exエピソード 10 平成の観光地の1日のシュミレーション 福岡県『スペースワールド』
昭和58年のあの日、関ケ原の極彩色に染まった夏休みから数年。健二と真由美の物語は、単なる夏の思い出に終わることはありませんでした。
二人の歩んだ軌跡と、新たな時代の幕開けを象徴するスペースワールドでの一日を綴ります。
聖なる関ケ原からの帰還、そして「戦国アイドル伝説」へ
関ケ原での「命の輝き」を見せたあの日以来、健二と真由美の距離は急速に縮まっていきました。しかし、それは決して浮ついたものではなく、お互いの価値観を尊重し合う「清い交際」でした。
大学の講堂。二人は流行のカフェバーに繰り出すよりも、図書館の片隅で歴史の資料を広げ、あるいは映像研究会の機材室で、あの日健二がニコンFE2に収めた極彩色の武者たちのスライドを眺めながら、新しい「表現」を模索していました。
その集大成が、大学祭で発表された自主映画『戦国アイドル伝説 ~天下分け目の萌え萌え大作戦~』でした。
ストーリー: 現代からタイムスリップした「可愛い女の子(モデルはもちろん真由美)」が、歌と踊りの力だけで、血気盛んな戦国武将たちの心を溶かしていく物語。
反響: 当時はバブル前夜。尖った前衛映画が流行る中、あえて「可愛い女の子が、力ではなく愛嬌で世界を平和にする」という健二の脚本は、学生たちの心を掴みました。
真由美の熱演: お嬢様然とした立ち振る舞いの中に、メナードランドで見たアイドルのような「愛嬌」を織り交ぜた彼女の演技は、キャンパス内で伝説となりました。
勉学にも真摯に取り組んだ二人は、周囲から「理想のカップル」と呼ばれ、お互いの両親にも紹介し合う仲になりました。大垣の市役所に勤める真由美の厳格な父親も、健二の誠実さと、ナオちゃん(妹)への優しい接し方に、最後には笑顔で二人を祝福するようになったのです。
1990年:宇宙を駆けるハネムーン
時代は昭和から平成へ。
二人は大学卒業後、数年の社会人経験を経て、親族や友人たちの温かな祝福の中でゴールインしました。新婚旅行の目的地に選んだのは、オープンしたばかりの話題のスポット、北九州市の「スペースワールド」でした。
かつての赤いファミリアは、少し背伸びをしたセダンに変わっていましたが、助手席で髪をさらりと耳にかける真由美の仕草は、あの夏のままでした。
スペースワールド:夢のフロンティア
人間の手で作られた建造物は、宇宙への憧れを象徴するように輝いていました。
「ねえ健二、見て! あのシャトルの大きさ、本物みたい!」
入園するなり、真由美は子供のように瞳を輝かせました。実物大のスペースシャトル「ディスカバリー号」がそびえ立つ光景は、関ケ原のコンクリート武者とはまた違う、未来への圧倒的な情熱を感じさせました。
スペース・ハッスル
二人は1日中、宇宙の旅に身を投じました。
スペースワールド:宇宙への挑戦
巨大な実物大シャトル「ディスカバリー号」がそびえ立つ園内。二人は息をつく暇もなく、アトラクションへと駆け出しました。
1. ブラックホール・スクランブル
「健二、これ……中が真っ暗で見えないわ!」
真由美が、吸い込まれるような入り口を前に少し足踏みします。
「大丈夫だ。ブラックホールを駆け抜けるんだから、暗いのは当たり前だろ。行くぞ!」
暗闇の中、予測不能な旋回と加速が二人を襲います。視覚を奪われた分、重力とスピードだけがダイレクトに体に伝わる恐怖。真由美は隣の健二の腕を必死に探して掴みました。
2. ブギウギ・スペース・コースター
暗闇から生還した二人が次に飛び乗ったのは、陽気な音楽とは裏腹に、後ろ向きの車両が混じる「ブギウギ・スペース・コースター」でした。
「えっ、後ろ向きに進むの? 健二、私、どっちを向いていいか分からなくなっちゃう!」
「それがいいんだよ! 進行方向が見えないスリル、最高だろ?」
車両がガタンと音を立てて逆走を始めた瞬間、真由美の悲鳴がパークに響きます。後ろ向きに落ちていく独特の浮遊感に、二人は笑いと叫びが混じった声を上げ続けました。
3. ツインマーキュリー
「……次は、水の上ね」
少し息を切らした真由美が、激流を豪快に滑り落ちる「ツインマーキュリー」を見上げます。
「『ファンファン』と『アドベンチャー』、どっちにする? 真由美」
「もちろん、すごそうな方よ、健二!」
二人が乗り込んだボートは、最後の一気に急勾配を滑り落ちました。
バッシャーーーン!!
盛大な水しぶきが二人を包み込みます。
「キャーッ! 健二、びしょ濡れじゃない!」
真由美が濡れた髪をかき上げながら、弾けるような笑顔で叫びました。
「ははは! 宇宙の旅には、これくらいの試練が必要なんだよ」
健二もシャツを濡らしながら、達成感に満ちた顔で答えました。
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激しいアトラクションの連続で少し乱れた髪を整えながら、真由美はレストラン「アステロイド」の重厚な自動ドアをくぐった。店内は、スペースシャトルの船内を思わせるメタリックな内装と、青い間接照明が近未来的な静寂を演出している。
「ふう……やっと一息つけるわね、健二」
真由美が、窓の外にそびえ立つ実物大のディスカバリー号を眺めながら席につく。テーブルの上には、二人が注文した「宇宙食」をイメージしたランチプレートが運ばれてきた。
「見て、健二! このカレー、ライスがシャトルの形をしてるわ。食べるのがもったいないくらい」
真由美の瞳が、子供のように輝く。皿の上には、星型に抜かれた人参や、銀色のパウダーを散らしたようなソースが並び、まさに一皿の小宇宙を形作っていた。
「俺のはこれだ。アルミのパウチに入ったデザート。つくばの時にでんでんINS館で見た未来が、今こうして目の前の皿に乗ってるんだな」
健二が、少し物珍しそうにスプーンを手に取る。
「健二、一口食べてみて。無重力で食べてる気分になれるかしら?」
真由美がいたずらっぽく笑いながら、自分のシャトル型ライスを少し崩して口に運ぶ。
「……ん! 思ったよりずっと本格的。スパイシーで、なんだか元気が出てくるわ」
「そうか。宇宙飛行士も、過酷な任務の中でこういう食事を楽しみにするんだろうな。エネルギーを補給して、午後もまた宇宙を駆け回らないといけないからな」
健二が応えると、真由美はふと手を止めて、窓の外の夕暮れに染まり始めたパークを見つめた。
「ねえ、健二。さっきのコースターで振り回されている時、私、ちょっとだけ怖かったの。でも、隣で健二が笑ってるのが分かったから、最後まで楽しめたんだと思うわ」
真由美のストレートな言葉に、健二はカレーを飲み込む手を止め、少し照れくさそうに視線を泳がせた。
「……俺だって、一人だったらあんなに叫べないよ。真由美がいるから、この『宇宙旅行』も意味があるんだ」
「ふふ、健二ったら。宇宙食を食べて、少しロマンチストになったのかしら?」
真由美が銀色のスプーンを口に運び、再び楽しそうに笑う。
冷えた体を温める温かいスープの湯気が、二人の間に柔らかく立ち上る。1990年の北九州。鉄の街に突如として現れた宇宙の楽園で、二人は未来の味を噛み締めながら、まだ見ぬ銀河の果てへと想いを馳せていた。
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午後のパレードが始まると、健二の血が騒ぎ出しました。
宇宙服をモチーフにした衣装で踊るダンサーたち。当時の「戦国アイドル伝説」の記憶が蘇ります。
「真由美、ちょっといいか?」
健二はかつてメナードランドで見せたあの「キレ」を彷彿とさせるステップで、パレードの音楽に合わせて軽く体を揺らしました。
「もう、健二ったら。結婚してもその『ハッスル』は変わらないのね」
真由美は呆れたように言いながらも、彼の手を引いて、一緒にリズムに乗り始めました。
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スペースキャンプ:星への階段
「健二、見て……。あのアーム、まるで巨大な銀色のクモみたい」
真由美が指差したのは、宇宙飛行士の訓練用機器。ライトアップされた金属の質感が、闇の中で鈍く光っています。
「あれは『マルチアクシス・トレイナー』だ。宇宙空間での制御不能な回転を疑似体験するための装置らしいぜ。つくばの三菱未来館で見た宇宙飛行士たちも、あんな過酷な訓練を乗り越えて星へ行ったんだろうな」
健二が、訓練生たちが真剣な表情でブリーフィングを受ける様子を眺めながら、少し声を潜めて言いました。
「……すごいわね。ただ楽しむだけじゃなくて、こうして本気で宇宙を目指す場所が日本にあるなんて」
二人は、展示されている実物大の船内モジュールの中へと歩を進めました。狭い空間に整然と並ぶスイッチ、計器類、そして壁面に固定されたスリーピング・バッグ(寝袋)。
「ねえ、健二。こんなに狭いところで、何日も過ごすのね。外には真っ暗な宇宙が広がっていて……」
真由美が、窓を模したモニターに映る「地球」をそっと指でなぞりました。
「怖いか? 真由美」
「……ううん。不思議ね。こんなに小さな箱の中でも、仲間がいればきっと寂しくないわ。健二なら、このスイッチ全部覚えちゃいそうね」
「はは、任せとけ。俺が操縦士で、真由美が通信士だ。でんでんINS館で見たみたいに、地球と交信するんだ」
健二が、パイロット席のレバーを握る真似をしてみせると、真由美は「了解、機長!」とはしゃいで敬礼をして見せました。
キャンプの広場に出ると、冷たい夜風が二人の火照った頬を撫でていきました。見上げれば、ライトアップされたディスカバリー号が、今にも夜空へ飛び立とうとするかのように、誇らしげに翼を広げています。
「ねえ、健二。1985年のつくばで『未来』を見て、1990年のここで『宇宙』に触れて……。私たちの旅は、どんどん遠くまで行けるようになるのかしら」
「ああ。きっと、想像もできないくらい遠くまでな。でも、どんなに遠くへ行っても、俺たちの帰る場所はここにあるんだ」
健二は、ポケットの中で真由美の手をそっと握りしめました。
1990年のスペースワールド。スペースキャンプの静謐な空気の中で、二人はただの観光客ではなく、同じ「未来」という名のミッションに挑むクルーのような、強い絆を感じていました。
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スペースキャンプの訓練エリアを後にした二人の足取りは、どこか誇らしげでした。出口へと続く通路の脇、重厚なデスクが置かれた「アドミニストレーション・センター」の窓口で、二人は足を止めました。
「健二、見て! あれが噂の……」
真由美が指差した先には、金色のエンブレムが刻印された、パリッとした厚手の紙が並んでいました。それは、スペースワールドでの「宇宙飛行士訓練」を擬似的に終えた者に授与される、特別な「卒業証明書」でした。
「お二人とも、お疲れ様でした。見事なミッション完遂です」
スタッフの女性がにこやかに微笑み、二人の名前がタイプされたカードを差し出しました。
「わあ……ッ! 健二、見て! 私の名前がちゃんと入ってるわ! 『ミッション・スペシャリスト:真由美』って書いてある!」
真由美が、証明書を両手で大切そうに掲げ、ライトにかざして見つめます。1985年のつくば万博で、でんでんINS館のテレビ電話に驚いていた少女は、1990年の今、宇宙へと続くライセンスをその手に握りしめていました。
「俺のは……『ペイロード・スペシャリスト:健二』か。なんだか、本当にNASAの選抜試験に受かったみたいで、背筋が伸びるな」
健二も、自分の名前が刻まれたカードの質感を指先で確かめ、満足げに頷きました。
「健二、これ、私の宝物にするわ。三菱未来館で見た宇宙船の操縦席、あの時は遠い夢みたいだったけど、今日はなんだか本当にそこまで手が届きそうな気がしたの」
「ああ。この小さなカード一枚だけど、俺たちが今日一緒に『宇宙』を駆け抜けた証拠だからな」
二人は、お互いの証明書を並べて見比べ、顔を見合わせて笑いました。
「ねえ、健二。いつか本当の宇宙旅行が当たり前になったとき、このカードを持って受付に行ったら、『ベテランさんですね』って驚かれちゃうかしら?」
「はは、その時は俺が機長として、真由美を一番いい窓側の席に案内してやるよ」
パビリオンの外に出ると、夜空には満天の星……とはいきませんでしたが、八幡の街の灯りが、まるで地上に降りた星屑のようにキラキラと輝いていました。
二人は、卒業証明書を折れないように大切にバッグにしまい、スペースワールドのゲートをくぐりました。1990年の夜風は少し冷たかったけれど、二人の手には、未来という名の確かな「資格」が握られていました。
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宇宙の静寂と、永遠の約束
夕暮れ時。スペースシャトルのシルエットが、紫色の空に浮かび上がります。
二人は「スペース・アイ(観覧車)」のゴンドラに乗り込みました。
ゆっくりと高度を上げるゴンドラの中から、広大な響灘と、美しくライトアップされた園内が見渡せます。
「健二」
真由美が、落ち着いた声で切り出しました。
「関ケ原の時は、まだ先のことなんて何も分からなかった。でも、あの日、あなたが必死に踊っている姿を見て、私、思ったの。この人となら、どんなに奇妙で、どんなに熱い未来でも、きっと楽しく歩いていけるって」
健二は、真由美の艶やかな黒髪を見つめ、その手を優しく握り締めました。
「俺もだよ。関ケ原でも、一緒に伊吹山の頂上でみた雲海に感動した時でも、そしてこの宇宙でも……俺の隣には、いつもお前の笑顔があってほしいんだ」
ゴンドラが頂上に達した時、園内には夜のショーの音楽が流れ始めました。
それは、昭和の喧騒と平成の希望が混ざり合う、二人だけの「平和な世界の始まり」のファンファーレのようでした。
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スペースワールドからの帰り道、健二の新しい愛車の車内には、カセットデッキから流れる山下達郎の『RIDE ON TIME』が静かに響いていました。
フロントガラスの向こうには、関門橋のライトアップが宝石の鎖のように連なっています。
宇宙から日常への帰還
「ねえ健二、これ見て。暗いところで光るのよ」
助手席の真由美が、今日お土産に買った「未来的なペア・キーホルダー」を指先で揺らしました。それは透明なアクリルの中に、小さなスペースシャトルと「2001」の文字が刻まれた、当時の最先端を感じさせるデザインでした。
「お揃いなんて、大学生の頃なら照れくさくて買えなかったな」
健二がハンドルを握りながら笑うと、真由美はキーホルダーをフロントパネルの明かりに透かしました。
「あの日、関ケ原であなたが買ってきた『生首のキーホルダー』も、今となってはうちのサイドボードの家宝ね。でも、今日からはこれが二人の、新しい門出の印」
真由美は、パフスリーブの袖を少し捲り、窓の外に流れる夜景を見つめました。
「新居に帰ったら、鍵をこれに付け替えましょう。明日からは、二人で同じドアを開けるんだもの」
車内には、潮風の香りと、新車のシートの匂い、そして二人が手にした未来への確信が満ちていました。昭和58年の夏、関ケ原のあの日から、二人の物語は確実に、この静かで幸せな夜へと繋がっていたのです。




