器、模索する2
服の合わせ目から指を滑り込ませ、邪神が俺の体に指を這わす。
その妖しい動きに、息を押さえて睨み続ける。
「く、そ」
片手で肩を押さえつけられているだけなのに、女とは思えない強い力で起き上がれない。手で彼女を押し返そうとしても、頼りない細い体はびくともしない。
小さく笑いながら、邪神は俺を楽しげに見つめている。
「この体は、お前のものじゃない。トウコのものだ!」
『………そなたは何を欲す?』
俺の言葉など耳に入らないらしく、脈絡の無い問いに何を言うべきか戸惑った。
美しい声は若い女のようでもあり、かと思えば老婆のような低く嗄れた声にも聴こえて、ぞわぞわと背を冷たいものが撫でるようだった。
首元に生暖かい息が掛かったと思ったら、舌が這う感触に顔を背ける。
「う…」
『この体を欲すか?』
言ったそばから自らの夜着をはだけるのに、一瞬見惚れてから我に返り、ぐっと目を瞑って視界に入れないようにした。瞼の裏にまろやかな曲線が残像としてこびりつく。
「や、やめろ、トウコの体を弄ぶな!」
トウコ自身の意思ではない行動に、彼女の尊厳が傷付くのは許せない。
そんな俺を笑う邪神に、激しい怒りで頭が煮えるようだった。
「体が欲しいんじゃない……俺が欲しいのは、トウコの幸せだ」
体だけなら誰でもいい。でもそうじゃない。俺は、なぜ彼女の為にここまでのことができるかを考えたら自ずと答えは出てきた。
トウコがトウコであって欲しい。俺は「トウコ」が欲しい。
笑い声は消え、しげしげと見つめる気配に目を閉じたまま耐える。
闇の女神は死と破壊を司るが、同時に試練と困難を授ける神だ。意味合いは他説多くあるが、それを乗り越えれば光の女神の祝福を浴びるという。
ジルシチュールは、トウコを救う方法がその辺りにあるのではないかと考えている。これは神の本質を、ある定義の通りに信じた場合だが。
しばらくすると俺の体は解放されて、腹の上の彼女の重みもなくなった。慌てて起き上がった時には邪神が部屋を出て行くところだった。
「ジルシチュール!!」
彼女の後を追いながら、神官を呼ぶ。俺だけでは、ほとんど何もできない。
邪神が力を使うかもしれない。その前に、どうにかしなければならない。
また人が死んだら、苦しむのはトウコだから。
祭壇の前で、彼女の前にジルシチュールが立ち塞がった。
「闇の女神アガネーよ、どうかお静まり下さい。罪なき彼女を解放して差し上げて下さい」
『………………』
まるで興味が無いといったように、邪神は彼の横を通り過ぎようとした。
「やむを得ません!」
ジルシチュールは厳しい表情で杖を振ると、神力の光で邪神の動きを封じようとした。彼女の手足に光の帯が巻き付くのを見計らい、俺は後ろからその肩を抱いた。
途端に、邪神の周りに見えない力が働き、いきなり吹き飛ばされて祭壇に叩きつけられた。
銀の燭台が乾いた音を立て床に転がるのを横目に、手を付いて立ち上がる。
「トウコ、目を覚ますのです!」
ジルシチュールの声を耳にし、背中の打撲の痛みを堪えて邪神に近付く。
「トウコ」
今度は吹き飛ばされないよう、きつく彼女の体に腕を巻く。
「トウコ、戻ってこい!」
触れた体は、小刻みに震えていた。それに気付くと、いてもたってもいられなかった。
「トウコ、受け入れてはダメだ!俺はトウコでなければ嫌だ、だから戻ってこい!」
無表情な顔には、悲しみや苦悩はない。負の感情も心にあったからこそ彼女は彼女だった。
このまま心が消えたなら、俺はどうしたらいいんだ。
「消えないでくれ………トウコが良くても、俺が苦しいんだ」
こんなことを口走るなんて、自分が信じられない。それでも言葉を尽くして心をさらけ出さなければ、後がない。
「……俺を放すな」




