第44話 魔法陣・お手軽作成術
懇願する男を、自分の力は神から授かった物なので教えようが無いと説得する。
授けた相手はともかく、あながち嘘ではない。
「そうですか、残念です。 聖女様のお力は、私の想像をはるかに超える素晴らしいものです。そのお力を皆の為に役立てる方法は見つかりましたでしょうか?」
男の言葉に、ここを訪れた理由を思い出す。
(そう言う理由で魔法を教えて貰いに来たんだっけ……)
リリィは真面目に考える男とセリーヌの姿に、少し申し訳ない気持ちになった。
そう思いつつも、自分の魔法を他者に教えようが無いので、どうしようもない。
いや、やって見せて、物理法則を1から教えれば他の人も出来るようになるのかも知れないが、それはそれで凄く面倒そうだなと思うリリィ。
気が付くと、部屋で3人が悩み込んでいる状況になっていた。
「魔法陣は、どうでしょうか?」
沈黙を破るように、ポツリと男が言った。
「魔法陣? そのような物があるのですか?」
問い掛けるリリィ。
名前からどのような物かは想像出来るが、今まで目にした事は無かった。
「えぇ、少しお待ちください」
男はそう言うと1枚の羊皮紙らしきものを持って来る。
そこには直径30センチ位の複雑な模様の円形の魔法陣らしきものが描かれていた。
「私は火の属性しかないのですが、これには光魔法が描かれています」
そう言いながら、魔法陣の縁に男が手を置く。
すると魔法陣が光り、その上に光の玉が現れた。
男が手を離すと同時に光の玉も消える。
「この様に、その魔法を使えるものが魔法陣を刻み込む事で、属性を持たない者も魔力を流せば使う事が出来るようになります」
「これは何回でも使えるのですか?」
そう言いながら魔法陣にリリィが触れると、先ほどと同じように光の玉が再び現れる。
「ある程度は持つのですが、使う度に少しずつ紙や糸が劣化していきます。強い魔法の場合、それだけ丈夫な素材で作る必要があります」
リリィが魔法陣の模様を触る。
(刺繍?この模様全部……縫って作るの?)
羊皮紙には幾何学模様の細かな刺繍が施されていた。
規則的に並んだそれは、見る分には綺麗だなと思うが……刺繍をするのは大変そうだ。
「この模様は何か決まりがあるのでしょうか?」
「魔法ギルドで研究されていて、魔法の呪文に応じた模様が決められているようです」
(あの魔術学園があった所か……何をしている施設かと思ったら、こう言う事をしていたのね)
「この研究が進めば、色々と便利になりそうですが、あまり見かけないのは気のせいでしょうか?」
魔力に関しては相変わらずリリィは自覚が無いが、魔法自体を誰でも使えると言うのは便利そうに思う。
その為、今まで見かけなかったのが不思議だったのだ。
「いえ、気のせいではありません。実際に数が少ないですから」
リリィが気が付いていないだけで使われているのかもとも思ったが、そうでは無かった。
「魔法陣の対象となる魔法が使えるものでないと、同じ刺繍でも効果が発動しないのです」
その話を聞きながらリリィは考える。
そもそも魔法を使えるものが希少なのだから、作れる者が限られている。
「それに中級、上級と呪文が長くなるにつれて魔法陣も大きくなりますから、なかなか研究が進まないようです」
光球を作るのは初級魔法の筈だが、それを実現する為だけに、目の前の細かな刺繍をするかと言われると首を傾げたくなる。
(まぁ、この刺繍しろと言われても辛いか。手伝って貰えないし、自分は使える魔法なら尚更よね)
リリィは魔法陣の模様の複雑さを見て、研究が進まない理由に納得してしまった。
「ですが、リリィ様が魔法陣を作れば他の者も、そのお力を使えるのではないでしょうか?」
男がとんでもない事を言い出した。
「それは素晴らしい考えです! 聖女様の癒しのお力を与える事が出来ますね」
セリーヌが感動したように、それに同調する。
(こんな刺繍を私にしろと?!)
「い、いや……」
期待に溢れた視線を向ける2人。
リリィとしては断りたいが、そもそも周囲を助ける為と聖女らしい口実で訪ねてきているのだ。
「そ、そうですね……わ、私に作れるでしょうか……」
若干引き攣りながらも、そう答えるしか無いリリィであった。
◇
部屋に戻ったリリィは、ひとりで目の前に借りてきた魔法陣を広げて眺めていた。
その横には、作るためにと渡された羊皮紙の束が置かれている。
魔術学園で見た、魔力と言うものが足りずに数分も発動に掛かる事や、世代ごとに遺失されていく伝承方法、そして希少となった魔術師が全て刺繍をしなければいけない事実。
この世界の魔法は、何処か不便であった。
そして、ここまで状況が揃うとリリィも以前の自分がやった事を漠然と思い出していた。
生物的に貧弱な人類の救済手段としてイメージによるナノマシンでの事象発生。
所謂、魔法を与えたのだ。
当初はお告げの形で何人かに教えたが、今の魔法のように制約はなく瞬く間に、その技術は広がった。
その結果、魔法による巨大な国家が生まれるに至り、安心していたのだが……愚かな人類は、その魔法を使い人同士で戦争を始めてしまった。
突然魔法を使えなくすると、他の生物に対抗出来なくなる。
そう考えたリリィは、自然と力を失っていく様に……そして、無限に魔法を使えないように設定する事をナノマシン達に指示したのだ。
結果として魔法を使えるものは人間社会で良い待遇を得るようになり、他の生物に対しての対抗手段として一定の地位を得られる事で争う必要性が無くなっていったのであった。
「でも、これはやっぱり覚えていないなぁ。 さて……どうしたものか」
魔法が何故今の状態になったのかはわかったが、目の前にある魔法陣の事はわからなかった。
仮に真似をして同じ刺繍をしたとしても出来上がるものは、光の玉を出すだけだろう。
リリィは勿論、裁縫は人並み以上に出来るが、呪文の何処がどの模様に対応しているのかすらわからないのだ。
そもそも、リリィに関して言えば、魔法ですら呪文を唱えなくても原理を理解していればイメージするだけで事象を起こせる為、呪文を唱えてすらいなかった。
それは魔法を与えられた当初に、人類が魔法を行使していた制限の無い状態と同様であった。
「仕方がないか」
部屋に自分しかいない事を確認する。
「聞きたい事があるんだけど」
ダメ元でリリィが呟くと、返事が返ってきた。
《私は貴方の使用人では無いので、貴方の命令に従う義務はありません》
義務はないと言いつつも応えてくれたし、言い方に少し不愉快そうな思考を感じて、自分の様に感情が芽生えたのかとリリィは思った。
《あなたのように私情に流される事はありません》
すぐさま突っ込まれて、リリィは苦笑する。
なんだかんだと言いながら、こうやって話す内に、ナノマシンであるはずの存在に親近感が湧いて来ていたのであった。
《それで、質問内容は呪文と魔法陣の紋様の関係で合っていますか?》
「そうよ」
《まず、呪文ですが人間がそうだと思い込んでいるだけです》
「えっ?」
バッサリと言い切られて唖然とする。
《事象のイメージをしやすいような言葉を使っていた物が、長い時間を掛けて定着してしまったに過ぎません》
その説明を聞いて、「火球」や「岩の礫」などと言った言葉が呪文に含まれているのを思い出し、そうかもと納得する。
リリィは使わないが凡そ魔法で起こしたい事を文章にして早口で言っているのが呪文の内容だった。
「つまり、他の人も呪文を使わなくても魔法は使えるって事?」
《理屈的にはそうです。ですが、言葉とイメージを結びつけて覚えてしまったのであれば、その矯正は困難と予想されます。猫と言う言葉が犬をイメージするものだと言われても、修正は難しいのでは無いですか?》
「なるほどね。わかりやすい例えありがとう。 呪文の位置づけはわかったとして、この紋様はどうなるの?」
《魔法のイメージを持つ者が、物品にそのイメージを刻み込む……それが必要な手順の全てです》
「また抽象的な話ね……これも決まった規則は無いという事?」
《ありません。魔法の発現を正しくイメージ出来るものが、その者が記した紋様がイメージを表すものだと認識し、周囲のナノマシンに伝える事が出来た事が発動条件になります》
「結局、ナノマシンにイメージが伝わるかどうかが全てで、その方法は何でもいいのね」
《はい。それが魔法の全てです》
「つまり……刺繍で無くても、紙で無くても良いって事?」
《そうです。但し、魔法の事象を発生させる際の仲介をする為、強度が足りない物質……例えばただの紙に書いただけでは、魔法の発動の際に破損しやすくなります》
しばらく悩んだ後、リリィは何も描かれていない羊皮紙を床に拡げる。
「……イメージを刻む……抽象的ね」
《イメージなので、抽象的な説明しか出来ません。人間が見つけたと思っているパターンを習えば、あなたにとってはそれがイメージの具体例となるので、魔法陣の作成は可能と推測します》
「それだと自分の発想の限界が出来ちゃいそうだから、やめとくわ。イメージを刻む……だったわね」
リリィは両手を羊皮紙に置きながら目を閉じる。
(……火球を作る感じで)
頭の中に自分が火球を作る時の事を想像する。
(このイメージを写真の様に定着して……貼り付ける)
頭に思い描いた場面が写真の様に固定され、それが吸われる様に頭から両手を通して羊皮紙に流れ込むように感じる。
ゆっくり目を開けると、羊皮紙に焦げたような線で魔法陣が描かれていた。
だが、その紋様はリリィの見たことが無いものであった。
「知らない紋様になったけど?」
《形は重要では無い為、あなたが行いたかった内容としては、それで問題はありません。正確には貴方が事象をイメージした際に起きる脳細胞の活性状態を読み取り転写させたものです》
説明に気になる語句が混ざっている事にリリィが訝しむ。
(させたもの? 手伝ってくれたって事? 珍し過ぎて理由が気になるんだけど?)
不干渉を原則とするナノマシンが理由も無く手を貸すとは思えなかった。
《警戒は不要です。貴方が試行錯誤を行った場合、一定の法則を見出す可能性が高いと推測しました。 過度な人類文明への影響を排除する為には、その前に助力した方が他者への知識拡散が防げると判断しただけです》
「……そう。でも、刺繍でちまちまやらなくていいのは助かるわね」
そう結論付けると、リリィはこれを何かに使えないか考え込み始めた。




