第45話 通信魔法陣・繋がらない魔法陣
リリィは魔法陣の使い道を考えていた。
そもそもが魔法の発動条件が事象のイメージなら、何魔法と言う分類に拘る意味は無いのでは?
リリィがそれに気が付いてから数時間後……彼女の目の前には、赤い色と青い色で描かれた2枚の羊皮紙があった。
手を再び置いてみると、ほのかに光を放つ。
「あ〜、あ〜。上手く動いているかわからないなぁ」
試してみるがイマイチちゃんと動いているのかわからずに首を傾げるリリィ。
《先程の話を聞いていましたか? 文明への過度な影響を避けるべきだと言いましたが?》
リリィが作り出した物は通信用の魔法であり、それを組み込んだ魔法陣であった。
科学技術が未発達なこの世界において、通信方法は限られており、人が何ヶ月も掛けて運ぶ以外には、鳥を使った手紙の伝達くらいしか無い。
そんな世界に通信手段が突然現れたら大きな影響を与えてしまうのは、容易に想像が出来た。出来るべきであった。
《何故この様な魔法を作ったのか聞いても?》
アベルを守る為の護身用の魔法陣。
聖女として人に役立つ魔法陣。
例えば、岩の壁を生み出したり、水を生み出したり、そのような魔法陣を作るのかと見守っていたが、全く予想外の魔法を一から作り出したのだ。
風魔法を応用した空気の振動である音の認識、音を雷魔法を応用して電波に変換して発信、電波を受信して音の再生。
ひとつひとつに試行錯誤を行い結果として通信魔法と呼べる代物を、わざわざ生み出したのだ。
「そんなの決まってるじゃない! アベルと寝る前に話したいからよ!」
実にくだらなく、そしてリリィらしい回答であった。
ドヤ顔で答えるリリィに、一緒に住めば良いのでは? 体裁が気になるなら護衛として指名すれば良いのでは?
等と伝えようかと思うが、既に魔法と魔法陣は完成してしまったのだから、時すでに遅しである。
「う〜ん……アベルは、これ使えるのかな? でもその前にテストが必要ね」
期待に胸を膨らませながら床に就くのであった。
◇
翌日、セリーヌと共にご機嫌なリリィは再び公爵家を訪ねていた。
その手には昨日作り出した魔法陣を持っている。
「魔法陣の試験への協力をお願いしたくお伺いしました」
リリィは魔術師の男に2枚の羊皮紙を差し出す。
「……魔法陣の様ですが、これはどの様な魔法陣なのでしょうか?」
男は手にした羊皮紙を眺めながら尋ねてくる。
刺繍はされていないが、魔法陣らしき紋様が刻まれている。
だが、それは男が全く見たことが無い紋様だったのだ。
魔法陣を作ると昨日話をしていたが、まさか次の日に持ってくるとは予想外であった。
「別の部屋でその2枚を使ってみて貰えますか」
「2つ同時にですか?」
「はい。2つとも発動させて下さい」
男は頷くと羊皮紙を受け取り部屋を出ていった。
「リリィ様。あれはなんの魔法陣なのですか?」
いつものように付いてきているセリーヌが問いかけてくる。
「すぐにわかるわ」
ニコリと微笑みながら別の羊皮紙を取り出し、テーブルに並べて手を触れると、赤と青の魔法陣が光を放つ。
「……光っていますが……これは光の魔法陣でしょうか」
セリーヌは魔法陣を見つめながら不思議そうな顔をしている。
光の魔法陣は昨日見せて貰ったし、わざわざ2種類で作る意味がわからなかったのだ。
「赤と……こちらは青の光なのか……」
男の声が魔法陣から聞こえて来た。
隣の部屋に行ったはずの男の声が魔法陣から聞こえてきた事に驚き、セリーヌが口を手で覆う。
「大丈夫みたいですね。聞こえますか?」
リリィは満足そうな表情を見せると、魔法陣に話し掛ける。
「えっ!せ、聖女様の声が!」
驚いた男の声が返ってくる。
「はい、遠くの人と話す為の魔法陣です。一人では試しようが無かったので、助かりました。こちらに戻って来て頂けますか?」
「は、はい!」
少しして男が興奮した表情で部屋に戻って来た。
羊皮紙を持つ手が震えており、男の興奮を表している。
「す、素晴らしいです!まさか、この様な魔法陣をお作りになられるとは思っても見ませんでした!」
「いえ、ご協力ありがとうございます」
リリィは男に礼を述べると、手を差し出す。
「……」
男は少し残念そうな顔をする。
見た事も聞いたことも無い新しい魔法を組み込んだ魔法陣。
その偉業が自らの手に握られているのだ。
わかってはいるが、返すのを戸惑ってしまう。
だが、笑みを浮かべて手を差し出したままのリリィに渋々返すのであった。
当然の事ながら男はリリィに質問する。
刺繍とは異なる魔法陣の刻み方。
新しい魔法の呪文。
魔法陣の紋様の意味。
その全てに、授けられた力なので詳しい事は説明出来ないと答えるリリィ。
嘘では無い。リリィには説明のしようがなかったのだ。
いや、音とは何か……空気の振動である音波の仕組みから説明すれば良いのだろうが、それは非常に面倒そうだなと避けたのだ。
男からの質問をなんとか振り切り公爵家を後にしたリリィはというと、
「アベル!!」
「リリィ?何してるんだ、こんな所で」
騎士団の詰所を訪れていた。
アベルは、少し離れた席で剣の手入れをしていたグレースをチラっと見る。
一瞬目があったが、そのまま何事も無いように手入れを続けるグレース。
「えっと、ごめんなさい。お仕事中なのに」
少し神妙な顔をするリリィ。
「い、いや、今は待機中だからいいけど……」
なんとなく居心地が悪いアベル。
「えっとね。これを使ってみてほしいんだけど」
そう言いながら、リリィが羊皮紙を差し出す。
「ん? どうやって使うんだ?」
受け取った羊皮紙の1枚を拡げながら首を傾げるアベル。
「テーブルに二枚ならべて……うん、そう。そこに手を置いてみて」
言われるまま、並べた羊皮紙に手を置くと魔法陣が光り出す。
いつの間にか周囲には人が集まってきて様子を見ていた。
「おぉ、光ったぞ」
反応する周囲の騎士達。
「この魔法陣はね、遠くの人とお話が出来るの! 毎日寝る前に使ってね!」
なんとなく注目されて恥ずかしくなったリリィは、それだけ言い残すとそそくさと詰所をあとにした。
興味を失ったのか周囲に人が居なくなったあとに、近づいて来たグレースがポツリと言った。
「ただの幼馴染には見えませんでしたね」
ニコリと微笑むグレースの笑顔が怖いアベルであった。
◇
リリィがアベルに魔法陣を渡した日の晩……ケイティとグレースが見守る中、アベルは渡された魔法陣を使う事になった。
ケイティが魔法陣に興味を示し、グレースは魔法陣を渡したリリィが気になり、結果として見守る中使う事になったのだ。
「姉様……もう少し違う服は無かったのですか?」
アベルが魔法陣を取りに離れたのを見て、小声でグレースがケイティに囁く。
ケイティが着ていたのは、ゆったりとした薄手の部屋着だった。
ただ、まだ夜は冷える。グレースには、あまりに無頓着な格好に見えたのだ。
「これか? 寝る時まで窮屈な服は着たくないぞ?」
「せめて上着くらい着て下さい。風邪を引いたらどうするんですか」
妹の差し出した上着を、ケイティは苦笑しながら受け取った。
アベルと親しくなってから、妹は自分の身なりまで以前にも増して気にするようになった気がする。
だが、それよりもケイティには気になる事があった。
「それより、グレース。わかってると思うが、公爵様は聖女様を重用しているのだぞ?」
「そんなの……わかってるわよ」
更に不機嫌さを増した表情でそっぽ向く妹が心配になる。
今後どうなるかはわからないが、現時点で聖女と色恋を張り合われては困るのだ。
公爵家がアベルをどう扱いたいかはわからないが、聖女の伴侶にするのであれば、正室は聖女になり、グレースは側室として弁える必要があった。
「お待たせしました」
広い部屋では無い。
アベルが魔法陣を持ってきた事で姉妹の会話はそこで中断となった。
「ほぉ。初めてみる魔法陣だな」
ケイティがテーブルに広げられた魔法陣を覗き込みながら呟く。
魔法陣自体、造り手の確保や刺繍の手間から、それ程多くは出回っていないが、火を出す魔法陣等は野営の時に便利な事もあり、騎士団は幾つか保有していた。
「じゃぁ、やってみます。」
テーブルに広げられた1枚の魔法陣に手を置くアベル。
リリィからは二つ渡されたが、アベルは光の色が異なるだけだろうと一つだけ持ってきたのだ。




