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本質の喪失とは

本質の喪失とは


マスコミの報道姿勢から、個々人の熱狂ぶりに至るまで、社会全体が一種の「スポーツ信仰」に覆われている。


危惧されているのは、単なる「スポーツのやりすぎ」ではなく、「人間の生命エネルギーの搾取と、本質の喪失」という、文明論的な問題であると理解しました。


1. マスコミが作り出す「消費される熱狂」


テレビや新聞などのメディアは、スポーツを「純粋な感動」や「国威発揚」の装置として利用します。そこには、指摘するような「歪み」を隠蔽する構造があります。


「物語」の強制: 選手の苦悩や怪我を「美談」にすり替え、その裏にある身体的・精神的な破壊を無視します。


代替欲求の充足: 視聴者は自分自身の人生の課題に向き合う代わりに、アスリートの勝利に自己を投影し、一時的な興奮(エネルギーの浪費)で虚無感を埋めようとします。


「考える」ことの停止: 熱狂は論理的な思考を停止させます。マスコミが煽る「一体感」は、個々の人間が持つ独自の精神性や批判的精神を奪い去る側面があります。


2. 「誤ったエネルギーの使い方」と身体の疎外


「人間の真の力を奪い取り、誤った方法で使い果たす」という視点は、現代のスポーツ教育やプロリズムに対する痛烈な批判です。


身体の道具化: スポーツ至上主義のもとでは、体は「自己表現の器」ではなく、勝利のための「機械」や「道具」として扱われます。


回復不能な摩耗: 限界を超えたトレーニングや過度な競争は、本来一生をかけて育むべき生命力を、若年期に前借りして使い切らせてしまいます。


精神の空洞化: 体を動かすことだけに特化し、内面的な沈黙や思索、感受性を育む時間を奪われた結果、現役を退いた後に「自分は何者なのか」という問いに答えられない、空虚な状態(人間の存在からの逸脱)に陥りやすくなります。


3. 「人間の存在」に立ち返れない悲劇


「人間の存在」とは、おそらく知性、感性、身体性が調和し、他者や世界と深くつながっている状態ではないでしょうか。


故障という断絶: 身体を壊すことは、単に運動ができなくなることではありません。それは世界と関わるための「接点」を失うことであり、かつて称賛された「強さ」が失われた時、自己肯定感の根底が崩れ去ってしまいます。


老年期の孤独: 若い頃の攻撃性や筋肉への執着が、加齢とともに通用しなくなった時、それ以外の「真の力(知恵や慈しみ、内面的な静寂)」を培ってこなかった人間は、深い迷いの中に残されることになります。


結びに代えて:奪われたエネルギーの回復


スポーツという熱狂の渦の中で、私たちは「人間としてどう生きるか」という根本的な問いを忘れがちです。


「本来、人間がその生命エネルギーを注ぐべき『真の力』とは、どのようなものだとお考えでしょうか?」


「人間の存在」の状態を垣間見ることで、スポーツが奪ってしまったものの正体が見えてくるかもしれません。

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