:人間

 父親、不明。種族:魔族』


「シモンさんは禁忌の子だった。恐らく狙って作られた子でしょう」

「戦争で有利に立つためだけに生まれた子供。まあ、珍しい話じゃない。二百年前はそれが苛烈だっただけで、思想は根強く残っていた。その思想の残りカスから生まれたというだけだ」

「俺元軍人っすけど、そういうやつがいるの、意外と便利でしたよ。本人には悪いですけど、やりやすかった」


 ユイの眉が中央に寄る。

 レナートやモモのような名持ちに対する皮肉、いや侮辱ともとれる言い方が気に障ったのだろうか。でもベルンハルトの言葉に間違いはない。名持ちが表に出ることで敵の意識は名持ちに向かう。それだけ向けられていない側は動きやすくなる。

 名持ちで陽動を起こし、伏兵が大量の魔族を殺す方法はあまりにも有名な戦術だ。

 だから。

 ——黒い悪魔たる私をたった八人の部下を率いて止めたあの魔族は、ある意味有名戦術を逆手に取っていた。

 黒い悪魔として名を馳せていた自分を待ち構えていた魔族。彼は魔族らしからぬ魔族だった。個の強さを第一とする魔族の中では集団の強さを重要視していた。

 あの魔族について思い出している間にユイの推理が進む。あの魔族を頭から追い出して話を聞く。


「最初はジュリアさんの二重人格による、もう一人の人格が起こした事件かと思いました。実際、噂の件がありましたから。ですが、この様子だと殺したのはシモンさんの可能性が高いですね」

「というより、ジュリアさんができなかったとどめを刺したのがシモンさんなのではないですか?」


 三人の目が一斉に自分をとらえる。急な注目に言葉が詰まったが、自分の意見を述べる。

 ジュリアに弾かれた手を見せながら。

 黒い肌で分かりにくいが、反対の手と比べると腫れているのが一目瞭然だ。


「あの人、完全にこちらの手を弾きました。命あるものが一切受け付けられなくなった彼女にとって、手を差し出しただけの私の手をここまで腫れさせるほど弾くのは、暴れていただけだとしても難しいです。

 あれは、私の手を狙ってはねのけたんです」


 変換でそう見えるように細工していないことも付け加える。こう言わないと面倒なことが多いのだ。


「別にきみのことは疑っていないんだけどな……。

 なるほど。レナートさんの推理を加えるとこうです。ジュリアさんはサリバンさんの首の骨を折った。これが二重人格によるものか、衝動的かは置いておきます。ジュリアさんはサリバンの様子を確認することなく、退出。入れ替わるように反対方向からシモンさんが入って来たのでジュリアさんは自分の後に人が入ることに気付かなかった。もしかしたらシモンさんは様子を窺っていて、それを本能的に察したジュリアさんは部屋を出たんでしょうね。

 そしてシモンさんは苦しんでいるサリバンさんに間髪入れず、ジュリアさんが攻撃した場所に、寸分違わず攻撃を当てた。それによりサイモンさんは絶命。後はそれっぽく整えておけば、油断して死んだサリバンの死体の出来上がり、てわけです。

 実際、そうすることで最後の訪問者であるシモンさんが怪しいですけど、元軍人の冒険者だから、殺そうとする素振りを見せたら警戒されるから難しいと判断しましたからね。

 遺体や部屋を冷やしたのは、殺し方を誤魔化すためでしょう。例えば濡れた布を瞬時に凍らせて硬くした瞬間首に当てたとか……そう思わせるために細工をしたのかと」

「だが……そうだとして、証拠は? 正直、先生が言うジュリア二重人格説が現実味あるぞ。あれは診察受けたら一発だ。そしてジュリアが犯人ということになる。それが奴の狙いだろう」

「証拠という証拠ならあります。ただ、それは通常のものよりも弱いというだけで」


 長くなった灰を携帯灰皿に捨てる。塊が落ちるその様は時間の経過を表していて、時間の速さに驚かされた。


「犯行時刻、何をしていたのか確認したとき彼は『一階で依頼の振り分けをしていた』と言いました。でもシモンさんが一階にはおらず、二階にいた。屋内から二階に行く階段は私達がいる階段しかありません。反対側には非常階段がありますが、使った様子はないでしょうし、使えば不自然です。つまり、彼はあのとき嘘をついていたということです」

「言い間違えたと言われたらそれで済みそうな弱い証拠ですね」


 ベルンハルトのいうことはもっともだ。人の言葉というものは曖昧なものだ。だから契約書という何かを残すものがあるのだから。大昔には契約をつかさどる神がいたらしいから、いかに大事だったかよく分かる。

 煙草をくわえたまま、ユイはそうだろうね、と肯定する。肯定しちゃダメなところだろう。

 思わず心の中で突っ込んでしまった。

 ——他に良い証拠はないものか。

 四人が話すことなく、沈黙する。


「ですが、場所は違えどシモンの証言通り依頼の内容を振り分けていたなら、内容を覚えているはずです。その内容を聞いて、合っているかを確認すればいいのでは? この依頼に対し、どういう基準で振り分けたのか、一個ずつ聞いて問題なければ本当に振り分けたと判断できます。それができなければ……」

「犯人も同然、か……」

「それは本当ですか?」


 四人の間に割って入った声。ベルンハルトとロバートが声から距離をとり、警戒する。

 声の主は階段の途中から覗くようにこちらを見ていた。

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