第47話 聖女様の御前会議・聖女の提案
数日後、リリィの姿は公爵家にある大会議室にあった。
リリィの右にはランバート公爵が座り、左にはポゾン枢機卿が座っている。
そして、リリィの後方にはいつものようにセリーヌが立っていた。
だが、いつもと違うのは左右の席だけではない。
リリィ達3人が座る席は部屋の1番奥に少し高い位置に設けられており、リリィの目の前には公爵家の派閥に所属する周辺領地を治める貴族達が大勢座ってリリィ達に視線を向けていた。
「私は、この席でいいのでしょうか?」
隣に座る公爵に尋ねる。
呼ばれていたので会議には参加するとは思っていたが、いざ公爵家に着き、執事について行くと、この席が用意されていたのだ。
その後、他の参加者が来るが誰もリリィが一番の上座に座っている事に疑問を持っている様子はなかった。
「うむ。今日は皆、貴族や領主では無く民衆の代表として聖女殿から助言を受ける為に参加しておるからな」
その言葉にリリィは座席や枢機卿が同席している事に合点がいった。
それぞれの立場では話しにくい事も、神に仕える聖女の前だから平等に話せと言う場なのだろう。
「さて、全員揃ったようだし始めるとしよう。聖女に助言を求める者は、それを述べよ」
公爵の宣言にも似た呼び掛けがなされ場がざわつく。
その騒然とする様子を見守る公爵。
リリィは、ここにいる貴族達が不満を持っている事を知っている。
だが、このままでは聖女に助言を求める者が出るとは思えなかった。
ここでの話は立場関係無くとの意図は伝わっているのであろう。それは、リリィや枢機卿の座る席に他の貴族が何も言わない事から推測出来る。
しかし、立場を気にせず発言出来ると言われても、ここで公爵家への不満を口にすれば、それは人の記憶に残る。
(もしかすると、それを前提にしている?)
隣に座る公爵に目を向けるが、表情からは何も読み取れなかった。
いや、多くの貴族を従える公爵家の当主なのだ。表情から何かを読み取れたとしても、それが正直に想いを表しているとは限らない。
(少なくとも、意見を言える場は与えたってところかな)
振りだとしても下の者の意見を聞く機会を設ける辺り、典型的な貴族よりは思いやりがある施政者なのかも知れない。
そんな事を思うリリィであったが、見方を変えれば不満を言おうにも、場は与えたと言う免罪符を公爵が得た事にもなる。
(このまま場に流されるのでも良いけど……不満の原因は何も解決しないから、何度も付き合わされるのも考えものかな)
かなりの時間が経つが誰も助言を求める者は現れない。
そのうち近くの席の者同士でざわついていた空気も幾分静まって来る。
恐らく、お互いが他の者に意見を言うように仕向けるが、あまり目立つと公爵に聞こえたり、他の者に揚げ足を取られる危険がある。
そんな状況で諦める者が多くなり、場の行く末を待つ形になってきたのだろう。
わざわざ時間を取りながら、全く進行しない事に公爵が何も言わず見ていることから、先程の推測が正しいのだろうとリリィは考えた。
恐らく、この後に公爵が貴族達を個別に呼び出して利害関係を調整するつもりだと思われるが、彼等の不満の原因は自分も関わっている事だ。
せめて、大枠くらいは合意形成をしてから個々の調整をして欲しいと思った。
何より根本的な不満が出る土壌を残したままでは、自分の所に個別に話が来て、それに付き合わされる未来が容易に予想出来る。
アベルとの就寝前のおしゃべり計画が上手く行かないのに、これ以上煩わしい事に付き合いたくない気分だったのだ。
要は、今現在……リリィはとても不機嫌だった。
お茶を濁すような体裁に付き合いたくないと流れをぶった切ってしまう程には。
ガタンとわざと大きく音を立ててリリィが立ち上がる。
その音に残っていたざわめきが静まり、何事かと全員の視線がリリィに集まる。
左右からの視線を感じる。
確認するまでも無く、公爵と枢機卿のものだろう。
ふと、目の前の貴族達の1人と目が合う。
ローデリック子爵だ。
その目には、何かを期待する様な好奇心の光が混ざっている。
(はぁ……この人の好奇心で色々変わっちゃったのよね)
ローデリック子爵の思考は貴族よりも商人のそれが強い傾向がある。
それも、保守的なものよりも新しい試みを好む傾向が強い。
彼の存在が無ければ、今の状況も違ったかも知れない。
ガランの町でアベルと同じ学校に通い、今みたいに貴族の会議に巻き込まれる事は無かったかも……いや、リリィは、わかっていた。
貴方がもう少し自重していれば良かったのでは?
そんなナノマシンの指摘が聞こえた気がした。
知識なり魔法なりで周囲の注目を集めたのが1番の要因なのだ。
だが、良いか悪いかは別にして、ローデリック子爵の性格が、リリィの置かれている環境に影響を与えているのは間違いない。
(何を期待しているかはわからないけど、面白いで済む範囲だと良いですね)
半ば八つ当たり気味な事を思いながら、リリィが口を開いた。
「皆様に感謝と……そして、謝罪をさせて下さい」
感謝と謝罪をすると口にしたリリィは、そのまま話を続ける。
「公都では色々と変わり人々の生活が以前より良くなっている……そうであって欲しいと感じています」
その言葉が意味する事をわからない者は、この場には居なかった。
リリィが公都に来てから提案してきた施策の案は、そのどれもが結果を出している。
それは、リリィが状況的に実行可能な施策を順番に提案してきたからに他ならない。
汚物の処理による衛生面の向上。
貸付制度を介した住民の資産等の把握。
貧民街の者への仕事の提供。
そして生活への不安が減ってくると、人は娯楽や利便性を求め始める。
それに合わせて民衆の娯楽としての劇を公爵家が定期的に開催したり、個人でバラバラに行われていた辻馬車をまとめあげる等の提案をしていた。
前者は娯楽の面もあるが施政者として民衆の意識を誘導しやすく、後者は交通インフラに繋がる考え方であった。
「全ての者……とは申しませんが、それでも多くの者が聖女様のおかげで、以前より幸せになっております」
リリィの言葉に、枢機卿が代表するかのように同意を口にする。
枢機卿の言葉に、部屋にいる半数程が頷く。
残りの半数はあからさまでは無いが、それでもその顔には不満の色が見える。
「私が言い出した事ですが、公都に住む皆様が幸せになれたのであれば、それは私の力ではありません。私のような若輩者の意見に耳を傾け、協力頂けたからです。案と言うのは、口にするのは簡単ですが、実際に事を起こす方が何倍も難しいのですから」
リリィの言葉に感心する一同。
彼女は1度も自分の功をひけらかしたことがないのだ。
その謙虚……と周囲から見える姿勢が聖女としての名声を高めていた。
本人は功績にも民衆の暮らしにも、興味が無いだけではあったのだが。
「その皆様の協力にこの場を借りて感謝の言葉を述べさせてください」
そう言うと、リリィは皆に向かって頭を下げる。
「して……聖女殿。謝罪と言うのは、犯罪者や貧民街の者から搾取していた連中の事かな?」
その声にリリィが公爵に視線を向けると、そういう事にしておけと言わんばかりの公爵の視線とぶつかった。
この場は謝罪に関しては、それで流しておけと言いたいのを感じる。
(言いたい事はわかるけど、それだと長引きそうなのよね)
公爵の考えを把握しながらも、それを無視する。
「いえ、私が謝罪したいのは……この場にもいらっしゃる公都周囲の方々に対してです」
公都の生活環境は良くなり、それにより景気も上向いた。
その反動として周囲の領地から公都に出て来る者が増えたのだ。
特にその傾向は若者に多い。
若者が領地から居なくなれば、結婚して出産する者も減る事になる。
これによって生じる問題の具体例は、領地の傾向によって異なるが、リリィが公都に来てから数年……その影響は施政者が気が付く程度には表面化し始めていたのだ。
自領民の減少による労働力の低下。
それに対して潤う公都。
公爵家への不満とも受け取られかねないので、誰も明確には口にはしないが、根本的には妬みや嫉妬の類なのだ。
「聖女殿。こう言っては不敬かも知れぬが、神の恩恵を全ての者に与えるのは難しいのでは無いか?」
思惑を無視されたからか、公爵もリリィの発言に踏み込んでくる。
その証拠に貴族の何名かは驚いた表情をみせる。
神は全知全能であるはず。
それに対して真っ向から疑問をぶつけたのだ。
だが、当のリリィは気にした様子もなく返す。
寧ろ、公爵から見てリリィの反対に座る枢機卿が、今にも殴り掛かりそうな顔をしていた。
「仰る通り、万人全てが幸せになるのは困難です。ここは人が治める地であり神界ではありませんし、全てが神の手によって行われては人は努力をしなくなってしまいます」
平然と公爵の言葉を受け入れつつも、枢機卿が暴発しないように神の能力自体には言及を避けた。
リリィは公爵が神に対しての話をしたいのでは無いのを理解していたのだ。
統治に対しては、こちらの領分だからそろそろ止めろと言う牽制なのだ。
だが、ここでやめるくらいなら最初から切り出していない。
リリィの暴走は止まらなかった。
「採用するかは皆様で決めて頂ければと思いますが、公都だけでは無く周辺の領地も含める事が出来るかも知れません」
止まらないリリィに訝しむ顔を見せる公爵。
「それは、公都で行っている事を他の領地でもするという事かな?」
公爵の問いに首を横に振るリリィ。
現実問題として、初期にかかる費用を出せる領主は限られているし、同じ事をそのまま行っても、人口密度の関係から公都でやる程の費用対効果が見込めないのだ。
「いえ、そうではありません……ベルゲイン男爵。少し質問しても宜しいでしょうか?」
指名したのはリリィと同じ学校に通っていたアルバート=ベルゲインの父親だ。
「なんでしょうかな? 私で答えれる事であれば良いのですが」
「男爵が治める領地は鉱石が良く取れるのであっていますでしょうか?」
ベルゲイン男爵領は山地が多く、幾つかの鉱脈を抱えていた。
「聖女様の認識であっております。ただ、この反面平地が少ないので、食料生産は難しい地になります」
他の貴族から妬みを買わない為、問題も同時に述べる男爵。
「男爵様、ありがとうございます。男爵様の領地の様に、他の方々の領地でも得意なもの、苦手なものがあるかと思います。私が皆様に提案したいのは、それぞれの領地で得意な物に生産を集中して、余剰分をここにお集まりの方々と交換すれば、全体として生産量が上がるのではないかと言う事です」
リリィがさらりと簡単な事の様に言うが、言われた側はさらりと受け流せる話では無い。
基本的に、領地経営は自給自足を目指すのを前提にしているからだ。
食料などを完全に他に依存すれば、そこからの供給が無くなれば領民が飢える事になってしまうのだ。
だが、その一方で領地での得意な生産物に特化すれば、生産性が上がるのもわかっている。
結果として会議室の空気は一転して、それぞれが近くのものと話しだして騒然としたものになった。




