第42話 ケイティの過去
しばらくして、ふたりはテーブルに移り、並んで座って話をしていた。
「ごめんね」
重ねた手を見下ろしながら、グレースがそう言った。
「なんで、謝んのさ」
そう言うグレースの頭をアベルが撫でる。
「私……アベルの迷惑にならない様にするね。聖女様との事も…」
「だから、俺とあいつは、そんなんじゃないって」
少し困ったように微笑みながら、アベルはグレースの目を見て言う。
アベルは、何故グレースが、そこまでリリィの事を気にするのかわからなかった。
「……うん。それで…あの…」
何か言いたげにグレースが目を逸らした。
「まだ、何かあるのか?」
アベルが聞くと、少しの間言うのを戸惑うような仕草を見せたあと、グレースが口を開く。
「姉様の事なんだけど…」
「ふ、副団長がどうかしたのか?」
慌てるアベルに、グレースが小さく笑う。
「そうじゃないの。お姉様と今までどおりに接して欲しいの」
何のことかわからず首を傾げるアベル。
「誰にも……姉様にも聞いたって言わないで欲しいんだけど…」
それなら言わなきゃ良いのに……などと思ったが、アベルは頷く。
「小さい頃にね。家族で乗った駅馬車が襲われた事があったの」
突然の話に真剣な顔で聞くアベル。
「その時に両親は殺されちゃってね。私とお姉様は荷台に隠れていたの」
辛そうな顔で話し続けるグレース。
「その駅馬車には床下に物を隠せる隙間が作られてたんだけど……子供がひとり入るのがやっとだったの。それでお姉様は私だけを隠して……」
語るグレースの目から涙が流れる。
「それから2年後に盗賊のアジトが騎士団に摘発されて、姉様もその中に居たの」
まさか、豪快な副団長にそんな過去があったとは思わなかったアベルは、驚いた顔で聞いていた。
「助けられてしばらくは部屋に篭もりっきりで、男の人はおじいちゃんも近づけない感じだった」
幼い子供が家族を失い、二年もの間、囚われていたのだ。
何があったのか、アベルにはわからない。だが、その時間がどれほど恐ろしかったかを思うと、軽々しく言葉を挟めなかった。
「でも、ある日、何か吹っ切れた顔で剣を持って部屋から出て来たと思ったら、男よりも強くなるって剣の修行を始めたの」
「それで、あんなに強くなったのか……」
アベルは、いつもの豪快な笑い声を思い浮かべた。
あの強さを身につけるまでに、どれだけ剣を振ってきたのだろう。
「でも、それで昔の事が平気になったのかは、私にもわからないの」
グレースが膝の上に視線を落とす。
「姉様、自分の辛い話はあまりしないから。強くなったからもう大丈夫って、私が決めていい事でもないし……」
アベルは黙って頷いた。
「だから、アベルといつもどおりに話して、楽しそうに笑っているのを見ると、嬉しかったの」
「あぁ、そういう事だったのか」
先程、姉と仲良くしてほしいと言われた理由がようやくわかった。
「でも、気を遣い過ぎて、よそよそしくしてほしい訳じゃないんだからね」
そう念を押すグレースに、アベルは少し困って頭を掻いた。
「それでね。姉様が元気でいれるなら良いと思うんだけど……何かがきっかけで落ち込むのか心配なの」
確かに、そういう事もあるだろうと頷き返すアベル。
「でも、俺に出来ることなんてないと思うぞ?」
「ううん。今までどおりに接してくれればいいの。姉様が話したくない事は、無理に聞かないでほしい。それだけ」
「わかった。俺から聞き出したりしないよ」
その返事に、グレースは小さく息をついた。
「あのね……姉様のことばかりお願いしちゃったけど、私も、アベルの側にいたいんだ」
恥ずかしそうに俯くグレースに、アベルは頷いた。
「あぁ。もう少し、ここにいていいよ」
「……うん。ありがとう」
グレースは微笑むと、重ねたままの手をそっと握り直した。




