第48話 サプライチェーンの構築・聖女様の愚痴
リリィが提案した、それぞれの領地の得意な生産物に特化する。その話を受けて場が騒然となっている。
だが、その大半が実現性の面では懐疑的であった。
その中で1人の貴族が手を挙げる。
「なんでしょうか?」
「聖女様のお考えはわかりますが、実現可能なのでしょうか? 鉱石等はともかく、食料等は何かの理由で買えないとなる訳にはいかないものですが?」
彼等は自給自足を前提にしている。
そして、リリィの案に懐疑的な1番の理由がこれであった。
「それに関しては商人の間では事前に取引量を決めておく方法が使われております。ローデリック子爵、どうでしょうか?」
突然に話を振られたにも関わらず、特に驚いた様子もなく答える。
「数年前にとある少女から教えて頂いた証文による取引は、商人の間ではかなり定着しております。ですが、あくまで商人どうしで使うものですので、領主の間で使うには些か難しい部分も御座います」
「少女? そなたは、子供に商いを習っているのか?」
ローデリック子爵の前に座っていた、とある伯爵が馬鹿にしたようにわざわざ後ろを向きながら子爵に食ってかかる。
彼は爵位が下の子爵が聖女を擁して、公爵の覚えが良いのが気に入らなかったのだ。
「その通りです。そして、その少女は今は聖女となり我々の前に座っておいでです」
子爵の続く言葉で、伯爵に哀れみの視線が集まる。
当然、それ以上何も言える事などなく、伯爵は顔を真っ赤にしながら顔を前に向けた。
そんな貴族の争いは自分には関係ないとばかりに、話を進めるリリィ。
「そうですね。商人同士の取り決めをそのまま使うのは難しいでしょう」
証文による取引の約束。基本的な部分は使えるが、1番の問題は上の立場の者が約束を守らない可能性が高い為だ。
「なので、全ての取引の保証人……約束が守られなかった際には、公爵家が代わりに支払いを行うと言うのはどうでしょうか?」
そう言いつつ向けられたリリィの視線を、厳しい顔で見返す公爵。
「全てをか?どれ程の額になるかもわからないものの責任を持てと?」
「公爵様が知らない取引までとは申しません。内容を確認し問題無いと判断されたものに限られます。この方法であれば、約束を反故にする事は公爵家への裏切りとなりかねない為、取引が守られますし、何より今問題となっている公都への人口の集中による問題に対して、皆様に還元する一端となるのでは無いでしょうか?」
リリィの言葉に考え込む公爵。
各領地での産業特化による生産効率の底上げ。
領地間の取引の裏付けによる周辺諸侯への関与の強化。
公都のみで起きていた好景気の周辺への拡大の可能性。
当初の筋書きとは全く違う流れになってしまったが、提示された案は単純に却下するには魅力的に感じた。
元々、周辺諸侯の不満の話を調整する為に設けた会議だった筈だ。
聖女を1番の上座に置いて開いたのは、リリィが考えたように話す場を与えたと言う面もあるが、何より諸侯の不満を知らせてくれたリリィへの恩返しのつもりだったのだ。
それ程、貴族の彼らにとって席順は大きな意味を持つのだが、この少女には通じなかった……もしくは気にも留めていないらしい。
(どちらにせよ、諸侯とは個別に話しをするつもりだったな。話す内容は全く変わってしまったがな)
「今この場ですぐに決められる話では無いな。皆も家臣と相談したい部分もあろう。一度、話を持ち帰り、それぞれの立場で検討する事としよう」
公爵の言葉で会議は一旦お開きとなった。
◇
会議が終わり個別に面会したいと言う何名かの貴族の相手をしてから、ランバート公爵はローデリック子爵と執務室で会っていた。
「あの娘は……今日は機嫌が悪かったのか?」
公爵の問いに少し困った顔を見せる子爵。
「例の少年と話をしようと、新しい魔法を作ったようですが、上手くいってないみたいですね」
「新しい魔法……例の離れた場所でも話せると言う魔法陣か。男と話す為だけに、そのような物を創り出してしまうとは……才能に感心すれば良いのか、使い道に呆れれば良いのかわからない所だな」
公爵の言葉に同意するように頷く子爵。
「それで公爵様。今日の聖女殿の提案はどうされるおつもりですか?」
子爵の問いに少し間を置いてから公爵が答える。
「……前向きに検討するつもりではあるが、1つ大きな問題がある」
公爵の懸念は子爵にもわかった。案そのものは細かい調整はあるだろうが、概ね問題は無い。
だが、公爵家が周辺諸侯を束ねるのが問題になるのだ。
今でも王国の東側は公爵が束ねてはいるが、それは明文化されている訳では無い。
公爵は公爵であって、この国の王では無いのだ。
しかし、証文と言う形に残る物が出来る以上、他の地方の派閥から付け込まれる隙になる。
下手をすれば王家や王国の中央勢力から反逆の疑いを持たれる可能性まであった。
しかし、状況を把握して対応しようにも公都と王都は遠い。
中央にもランバート公爵派閥の者は居るが、情報のタイムラグがどうしても生じるのだ。
「話が出来る魔法陣か……創れるのは聖女殿だけであったな」
後ろに控えていた魔術師に問い掛ける公爵。
「そのようです。何しろ、魔法自体も、刻まれた紋様も全く未知のものに加えて、魔法陣の描き方も一般的な刺繍では無い別の手段で行われて居ますので、他のものには作れないかと」
「王都に行ってもらうしか無さそうだな」
魔術師から確認を取った公爵は、そう口にするのであった。
◇
公都にある飲食店。
美味しい紅茶と女子好みの甘味で有名な店だ。
その一席に、リリィとセリーヌ、そして公爵令嬢であるカーテローゼの姿があった。
セリーヌとカーテローゼは難しい顔をしており、リリィはそんな2人に興奮気味に……愚痴を零していた。
おおよそ公都で絶大な支持を得ている聖女とは思えない態度だ。
原因は、通信魔法陣を作った理由……アベルとのおやすみ前のお話計画が上手く行かなかったからだ。
お互いが魔法陣の受信側だけを起動しているのでは?
と気が付いたリリィは、アベルの元を再び訪ねたのだ。
予想通り受信側しか起動していなかった事がわかり、魔法陣の説明を再度し始めたのだが、別の問題が生じたのだ。
お互い寝る前に魔法陣を使おうにも、アベルは騎士見習いの身だ。
当直で夜中に仕事の日もある。
それに、時計は存在したが貴重品であり、それ程普及している訳では無い。
その為、時間を決めておくと言うのも難しかったのだ。
時計を手に入れるか、リリィが夜はずっと待っておくかと悩んでいる所に、上司から呼び出しの伝言を頼まれたグレースがアベルを呼びに来たのだ。
「はぁ。リリィ……俺たちはもう子供じゃ無いんだ。見習いとはいえ仕事もあるし、話ならこうやって出来るだろ? 聖女の仕事ってのは俺にはわからないけど、まだ見習いなんだろうから、くだらない事ばかり考えてないでちゃんとしろよ」
そう言うとアベルは2枚の魔法陣をリリィに突き返して、グレースと去って行ってしまったのだ。
その後、話を聞いてと自分の部屋で優雅なひと時を楽しんでいたカーテローゼを捕まえに公爵家に突撃して、愚痴を聞いてもらう為に連れ出して今に至る。
「聖女見習いって何よ! と言うか、私が自分で聖女だと名乗った訳でも無いし、なりたいと言ったことも無いわよ! セリーヌ、私は見習いなの?」
「いえ……聖女は神のお告げを受けられる力を持つ者を表す言葉ですので、見習いとかそう言うのはありませんね。私であれば、司祭が仕事を表す呼び方でしょうか。リリィ様がいらっしゃって下さってからは、聖女と呼ばれる事は余り無くなりましたし」
聖女は何もリリィだけでは無く、他にも居てセリーヌもその一人なのだが、公都では聖女と言えばリリィと言う認識が定着していた。
「……私は働いてすらいないって事? 無職って事?」
「私に八つ当たりしないでください。そう言う意味ではありませんし、教会に助けを求めに来た者への治療や助言などしているでは無いですか。十分、仕事をなさっていますよ」
セリーヌが困った顔をしながら説明する。説明をしなくてもリリィ自身は理解しているだろうが、求めているものは同意や賛同なのだろうなと思ったからだ。
「そうですわ。それに、色々な施策の提案等もされているし、結果も出ているのですから、仕事と言う意味では十分以上にしてますわよ。これで働いてないとなったら、大半の統治者が働いてない事になってしまいますよ」
カーテローゼもセリーヌの言葉に乗り、リリィの実績を褒める。
2人の言葉に少し気をよくしたのか、今度は机に突っ伏して項垂れ始めた。
「あの子は良いよね。いつもアベルと一緒に居れるみたいだし……私も騎士になれないかなぁ」
ボヤキの内容からグレースの事だろうと気がつくセリーヌであったが、騎士団の人事なので何も言えない。
公爵令嬢であるカーテローゼであれば何か出来るのかも知れないが、カーテローゼはリリィの言うあの子が誰かわからなかった。
「聖女様は護衛されるお立場ですので、騎士になるのは難しいかと思われますよ」
男の声がしたので、そちらを見ると護衛に付いていた騎士の1人であった。
「……護衛の立場のものが会話に入ってくるのは、失礼ですよ」
護衛が会話に割り込んで来た事をカーテローゼが咎める。
「申し訳ございません。公爵様からの伝言が来ましたのでお声掛けしようとしたところ、つい余計な事を口にしてしまいました」
騎士の後ろには公爵家から来たと思われるメイドが立っていた。
公爵令嬢であるカーテローゼにも、聖女であるリリィにも、それぞれ数名の護衛が付いている。
その為、目立つ集団になっておりメイドは特に探し回ることも無く伝言を持ってくる事が出来た。
「お父様から? 何かしら」
「聖女様を今晩の夕食に招きたいとの事で、ご都合を聞いてくるように言われております」
「良いですよ。特に予定もありませんし。あ、私の分は要らないって伝えておかないといけないか」
承諾の返事をしつつ、子爵家で用意されているであろう夕食が無駄にならないようにしなければと口にするリリィであった。
「ローデリック子爵家は同じ方向ですので、私から伝えておきます」
そう言うとメイドはその場を後にした。




