7:私の名前は……
「……ろ、起きろ」
『んー…………ふあぁぁ。あ、陛下の人、おかえりなさい』
「無事だな?」
なんだかホッとした様子でそう言われた。
『どうしたの?』
うーんと伸びをしつつ、ベッドに座った陛下の膝に飛び乗ると、頭をそっと撫でてくれた。
「お前は、名前はあるのか?」
『なまえー? あっ、そうそう! 思い出せないんだよねぇ』
「俺が付けてもいいのなら、ルナはどうだ?」
『ルナ? ルナ! 可愛い!』
「気に入ったか?」
陛下の人の膝上でぴょんぴょん飛び跳ねていたら、陛下の人がふわりと微笑んで抱き上げてくれた。
「ルナ」
『はい! ルナちゃんです!』
「ん、早く大きくなれよ?」
『はーい!』
ちゅ、と鼻の頭にキスをされた。
『んふふっ。陛下の人って、本格的に下僕ね?』
このままどんどんメロメロにして私の猫生、平和に満喫できるといいなぁ。
とりあえず、陛下の人が帰ってきたし、なんだか安心したらまた眠くなってきた。
とりあえず、寝よう!
■■■
追放したはずの双子の弟がなぜか竜王国に戻って来て、俺に会わせろと暴れているらしい。
竜の力は封じたはずなのに、どうやって天空にあるこの国に戻って来たんだ。
番を寝室に入れ、俺以外には解除できないよう四重に防御膜を構築。
これで大丈夫だろう。
「なぜ戻った」
「っ、兄さん! お願いだ、入国を許してくれ! 神託が降りたんだっ」
「…………」
神託、だと? このタイミングでか? 酷く嫌な予感がする。
美しさだけが正義だとのたまい、自分が気に入らない見た目の者たちに対し、酷い扱いをしていた弟。どれだけ諭しても、力で捻じ伏せても、弟はそれを止めなかった。
そんな美に拘る弟が、顎のラインで切り揃えた銀髪を振り乱し、汗で化粧が崩れていても気にしていないほど、何かに焦っている。
「……番か?」
「っ! 兄さん、お願いだ……ひと目だけでもいいから…………」
制止を振りほどこうと暴れ、服が乱れても構わない様子。弟はただ純粋に番を求めている。
番が見つかったときの高揚感は、計り知れない。番を見つけたときの多幸感は、何にも例えがたい。
それを知ってしまった俺は、弟の気持ちがよく分かる。
だがしかし、弟に虐げられた者たちや、その家族たちの気持ちを考えると、許すべきではないとも思っている。
「被害者たちに、裁定を委ねる。それまで幽閉する。構わないな?」
「っ……うん。分かったよ」
希望と絶望に塗れた複雑そうな微笑みを見て、喉の奥が苦くなった。
俺は自分の番を大切に囲って愛でている。
今それを奪われたら、世界を滅ぼせるほどの怒りが湧くだろう。そして、自らの命を投げ出しても、必ず救い出すだろう。
俺たち竜人にとっての番とは、それほどの存在なのだ。
弟を王城の離塔に幽閉し、寝室に戻りつつ。宰相に今後の指示を出す。
「では、明日の朝一番で面談の知らせを出します」
「頼む」
何度目かの溜め息を吐き、防御膜を解除。
寝室にいるはずの番が見当たらず、指が僅かに震えた。これは、恐怖、なのか?
生唾を飲み込み、番の気配を探る。間違いなくこの部屋にいるはずなんだが――――あ。
なぜかぐちゃぐちゃになっている掛布の真ん中で、すやすやと眠る白い子猫。
「ここにいたのか」
そっと頭から尻まで撫でてやると、プルッと震えたあとひっくり返り、腹丸出しの両手両足を伸ばして無防備な姿を晒してきた。
「そんな格好で寝るな。起きろ」
『んにゅ……』
「起きろ」
顎の下を人差し指でそっと撫でると、気持ちよさそうに更に伸びたあと、大きなあくびをしてクリンと回転して立ち上がった。
ピョンと膝に乗ってくる番の頭をまた撫でる。
ずっと撫でていたい、なんて初めての感覚だ。
「お前は、名前はあるのか?」
『なまえー? あっ、そうそう! 思い出せないんだよねぇ』
「俺が付けてもいいのなら、ルナはどうだ?」
金色に輝く瞳が、世界を明るく照らす満月のようだったから。
『ルナ? ルナ! 可愛い!』
気に入ったらしく、膝の上で飛び跳ねていた。猫というより犬のような反応に笑ってしまった。本当に不思議な猫だ。
「ルナ」
『はい! ルナちゃんです!』
「ん、早く大きくなれよ?」
『はーい!』
鼻の頭にキスをすると、んふふと変な笑い声を漏らしたルナ。
『陛下の人って、本格的に下僕ね? このままどんどんメロメロにして私の猫生、平和に満喫できるといいなぁ…………』
恐ろしいことを宣言して、ルナがまた寝てしまった。
なんというか、『げぼく』という言葉の響きには不服なのだが、否定できない自分もいる。
『早く大きくなれよ、ルナ』




