ex.エピソード 7 昭和の観光地の1日のシュミレーション 岐阜県『伊吹山スキー場』
滋賀県米原市の「伊吹山スキー場(伊吹山ゴンドラ)」は、2005年に営業を終了し、2010年以降に施設が撤去され閉鎖されました。一方、近隣の「グランスノー奥伊吹(旧奥伊吹スキー場)」は現在も営業中です。
昭和59年、冬。あの初夏の雲海に感動した伊吹山は、今度は一面の銀世界へと姿を変えていました。健二の赤いファミリアのタイヤには、慣れない手つきで装着した金属チェーンが巻かれ、ジャラジャラと雪道を噛む音が車内に響いています。
純白のゲレンデ:伊吹山スキー場の「ハッスル」
「うわあ……ッ!」
健二は思わず声を上げた。両手を頬に当て、その圧倒的な光景に言葉を失う。
「すごい……! 本当に真っ白ね、健二!」
隣で真由美も、手袋をはめた両手を頬に添え、大きな瞳をさらに見開いていた。彼女のツインテールに、小さな雪の結晶がいくつも舞い降りる。
二人の目の前に広がっていたのは、滋賀県が誇る名峰、伊吹山だった。
季節は冬の最盛期。空は、吸い込まれるような、一点の曇りもないペールブルーに晴れ渡っている。その澄んだ空気の中で、太陽の光を浴びた伊吹山は、まるで巨大な、真っ白な氷山のように輝いていた。
「11.82メートルって、そういうことか……」
健二は、かつてこの場所で記録された積雪量の世界記録(有人観測史上)を思い出していた。その数字が、目の前の現実として、圧倒的なスケール感を持って迫ってくる。
山全体が、深い深い雪に埋もれていた。
麓から山頂まで、尾根も谷も、すべての地形が雪によって塗りつぶされている。木々は白い雪で彩りされたかようで、普段は人が歩く登山道も、今は完全に自然の雪の下に姿を消していた。
「健二、あそこ! 誰も歩いてないわ!」
真由美が指差す先、まっさらなパウダースノーの斜面があった。そこに立つと、自分たちの足跡が初めての刻印になるのだ。
二人が驚いたのは、その雪の深さだけではなかった。雪の「白さ」が、彼らが知っているどの白よりも白く、眩しく、そして清潔だったからだ。
「これこそが、伊吹山の名物だな」
健二は、深く冷たい空気を吸い込み、驚きから歓喜へと表情を変えた。
「さあ、真由美! 誰も足を踏み入れてない、この真っ白な世界に、僕らの足跡をつけに行こう!」
健二の声に、真由美は「ええ!」と、この上なく明るい、太陽のような笑顔で答えた。
二人は、膝まで埋まる深い雪をかき分け、まっさらな伊吹山の深雪へと一歩を踏み出した。雪をかき分ける音さえも、この圧倒的な白い静寂に吸い込まれていく。彼らの足元から、新しい物語が刻まれようとしていた。
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「健二、滑らない?」
真由美は、当時はしりだったパステルカラーのスキーウェアを着込んでいます。その着膨れした姿は、いつものお嬢様然とした雰囲気とはまた違い、マスコットのような愛らしさがありました。
「任せとけって。これでも冬休みにイメトレはバッチリなんだ」
当時の伊吹山スキー場は、関西・中京圏からもっとも近い「本格派」として、多くの若者で賑わっていました。ゴンドラ(当時は「伊吹山高原ベル」)に乗り込み、標高を上げていくと、眼下には雪を被った関ケ原の街並みが箱庭のように広がります。
雪上の格闘、そして愛嬌
ゲレンデに降り立つと、そこは昭和のスキーブーム真っ只中の熱気に包まれていました。
健二の板は、当時の定番だった「ロシニョール」。彼は真由美の前で格好いいところを見せようと、ストックを突き出し「ハッスル」して滑り出しましたが、数メートル先で見事な転倒を披露しました。
「健二、大丈夫!?」
真由美が慌てて滑り寄ってきます。実は真由美、昔家族で何度かスキーに来たことがあり、健二よりもずっと筋が良いのでした。
「……はは、今のわざとだよ。雪質をチェックしてたんだ」
強がる健二に、真由美は可笑しそうに笑いながら、雪のついた彼のニット帽を優しく払いました。
「もう。無理しないで。ゆっくり滑りましょう、私がお手本を見せてあげるから」
真由美は、シュプールを美しく描きながら、軽やかに斜面を降りていきました。その背中を追いかけながら、健二は慌てて防水機能がある小型カメラを取り出し、白い雪原に映える真由美の姿をファインダーに収めました。
ゲレンデの午後:熱いココアと未来の話
休憩は、ロッジの丸太椅子で。
二人の前には、湯気が立ち上る紙コップのココアがありました。
「ねえ健二。夏にあの雲海を見た時は、まさか同じ場所でこうして雪を滑ってるなんて思わなかったわね」
真由美が、冷えた指先をココアで温めながら言いました。
「そうだな。景色は全然違うけど、ここから見える関ケ原の景色だけは、あの時と同じだ」
二人は窓の外に広がる、冬の静かな関ケ原を見つめました。
夏は極彩色の武者たちが踊り、初夏は雲海が街を隠し、そして冬はすべてが白く浄化される。
「来年の夏は、つくばで万博があるんだって。未来の科学が見られるらしいぞ。……一緒に行かないか?」
健二の誘いに、真由美は少し照れたように、でもはっきりと頷きました。
「ええ、行きたい。……健二となら、未来を見るのも怖くない気がするから」
昭和59年の冬。冷たい空気の中で、二人の絆は雪を溶かすほど熱く、そして確かなものになっていきました。帰り道、チェーンの音を聞きながら、カセットテープからは広瀬香美……ではなく、松任谷由実の『恋人がサンタクロース』が少し早めに流れていました。
かつて滋賀県に存在した伊吹山スキー場(2005年休止、2010年閉鎖)には、現在のスキー場とはまた違う、時代を感じさせる名物や特徴がいくつかありました。
健二と真由美が訪れた1980年代当時の空気感とともに振り返ってみましょう。
1. 世界記録級の「積雪量」
伊吹山は1927年に積雪量11.82メートルという世界記録(有人観測史上)を樹立した場所です。スキー場としてもその雪深さは名物で、シーズン最盛期には山全体が真っ白に埋もれる圧倒的なスケール感がありました。
2. 「伊吹山高原ベル(ゴンドラ)」
麓からゲレンデまで一気に運んでくれる赤いゴンドラは、スキー場のシンボルでした。これに乗って高度を上げていく際に見える、琵琶湖や関ケ原のパノラマは絶景で、スキー客以外にも観光客に愛されていました。
3. 関西・中京圏からの「圧倒的な近さ」
国道21号線から近く、名神高速道路の関ケ原ICや米原ICからもすぐというアクセスの良さは、当時のスキーヤーにとって最大の名物でした。「仕事帰りや学校帰りに行ける本格ゲレンデ」として、週末は夜遅くまで若者たちの熱気に包まれていました。
4. ユニークな設備「アルカンデ」
これは伊吹山スキー場の末期(2000年代)に導入されたものですが、駐車場からゲレンデまでの急坂を移動するための動く歩道がありました。その名も「アルカンデ」(歩かんで=歩かなくていい)。関西弁を交えたユーモラスなネーミングは、地元の方々や観光客の間で話題になりました。
5. 山頂の「薬草風呂」とグルメ
伊吹山は古くから「薬草の宝庫」として知られており、スキー場の近くにあるホテルや宿泊施設では、冷えた体を温める薬草風呂が定番でした。また、地元の名産である伊吹そばや、しっかりとした味付けのカレーなどは、ゲレンデ飯(ゲレ食)として当時のスキーヤーの胃袋を満たしていました。




