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昭和のテーマパーク(観光地)を体験してみよう!  作者: 僧籍
昭和のテーマパーク(観光地)を体験してみよう!

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8/13

ex.エピソード 8 昭和の観光地の1日のシュミレーション 茨城県『つくば万博』

昭和60年(1985年)、初夏。

健二と真由美の二人は、約束通り「科学万博ーつくば '85」を目指して旅に出ました。


今回は赤いファミリアをお留守番させ、名古屋駅から真っ白な車体に青いラインの入った「0系新幹線」に乗り込みます。車内では、当時の旅の定番であるプラスチック容器に入った冷凍みかんを分け合い、窓の外に流れる富士山を眺めながら、二人の期待は最高潮に達していました。

東京経由、未来行き


東京駅に到着した二人は、溢れんばかりの人混みをかき分け、「万博中央駅(現在のひたち野うしく駅)」へと向かう常磐線の特別列車に乗車しました。


「健二、見て。あんなにたくさんの人がみんな『未来』を見に行くのね」


真由美は、白地に細いストライプが入った爽やかなワンピースに、ツバの広い麦わら帽子という、当時の洗練された「お出かけスタイル」です。手には、もうお馴染みとなったニコンFE2。一方の健二は、最新の万博ガイドブックを片手に、どのパビリオンから攻略するか、作戦会議に余念がありません。


シャトルバス「つくば号」に揺られて会場に足を踏み入れた瞬間、そこには1985年の日常を遥かに超越した、巨大な異空間が広がっていました。


****

日立グループ館

見渡す限りの青空の下、原色に彩られたパビリオンが立ち並ぶ会場は、未来を信じる人々の熱気で溢れかえっていた。


「すごい行列ね、健二! 2時間待ちだって!」


真由美が、エントランスに掲げられた待ち時間表示板を見て目を丸くする。


「これだけは外せないだろ。日立グループ館。なんせ『インターフェース』がテーマだからな。今の時代の最先端だよ」


健二は、額の汗を拭いながらも、どこか誇らしげにパンフレットを広げた。


ようやく順番が巡ってくる。二人が案内されたのは、巨大な円形劇場の客席。そこは、ただの座席ではなかった。


「えっ、座席が動くの?」


真由美が驚き、シートの肘掛けをぎゅっと握る。


「しっ、始まるぞ」


健二の言葉と同時に、照明が落ちた。


世界最大級の回転シアターがゆっくりと回り始める。目の前の巨大スクリーンには、宇宙の誕生から生命の進化、そして未来の技術が映し出されていった。3面マルチスクリーンの迫力に、二人はまるで自分たちが光速で宇宙を旅しているような感覚に陥る。


「見て、健二! ロボットが……!」


真由美が小声で叫ぶ。スクリーンの中では、日立の最新ロボットアームが繊細な動きで絵を描き、未来の工場で働く姿が映し出されていた。それは、21世紀がすぐそこまで来ていることを予感させる、魔法のような光景だった。


シアターが一周し、物語が完結すると、場内には大きな拍手が沸き起こった。


「……なんだか、本当に未来に来ちゃったみたい」


パビリオンを出た真由美が、眩しそうに目を細める。


「ああ。2000年になったら、あんなロボットが家の中に当たり前にいるようになるのかな」


健二は、会場のシンボルである高さ85メートルの大観覧車「テクノコスモス」を見上げながら言った。


「ねえ、健二。2000年になっても、一緒に万博に行けるかな? その頃には、空飛ぶ車でここに来てるかもしれないわね」


真由美がいたずらっぽく笑うと、健二は少し照れくさそうに、でも確信を持って答えた。


「ああ、もちろんだ。空飛ぶ車じゃなくても、俺がどこへでも連れて行ってやるよ」


****


東芝館

「健二、次はいよいよ東芝館よ! あの丸い建物、中はどうなってるのかしら」


真由美が、人混みを縫うように健二の手を引いて進む。彼女の麦わら帽子の下で、期待に満ちた瞳がキラキラと動いていた。


「ここは『ショウスキャン』っていう最新のシステムなんだ。普通の映画の2.5倍、1秒間に60コマも回すから、瞬きする暇もないくらい滑らからしいぜ」


健二が、行列の合間にガイドブックで仕入れた知識を披露する。二人が案内されたのは、深いシートが並ぶ近未来的なシアターだった。


やがて照明が落ち、巨大なスクリーンに映像が映し出された瞬間、二人は同時に息を呑んだ。


「……っ! 健二、見て! 画面じゃないみたい!」


真由美が思わず声を上げる。映し出されたのは、目の覚めるような大自然と未来都市の風景。だが、それは二人がこれまでの人生で見てきた「映画」とは全くの別物だった。


水しぶきの一粒一粒がクリスタルのように空間に静止し、吹き抜ける風に揺れる草原の葉先までが、まるですぐそこに手を伸ばせば触れられるような実在感を持って迫ってくる。


「すごいな……。粒子がまったくない。まるで窓の外を直接覗いてるみたいだ」


健二は、圧倒的な情報量の渦に飲み込まれ、座席の肘掛けを強く握りしめた。これまでの16ミリや35ミリのフィルムが持つ「記録」という概念を超え、そこにあるのは「体験」そのものだった。


上映が終わった後、明るくなった場内で二人はしばらく動けずにいた。


「ねえ、健二。今の技術って、いつか私たちの家にも来るのかな? あんなに綺麗な景色が、毎日見られたら素敵ね」


真由美が、まだ夢見心地のような表情で健二を見つめる。


「ああ、東芝の技術ならきっとやるよ。いつかこの『ショウスキャン』みたいな映像が当たり前になって、世界中の景色が手の届くところに来る。つくば万博が、その始まりなんだな」


健二は、パビリオンの出口へと向かいながら、確信を込めて言った。


「健二、私、なんだか未来が怖いくらい楽しみになってきちゃった」


真由美がいたずらっぽく笑って、健二の腕に自分の腕を絡める。


出口へ向かう途中、展示エリアでは最新のパソコンや半導体技術が紹介されていました。


「健二、見て。これ、日本語が打てる機械だって」

「ああ、ワープロだな。これからは手書きじゃなくて、こういうので手紙を書く時代になるんだぞ」


「ふふ、それじゃ味気ないわ。私は健二には、ずっと手書きの手紙がいいな」


真由美がいたずらっぽく笑い、健二は少し照れくさそうに「……まあ、それもそうだな」と頷きました。



****


滝の劇場 三井館

「健二、次はあそこ! 水が流れてるわ!」


真由美が指差したのは、建物の壁面全体を巨大な滝が流れ落ちる、圧倒的な外観の「三井館」だった。


「おお、あれが有名な『滝の劇場』か。三井グループの気合が入ってるな。中もすごいらしいぜ」


健二がパンフレットを広げると、真由美は「涼しそうね!」と、人混みを縫うように健二の手を引いて進んだ。


館内に入ると、そこには外の暑さを忘れさせる、幻想的な水の空間が広がっていた。二人が案内されたのは、なんと「滝のスクリーン」の前だった。


「えっ……健二、見て! 水の中に映像が映ってる!」


真由美が驚き、思わず声を上げる。

目の前で流れ落ちる本物の水のカーテンに、鮮やかな光の映像が投影されていた。水しぶきが舞い、ひんやりとした霧が肌をなでる。最新のテクノロジーと自然のエレメントが融合した、これまでに見たこともない不思議な光景だった。


「すごいな……。水そのものをスクリーンにするなんて、三井のアイディアはぶっ飛んでるぜ」


健二も、その圧倒的な視覚体験に目を奪われていた。物語は「人間・居住・環境」をテーマに、地球の生命力と未来への希望を紡いでいく。音楽と水音が心地よいリズムとなり、映像と重なり合って、二人の感覚を優しく包み込んだ。


「ねえ、健二。今の映像、水と一緒に流れて消えちゃうのが、なんだかもったいないくらい綺麗だったわ」


「音楽がZガンダムぽいね、三枝成彰 さんだ」


上映が終わり、光の余韻に浸りながら真由美が呟いた。


「ああ。でも、だからこそ心に残るんだろうな。形のない水に形を与えるなんて、最高に贅沢な技術だよ」


健二が答えると、真由美は「贅沢……そうね。つくばに来てから、ずっと夢の中にいるみたい」と、健二の腕にそっと自分の腕を絡めた。


パビリオンを出ると、外壁を流れる滝の音が、心地よい余韻となって二人の耳に残っていた。


「健二、私、あんなに綺麗な水の世界、一生忘れないわ」

「俺もだよ。さあ、次はどこへ行こうか? まだまだ未来は続いてるぜ」


****


住友館3D-ファンタジア館

住友館の巨大な鉄骨構造を見上げた二人の前に、それは現れました。


パビリオンの広場に設置された、鮮やかなイエローの巨大なフレーム。それは一見すると、ただの四角い枠が不自然な角度で置かれているだけのように見えました。


「ねえ健二、あれ見て! 何かしら、あの黄色い枠」


真由美が不思議そうに指を差します。二人がそのフレームの正面、地面に記された指定の立ち位置へと歩を進めた瞬間、真由美が「あっ!」と小さく叫びました。


「……すごーい! 健二、見て! 枠が浮いてるわ!」


特定の角度から覗き込んだその瞬間、バラバラに配置されていたはずの黄色いパーツが視覚の中で一つに繋がり、まるで空間に巨大な正方形の額縁がプカプカと浮かんでいるような、完璧な錯覚アナモルフォーシスを生み出したのです。


「本当だ……。横から見るとあんなにバラバラなのに、ここから見ると完全に浮いてるな」


健二も、その不思議な視覚体験に目を細め、何度も頭を左右に振って確認しました。少しでも位置をずらせば形は崩れ、元の立ち位置に戻れば、また魔法のように黄色いフレームが空間に出現します。


「ふふ、なんだか狐につままれたみたい。未来の景色って、見る角度でこんなに変わるのね」


真由美が、浮いているように見えるフレームの中に自分の顔を収めるようにして、いたずらっぽく笑いました。


「健二、私をこの『未来の額縁』の中に閉じ込めてみて!」


「よし、じゃあ最高の一枚を撮ってやるよ」


健二が愛機のカメラを構えると、黄色いフレームに縁取られた真由美の笑顔が、万博の青い空に鮮やかに浮かび上がりました。


「ねえ、健二。あんなにバラバラなものでも、ちゃんと繋がって見える場所があるんだね」


真由美の言葉に、健二はファインダー越しに頷きました。


「ああ、そうだな。俺たちも、どんなに時代が変わっても、こうして同じ景色を同じ場所から見ていたいよな」


二人は、その「浮いたフレーム」が生み出す不思議な余韻に浸りながら、次なる驚きが待つパビリオンへと、再び手を取り合って歩き出しました。1985年のつくば。黄色い枠の向こう側には、まだ誰も見たことのない輝かしい未来が、どこまでも広がっているように見えました。


「健二、見て! あの建物、浮いてるみたいに見える!」


真由美が指差したのは、四隅の支柱だけで支えられた「住友館」だった。その近未来的な構造に、健二もガイドブックを握りしめながら頷いた。


「あれが『3D-ファンタジアム』だ。世界最大の立体映像シアターなんだぜ。専用のメガネをかけて見るんだ」


二人が手渡されたのは、グレーのフレームの偏光メガネだった。館内に入り、巨大なスクリーンが目の前に迫ると、真由美は少し緊張したようにメガネをかけ直した。


「健二、これで見ると変な感じ……。あなたが二重に見えるわ」


「はは、それはまだ映像が始まってないからだよ。ほら、始まるぞ」


館内が暗転し、立体アニメーション『光る森』の上映が始まった。


「わっ……!」


真由美が思わず、目の前の空間に手を伸ばした。スクリーンの中にいるはずの愛らしいキャラクターたちが、まるで座席のすぐ目の前まで飛び出してきたのだ。


「健二、すごい! 捕まえられそうよ!」


「本当だな……。背景の森の奥行きが、何キロも先まで続いてるみたいだ」


健二も、その圧倒的な立体感に目を奪われていた。光り輝く森の精霊たちが二人の周りを舞い、鮮やかな色彩が空間を埋め尽くす。二人は、映画を見ているという感覚を忘れ、完全にそのファンタジーの世界の一部になっていた。


「キャッ!」


巨大な花がスクリーンの外へ向かって花粉を散らすシーンでは、真由美が思わず健二の腕にしがみついた。


「大丈夫だよ、真由美。ただの映像だ」


「分かってるけど……でも、本当にそこにアルみたいなんだもの!」


上映が終わり、シアターが明るくなると、二人はしばらくメガネを外さずに顔を見合わせた。


「……すごかった。健二、未来の映画はみんなこうなるの?」


パビリオンを出て、心地よい風に吹かれながら真由美が尋ねた。


「さあな。でも、住友館がこれだけのものを見せてくれたんだ。いつか家で飛び出すテレビを見る日が来てもおかしくないよな」


健二が答えると、真由美は「飛び出すテレビか……。それじゃ、家の中でも落ち着かないわね」といたずらっぽく笑って、健二の腕に自分の腕をぎゅっと絡めた。


「でも、健二と一緒にあんな不思議な世界に行けて、私、本当に楽しかった」


1985年の夏。偏光メガネ越しに見た「飛び出す未来」は、二人の思い出の中でもひときわ鮮明な立体像として、心の中に刻み込まれていた。


****


日本政府館の「演奏するロボット」


「ねえ健一、さっきの『巨大ロボット』の噂、本当かしら?」


1985年、つくば万博。西日が傾き始めた会場を、真由美は少し不安げな、でも好奇心に満ちた瞳で見渡していた。彼女が指差したのは、ひときわ巨大で、近未来的なデザインが目を引く「日本政府館」だ。


「さあな。でも、政府が国の威信をかけて作ったパビリオンだ。度肝を抜くような何かがいるのは間違いないぜ」


健一がパンフレットを読み上げながら、真由美の手を引いてエントランスをくぐった。館内は、最新のテクノロジーがもたらす光と音の世界。二人は動く歩道に乗り、幾多の展示を抜けて、ついに最深部の巨大なドームシアターへとたどり着いた。


「……ッ! 健一、あれ!」


真由美が思わず、目の前の光景に声を上げた。


ドームの中央、青白いスポットライトを浴びて、その「ロボット」は静かに鎮座していた。高さは人の大きさ。それは真由美が想像していた、怪獣を倒すような鉄の塊ではなかった。それは、巨大な電子オルガン(シンセサイザー)の前に座り、無数のケーブルと回路をむき出しにした、人間に似た、けれど明らかに人間ではない「知能」の形をしていた。


「……これが、『巨大ロボット』の正体か」


健一も、その異様な威圧感に目を奪われた。


「ご紹介しましょう。早稲田大学が開発した、人間型演奏ロボット『WABOT-2』です」


解説員の声と共に、WABOT-2が動いた。その瞬間、二人は本当の衝撃に打ち震えることになった。


「嘘……ッ! 健一、見て! あの指!」


真由美が驚愕の声を上げる。WABOT-2の、金属とシリコンでできた10本の指が、信じられないほどの滑らかさで、電子オルガンの鍵盤を駆け巡り始めたのだ。


「……指だけじゃない。足もだ」


健一が、息を呑んで指差した。WABOT-2は、人間のように両手・両足を使って、複雑なベースラインをエレクトーンのペダルで刻んでいた。その動きには、機械特有のぎこちなさが一切ない。まるで、名演奏家の魂が、金属の体に宿ったかのようだった。


「……すごい。これ、本当に機械が弾いているの?」


真由美が、吸い込まれるようにWABOT-2を見つめた。


「ああ。しかもな、真由美。もっとすごいのは、この演奏、WABOT-2が今、初めて見た楽譜を弾いてるんだぜ」


「えっ……? 初見で?」


健一の言葉に、真由美が目を丸くした。

解説員の言葉が、健一の予言を裏付けた。


「WABOT-2は、頭部のカメラ(視覚)で、目の前の楽譜を読み取って理解します。そして、人間が初めて楽譜を見て演奏するように、初見でこの複雑な楽曲を演奏することが可能なのです」


「カメラで楽譜を……理解する?」


真由美は目の前のロボットは、単なる自動演奏機ではない。自らの意志で『音楽』を理解し、表現しようとしているのだ。


さらに、WABOT-2の演奏は、一方的なものではなかった。

ステージに立った人間の歌手が、WABOT-2に「準備はいい?」と語りかける。すると、WABOT-2は「はい、準備完了です」と、流暢な合成音声で答えた。


「……ッ! 喋った!」


真由美が、健一の腕をぎゅっと掴む。


演奏が始まると、WABOT-2は、歌手の歌声のテンポや呼吸を、マイク(聴覚)で感じ取り、それに合わせて伴奏の強弱や速度を微妙に変化させた。それは、まるで長年連れ添ったパートナーのような、高度なコミュニケーションと演奏機能だった。


「……すごいな。でんでんINS館で見たテレビ電話も未来だったけど、これはもっと、人間に近い未来だ」


健一が、感動しながらも、どこか恐ろしさすら感じていた。


「ねえ、健一。いつか、このロボットたちが、私たちと本当の『友達』になれる日が来るのかしら?」


真由美が、演奏を終えて静かに座るWABOT-2を見つめながら、少しロマンチストな口調で呟いた。


「さあな。でも、今日のこの演奏を聞いたら、あながち夢物語でもない気がするよ」


二人は、鳴り止まない拍手の中で、しばらくその場を動けなかった。

1985年のつくば。日本政府館で見たWABOT-2の「電子の歌声」は、二人が夢見ていた未来が、ただ便利なだけでなく、もっと論理的で、そしてもっと芸術的な場所になることを、確信させてくれた。


「健二、未来にはロボットと人間が一緒に合奏する日が来るのかな?」


「そうだな。これだけのことができるんだ。いつかロボットが歌って、作曲して、人間がそれに感動する……そんな時代が本当に来るのかもな」


健二は、カメラのシャッターを切るのも忘れ、巨人が奏でる旋律に耳を傾けました。1985年のこの瞬間、彼らにとっての「未来」は、冷たい金属の塊ではなく、美しい音楽を奏でる温かな可能性として映っていたのです。


「健二、私、なんだかこのロボットが優しく見えてきたわ」


真由美がいたずらっぽく笑い、健二の腕にそっと寄り添いました。


「ああ。きっと未来は、俺たちが思ってるよりずっと賑やかで、楽しい場所になるんだろうな」


演奏が終わると、会場には割れんばかりの拍手が沸き起こりました。二人は、その余韻を噛み締めながら、日本政府館を後にしました。


****


日本ガス協会ガスパビリオン

二人は青い炎のマークが象徴的な「ガスパビリオン」の前に立っていた。


「健二、見て! あのパビリオン、なんだか美味しそうな名前じゃない?」


真由美が、麦わら帽子の下から瞳を輝かせて看板を見上げる。そこには『炎のうたげ』という文字が躍っていた。


「ああ、ここはガスが主役なんだ。でも、ただのコンロとかじゃないぜ。世界初の、炎と音と光が一体になったマルチ・パフォーマンスが見られるらしい」


健二が少し得意げに解説すると、真由美は「炎の宴……なんだかワクワクするわね!」と、健二の手を引いて館内へと進んだ。


シアターに入ると、そこには巨大なスクリーンの代わりに、ステージに整然と並ぶ無数のガスバーナーが待ち構えていた。


「わっ……!」


真由美が思わず息を呑んだ。音楽の始まりと共に、暗闇の中に一斉に青い炎が灯ったのだ。


その炎は、ただ燃えているのではない。ドラムのリズムに合わせて高く噴き上がり、メロディに合わせて繊細に揺らめく。最新のコンピューター制御によって、炎そのものが意思を持っているかのようにダンスを踊っているのだ。


「健二、すごいわ! 炎が歌ってるみたい!」


真由美の頬が、ステージから放たれる熱気と鮮やかな青い光で、ほんのりと桃色に染まる。


「本当だな……。ガスの火がこんなに精密に動くなんて。熱気がここまで伝わってくるぞ」


健二も、目の前で繰り広げられる「炎のオーケストラ」に圧倒されていた。青い炎が時に赤く、時にオレンジに色を変え、幾何学模様を描き出す。それは、21世紀のエネルギーが持つ力強さと、美しさを象徴しているようだった。


「……なんだか、見てるだけで温かい気持ちになるわね」


上映が終わった後、心地よい余韻に浸りながら真由美が呟いた。


「そうだな。ただの燃料じゃなくて、人間を感動させる力があるんだな、ガスって」


「ねえ、健二。いつか私たちが一緒に住むようになったら、あんなに綺麗な炎でお料理が作れるかしら?」


真由美がいたずらっぽく、でも少しだけ未来を夢見るような視線を健二に送った。


「ああ、もちろんだ。万博の未来は、きっとすぐそこまで来てるからな」


パビリオンを出ると、健二は少し照れながらも、真由美の手を強く握り返した。1985年のつくば。二人が見た青い炎の揺らめきは、これからの二人の未来を明るく、温かく照らしているようだった。


****


広大な会場を歩き回り、少し足が疲れ始めた二人の前に現れたのは、巨大なパラボラアンテナを屋根に冠した、白く丸い近未来的な建物。「でんでんINS館」でした。


「ねえ健二、見て! あのアンテナ、まるでお皿みたいね。あそこは何を見せてくれるのかしら?」


真由美が麦わら帽子を直し、興味津々でパビリオンを見上げます。


「ここは電電公社……あ、今はNTTか。民営化したばかりの。そこがやってる『INS』、つまり高度情報通信システムのパビリオンだよ。未来の電話や通信がどうなるか、ここで全部わかるらしいぜ」


健二がパンフレットを読み上げると、真由美は「未来の電話? 声だけじゃなくて、何か別のこともできるの?」と不思議そうに首を傾げました。


館内に入ると、そこにはこれまでの日常では見たこともないような、SF映画のような光景が広がっていました。


「……健二、見て! テレビの中に人が映って、お話ししてるわ!」


真由美が指差したのは、試作段階の「テレビ電話」でした。受話器を持つだけでなく、画面越しに相手の顔を見て会話ができる。それは当時の人々にとって、まさに夢の技術でした。


「すごいな……。これがあれば、離れていても寂しくないな。東京と大阪で顔を見ながら話せるんだぞ」


健二も、その画期的な技術に感銘を受けました。さらに進むと、手書きの文字や図形がそのまま相手に届く「キャプテンシステム」や、デジタル通信のデモンストレーションが次々と現れます。


「健二、これって……私たちが大人になる頃には、みんなお家でこれを使ってるのかしら?」


真由美が、光ファイバーのきらめくディスプレイを見つめながら尋ねました。


「ああ、きっとそうなるよ。電話線一本で、世界中の情報が手に入る。そんな時代がもうすぐそこまで来てるんだ」


健二が答えると、真由美は少し真剣な表情で、でも嬉しそうに言いました。


「それじゃ、健二が遠くにお仕事に行っても、毎日お顔が見れるわね。なんだか、未来って便利で、ちょっと照れくさいわ」


いたずらっぽく笑う真由美。その笑顔が、展示されていた高精細なモニターに映り込み、現実と未来が交差するような不思議な瞬間が生まれました。


パビリオンを出ると、会場のスピーカーから流れる「コスモ星丸」のテーマソングが聞こえてきました。


「健二、私、今日のことは絶対に忘れないわ。あんなにたくさんの『これから』を見せてくれたんだもの」


「ああ、俺もだよ。INSか……。これからの世界は、もっと近く、もっと繋がっていくんだろうな」


二人は、電信電話のシンボルを見上げながら、手を繋いで歩き出しました。1985年のつくば。デジタルという言葉がまだ新しかったあの夏、二人は光ファイバーの速さで未来へと駆け抜けていくような、確かな予感を感じていました。


****


三菱未来館

広大な敷地を歩き続ける二人の前に、巨大な銀色の宇宙船を思わせるパビリオンが姿を現しました。


「健二、見て! あの建物、本当に宇宙に行っちゃいそう!」


真由美が指差したのは、三菱グループが総力を結集した「三菱未来館」でした。


「ここは『21世紀の生活と技術』がテーマなんだ。なんといっても、世界初の立体映像システムが見どころらしいぜ」


健二がパンフレットを読み上げると、真由美は「立体映像……さっきの住友館とはまた違うのかしら?」と不思議そうに首を傾げ、健二の腕を引いて列に並びました。


館内に入ると、二人は動く歩道「ムービング・ベルト」に乗り、幻想的な光のトンネルを抜けていきました。たどり着いたのは、巨大なシアター。そこでは、三菱が開発した「全天候型立体映像」が上映されていました。


「……ッ! 健二、見て! 宇宙船が目の前に!」


真由美が思わず、目の前の空間に手を伸ばします。スクリーンという概念を超え、視界のすべてが宇宙空間に塗り替えられたような圧倒的な臨場感。

巨大なロケットが轟音とともに打ち上がり、眼下には青く輝く地球が広がります。


「すごいな……。これが21世紀の宇宙旅行か」


健二も、座席の肘掛けを強く握りしめ、その鮮烈な色彩と迫力に圧倒されていました。未来の海底都市、自動走行するリニアカー、そして豊かな緑に包まれた未来の住宅。三菱が描く「技術と自然の調和」が、美しい音楽とともに二人の五感を刺激します。


「ねえ、健二。あんなに綺麗な宇宙から見たら、私たちの悩みなんてちっぽけに見えちゃうわね」


上映が終わり、光の余韻に包まれながら真由美が呟きました。


「ああ。でも、あの青い地球を守るのが、俺たちの世代の役目なんだろうな」


健二が少し真面目な顔で答えると、真由美は「健二ってば、たまに大人びたこと言うんだから」といたずらっぽく笑い、健二の肩にそっと頭を預けました。


出口へと向かう途中、最新の高速通信システムや、人工知能の雛形のような展示が並んでいました。


「健二、21世紀になったら、私たちはどこで何をしてるのかしら?」


「さあな。でも、どこにいても、今日見たこの『未来』に向かって歩いてるのは間違いないよ」


「健二、私、21世紀が待ちきれなくなっちゃった!」


真由美が駆け出し、振り返って健二に手を振ります。


「おい、待てよ真由美! 迷子になったら大変だぞ!」


****


日本アイ・ビー・エム館

広大な敷地を歩き続ける二人の前に、巨大な銀色の球体と鏡面の壁が組み合わさった、ひときわ知的な佇まいの建物が現れました。


「見て、健二! あの建物、自分たちが映ってるわ!」


真由美が指差したのは、「日本アイ・ビー・エム館」でした。鏡のような外壁に、万博会場の喧騒と青い空、そして手をつないだ二人の姿が映り込んでいます。


「ここは『科学の楽しさ、美しさ』がテーマなんだ。IBMといえば、世界一のコンピューター会社だからな。中には最新の電子頭脳があるらしいぜ」


健二がパンフレットを読み上げると、真由美は「電子頭脳……なんだか難しそうだけど、面白そうね!」とはしゃぎ、健二を促して館内へと進みました。


中に入ると、そこは外の暑さが嘘のような、静謐でクールな空間が広がっていました。二人の目を引いたのは、巨大な「全天周ドーム16面マルチスクリーン」。


「わあ……ッ! 健二、見て! 画面がいっぱい!」


真由美が驚き、首を左右に振ります。16枚のスクリーンが連動し、時に一つの巨大な映像に、時にバラバラの複雑な模様へと変化していきます。映し出されていたのは、数式から生まれる幾何学模様や、顕微鏡で覗いた結晶の世界。


「すごいな……。ただの計算機だと思ってたけど、コンピューターがこんなに綺麗な絵を描くなんて」


健二も、その圧倒的な視覚体験に目を奪われました。冷たいはずの機械が、生命の神秘や宇宙の法則を、音楽に乗せて鮮やかに解き明かしていく。


「ねえ、健二。これ、全部コンピューターが考えてるの?」


「ああ。0と1の組み合わせで、こんなに豊かな世界が作れるんだ。人間の脳と同じ、いや、それ以上のスピードで世界を理解しようとしてるんだな」


展示エリアに進むと、さらに二人は驚かされました。

「健二、これ見て! 私が喋った言葉が、そのまま画面に出てるわ!」


真由美が驚いたのは、初期の「音声認識システム」のデモンストレーションでした。マイクに向かって話すと、少しのタイムラグの後に、文字がブラウン管に浮かび上がります。


「本当だ……。これなら、キーボードを叩かなくてもコンピューターと話せるようになるんだな。未来の会議は、みんなこうなるのかもな」


「ふふ、それじゃ内緒話もできないわね」


真由美がいたずらっぽく笑うと、健二は「確かに。でも、これで世界中の言葉がすぐに翻訳できたら、どこへでも行けるようになるぜ」と、未来の可能性に思いを馳せました。


「健二、私、なんだか頭が良くなった気分だわ。数字とか科学って、本当はもっと自由で楽しいものだったのね」


「そうだな。IBMが見せてくれたのは、ただの機械じゃなくて、人間の可能性を広げる道具なんだな」


二人は、知的好奇心を満たされた心地よい疲労感を感じながら、パビリオンを出ると、ゆっくりと歩き出しました。1985年のつくば。IBM館で触れた「電子の知恵」は、二人が大人になる頃の世界が、もっと論理的で、かつもっとクリエイティブな場所になることを確信させてくれました。


****


広大な敷地を歩き続ける二人の前に、赤錆色をした巨大な鋼鉄の立方体がそびえ立っていました。


「ねえ健二、見て! あの建物、すごく重厚感があるわね」


真由美が指差したのは、日本の鉄鋼メーカー各社が総力を結集した「鉄鋼館」でした。


「ここは『鉄と生命の対話』がテーマなんだ。中には世界初の技術を使った、すごい船が展示されているらしいぜ」


健二がガイドブックを片手に先導すると、真由美は「船? 万博会場に本物の船があるの?」と目を丸くし、健二の腕を引いて館内へと進みました。


展示エリアの中央、青い光に照らされた水槽の中に、その未来の乗り物は静かに鎮座していました。「超伝導電磁推進船」。


「……ッ! 健二、これ、スクリューがないわ!」


真由美が驚き、ガラス越しに船の底を覗き込みます。普通の船なら必ず付いているはずのプロペラが、どこにも見当たりません。


「そうなんだ。磁石の力……超伝導の強力な磁場を使って、海水を押し出して進むんだ。つまり、音もなく、振動もなく、まるで滑るように海を走るんだぜ」


健二が熱を込めて解説すると、真由美は「磁石の力で船が動くなんて……まるでリニアモーターカーの海版ね!」と感嘆の声を上げました。


「見て、真由美。あのコイルの部分にマイナス269度の液体ヘリウムが入ってるんだ。鉄鋼技術と極低温技術が合わさって、初めて可能になった未来の航海術だよ」


「……マイナス269度? 想像もつかないわ。でも、そんなに静かなら、海の魚たちも驚かないわね」


真由美が優しく微笑むと、健二も「ああ。スクリューで海をかき乱さないから、環境にも優しいんだ。21世紀の豪華客船は、みんなこの方式になるかもしれないな」と、未来の海図を思い描きました。


展示の周囲には、鉄がいかに生命を支え、文明を築いてきたかを物語るダイナミックな映像が流れていました。


「ねえ、健二。鉄って冷たくて固いイメージだったけど、なんだか今日の鉄は、未来を運ぶ魔法の絨毯みたいに見えるわ」


「そうだな。超伝導なんて言葉、教科書でしか見たことなかったけど、目の前で形になってるのを見ると、科学の力って本当にすごいよな」


パビリオンを出ると、夕方の涼しい風が吹き抜けていきました。会場のあちこちで灯り始めたイルミネーションが、鉄鋼館の壁面に反射して幻想的な模様を描いています。


「健二、私、いつかあの静かな船に乗って、あなたと世界中の海を旅してみたいわ」


真由美がいたずらっぽく、でも真剣な眼差しで健二を見つめました。


「ああ。その時は、きっと今日見たあの青い光が、俺たちの進む道を照らしてくれてるはずだよ」


二人は、鋼鉄が紡ぎ出した未来の余韻を胸に、再び賑やかなメインストリートへと歩き出しました。1985年のつくば。鉄鋼館で触れた「静かなる進歩」は、二人の未来がよりスマートで、より美しいものになることを確信させてくれました。


****


コスモ星丸の下で「21世紀」を誓う


会場のシンボルである巨大な観覧車「テクノコスモス」に揺られながら、二人は万博会場を見渡しました。マスコットキャラクターの「コスモ星丸」が、あちこちで子供たちに囲まれています。


「ねえ健二、21世紀になったら、私たちはどうしていると思う?」


真由美が、窓の外の未来的な風景を見つめながら、静かに問いかけました。

昭和85年――ならぬ西暦2000年を過ぎた頃。それは当時の二人にとって、SF映画の中のような遠い遠い未来でした。


「そうだな……。21世紀になっても、俺は相変わらずカメラを持って、君の写真を撮っていると思うよ。リニアが日本中を走っていても、ロボットが喋っていても、俺とお前の関係だけは、あの関ケ原の頃のまま、何も変わらないはずだ」


健二が真由美の手にそっと自分の手を重ねると、彼女は嬉しそうに頷き、彼の肩に頭を預けました。


「私も、そう思う。21世紀の私たちは、きっと今の私たちに『ちゃんと幸せにやってるよ』って教えてあげられる。そんな未来にしたいわね」


****


広大な会場を歩き続け、少し足取りが重くなりかけた二人の前に、巨大な「円盤」のような、あるいは未来のタイヤのような白い円形パビリオンが現れました。日本自動車工業会の「くるま館」です。


「ねえ健二、見て! あの建物、今にも転がり出しそう!」


真由美が麦わら帽子の縁を押さえながら見上げます。壁面には躍動感あふれる車のイラストが描かれ、入り口からは楽しげな音楽が漏れていました。


「ここは『くるまと、はてしない夢』がテーマなんだ。中には世界最大級のスペース・シアターがあるらしいぜ。さあ、行こう!」


健二がパンフレットをポケットにねじ込み、真由美の手を引いてエントランスをくぐりました。


館内に入ると、二人は「スペース・カプセル」と名付けられた、4人乗りの動く観覧席に案内されました。


「わっ、健二! この椅子、動いてるわ!」


真由美が驚き、隣に座る健二の腕をぎゅっと掴みます。カプセルはゆっくりと上昇し、巨大なドーム空間へと吸い込まれていきました。そこには、上下左右、視界のすべてを覆い尽くす**「全天周巨大スクリーン」**が広がっていたのです。


「……ッ! すごいな、これ!」


健二が感嘆の声を漏らしました。上映が始まった瞬間、二人はカプセルに乗ったまま、時空を超えたドライブへと出発しました。


猛烈なスピードで駆け抜ける未来のハイウェイ。砂漠を疾走し、氷河を越え、ついには宇宙空間まで。全天周映像の迫力で、自分たちが本当に猛スピードで移動しているような感覚に襲われます。


「キャッ! 健二、ぶつかる!」


画面いっぱいに迫り来る障害物を避けるように、真由美が健二の肩に顔を埋めます。カプセルの動きと映像が完全にリンクして、二人の三半規管を心地よく翻弄しました。


「大丈夫だよ、真由美。ほら、見て。あんなに綺麗な未来の街だ」


健二に促され、真由美が恐る恐る目を開けると、そこには緑豊かな森の中を、静かに、そして滑らかに走る未来のクルマたちの姿がありました。排気ガスもなく、事故もない、人間とクルマが本当の友達になれるような優しい世界。


「……綺麗。健二、未来のドライブは、あんなに静かなのかしら?」


「ああ、きっとそうなるよ。コンピューターが全部やってくれて、俺たちはこうして景色を楽しんでるだけでいいんだ」


上映が終わり、カプセルがゆっくりと地上に降り立つと、二人はしばらく夢から覚めないような心地で顔を見合わせました。


「ねえ、健二。あんな未来のクルマがやってきたら、私、あなたとどこまででもドライブに行きたいわ」


真由美がいたずらっぽく笑い、黄色い3Dメガネ(住友館でもらったもの)をバッグからチラリと覗かせました。


「ああ。空飛ぶクルマの免許を取ったら、真っ先に真由美を隣に乗せてやるよ。つくばで見たあの景色を、探しに行こうぜ」


パビリオンを出ると、会場内を走る「夢の乗り物」たちの群れが、午後の光を浴びて輝いていました。1985年のつくば。くるま館で見た「はてしない夢」は、二人の行く手に広がる長い道のりを、希望の色で塗り替えてくれたようでした。


****


エピローグ:昭和60年の約束


1985年の夏、つくばの空に帳が下りると、万博会場は昼間とは一変して、宝石箱をひっくり返したような光の海に包まれました。


「健二、見て! 中央広場の噴水が七色に光ってるわ!」


真由美が声を弾ませます。彼女の瞳には、ライトアップされたパビリオンの群れと、会場を縦横無尽に駆け巡る光の筋が映り込んでいました。二人は人混みを少し離れ、夜風が吹き抜ける展望エリアの隅に腰を下ろしました。


「……もうすぐ始まるぞ。つくば万博、今日一番のメインイベントだ」


健二が腕時計を確認したその瞬間、会場の喧騒がふっと静まり返りました。


ドーンッ!


重低音が地響きのように足元から伝わり、真っ黒な夜空に巨大な大輪の華が咲き乱れました。赤、青、金、そして見たこともないような鮮やかなエメラルドグリーン。


「……っ! 綺麗……!」


真由美が息を呑み、隣に座る健二の腕をぎゅっと掴みます。花火の光に照らされて、彼女の横顔が刻一刻と色を変えていきました。


しかし、驚きはそれだけではありませんでした。

夜空の四方八方から、鋭い直線の光――レーザービームが放たれたのです。緑や赤の光線がスモークのたなびく空を切り裂き、音楽のリズムに合わせて幾何学模様を描き出します。最新のテクノロジーと伝統的な花火が融合した、まさに「科学万博」ならではの幻想的な光景でした。


「すごいな。光が空に絵を描いてる……。未来の夜空は、こんなに賑やかになるのか」


健二が呟くと、真由美は花火の爆音に負けないよう、少し大きな声で答えました。


「ねえ、健二! あの光、さっき見たでんでんINS館の光ファイバーみたい! 世界中が繋がってるみたいに見えるわ!」


「ああ、そうだな。俺たちの未来も、あんな風に明るく輝いてるといいな」


最後の特大スターマインが夜空を真昼のように明るく照らし出し、ゆっくりと黄金の柳が枝を垂らすように消えていくと、会場には一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が巻き起こりました。


「……終わっちゃったわね」


真由美が少し寂しそうに、でも満足げに微笑みます。


「ああ。でも、今日見たものは全部、俺たちの心の中に残ってるだろ」


健二が立ち上がり、真由美に手を差し伸べました。二人の手には、今日一日で集めたパビリオンのパンフレットと、お揃いの「コスモ星丸」のキーホルダーが握られていました。


「ねえ、健二。21世紀になっても、今日のこと、ちゃんと覚えていようね。私たちが大人になって、もっとすごい未来が来ても」


「約束するよ、真由美」


二人は、余韻を残す夜空を最後にもう一度だけ見上げ、出口へと続く「光の道」をゆっくりと歩き出しました。1985年のつくば。あの夜、二人が見つめた光は、まだ見ぬ未来へと続く確かな道標となって、二人の足元を照らし続けていました。



帰りの新幹線の中、二人の手元には万博のお土産である、未来的なデザインの「コスモ星丸のバッジ」と、パビリオンのスタンプでいっぱいになったノートがありました。


「あーあ、現実に戻っちゃうな」

健二が少し寂しそうに笑うと、真由美は万博のパンフレットを大切にカバンにしまいながら言いました。


「ううん、今日は未来を『予約』してきたのよ。だから、明日からも頑張れるわ」


昭和60年の夏。

万博会場で見た「輝かしい未来」は、今の二人にとっては夢のような幻だったかもしれません。しかし、あの時二人で誓った「21世紀も一緒にいる」という約束だけは、確かな「現実」として、未来へと繋がっていくのでした。


挿絵(By みてみん)

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