第5話 リリィ・少女の商才
ガランの町の入り口に、3台の馬車からなる商隊が到着した。
「入町手続きをお願い出来ますか」
商隊を率いるローデリックが、外套のフードを取りながら門番の青年に声を掛けた。恰幅の良いその姿を見て、面倒くさそうにしていた青年が慌てて姿勢を正す。
「ローデリックさん! ただちに!」
商隊は、ロタール王国の東部に位置する公爵領を中心に活動する商会に所属していた。年に3回、東の公都と中央の王都の間を二ヶ月掛けて往復しており、門番の青年もローデリックの顔を覚えていたのだ。
青年が入町手続きに取り掛かると、ローデリックは傍らで馬に乗ったまま周囲を警戒している護衛の男に声を掛けた。
「皆さんも、護衛任務ありがとうございます」
「いや、公都まであと2日ほど残っている。礼は無事に公都に着いてからでいい」
護衛の男はそう答えながらも、周囲から目を離さなかった。見晴らしの良い街道とは違い、町の入り口には身を隠せる場所が多い。どのような者が潜んでいるか、分からないのだ。
「ガランの領主に、訪問の先触れをお願いします。私は寄りたい所があるので、先に町に入ります」
ローデリックが続けて頼むと、護衛の男は頷いた。
「では、私が同行しよう」
護衛の男は、他の護衛に領主への先触れを命じた。それから馬を降り、ローデリックの隣に並んで町へ入っていった。
◇
◆
◇
ガランの町の入り口から少し入った所にある雑貨屋があった。店先で、一人の少女が客の応対をしている。
彼女は管理者の生まれ変わり……アベルの側に居たいが為だけに、人の姿をした……ナノマシンだ。
肩あたりまで伸ばした黒髪で、この辺りでは珍しい……そう、かつての日本人の薄い(欧米人と比較してだが)顔立ちをしていた。
彼女はアベルとは違い知識などを持ったまま胎児からやり直しているが、今の段階では目立つのはまずいと、彼女なりに普通の女の子の振りをしていた。
「合計で57ディールになります」
少女は愛嬌のある笑顔でお客に告げる。
「リリィちゃんは計算が早いね〜。ゆくゆくは学者さんにでもなれるんじゃないかい?」
雑貨屋で買い物をしていた中年の女性はそう言いながら、銅貨6枚を少女に渡す。
「……特に教えた覚えもないのに……私も旦那も頭は良くないんだけどねぇ」
雑貨屋の奥からふくよかな女性……リリィと呼ばれた少女の母親が、訝しげな顔をしながら現れる。
手間が掛からな過ぎる赤ん坊の頃から不思議だったが、特に教えた訳でもないのに、店番を手伝い始め、1度として計算の間違えも無いのだ。
加えて店に来る客対応も最初から出来る。
周りからは出来た子だ神童だと言われるが、親からすれば気味の悪さは増すばかりだった。
(売っているものは限られてるし、そんなに特別な事はしてない筈なんだけど……おかしいのかな?)
そんな周囲の様子に気がついてはいるリリィは、自身の振る舞いを顧みるが、特段支障も無いかと考えるのを辞める。
彼女は、過去の環境や生態系は気にしていたが、文明水準等を特に気にしていなかった事もあり、普通の少女がどの程度の知識レベルかを把握していなかった。
だが周りの反応を見る限り周囲の受けは良さそうだと気にしない事にした、
実際、接する人が限られた幼児の頃に比べても、両親からあからさまな悪意を向けられることが減っているので、彼女にとっては寧ろ望ましいとも思えた。
時間がある時にはアベルに計算等を教えており、アベルも周囲の同年代よりは教育水準が上がっているが、アベルは長時間の勉強が好きではないようで特に周囲は気がついていなかった。
「お釣りの3ディールです。計算が出来ないとお店を手伝えないから」
そう言って、リリィは笑顔のままお釣りの賤貨3枚を女性に渡す。
「いやいや、その歳で凄いことだと思いますよ」
リリィがお釣りを渡そうとしたその時、ローデリックが護衛の男を連れてリリィが居る店に現れた。
◇
ローデリックはリリィの事を覚えていたのだ。
それは、前回の王都への往路で馬車の車輪が壊れた為、ガランの町で足留めをされていた時の事だ。
商隊の馬車の様子を見ていた少女……リリィの、ふと洩らした一言がローデリックの興味を引いたのである。
ローデリックの商隊は、公都から工芸品等の加工品を仕入れて、王都までの町で売りながら、農作物等を仕入れて王都で売り、王都で加工品を仕入れて街道を戻ってくると言うものだ。
街道沿いの流通インフラを支えながら、安定した販路を半ば独占している立場になる。
他の商会も存在しているが、安定した流通を支えている最大規模の商隊になる。
その為、例年に比べて稀にみる豊作であった故に、馬車に積む商品が多くなってしまったのだ。
「荷物が重かったのかな? 証文での取引とかが出来れば、もう少し荷物減らせそうなんだけどなぁ」
往路、復路共に商隊はこの町に滞在する。そして、往路で運んだ荷物が、売れ残ったのか復路でも積まれたままなのを見ていたのだ。それをみて、リリィは特に深く考えた訳では無く呟いた一言であった。
ローデリックの商隊は、リリィの店とも取引をしていくので、存在は知っていたが、商業活動は現物渡し、現金払いが原則になっているのだ。
法整備や強制力が十分に育っていない状況では不思議では無いのだが、商業活動としてみれば非効率に映った。
その典型が、豊作で値崩れを起こしたであろう過剰に積み込まれた農作物として見えたのだ。
「証文とはなんだい?」
この世界の貨幣が流通しているが、物流の仕組みは整っていない。生産地から消費地に実際の物を馬車などで運ぶしかなかった。
だが、通信手段すら未発達のこの世界では、この輸送には無駄が多いのだ。何せ、町が壁で囲まれている。それは、町の外では護衛が必要になると言う事なのだから。
「あっ……ごめんなさい」
(面倒な事を言っちゃったか)
聞かれると思って居なかったリリィは、ローデリックの問いかけに驚くと同時に、それを悟らせないように謝りの言葉を述べる。
「いや、怒っている訳じゃないよ。何か良い案があれば聞かせてくれないかな?」
ローデリックに聞かれて、リリィは一瞬躊躇う。
(うーん……誤魔化すか、説明するにしても、どう説明するか)
戸惑いながらも、説明が通じなくても子供が言った事だから、対した問題にもならないだろうと判断した。
「商人様は定期的に公都と王都を往復されているんですよね?」
「うん、そうだね。公都で安く買ったものを、王都で高く売って、お金を貰うんだよ」
相手の容姿から、まだ4、5歳くらいに思ったローデリックは、商売の仕組みが理解出来るのかなと思いつつ、商売の基本を付け加えながら、リリィの質問に応える。
直接言葉を交わした事は無いが、幼いながらも賢いと町で噂を小耳に挟んでいたからだ。
「でも、運んだ物が思った様な値段で確実に売れる保証は無いですよね?」
「……そうだね」
少女の指摘にローデリックの顔が少し真顔になった。
農作物が売れなければ農家は収入が断たれる為、ある程度の価格で買い取りはしたが、豊作によって、王都でどの程度値崩れするか不安が無かった訳ではなく、現実として売り裁けなかった農作物が荷台に載っているのだ。
「それに、仕入れた物を置いておく倉庫や、護衛の費用を考えると利益はそんなに出ないと思うんです」
(幼そうに見えるが幾つなんだ?)
明らかに見た目通りの年齢とは思えない発言に、黙って聞き入ってしまう。
「なので、王都の商人様や他の地域から来る商人様と次の取引を先に済ませられれば、馬車の荷物は、必ず買って貰える量に近づけることができると思うんです。
無駄が無くなれば、馬車の数を減らして費用を抑えたり、他の利益が出そうな物を積んだりも出来ますから……」
少女の見識に目を見張るローデリック。
少女が言おうとしていたのは、先物取引や信用取引の概念……次回の取引量や価格を決めておくことで、無駄を減らし利益を増やす発想だった。
(先に取引を済ませれればそうだが、相手がそれを守るかどうかとなると……しかし、実現出来れば利益を増やせるかも……)
少女の言葉が実現出来ないか考え出すローデリック。
色々と問題はありそうだが、検討の価値はあると彼は考えたが、少女の説明はまだ終わらなかった。
「あっ!でも、お互いの信用がある事が前提になりますけど……次の収穫で約束した収穫量が得られる保証は無いので」
続く少女の言葉は、ローデリック自身が検討しようとしていた事そのものだった。
(信用にたる相手と、商品の引き渡しがされなかった場面の取り決めをしっかりすれば……)
「いや、ありがとう。参考になったよ」
笑顔で少女にお礼を言いながら、内心は子供とも思えない見識や発想を持つ少女に……何か強く惹かれる自分が居た。
(黒髪の少女……この町に頭が切れる娘が居ると言う話は事実だったか)
親バカなのか、たまたま周囲より多少目立つ程度だろうと噂話を聞き流していた過去の自分の評価を改める。
その後、ローデリックは王都で何人かの信用出来る相手に、少女から聞いた案を元にした取引を行い、商隊の運用効率を大幅に上げることに成功していた。
この世界では、流通費用の多くが輸送の護衛などで占められていた為、他の商人達にとっても効率良い輸送の仕組みは有難く、ローデリックが持ち込んだ手法はあっという間に広がっていった。




