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第43話 失われて行く魔法・弟子志望

 その日リリィは公爵家を訪ねていた。


 アベルを守る為に魔法を学ぼうとしたが、魔術学園で成果が無かったので、公爵お抱えの魔導師を訪ねて来たのである。


「本日は、お時間頂きありがとうございます」

 リリィは面会を受けてくれた魔術師に会うとお礼を述べる。


「いえいえ、聖女様のお願いとあれば、いつでも」

 男が品の良い振る舞いで応える。


「しかし、宜しいのですか? 私は火魔法しか使えないので、教会でお使いになっている治療魔法などは出来ませんが?」


「はい、大丈夫です。何か少しでも皆様の力になれる事が無いか探っております。それで魔法を見せて頂くことは可能でしょうか?」


 事前に考えておいた理由をリリィが述べる。

 聖女として惚れた男を守りたいからと言う訳にもいかなかったのである。


「お見せするのは構いませんが……部屋を壊すわけにはいかないので、ここで出来ることは限られます」


 そう言うと、男は壁に向かって手を前に突き出した。


 (まぁ、室内だしね)

 リリィは男の言い分に納得して頷く。


「■■■…」

 呪文と共に男の手のひらの前に赤い炎が生まれる。


 (呪文の途中で火の玉が作られるのね)


「…■■■…白き火球」

 赤く燃えていた炎が黄色を経て白い炎になった。


「綺麗…」

 セリーヌがその輝きを見てポツリともらした。


 (確かに綺麗ね。色が白いのは、温度が高いのかな?)


 炎を消して男がリリィの方を向いた。


「如何ですか? 今のが中級の火魔法の1つの白炎球ですが、何かのお役に立てたでしょうか」


「はい。炎の色が変わるのですね」


「そうですね。あの白い炎の前には鉄も溶けるほどです。他には広範囲を焼き払う魔法もありますが、それはここでは使えませんので」

 頷くと男が答えた。


 (鉄を溶かすって事は1500度は出てたって事?)


 リリィは思った以上の温度に少し驚いた。

 見ていたリリィには、それ程の熱が伝わって来なかったのだ。


 (熱放射が起きていない? 魔法で起こした事象は、物理法則を無視してる?)


 なんて事を思ったが、すぐに燃焼物が無い空気中に火の玉が維持出来ること自体今更だと気が付いた。


 (それよりも、何が出来るのかを確認する方が先ね)


「魔法の中には鉄を蒸発させるものもあるのでしょうか?」


「て、鉄を蒸発……ですか?」

 男が怪訝そうな顔をした。


 (あら? 鉄が沸点を越えると蒸発すると言う発想自体が無いのか)


「すいません。お気になさらないで下さい」

 何となく、その辺が熱量の限界なのかと納得するリリィ。


「そうですか。あ、そうだ! 師から譲り受けた魔導書をご覧になりますか?」


「はい!是非!」

 男の申し出に飛びつくリリィ。


「大切な物なのでこちらでお見せするしか出来ませんが…お茶を用意させましょう」


 そう言うと部屋を出て行き、革張りの書物を持って帰ってきた。

 本を取りに行くついでに頼んだのか、メイドがテーブルにお茶を用意する。


「私は少し席を外しますが、何かあればメイドに申し付け下さい」


「ありがとうございます」


 男は部屋を去っていった。


 男が出ていくとリリィは渡された本をパラ、パラ、パラと捲る。

 その手は全く止まらず、次々とページを捲っていく。


「あ、あの……リリィ様」


「ん?どうしたの?」


 横に座っているセリーヌが声を掛けてきた。

 視線は手元の本に向けたままだ。


「その速さで……読めるのですか?」


「読めるわよ」


 受け答えの間もリリィは手を止めなかった。


 (白い炎に……青い炎……これは上級魔法? やっぱり、炎の温度を高めてるのね。こっちは広範囲の魔法……でも、広範囲ってどれくらいの範囲なのかな?)

 本を読みながらリリィが考える。


《その疑問があるうちは使えません》

 突然、リリィの脳裏に声が響く。


 隣でセリーヌがビクっとするが、リリィは気が付かなかった。

 不意に声を掛けてきたナノマシンに意識がいった為だ。


 (いきなりね……それで、使えないってどう言う事?)


《窓の外の山を見て下さい》

 言われるまま窓を見ると遠くに山が見えた。


《あの山を燃やす炎とはどういうものかイメージ出来ますか?》


 (う〜ん…火山って訳じゃないし)


《正しくイメージが出来なければ発動出来ません。これは、この世界で魔法と呼ばれる事象を発生させるのに必要な工程になります》


 (そんな不便なものだっけ? でも、それってこんな本を読んでもわからなく無い?動画とかがある世界じゃないし)


《不便なものにした時代は、貴方も私達と同一だったのですが、覚えてないのですか?》


 (私を分離させといて、それ言う? そもそも私の記憶や知識ってどう言う基準なのよ)


《貴方の記憶は、貴方自身の関心度合いで許容範囲内で優先されています。覚えていないのであれば、世界に施した設定に関心が無かったと推測します》


 そう言われると納得してしまう。 元々の関心事の大半はアベルが産まれる事だった。


 ナノマシンの設定は、人が呼吸をしたりするようなものだ。

 早くしようとか深呼吸しよう等の様に設定するだけで、横隔膜をどう動かすか等の細かい事までリリィがやっていた訳では無い。


 (まぁ、私の記憶がどうこうは今はいいわ。どうせ、繋がれる訳では無いんでしょ? それより、わざわざ声を掛けて来たってことは、本ではイメージを知りようがない点に関しては、何か御指導頂けるのかしら?)


《魔法の伝承は師と呼ばれる者が、弟子に使ってみせる事で成されています。

 その為、世代を重ねる毎に行使できる魔法の種類や人数は減少傾向にあります》


 (その人が使える魔法しか教えられないんじゃ……そりゃ、そうなるわね)


 弟子を取らなかった。

 弟子が魔法を引き継げなかった。


 そんな事があると途絶える可能性の方が高いのだ。

 そのうち魔法は消えゆく存在なのかも知れないと、リリィは思うのであった。


◇


 ふと気が付くと隣でセリーヌが震えていた。


「せ、セリーヌ!ど、どうしたの?!」


「あ、あの……今、お告げがありましたか?」


 (あ……この人が居る時に話すと感じてしまうのかぁ)


「えっと、魔法の事を教えて貰ってた感じかな?」

 困った顔をしながらリリィが説明する。


「ま、魔法を教えてもらう為にお告げを受けていたのですか!?」


 とんでもない事を聞いたと言わんばかりの表情でセリーヌが言う。

 ナノマシンを神と思っているのだから、驚くのも無理はなかった。


「や、やっぱり……まずいよね。秘密にしていてね?」


「いえ、驚きましたが……神が教えを授けられたのでしたら、何か意味があるのでしょう。流石はリリィ様です」


 床にひれ伏してセリーヌが思いを述べる。

 セリーヌからすれば、神がリリィに加護を与える瞬間に居合わせた様なものなのだ。


「ちょ、ちょっと! セリーヌ!」


 慌てて止めるリリィ。

 セリーヌの思いはわかるが、ひれ伏されても困ってしまう。

 聖女と呼ばれるから振舞っているだけで、尊敬されるとか崇拝される事に興味は無い。


 セリーヌがリリィに言われて椅子に座り直した直後に、男が部屋に戻って来た。


「リリィ様、何か役立つ事は見つかりましたでしょうか?」

 リリィに渡した革張りの本を見る。


「はい。大変参考になりました」

 そう言いながら、リリィが男に本を差し出す。


「また、いつでも読みにいらしてください」


 まだ読んで居ても構わないのだが、差し出されたと言う事は、用事があるのかと思い本を受け取る。


 だが、リリィの回答は男の予想とは異なっていた。


「お借りした本はひと通り読み終えました。ありがとうございます」


「えっ?も、もう読み終えたのですか?」


 リリィの言葉に、男は驚きをみせる。


 席を外していたのは、ほんの僅かな時間だ。

 決して薄い本では無いし、男の師匠だった魔術師が手記として書いたものなので、読み易いものでもなかった。


「はい」

 ニコリと微笑みながら、リリィは右手の人差し指を立てると、


 ボッ!!


 読み終えましたよと言う証明をするかの様に、白い炎を指先に灯した。


「ま、ま、まさか……そんな、馬鹿な……」


 男は驚愕の表情がさらに増す。

 自分が白い炎を出せるようになるまで、何度も師に見せてもらい何年も掛かったのだ。


 それこそ、鉄を溶かすところをだ。

 そこまでして、男はようやく魔法を発動させるのに必要なイメージを得る事が出来たのだ。


 白い炎……と言うだけではイメージが不足してしまう。

 何故色が白くなるのか。

 その炎はどれ程の熱量を持つのか。


 周囲のナノマシンが事象を起こすのに十分と判断されるだけのイメージが必要であり、物理的な知識無しにそれを得るには莫大な経験……どちらかと言うと自己暗示に近い常識の塗り替えが必要となる。


「あと……これも載ってました」

 そう言うと、白い炎が揺らめいたと思ったら、青に変化する。


「おぉぉ……そ、その色は……」

 フラフラと魅入られた様に男がリリィに近づく。


「えっ?えっ?」

 慌てるリリィ。


「それこそが、我が師すら長年掛けて成し得なかった……蒼き炎」

 と、言いながら男がリリィの指先に手を伸ばす。


「ちょっ!!」

 慌ててリリィが炎を消した。


「あぁぁぁ……」

 呆然として手を伸ばしたまま固まる男。


「直接触ると危ないですよ」


 リリィが憤然とした表情で男をたしなめる。

 熱量を留める力が働いているのか、意図的に拡げない限りは周囲が熱くなる事は無いが、流石に触れれば熱は伝わるだろう。


 と言うより、リリィが触ると危ないと炎を認識した時点で、そのように作用しているはずだった。


 (見せない方が良かったかな? 更に高温にしただけのつもりなんだけど……それに、この人の師匠も青色には出来なかったんだ。 何でだろう?)


 これ程驚かれるとは思わず、やって見せたのを少し後悔するリリィ。


 だが、リリィが簡単に出来たのは……炎の温度による差。色温度の知識の有無が大きい。


 (でも、純粋な温度だけで白色にしようとすると、鉄の融点どころか沸点も超えてそうだけど、その辺はどうなっているんだろ?)


 などとつい気になり自分の世界に入ってしまうリリィ。

 リリィの疑問は正しかった。


 男が見せた白い炎と、リリィが作り出した白い炎は、同じ色でも別物であった。


 男は鉄すら溶かせる炎として白い炎だと認識しており、その温度は鉄の融点である1500度程度。


 一方のリリィは色温度が白くなる炎を生み出したので、その温度は6500度に達していた。

 青色ともなれば、1万度を超える熱量である。


 これも世代による魔法知識の劣化の結果であった。


「リリィ様……リリィ様」

 セリーヌの声に我に返ると目の前で男がひれ伏していた。


 (な、なんでこの人まで!)


「な、何をしているんですか?」


「私を弟子にして下さい!」

 男が床に頭を付けながらリリィに教えを乞う。


「えぇぇぇ!む、無理です!」


「そこをなんとか!その叡智の一端でも良いので、私にお授け下さい!」


 (いや、そんな事言われても……正直、長い呪文が必要なのも、魔力とやらもよく知らないから、教えようが無いのよね)


 ナノマシンであった為か、事象を正しく認識すれば思い描くだけで使えてしまうリリィは、それを人に教える方法がわからなかった。


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