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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
買い物で買ってはいけないもの
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買い物で買ってはいけないもの 4


「……ま、ここで原因について悩んでも仕方がない。ジョーダンが言った場所について調べてみましょうか」


 よいしょ、と掛け声を一つかけてユイは立ち上がる。ジョーダンについては確かに気になるが、今考えても仕方がない。

 二人はサリバンの執務室に向かう。歩いて数分もしないほど近い距離だ。

 執務室の前で張っていた警察が目礼する。レナート達もならって頭を下げる。


「お疲れ様です。中に入らせていただきますね」

「どうぞ。ロバートさんから伺っています」


 執務室の扉を開けてくれた警官に礼を言ってユイは中に入る。執務室にはロバートが煙草をふかしながら立っていた。口から煙草の煙の塊が規則的に吐き出されている。


「あぁ、ユイ先生」

「こんなところで一人何突っ立ってんですか~? 何か気になるものでも?」


 ユイが口の端をつり上げながらロバートに近付く。


「ええ、まあ。この引き出しについて」


 ユイの言葉を聞いた青磁色の目が扉と引き出しがついた白い棚に視線を遣る。

 取っ手は金色で、質感から高級な匂いがする。

 ——ジョーダンが言っていた引き出しはこれか。

 一目で分かった。理由は二つ。

 一つ目は鍵がついている物はそこだけしかなかった。

 もう一つは、他の扉や引き出しには使われた跡が見えるが、その引き出しだけには全くなかった。恐らく何かをしまったとき以来触っていない。


「鍵がかかっていて開かないんだ。鑑識の方で簡易的に調べさせたが、従来の造りとは違うみたいでな。どうやら、鍵を含めたこの棚は特注品らしい」

「そうか、これは、世界に一つだけの棚、か……」

「今のどこに感傷にふける要素があるんだ」


 遠いものを見る顔になったユイにすかさずロバートは突っ込む。

 二人の会話を横で聞きながらレナートは鍵穴に触れる。

 ——頼んで作ってもらったというだけあって、鍵の構造はかなり複雑だな。物理的な『鍵』と魔術的な『鍵』の二重ロック。しかもどっちも複製と解析が複雑すぎて嫌なほどの造り込み。何を入れたらこんな面倒な鍵をかけようと思うんだ。

 鍵穴に干渉して中の構造を探って分かったのは、『面倒』の二文字のみ。ピッキングや解析で開けるなら壊した方がはやい。

 ——ただ、それをしたら魔術的な鍵の効果の一つの結界によって弾かれる。頼んだ奴も頼んだ奴だが、作った奴も作った奴だ。頭おかしい。作る側、て皆そうなのか?

 脳裏に浮かんだのは隣で警部と話している小説家。バレたら怒られることは絶対だ。

 物理・魔術共に厄介極まりないこの鍵は開けられることなく終わる可能性が高い。警察なら開けられるだろうが、そんな時間的余裕はないだろう。

 ——まぁ

 指先に力を入れて鍵穴を押す。

 ——私にとって、意味のないものですけど。

 指先の肉を物理的な鍵穴の構造と一致するように変換。並行して魔術に干渉して構成式を施錠から開錠に変換する。かなり癖が強い魔術式だが、力はこちらが上だ。魔術行使に支障はない。

 がちゃり

 開錠の音が二つ。


「開きましたよ」


 二人に知らせたら二人揃って全く同じ顔をしていた。絶句、という単語が似合いそうな顔だ。


「おっ……おま、なに、ばっ」


 自分を指差すユイの声は指と同じくらい震えている。今の自分の行動に何かおかしいところがあったのだろうか。

 自分の行動を思い返しても、特におかしいところがあるとは思えない。

 黙って見つめていたらユイの口から喉を引き絞ったかのような声が出てきた。

 ロバートがわざとらしく咳払いして顔をそむける。


「……俺は何も見ていないからな」

「おまえホンット感謝しろよ。色々と」

「ありがとうございます」

「本当に分かってんのぉ~?」


 黒く塗られた長い爪で容赦なく突かれる。結構痛い。何でそんなこと言われるのか本当に分からない。


「……開けない方がいいんですか?」

「嘘嘘ごめんめっちゃ嘘~」

「どうぞ迷わず開けてくれ」


 何なんだこいつら。特にユイ。両手をこすり合わせるな。

 半目で睨んでしまいたい気持ちを抑え、引き出しの取っ手をつかむ。手前に引けば、何の抵抗もなく引き開けることができた。

 三人並んで引き出しの中を見る。


「……弓?」


 誰かがこぼした言葉は、引き出しの中身を正確に言い表していた。

 青に白い線が引かれている弓が、引き出しの中に入っていた。

 一目見ただけで、冒険者が使っているような弓とは一線を画していた。

 ——弓に力がある。

 通常、魔術師が武器に魔術をかけて効果を付属させる。これは弓自体に魔力がある。おそらくユイが使っても魔術的効果を発するだろう。

 その意味で、この弓は特別だ。

 ただ、その弓にはあるものがなかった。


「弦がないですよ、この弓」


 ユイの言う通り、弓弦がない。弓には絶対必要なものなのに。


「不良品ですかね?」

「こんだけ特別感出しといてそれはないでしょう。最初からないんだと思います」


 ユイの疑問を即座に否定する。流石にこんな風に作る武器職人はいない。


「……とりあえず、警察の方で保管するしかないだろう」


 予想外の中身のせいで変になった空気を整えるべく、ロバートが咳払いして話題の方向性を変える。


「あ、じゃあこれ持ち上げますね。よいしょ、と……」

「あっ、馬鹿……!」


 ロバートの制止より、ユイが武器を持つ方がはやかった。ユイが弓を持ち上げた瞬間。


 ユイの体が燃えた。


 慌ててユイと弓を引き離す。目視で確認したところ、火傷の様子はない。ユイを自分の背中へ移動させつつ、床に落ちた弓に警戒する。

 触れただけで対象を燃やすだけの力。変換しようと触ったら逆に呑み込まれそうで迂闊に触れられない。

 人や魔族なら、一瞬で済むことなのに。

 できることができないのが、こんなにももどかしい。唇を噛みたい気持ちを構えている剣に乗せて目の前の弓に向ける。

 ユイから離れて落ちた弓は数秒ほど派手に燃え上がったが、すぐに静まった。

 弓を警戒する男二人と、様子を見ている女一人。

 肌がひりつくような固い空気が場を支配する。


『ちょっとぉ! 急に触らないでよ吃驚しちゃう! レディーに対してそんな接し方でいいと思っているの!?』


 動いたのは、知らない女の声だった。


『まあでも、この狭い空間から出してくれたってことは、アタシの有用性に気付いたってことね。

 言いたいことはいっぱいあるけど全部流してあげる。

 それで、どこの大陸? どこの国? どこの土地?

 私は何を燃やせばいいの?」


 ここまで言われたら、三人は嫌でも理解した。

 聞こえてくる女性の声は、この弓が発しているものだと。


『……ん? あなた達サリバンじゃないわね。サリバンはどこ?』


 弓もようやく状況を理解できたのか、三人に質問する。


「サリバンなら死んだ。その死の原因を知るため、魔道警察たる俺がここにいる」


 質問に答えたのはロバートだった。衝撃的な内容だったのは間違いないようで、弓は息を呑んだ。


『……アタシを使わないからよ。アタシだったら、魔族に殺されるような真似は許さなかったわ』

「殺したのは魔族じゃないぞ」

「戦争のことを言っているのでしたら、八年前に終わっていますからね。そしてこの町に魔族はいない」


 弓の考えをユイは即座に否定する。レナートも続いて発言し、今の時代について簡単に説明する。

 弓はすぐに理解できなかったようで、返事がなかった。


『……そう。だから魔道警察、て言葉が出たのね。意味分かんな過ぎて無視してたけど。

 ……ま、あんなやり方していたら殺されて当然か』


 ようやく声が返って来たのは、時計の秒針が一周した頃だった。

 声の様子からして、相当なショックを受けているであろうことはすぐに理解できた。


「会話できる知能があるなら、きみの名前を聞こうか。私はユイ。ユイ=M・ヴォンシュ。

 レフセブㇲ王国一番の人気者だ」

「レナート=R・ワレンチンです。この人の護衛をしています」

「魔道警察のロバートだ。それ以上でもそれ以下でもない」

『流れるようにみんな自己紹介するじゃんウケるんだけど』


 ポンと返ってくる言葉はまるで人間そのもの。喋る武器だけでも相当凄いのに、会話できるとなるともう次元が違う。

 武器の範疇を超えている。

 戸惑うレナートの鼓膜を女の声が震わす。


『アタシは……アタシという武器の名前はガーンディーヴァ。

 世界を灰にするほどの熱を持つ、恋の弓よ』

「アルジュナ?」

『誰よそいつ』


 ——また異世界ネタ言ってる。

 弓の名前を聞いたロバートが頭を抱える。どうやら知っているものらしい。

 そして、この弓——ガーンディーヴァは、そうしてしまうだけの力を持っているらしい。


「魔道六器じゃないか……」

『あら。アタシについて詳しいのね』

「まどうろっき?」

「魔道六器。六百年以上前世界を滅ぼしかけた男が使っていた武器の一つだ」


 ロバートが眉間のしわを揉みながら簡潔に説明する。とても分かりやすい説明だった。


「あの金髪碧眼男。剣一本で滅ぼしたわけじゃないのか?」

「そんなわけないだろ。使っていた武器の一つである剣が有名なだけで、他にも色々使っている。

 それらの武器をまとめて『魔道六器』と呼んでいるんだ」

「六つのうちの一つが『弓』でわけね……」


 ユイとロバートの会話を横で聞きながらレナートはガーンディーヴァを警戒し続ける。

 ロバートが言ったことが本当なら、この弓は世界を滅ぼすだけの力を持っている。国が厳重に管理していそうなものが、何故こんなところで閉じ込められている。


『アタシ達は国や人なんかに縛られないわ。使われたい人にしか使われないのよ』

「つまり……きみはサリバンに使われたかったということか?」

『当たり前じゃない! あんなまっすぐな目、なかなかいないわよ』

「なのに、こんなところにしまわれたんだ?」


 ガーンディーヴァが放つ空気が鋭くなる。ユイのいつもの癖が出てしまった。相手にとって触れられたくないところを、遠慮なく踏み込む癖が。

 純粋に、知りたいからという好奇心だけで。

 飯のタネにしようとするダンタリオンやダブロイドと違って、悪意がないのが救いだ。その分、質が悪いところがあるが。


『そうね。あいつは最後までアタシを見なかったわ。ムカつくけど、そこは否定できないわ』


 ガーンディーヴァは黙ってしまう。今言ったこと以上の言葉を重ねたら、自分自身の心を傷つけてしまうからだろう。武器の癖に、変なところで繊細だ。


「きみの繊細な心はどうでもいい。私はサリバンについて知りたい。きみの知っている範囲で構わないから、サリバンについて教えてくれ」


 感傷に浸っているガーンディーヴァに構わず質問を投げるユイ。容赦がない。

 心があるかどうか分からないが、ズバッとした切り込みを入れられたガーンディーヴァに同情した。

 ガーンディーヴァはんー、と声をあげて唸る。人間だったら眉間にしわを寄せて考えていただろう声だ。


『サリバンの人を見る目の確かさは知ってる?』

「大成する才能の持ち主を見抜くことなら、知っている」

『それが、特異魔術ありきのことだってことは? それも、他所から調達したものだとしたら?』

「特異魔術は本人だけの奇跡だ。他所から貰うなんてことはできない」


 ロバートが即座に否定する。言葉に出していないだけで、レナートも彼と同じ意見だ。

 特異魔術は目覚めた者以外行使できない『奇跡』であるから、別名『魔法』とも呼ばれている。

 それをよそから調達するなんて無理だ。


『サリバンの特異魔術は“任意の場所に扉を作る”ことは知ってる?』

「ああ。役所に確認したから間違いない」


 まだ聞いていない情報だ。ユイが聞き取りをしている間に入手したのだろうか。

 ——何かを移動させる系統か。ジュードと似ているな。


『実在空間にしか作れなかったその扉を、対象人物の未来に扉を作れるように進化させたのは?』


 誰も返事しない。知らないという返事だと受け取ったガーンディーヴァはそのまま話を続ける。


『特異魔術は進化するものだわ。それでも、対象の未来を見ることができるように扉を作るなんて、無理。未来を見るのは未だ現代の魔術で理論化されていないからね』

「でも、彼はその力で戦争で活躍する人を見抜いた」


 ユイは続きを言わなかったが、同じことをユイ含む三人は思っていた。


 どうやって?


 三人の疑問はすぐに答えられた。


『サリバンは悪魔と契約して、扉を対象の未来にしか使えないようにした。それで、戦争で活躍する人物を選定したのよ』


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