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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
買い物で買ってはいけないもの
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買い物で買ってはいけないもの 2

今日から一話投稿です。

 『ヨースター』は百六十四人と中小規模の冒険者ギルドだが、魔物討伐系として国内でかなり有名だ。

 有名な理由は単純明白。ギルドマスター、サリバン・シャウエルの育成能力は高かった。

 白の階級の冒険者を半年足らずで銀階級にする。最低でも一年以上かかることを考えれば異例な速さだ。

 実際、『ヨースター』出身の冒険者は魔族から異名で呼ばれるほどの活躍をしている。

 ——汽車で襲われたときに会った駅員モモちゃんはここの所属で、『紫流星』なんて呼ばれていたな。

 目的地は事件現場の『ヨースター』。温かみのある橙色の屋根に茶色い壁。建物が大きいことを除けばどこにでもありそうな家みたいだ。

 ——今気付いたけれど、ユイ先生。ちゃんとした殺人事件を扱うのは、初めてじゃないか。あの村の一件は、殺人事件だったけど、すぐに犯人が分かってしまったから捜査した感じがしないし……。


「先生。何があっても先生のことは、絶対に守りますからね」

「いきなりどうした」

「ただの意気込みです。お気になさらず」


 ユイの口がぐにゃぐにゃになった。正直言って、そこまで歪むのかと感心したし、ちょっと気持ち悪かった。

 ユイが先に行かないようにギルドの扉を開ける。中に足を踏み入れた瞬間何かにぶつかりそうになった。目線を下ろせば、歌姫落花死事件で見た顔があった。

 ツヴァイがすぐ近くで何かを飲んでいた。その近さに仰け反ってしまう。視認するまで、気配に気付かなかった。引っ込み思案な性格だと気付かれにくくなるのだろうか。


「あ……」


 びくりと肩を大きく震わせてツヴァイは小さく縮こまる。そこまで怯えなくても、何も危害を加えるようなことはしないのに。


「こんにちは。何を飲んでいるんですか?」


 だから仲良くなるための行動の一つとして、ツヴァイに話しかける。

 話しかけられるとは全く思わなかったのか、ビックゥッ、みたいな効果音がつきそうなくらいツヴァイは飛び上がった。流石にショックを受けるんだが。


「いじめるのはほどほどにしときな。カッコ悪いよ」

「先生、誤解です」


 自分はただツヴァイに話しかけただけだ。これがいじめならこの人にどうすればいいのか分からない。


「す、すみません……」


 なんでビビった方が謝るんだ。

 謝られてしまい、どうすることもできなくなったレナートをよそに、ユイとツヴァイは話し始める。


「捜査はどこまで進んでいますか」

「詳しいことは言えませんが……聞き取りは終えています。やはりあの三人が怪しいですね。遠距離の魔術攻撃を考えるには魔力が少ないですし、犯人が凶器を持参して首の骨を折ったと考えるのが自然ですね」

「魔素と混同したという可能性はないんですか? ヴィットくんあまり言わないけど、魔素と魔力の違いは人間の体内にあるかどうかだろう? なら混同してもおかしくなさそうだけど……」


 ユイの指摘も分かるが、それは絶対にありえない。


「会話中に失礼します——先生、それは空気中に含まれる水分と氷の区別がつかないということを晒していることと同義です。水分は魔素で、氷は魔力と例えると分かりやすいと思います。氷の冷たさを間違えないでしょう? 魔術に対してどれだけの魔力を使ったのか計るということは、そうですね……分かりやすく言い換えるなら、氷の冷たさ、大きさを判断するようなものです。戦闘で役立ちますから、感覚的に覚えている人も多いですよ」

「それは確かに間違えないな」

「その氷の観測精度が高い魔術道具が、鑑識にあります。だから、観測間違いの線は薄いですよ」


 警察官のツヴァイがそういうのなら、間違いはないのだろう。


「ちなみに解析魔術師と警察組織に所属する魔力解析官の違いは計るものの対象の違いですよ。

 解析魔術師は魔素と魔力の調和関係、魔力解析官は名前の通り魔力です。理解できていますか、大丈夫ですか?」


 補足すればユイの口が唇を口の中に入れるように噛んだ。拗ねているのか。


「分かりましたけど、ばぶちゃんに言い聞かせるような言い方がムカつくな。魔素、て魔力よりも視認しづらいんでしょう? 空気中に含まれるものに例えるくらいだし。

 と考えるなら……人の体内にある魔力は水、と考えていいんですか?」

「構いませんよ。そのつもりで私は言いました」


 紙を取り出してさらさらとペンを走らせる。見えた文字はこの世界では見ない、でも自分にとっては昔見たことがある文字だった。

 故郷を救った知恵の魔女で。

 薬を教えてくれた師で。

 異世界人で。


 自分が、初めて殺した人。


 死んでくれと願いながら、包丁を振り上げたあのときのことを、ついさっきのことのように思い出せる。

 どれほど戦争で多くの魔族を食い殺し、斬り殺し、変換で元の情報がないほど換え殺したとしても。

 あの魔女の肉を、骨を、斬り落とした感覚は、一生忘れない。


「ご遺体を見たいですね。遺体はどこに?」

「鑑識の方で近くの署で預かっています。写真なら手元にあるので、その……ご覧になられますか?」

「……我儘は言えないか。見せて」


 即答だった。

 ツヴァイは肩から提げていた鞄から冊子を取り出すとユイに差し出す。おいそんな簡単に見せていいのか。


「あ、あの……」

「犯人はよほど強い力で首の骨を折ったみたいですね。内出血の跡があります」


 ユイの隣から写真を覗き込む。

 写真では遺体が正されているからか遺体の首は生前のものと同じ位置に直されていた。めくれば曲がった状態の遺体の写真。

 首を傾げるには不自然なほどの曲がりに人間ではない不気味さを覚える。死体特有の『終わり』が放つ独特な雰囲気に怯むことなく、ユイは何度も写真を見比べている。

 死体発見時、被害者は執務室の椅子に座った状態で発見されていた。座ったままだとしたら正面から首の骨をへし折ったことになる。相当油断していないと難しいはずだ。

 ——と、なると……冒険者で元軍人のシモンは難しいな。そんな素振りを見せたら、警戒される。腕力の関係なら一番怪しいけど、その戦闘能力の高さ故に気付かれたら終わりだ。


「部屋の室温はどんな感じだったんですか?」

「かなり冷えていたそうです。秋が近いとはいえ、夏の熱はまだまだ残っていますからね。天井に設置している冷房魔術道具がかなり時間、稼働されていたようですよ。おかげで遺体がキンキンに冷えていました」

「そんな居酒屋の生がグラスごと冷えているみたいな言い方をするなよ」


 ユイの突込みに内心頷く。なんでそこでキンキンって言葉を選んだんだ。食い物みたいに言うな。

 ——随分と情報を渡すんだな。警察はそういう情報譲渡的なことはしないと思っていたが。


「カメラは?」

「内容は見せられませんが順番なら口頭で。監視鏡は階段側の廊下についています。十一時二十五分から十一時三十分ごろにカメラの手前側からジョーダンが。十一時四十一分から四十七分に同じく手前側からジュリア。ジュリアがすぐ出た後に反対側からシモンが入っています四十七分から五十分です。他の人間はいません」

「他に情報はないのか? ほら、口を開いてジャンジャン出しなさいよ」

「ひゅままふぁいでふあふぁい」


 ツヴァイの頬を片手で掴んで頬をムニムニとつまむ。

 随分と軽いやりとりに困惑する。この前の事件はそんな雰囲気じゃなかったのに。

 一体二人の間に何があったんだ。


「ツヴァイ、先生は来たのか、て……どーも先生。来てたんすね。

 おいツヴァイ、すぐに報告しろよ」

「す、すみません、ベルンハルトさん……」


 縮こまって謝罪するツヴァイの表情はユイとの会話で見えた気安さはない。

 気になったが、ベルンハルトが現場に案内を始めたので黙ってついていくしかなかった。

 よくよく見まわせば自分達がいたのは依頼の紙が貼られている看板のすぐ隣で、見方によっては死角になる位置だ。

 少々気になったが、一旦頭の隅に置くことにした。先生が集中しやすいようにそうした可能性もあるからだ。


「ロバートさんから聞くかもしれませんが、容疑者と被害者の関係は、そうなっても仕方がない関係性です。くれぐれも、刺激しないように、とのことです」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、というように、敢えて飛び込まなきゃつかめないものもあるんですが?」

「虎子で済めばいいんですけどね。……容疑者達ではありませんが、サリバンについて聞いたとき過呼吸を起こした者がいます。くれぐれも、聞き方には注意してくださいね」


 ユイのファンであるベルンハルトがそう言うなんて、よほどの事態だったのだろう。恐らくベルンハルトかロバートのどちらかがそうさせてしまったのだろう。

 二階に上がって廊下の奥にある部屋に向かう。どうやら事件現場らしく、警察関係者が出たり入ったりしていた。


「第一発見者は総務部の受付が発見したみたいです。午後に客と面談の予約があったみたいで、それのお知らせで来たそうです」


 ベルンハルトが先を歩いて自分達が通れるだけの道を作りながら説明する。


「内線電話で事足りそうだがなぁ」

「出なかったみたいです。受付だけでなく、他の部署の電話を受け取らないことが二回ほどあったみたいで、そこで直接向かうことにしたそうです。そしたら……」

「死体発見110番、て感じですか」

「ひゃく……?」


 異世界ジョークだ。

 ユイが聞き慣れないことを言っているときは異世界の言葉であることが多い。

 ひゃくなんたらは確か、ここで言う魔道警察みたいなものだったはずだ。

 事件の概要についてある程度の確認を取ったユイは現場である執務室に入る。レナートも続けて入る。

 室内は遺体以外、事件当時のままになっていた。ユイの小説にも書かれていた『現場保存の法則』だろう。


「ユイ先生か」


 ロバートが長袖のシャツの袖をまくってユイに声をかける。会釈すれば、ぺこりと頭を下げた。


「お疲れ様です、ロバートさん。何か新しい発見はありますか?」

「残念なことに、何も。何しろギルドの活動時間帯に起きた出来事だ。ギルドマスターの執務室に向かった三人だけでも絞れたのはかなりの労働だったんだぞ」

「そうですよね。どうやって絞ったんですか?」

「ギルド内にある監視用魔術道具、監視鏡だ。そこから絞った」


 犯罪防止のために生まれた魔術道具。確かにあれを使えば犯人の特定はある程度まで絞り込める。

 ——そういえば、あれは先生の小説がきっかけで生まれたものだったな。まさかこんな形で功を残すとは思わなかった。

 容疑者を絞り込めたことに安心するべきか、活躍してしまったことを悲しむべきか

 二律背反したような感情がレナートの胸に生まれる。

 これが現実ではなく、小説の中だけの話だったなら。

 話の展開が面白くなると思って盛り上がっただろう。実際に、フランチスカやユリアン、軍曹とそういう風に話し合ったことがある。

 でも、この現場を見てしまった今、あの話には乗れそうになれない。


「面白くなってきましたね!」


 乗ってくる馬鹿がここにいた。お前が乗ってどうするんだ。

 ロバートが信じられないものを見るような目でユイを見ているが、当然と言えるだろう。

 人が死んでいるのによくそんなこと言えるな。


「外に監視鏡はないのに、中にはあるんですよ。面白いでしょう?」


 そう言われてみると確かに、あの出入り口にはそのようなものが見受けられなかった。確かに監視の用途を考えると自分達が入った場所に設置するのは当然だ。

 なのに、外にはなくてこの執務室の前にはある。

 自分の部屋に誰が入ってくるのかを警戒しているような、配置をしている。


「だとしても言い方というものがありましょう」

「でも、そういう気遣いする必要性があるかどうか疑わしい人物なのは確かじゃない」


 そうだとしても、だ。

 溢したい溜息を呑み込んで、ユイを見下ろす。こういうところで顰蹙を買わないで欲しい。

 人並みの道徳心や良心を持っているのだから、尚更そう思う。

 ——いや、そこも踏まえてそう言っているのかもしれない。

 このギルドで冒険者として働いていたモモ。紫級の実力者ならかなりの贅沢な生活ができる。仕事の危険性も上がるが、こなせるだけの実力は彼にはある。

 流れ星のように戦場を駆け抜けたことから魔族に『紫流星』と呼ばれた、モモ。

 それほどの活躍をした彼が軍人・冒険者としての誇りや栄誉を全て捨てて、一般人として生きている。

 ——先生の小説に出てくる精神的外傷、ええっと……トラウマが関係しているのか?

 あのときのユイはモモに面白い、という発言を残していた。もしかしたら、そのときに見えた感情が、ここに関係しているのかもしれない。

 ——少し、自分で調べる必要がありそうだ。

 だが、こういうのは得意分野ではない。情報集めが得意な戦友に任せるとしよう。

 携帯を操作して友人のユリアンに文書を送信する。捜査内容を漏らすようなことは書いてない。ただ、ここで働いていた人達にある話を聞いて欲しいと頼んだだけだ。

 恐らくユイはそこまで読んで行動している。

 ——とは思いたくないが、感情が読める能力を考えると否定できない。

 本当にどこまで考えて行動しているのか。考えたくても想像できない。自分が三手先を読んで行動しているのならば、彼女は十手先まで読んでいる。そんな気がするのだ。

 何食ったらそこまで考えられるのか、全く分からないが。

 ユリアンから了解の返事が返ってきた。仕事の速い男だ。二時間もすれば情報が手に入るだろう。

 携帯の画面を閉じるのを確認したユイが声をかける。


「それじゃ、容疑者の三人と詳しくお話ししましょうか」


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