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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
買い物で買ってはいけないもの
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買い物で買ってはいけないもの 6

 レナートは、自分がこのギルドに所属した覚えはない。今脳内にある記憶領域の中身を底から掻き出しても該当するものはない。

 そしてなにより、信じられないのは所属した当時の年齢。

 十二歳。

 その数字はありえない。だって、その年にレナートは、尊敬する師を殺している。

 希望の象徴たる知恵の魔女を、殺した年だ。

 あの後自分はすぐに軍に所属して訓練を受けた。ここで教育を受けた覚えはない。

 画面にある情報を否定するように携帯を持っていない手で頭を掻き毟る。


 ない。


 ない。


 ない!


「どこにもねーよ、そんな記憶(モン)!」


 爪が頭皮に食い込んで痛みを与える感覚が他人事のように遠い。

 存在するはずのない記憶に混乱してよろめく。背中が壁にぶつかって骨に響くが、気にする余裕がない。

 焦点が合わず、視界がぼやける。

 そんな状態なのに、視界の端に赤いものがはっきり映る。おそるおそる視線をその赤の先へ動かす。

 ——見てはいけない。

 分かっている。

 ——後悔する。

 分かっている。

 ——それでも、見るべきだ。

 赤いものの先には、首が中途半端につながった、生き物。


『ちゃんと殺して、て言ったのに』


「あ、ああああああアアアッ!!」


 剣を抜いて縦に振る。

 両手で持って、狙いを定め、止まることなく、まっすぐ振り切れるように、力強く。

 殺し損ねることのないように。

 苦しませないように。

 この命に、敬意を込めて。


浮け(スパルヴィク)


 重力が消えた。

 急な浮遊感に体が言うことを聞かない。

 視線を巡らせればさっき階段を下りていたベルンハルトがこちらに手を向けていた。右手の薬指に蛇が巻き付いたような指輪が光っている。あんな指輪、していただろうか。


「どうした!?」


 レナートの悲鳴を聞いた二人が部屋から出てきた。浮いているレナートを見て困惑するユイにベルンハルトが何かを言っている。

 いる。あそこには確かにいた。

 殺したくなかったけど、殺さなくてはいけない命が。


「確かにいたんです! 殺さなきゃ、殺さなきゃいけないんです!」


 ユイの黒眼鏡がこちらをじ、と見つめている。


「……相当面倒なことがこのギルドで起きているみたいだな。ベルンハルトさん。レナートさんを解放して……叩き落とせとは言っていないだろう!」


 全身に走る痛みに悶絶しているレナートの前にユイが出てベルンハルトを責める。ロバートがユイの手をつかんで引き寄せようとしたが、振り払ってユイはレナートの手をつかむ。


「レナートさん」


 ユイの低い声が、耳の中をしっとりと濡らす。

 すぅ、と自分の中で高ぶっていた感情が急速に静まっていく。

 思考ができたことで呼吸が落ち着き、体を起こす。辺りを見れば、床にはあの生き物の血はなくて、心配と警戒で自分を見ている目だけがあった。

 しゃがんだユイがこちらの顔を覗き込む。頬が膝にあたって肉が寄っていて、顔の形が若干歪んでいる。


「……何か思い出したんですよね?」


 確信を持った質問に首を振る。

 レナートはここに所属していた。それは変わらない事実だが、何があったのか思い出せない。

 思い出そうとすればするほど、頭の中をかき混ぜるような痛みが生まれる。


「彼がそれを選択しているなら、思い出させないでくれ。戦争時代のここは、あまりいい場所とは言えないから」


 この場にいる人間のものではない声が割り込む。ベルンハルトと同じ階段から一人の人間が登って来ていた。肩辺りで真っ直ぐ切り揃えられた橙色の髪が天井の明かりに反射してキラキラ輝いている。後を追うようにジョーダンが階段から顔を出す。


「きみは?」

「ウエリ。ウエリ・プラデュムナといいます」


 胸に手を当てて、自己紹介をするウエリ。初めて聞く声。初めて見る顔。初めて聞く名前。

 なのに自分は『知ってる』と思った。

 何も覚えていないのに。思い出せないのに。


「あなたは、レナートさんのことを知っているという認識でいいんですか?」

「彼がこのギルドに所属していたのか、という質問なら『はい』です。サリバンが彼のことを強く推していましてね。今思えば……こうなることを見ていたのかもしれません。あの年で『知恵の魔女』を殺せるなんて、相当な才能がないと、できませんから」

「ッハーン? いかにもこのギルドらしい捉え方だな。お前達は人間を『殺す能力』で見ているのか? レナートさんの故郷をとやかく言える立場にいないじゃないか」


 『ヨースター』を評するように語るユイの口調は強い。恐らくレナートがジョーダンに言われたことを思い出しているのだろう。でなければあんな言葉は出ない。


「……ジョーダン。君レナートに何か言っただろう?」

「何のことかさっぱりだな」

「……何を言ったのか大体分かったよ」


 ウエリが眉間の皺を揉む。


「……ジョーダンがすみませんでした。私からきつく言っておきます」

「お前のお仕置きはマジで勘弁してくれ」


 サッと顔が青くなるジョーダン。相当キツいものらしいのは、表情を見ただけで分かった。

 だが、このやりとりで荒れていた心が少し落ち着いた。

 深く呼吸をして立ち上がる。


「このギルドは、命を殺すことに特化するよう訓練をしているそうですね。どんな訓練内容か、お伺いしても?」

「……本当にひどい訓練です。今の時代なら一発で閉店廃業待ったなしですよ」

「人でも殺させたのか?」


 ロバートの垂れ目が刃物のような鋭さを持つ。ジョーダンが首を横に振って即座に否定する。


「生き物ではあるが、人ではない。詳しく言っても良いが……こいつが発狂するかもしれないぞ」


 できれば言わないでくれると嬉しい。

 どんな内容か詳しく思い出せないが、自分の中の価値観を根本から覆すようなものだったことだけは覚えている。

 ——ここにいたモモちゃんが、冒険者を続ける選択をしなかった。それは……毒が塗られた鋼製の茨の道を進んでいるようなものだ。

 レナートの感覚を信じるならば、日常生活の行動全てに『殺す』の選択肢が常に出ている感覚に近い。

 いずれ自身を蝕んで殺すものになる。もしかしたら、それを望んでいるのかもしれない。

 それだけ辛く、酷いものだったということだけは、この体が覚えている。


「ジュリアさんが肉類を食べれなくなったというのも納得の訓練内容だったという訳か」


 ユイが黒い爪を黄色い唇に当てる。

 邪魔してはいけないと悟ったのか、ウエリとジョーダンは階段を下りて去って行った。


「どうやって殺したかは、大体想像ついているんですけれど……いかんせん証拠がなぁ」

「それでも思い付いただけ凄いですよ」

「犯人の目星はついているってことですか?」


 ベルンハルトの問いにユイは何も返さない。


「レナートさんがここにいたということは、恐らく容疑者全員知っています。それでも言わなかったのは、レナートさんを思ってのことなのでしょう。ここからはレナートさんについて聞いてみます。

 ロバートさん。ベルンハルトさん借りてもいいですか?」

「構わない。また暴れられたらかなわないからな」

「待ってください。私には、ユイ先生を守る、理由が……!」

「今のお前じゃ足手まといもいいところだ」


 ユイに伸ばした手が、ロバートの言葉で鋭く刺された。

 伸ばした手が床に落ちる。手の甲が床に当たって衝撃と痛みがやってきたが、気にしていられなかった。


「レナートさん」


 ユイが膝をついてレナートと目線を合わせる。

 黒眼鏡で隠されてよく分からないが、それでもこちらを思う心が見えた。


「すぐに戻りますから、ロバートさんと待っててくださいね」


 それだけ言い残してベルンハルトと一緒に去ったユイを、ただ黙って見送ることしかできなかった。

 守られている、とはっきり意識させられるその光景にレナートは唇を強く噛む。

 ——何で、覚えてない。何で、取り乱す。何で、先生を守れない。

 何で


 何で



 なんで!!



 何で、と怒りが脳内を埋め尽くす。

 ロバートが何か言っているが、正直聞く余裕がない。

 ただ、ユイを側で守ることができない。

 その悔しさだけが今のレナートと一緒に残されていた。

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