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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
買い物で買ってはいけないもの
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買い物で買ってはいけないもの 5

 悪魔

 旧世界に存在した生命体。生き物というには存在が超常現象過ぎて、人間や妖精、人魚、魔物、神とは違う区分にされた、ということしか知らない。

 ——人間の欲という存在が人格という形を持って具現化された、だったか? フランとユリアンが教えてくれたけど、戦争の合間だったからよく覚えていないんだよな。

 この世界では妖精の次くらいに恐れられ、忌み嫌われている。

 忌み嫌われている理由は世界を滅ぼしかけた一人の人間に力を与えたからみたいだが、真偽のほどは不明だ。


「悪魔と契約か……なるほど。未来を見る程度ならどうにかできるだろうな」

「あんた悪魔の何を知っているんですか」


 顎に手を当てて、うんうんと頷いて納得するユイ。ロバートの疑問が綺麗に彼女に刺さったが、あまり効果はなさそうだ。


「ガーンディーヴァくん。きみは随分と自信たっぷりに言うが、そう言い切れる根拠はあるのかい?」

『あるわ。アタシを見つけたのがその悪魔だもの。自分の護身用にどうだ、て勧めてきたわ。

 ギルドができる数年前くらいだったかしらね。悪魔はアタシの価値を正しく理解したけど、彼は全く興味がなさそうでね。その目が、とっても……クールだったのよ〰〰!!』


 ポジティブな武器だ。自分に興味がないと知ったらショックを受けそうなのに、逆に恋の火を燃え上がらせた。

 恋の弓、というのはあながち嘘でもないらしい。


「こいつ人生楽しそうだな」


 ユイの低い、冷めた言葉に内心同意する。彼女のことをよく知っているわけではないが、恋愛中心的な思考回路をしていることは分かる。


「それだけの感情を向けたのにサリバンはあんたをこんなとこに閉じ込めたのか。

 魔道六器といえど武器は武器。自力で出ることはできなかったわけか」

『当たり前でしょ。アタシ達はあの人に使われることを選んだんだから』


 やけにきっぱりと言い切ったガーンディーヴァ。内容が気になったが、一旦横に置いておくことにした。


「悪魔との契約について他に知っていることはないか、ガーンディーヴァ」

『悪魔は人間の良質な魂を求めている。だから、今回の事件は悪魔側にとって予想外の出来事のはず。報酬を横取りされたも当然だからね。放っておけばそのうち動くんじゃない?

 あ、誰が悪魔とかは言えないわよ。あいつらは姿を変えるから。っぽいな~、て思っても確信が持てないのよ』


 ——随分と詳しく話すんだな。悪魔と契約したサリバンの元にいるなら、当然というべきか。


「もう一つ質問だ。サリバンは勧誘するギルドメンバーを選んだ手段として未来を見る以外に何かあるか、知っているか?」

『知らないわ。未来を見ることができるんだから、そんな必要ないと思うけど』

「そうか。ありがとう」


 ユイは聞きたいことはないようで、ガーンディーヴァに背を向けて現場に目を向ける。

 サリバンが座っていた椅子の周りをぐるりと一周する。サリバンが座っていた椅子は背もたれがあるもので、構造から見て首を支える高さまである。背後に回っての奇襲は不可能だ。仮にできたとしても、背もたれに隠れた状態で首の骨だけを折るように攻撃は無理だ。

 正面からの殺害と見て間違いないだろう。

 ——死亡時刻や能力を考えると一番可能性が高いのはシモンだが、実力者がそんな素振りを見せたら警戒する。

 そもそも、未来を見ることができるサリバンがそう簡単に殺されるのか、という疑問が湧く。


「恐らく、この殺人は衝動的なものですね」

「……根拠は?」

「時間帯。死亡時刻をずらすようなトリックがされていないし、外にはたくさんのギルドメンバーがいた。もちろん、それを見越した計画的殺人、て可能性もあるけど……」

「ないだろうな。もし計画性があったらもっとマシな殺し方をしてる」


 殺し方にマシとかあるのか。

 表情筋は動いていないが、自分の言いたいことが分かったのか、青磁の瞳が自分をとらえる。


「戦闘とかだと話は別だが……このような状況での正面殺人は、被害者が犯人を警戒していないことの表れだからな。おまけに監視用魔術道具で容疑者をある程度絞れた。

 取り返しのつかないことをしたことに対する繕いが少ないんだよ。この事件は」

『ああ、自分が悪いことした、バレないようにするためのね。確かに部屋を冷やすくらいの繕いしかしていないわね。それしかできなかったのかしら』

「事件の概要も説明していないのに、そこまで分かるのか?」


 ロバートが目を見開いてガーンディーヴァを見る。余程衝撃だったみたいだ。


『アタシは火という熱を扱うのよ。だから部屋の温度が冷たすぎることや、冷却用の魔術道具が熱を持っていることに気付いたわ。サリバンがそんな簡単に死ぬとは思っていないわ。魔道警察が動いていることから考えて、突発的だろうと思っただけよ。決まっていた未来なら、きっと準備していたわ』

「事件から一日は経過しているんだぞ。魔術道具がそこまで熱を持っているとは考えにくい。

 ハッタリか?」

『まぁ、魔術道具云々は盛ったわ。でも、サリバンの遺体が普通の死体より冷たいことには気づいていたのよ。ここから三ィタ先にあるサリバンの冷たさを知っていたから。保存の術式には冷却効果はないでしょう?』


 ロバートは何も言わない。遺体の状態は合っているということでよさそうだ。

 世界を滅ぼしかけた武器というのは、一定の範囲内の熱を感知できる上、識別できるらしい。


「恐ろしい能力ですね」

「触れた対象を作り変える能力を持つきみに言われたくないだろうよ」

『つくり、かえる……?』


 ガーンディーヴァが疑問の声をあげる。

 この弓に自身の特異魔術を伝えていいものか。迷ってしまい黙る。ただそれも、一種の返事である。

 レナートの特異魔術を確信したようでねぇ、と売女みたいな声をあげる。


『アナタ、アタシを使ってみる気、ない?』

「尻軽クソアマビッチは黙っててください」

「凄い罵倒するじゃん」


 しかも名字みたい、とケラケラ笑うユイの声に悪意はない。純粋に面白いものを見つけて喜ぶ子供のように笑った。

 名字みたいな罵られ方がショックだったのか、ガーンディーヴァは言葉を重ねることをしなかった。

 武器なので表情は分からないが、ショックを受けているのは何となく分かる。


「この武器どうするんですか? 本当に警察で預かるんですか?」

「……見なかったことにしたい」


 預かる、なんて言っていたのに、このひっくり返しよう。この武器がいかに厄介で面倒で、だから無関係でいたい気持ちが見え見えだ。


「うちで預かろうか? お前にとっては、最も安心できる場所だろう?」


 この作家は何を言っているんだ。


 会話する二人に対して目を剥く。内容が衝撃的過ぎて目がぐぅん、と力んでしまってちょっと痛い。


「……それがいいかもしれないな」


 お前も何を言っているんだ。

 話の内容についていけない自分は二人の顔を往復するように見ることしかできない。


『えぇ~。アタシあんたのおもちゃになる気はないんだけど』

「使ってくれないご主人様よりはマシだろう?」


 サリバンを引き合いに出されると何も言えないのか、彼女は不服そうにしつつも文句は言わなかった。

 廊下からこちらに向かってくる足音。どうやってこの弓をしまうか相談する二人に慌てて誰か来ることを教える。


「え、やば」

「レナートさん時間稼いでくれない?」


 無茶を言うな。

 でもこの状況を何とかしないといけないのは流石に分かる。

 ——こういうのはユリアンが得意なんだけどな。

 心の中で愚痴りつつ廊下に出て執務室に入れないようにする。

 廊下にいたのはベルンハルトだった。緑色の髪が動きに合わせるように揺れている。


「ベルンハルトさん」

「レナートさん。お疲れ様です。ロバートさんを探しているんですが、知りませんか?」

「この部屋にいますが、今ユイ先生と話し合っています。話し合いに私は邪魔だからと、追い出されたんです」


 腰に両手を当てて、手持ち無沙汰な演出をする。これで少しは諦めてくれるといいんだが。

 ベルンハルトの反応はレナートの予想に反して、鋭い空気を持つようになった。

 中に入る気はないようで、忌々しそうに舌打ちをする。これまで見たベルンハルトらしからぬ行動に思わず声をかける。


「何か急ぎの案件があるのですか?」

「いや、案件はありません。ただ、あの二人が二人きりであることが、ちょっとな……」


 眉間の皺を揉みながらレナートに返事するベルンハルトの表情は一言では言い表せないほど複雑に歪む。


「レナートさん。できればあの二人を固まらせないでくれ」

「……理由をお伺いしても?」


 ベルンハルトのお願いをすぐに了承することはできない。何かをお願いするなら、納得させるだけのものが必要だ。

 茶色の目を見つめたまま問う。質問に逃げられないと悟ったのか、ベルンハルトはあっさり答えた。


「それを警察は望んでいないからです」


 彼が言った言葉が何を意味するのか、レナートは正直よく分からなかった。ただ、ユイとロバートの密会染みた行為は見逃せないものみたいだということは分かった。

 ——あの落花死事件のとき、約束がどうの言っていたな。

 二人は何かしらの契約を結んでいて、それを警察は知りたいということなのだろう。

 だが、それをこの男に聞いても答えてくれない。付き合いが浅くてもそれくらいは分かる。

 ——なら、こちらで勝手に調べさせてもらうだけだ。


「……やっぱだめ?」

「ええ。納得できませんし、それだけの材料を言えないのでしょう?」

「しょーがない。今回は諦めるか。でも、俺が言ったことは気に留めてくださいよ」


 茶色の目を鋭くしてベルンハルトはそれだけ言うと階段を下りて行った。外の光を取り入れて階段を照らす窓が暗くなる。窓を見れば分厚い雲が太陽を遮っているみたいだ。

 急速に暗くなる廊下で、ベルンハルトの言葉を思い返す。

 ——釘を刺されてしまった、と受け取るべきだろうか。

 ポケットに入れていた携帯が震える。ユリアンにお願いした情報が来たようだ。

 携帯を開いて文書を開く。

 中にはギルドに所属していた人物の名前と所属した年齢。

 やはりかなりの人数が所属していたようでざっと数えただけで二百以上はある。下へスクロールしながら名前を流し読みする。

 見知った名前がちらほら見える。実力者はここ出身が多い、当時流れた噂は間違いではなかったらしい。

 下ボタンを押していた指が不意に止まる。黒い目がある一人の名前をとらえたからだ。

 その名前から目が離せない。だって、そんなことは、ありえない。ありえるはずがない。

 なんで。


「おれの、名前……?」


 何度見ても、『レナート=R・ワレンチン』の名前が消えることなくそこにあった。

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