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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
買い物で買ってはいけないもの
29/70

買い物で買ってはいけないもの 3


「サリバンが死んで真っ先に思ったのは、生きていたんだ、だな」


 被害者の死に対して無感情な男、シモン・イートンは淡い緑色の前髪を雑に掻き上げて煙草に火をつける。

 吸い慣れているのだろう。ライターを扱う手の動きに無駄がなかった。


「あいつは嫌味がないくらい嫌味なやつだったからな。死んだことであいつが生きていることを実感したくらいだ」

「嫌味がない、というには人格的に問題があったと窺っているのですが……」

「あれはジュリアの友人が立てた悪評だ。あいつにそんな欲はない。

 滅私奉公とはサリバンのためにある言葉だと言っても過言じゃあないくらいだ。他の連中に聞けばすぐに分かる。ジュリアは美人さんだからな。あいつを守るためにシンパ共もなりふり構ったていられなかったんだろ。

 俺個人としては、せっかくの才能を潰したジュリア自身を責めたいがな」


 ここのギルドにいる者の六割は、ジュリアを嫌っている。


 煙を吐き出しながらこぼした言葉は、すぐに受け止められなかった。


「ジュリアさんは、冒険者として活躍するだけの才能があったということですか?」


 ショックから立ち直ったのはユイで、すぐに言葉の意味を聞いてきた。


「ああ。もともとこのギルドは義勇兵達の集まりから生まれた組織だ。国がそういう存在を認めていないから冒険者という身分に収まっているが、本質は義勇兵に近い。だから、サリバンは義勇たる才能と性質を持つ者を集めて育てた。

 ジュリアは……義勇兵たり得たのに、殺人に抵抗があった。人の肌をちょっと傷つけただけで泣く程だ。本当にもったいない女だ。

 宝の持ち腐れとは、あの生き物のことを言うんだろうな」


 天井に灰色の煙を吐き出すシモン。

 ——随分な言い様だな。

 斜め前で座って話を聞いているユイの顔を見る。顔の全部が見えるわけではないので、どんな表情をしているのか分からない。黒眼鏡が読み取れなさに拍車をかけているからだ。

 表情を見えなくさせている要因たる黒眼鏡は、ユイの言葉で言う『アクセル全開』というやつだろう。使い方があっているか分からないが。

 天井を見つめていたシモンの紫の目が、こちらに動く。

 射抜かれたような鋭さに、奥歯を一瞬噛んでしまう。

 ——今の目は、一体……。

 殺意は感じなかった。でも、不愉快だった。こちらの動きを探るような目が不気味で、思わず剣に手を伸ばしかけた。


「……サリバンさんの執務室に訪れたわけを聞いても? あなたが最後でしたね」

「訳って……普通だよ。結成時からいたわけじゃないが、長い付き合いだ。今後のギルドの在り方を聞きたくてな。

 このギルドは、人間の勝利への道を作るための場所だ。戦争が終わった今、俺達の在り方も大きく変わった。解散するのか、しないのか。それを話すために来た」

「彼はなんと?」

「……『私は国のために行動する』。それだけだった」


 短くなった煙草を灰皿に押し付ける。もう話したいことはないらしい。


「午前十一時半から午後十二時頃まで、あなたは何を? 執務室を訪れるまで、何をしていましたか?」


 気付いているだろうに、ユイは無視してシモンに問いを投げる。


「……一階の受付で依頼書を振り分けていた。新米共の育成もあったからな。受付嬢三人が証人だ」


 シモンは立ち上がった。本当にこれ以上答える気はないようだ。

 こちらに背を向けて部屋を出ようとするシモン。これ以上聞くのは無理だと誰が見ても分かった。


「あなたも、サリバンさんに義勇兵たる素質を見出された者ですか?」


 ユイはまた無視して言葉を投げる。扉を開けようとするシモンの手が取っ手に触れる直前で止まる。

 もう自分達の方を見たくもないのだろう。彼は首を一つだけ頷くとそのまま出て行ってしまった。

 乱暴に閉められた扉の音が、彼の代わりにこの部屋に残った。




 二人目は依頼人の友人であるジュリア・バデーニ。藍色の髪を緩く三つ編みにして受付嬢らしい、清潔感のある格好で部屋に来た。

 眉を下げながら金色の瞳を不安に濡らせてこちらを見つめる。扉の前に立ったまま動かない様子を見る限り、かなり警戒しているようだ。

 ユイがにっこりと笑って話しかける。


「ジュリア・バデーニさんですね。どうぞこちらの椅子に座って、」

「私は殺していません」


 即答じゃねえか。

 咄嗟に口を噤まなければ溜息が出ていた。


「み、皆同じこと言うんです」


 深爪が手の甲の皮膚に食い込むほど強く握りしめるジュリア。金色の瞳が一点に定まらず、あちこち動いている。


「お前が殺したんだろう、て。皆が言うんです。でも、私は何もしていないんです。

 確かに、私はサリバンの期待に応えられなかった。それで失望されはしてもひどいことはされませんでした。なのに、なのに……なんで、なんで!」

「とりま軟水飲む?」


 パニック状態に陥りかけたジュリアの思考が、ユイが水を差し出すことで上書きされた。

 差し出した勢いで水がコップから少しこぼれ。卓子に落ちる。

 その勢いで差し出された水を、ジュリアは恐る恐る近付き、手を伸ばして受け取る。小さく舌を出してちびちびと飲む姿は子猫にしか見えない。

 呼吸が整い、ジュリアが落ち着くのを待ったユイは先程よりも低く、静かな声で語りかけるように話しかけた。


「きみの話を聞いて感じた齟齬について話してもいいかい?」


 こくり、と頷いたジュリアにありがとうとユイは感謝する。幼子を相手する大人みたいな対応だった。こういう姿を見ると、社会人としての良識が見えて普段の姿との齟齬をとてつもなく感じてしまう。


「噂として流れている、『被害者にひどいことをされていた』という事実はなかったという認識でいいのかい?」

「はい。本当に私が殺人に向いた性格じゃない、ということが分かったからでしょう。

 このギルドの教育を受けてから、私は一切肉類を食べれなくなりました。野菜類や海藻類しか食べられません。

 ……どこまで言っていいか分かりませんが、いずれ明らかになることだから言います」


 残った水を一気に喉に流し込み、自身の心を整えるジュリア。

 そのコップの持ち方。

 頭の傾き。

 動く髪。

 唇の形。



 既視感。



「この『ヨースター』の冒険者教育は、命を殺すことに特化しています。

 何かを殺すことに躊躇いを持たせないように徹底的に教育していて……。サリバンはその素養のある者しかギルドに入れません。あの教育だからこそ、異名を持つ程の活躍をする人間がたくさん生まれた。

 それだけ、殺すことに躊躇いがないということですから」


 ジュリアの金色の瞳が床の一点を見つめる。


 そこには死体


 は、なく。ただの木目がそこにあった。


「きみはサリバンに見出されながらも、その力を発揮できなかった。それに対して何か言われたことはありますか?」

「いいえ。私が一切命あるものを食べられなくなった時点でサリバンは何をしませんでした。でもギルドから追い出すのは、周囲が私に不躾なことを言うと考えてここでの働きをくれたんです。

 目的のためには容赦のないところはありましたが、非情な人ではありませんでした。

 ——それだけが理由じゃないということも分かっていますけれど、今はこれしか言えません」


 空になったコップを差し出す。おかわりが欲しいということだろうか。

 自分の水筒の蓋を開け、中の水を注ぐ。

 ジュリアは金色の目を見開いてこちらを見る。何かおかしいところがあっただろうか。

 水筒の蓋を閉めながら首を傾げれば、ジュリアは慌てて目を逸らした。なんなんだ本当。


「どうしてその噂が流れたのか、ご存知ですか?」

「……信じたくありませんが、私がそう言っていたようです。でも私は本当に言った覚えがないんです。そういうのが、もう何回も、何回も……何回も何回も何回も!!」


 突然叫び出して右手の小指辺りの側面を掻きむしる。

 爪が皮膚を傷つける音。深爪なのに、皮膚が爪の後を追うように赤いものを残す。


「なんで!? なんでよ!? 私はサリバンに何もされていない! 何もしてくれなかった!

 なんで……なんで! あんな噂が流れているのよ!!」


 ——これじゃ聞き取りは無理だな。

 彼女を落ち着かせようと近付けば、触るなと罵倒されて伸ばした手を弾かれた。弾かれた手が衝撃の一拍後に火傷のような熱を帯びる。

 ——(いった)

 見れば黒い肌でもはっきり分かるほど腫れていた。

 ——私の肌が、これほどまで腫れている? ただ、払われただけなのに?

 ジュリアの叫びを聞いたのだろう。扉が開いて警察がジュリアを押さえる。言葉にならない、感情のままに叫ぶ彼女を別の部屋へ連れて行く。

 乱暴に閉められた扉と一緒に訪れた静寂。ユイはしばらくの間、黙って彼女達が出て行った扉を見つめていた。


「レナートさん」


 腫れた手をじっと見ているレナートに、ユイは声をかける。


「ジュリアさんとは、お知り合いなのですか?」

「……いえ。記憶を遡りましたが、彼女の記憶はありません」

「にしては、彼女への行動がやけに慣れたものだったな」

「……本当に記憶にないんです」

「嘘ついていないのは分かっていますよ。私にはこの目がありますからね」


 黒眼鏡の下に隠されている目を指差す。四年前の事故をきっかけに人の感情が見えるようになってしまった、その目を。

 故に、自分が嘘をついていないのは分かるのだろう。でも、それにしては違和感が多い。

 右手に視線を下ろす。未だに赤く、熱を持った手。

 ——あれは、手を狙って弾いた。

 振り回したにしては、この痛みは鋭すぎる。


「……きみの戦友の情報を待つしかないだろうな。何か知っているかもしれない」


 ジュリアについて書かれた紙をめくって、次の紙に目を向ける。

 三人目の容疑者、ジョーダン・ウエストについて書かれた紙を。




 ジョーダン・ウエストは鮮やかな赤い髪を後ろに撫でつけた、爽やかな男だった。なるほど、彼が人事なのも納得できる見目だ。清潔感ある姿に悪印象を持つ者はない。

 なのに、琥珀が溶けているようにこちらを見る目は蜂蜜そのもの。

 見目の爽やかと瞳の甘さ。この矛盾を持ちながらも不協和音を奏でず、色香として昇華しているのはほぼほぼ奇跡に近いだろう。

 ——ストリャルドで働かせたら凄い勢いで人気を得るだろうな。

 それくらい、ジョーダンの矛盾は人の興味を掻きたたせるものがある。

 何百人、何千人とあそこで働く人達を見ていたのだ。自分の審美眼には自信がある。


「……随分、情熱的に見るじゃないか」

「彼は美しいものが好きだからね。お眼鏡に適ったということだろう」

「じゃあストリャルド出身の人間かな? あそこは美醜に厳しい。

 外面内面問わず、ね」

「見抜くなよ。気持ち悪」


 随分と気安い応酬だ。知り合いなのだろうか。


「よく私がストリャルド出身と分かりましたね」

「そういう、商品としての価値を探る目はストリャルドでしか見たことない。あそこの商品の質は徹底している。故にどこの町よりも人を商品として見ている。あの視線は慣れたくても慣れないし、慣れようとも思わないな。

 ——あんなの、一種の侮辱だろう」


 よく聞く話だ。自分達にとっては当たり前でも、他者にとっては当たり前じゃない。

 自分含めたストリャルドの人間は男女問わず、美しいものを見ると『売れるだろうか』と考えてしまう。

 『快楽箱』と呼ばれるほど、花街として有名なストリャルド。商品の質の良さが需要を高めるから何よりも商品を大事にする。

 故に、人間を徹底的に商品として扱う。それがジョーダンにとっては気に食わないのだろう。

 返す言葉がないが、それでも言いたいことの一つくらいはある。

 そういう、人の心を無視しているような言い方をして欲しくない。


「話をサリバンさんに戻してもいいですか? 被害者とよく揉めていたと聞いています。細かく話さなくてもいいですけど、揉めていたのは本当なのか、何に揉めていたのか簡単にでも教えて欲しいですね」

「揉めて……いたな。ただ、皆が思うような物騒な感じではなかったよ。サリバンと何人かの仲間と一緒にギルドを作ったからな。そのときの契約時の確認で少々言い争ったよ。でも、皆が思うような……殺しを行うほどではなかったよ」


 ユイは黙ってジョーダンを見つめている。彼の感情に嘘がないか、探っているみたいだった。


「……どんな契約をしたか、お伺いしても?」

「ありきたりなものさ。『自分にとって大切なもののために全てを捧げて闘う』。それだけさ。

 ギルドの設立由来は聞いているんだろう?」


 シモンが言っていた、義勇的なものだろうか。


『力があるのに、それを使わないのは、一種の殺人に等しい』


 誰かを守ることができる力を持ちながら、それを使わないのは誰かを守る選択を捨てるということ。

 その可能性に気付いてしまったら、自分の力を見て見ぬふりすることなんてできない。

 アイツも、俺も、そういう人間だ。

 ——アイツ、て誰だ?

 本当に、今日は覚えのない既視感が多すぎる。


「今日はその契約内容の最終確認だったんだ。……まさか、こんなことになるとは思わなかったな。まいったな。予定が狂っちゃったよ。

 これからどーしよっかなー」


 ズボンのポケットから大きな飴玉を取り出し、口に放り込む。ころころと口の中で飴を転がす。


「だから、犯人はこの落とし前をつけてもらわなくちゃいけないんだよね」


 大きな飴玉を入れていてうまくしゃべれないはずなのに、その言葉はするりと耳に入った。


「正直、この事件にはかなり腹が立っているんだ」

「それは契約が無効になったこと? それとも……先を越されたこと?」


 蜂蜜が凍る。

 今の言葉は容疑者として疑われているジョーダンにとっては神経を逆撫でるものだ。

 直球ではなかったが、直接的な物言いにジョーダンは背もたれに体重をかける。余裕ある態度は本当に犯人じゃないのか、虚勢か。どちらなのかレナートは分からない。

 ただ、こちらに向けられている蜂蜜色の瞳は相手に対する『温度』が消えた。


「それを当てるのが、君達の仕事だろう?」

「当てるための作業として質問があるから、それをしただけなんだけど……。

 きみは箱に手を入れないで箱の中身を当てるエスパーだっていうのかい? すっごいな~。今後のためにもサイン貰っちゃおうかな。これに名前を書いてくれよ」

「書くわけないだろ」


 差し出された手帳を指で押し返す。やはりやりとりが気安い友人のそれだ。もしかして本当に友人なのだろうか。


「……もう行っていいよ。これ以上、得られるものはなさそうだ」

「そうだろうね」


 椅子を引いて立ち上がる。床と椅子が擦れ合う音がすぐに理解できなくて、目を瞬かせた。

 聞き取りは五分も経っていない。そんな短時間で何を掴んだというんだ。

 ユイの判断に戸惑っている間にもジョーダンは部屋を出る。


「……ああ、サリバンが死んだ執務室にある棚の、鍵がかかった引き出し。あそこには結構重要なものが入っているから、見た方がいいよ」


 それだけを残して扉は静かに閉ざされた。


「……何か、見えたんですか?」

「逆だよ。何も見えなかった。こんなのは初めてだよ」

「は!?」


 思わず出た声の大きさに慌てて口を押さえる。廊下まで聞こえていないと思うが、扉の向こうの気配を探る。

 ——反応はない。気付かれていないみたいだ。


「本当に何も見えなかったんですか?」


 声を潜めてユイに聞く。


「本当の本当だよ。人間はもちろん。獣人、人魚、魔族、鳥人でも見えたのに、彼だけは何も見えなかった。彼には感情というものがないのかもしれないな」


 そんな者がいるのか。ありえない。

 どんな生物にも感情がある。本能と密接した関係にあるからだ、とレナートは考えている。でなければあの魔族はレナートから逃げたりしなかっただろう。

 なのに、人間のジョーダンの感情が見えない。

 ——あの男は、一体何者なんだ。

 ジョーダンが出て行った扉を見る。

 穴が開くほど見つめても、視線の先には何の変哲もない、木製の扉がそこにあるだけだった。

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