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第41話 グレースのお礼・グレースの想い

 執務室に戻ったケイティは、当直の騎士から書状を受け取る。


「公爵様からか……あ、そうだ。悪いんだが、身体を拭きたいから水桶と手頃な布を持ってきてくれ。あ、あと着替えも隊服を一式頼む」


 部下が頼んだ物を用意して部屋を出ていったのを確認すると、外套を脱いで椅子に掛ける。


「久しぶりだったから、からかい過ぎたか?」


 自分の着ているシャツを見ながら呟く。

 戦闘で服が破れたのは事実だし、嘘はついていない。


 周囲の部下の手前、比較的損傷が少ない外套を借りたのだ。


 当初は蟻の攻撃を防ぐために重装備で挑んだのだが、蟻が放つ消化液が鎧の隙間に入り込むと、装備を外している間に酷い怪我になることから、着衣は脱ぎやすい物にして、盾で防ぐ戦い方が採用された。


 結果として、大半の団員は怪我以上にボロボロの有様になったという訳だ。


 遠征で余分な着替えも無く、討伐隊にいる間、ケイティはずっと外套を纏う羽目になった。


 身嗜みを整えると、執務席に座り書状の封を開き中身を確認する。


「……聖女の想い人としてでは無く、英雄候補として他勢力に取り込まれないように留意すべし」


 その指示にケイティは考え込む。


 元々、聖女の想い人に変な女がつかぬよう善処せよ。

 それが、それとなく公爵家から言われていた内容だった。


 イマイチ具体性に欠けるのは、公爵家が2人の処遇を決めかねているからだろう。


 それを考えるのはケイティの役割では無い。

 ただ彼女は騎士団が男所帯の集団である事を理解していた。


 普通の見習い宿舎にアベルを入れれば、休日になればすぐにでも大人のお店に連れてかれるだろう。


 そのような店に出入りするようになること自体は、アベルの年頃を考えると少し早い気もするが、それだけの事だ。


 だが、聖女の想い人として……は、そのような店に行くのが問題無いのかがわからなかった。



 ケイティが出した結論は、アベルを自分と同室にして、他の者が誘いにくい空気を作ることと……アベルが誘いに乗りにくくする為に女の身体に見飽きればどうかと思ったのだ。


 近頃はアベルとのやり取りが楽しく、些か羽目を外しすぎている気がしたのだが、今彼女の頭を占めているのは……グレースの事だ。


 部屋でのやり取りを思い出し、妹がアベルを意識していたのは明白だった。


 普段着ることが無い女性向けの服装もそうだし、相手の視界を塞ぐのに、相手の顔を胸に抱え込む必要性は全くない。


「指示では他勢力に取られないようにとあるが……私もグレースも公爵家の陪臣にあたるから、むしろ好都合なのか?」


 ケイティ自身もアベルに好意は持っているが、年の差があり恋愛対象としては無理がある。

 だが、妹なら年齢には釣り合うし、何より妹が男にあの様な反応を示したのは初めての事だ。


「まぁ、2人とも人付き合いや恋愛経験が豊富という訳でもなし、なるようにしかならないだろうな」


 そう結論づけると、公爵家からの書状を引き出しにしまい執務を始めた。


 ケイティが部屋から出て行き、アベルとグレースの二人きりになった部屋に気まずい雰囲気が漂う。


「く、果物買ってきたけど食べる?」


「う、うん。食べようかな」


「じゃぁ、むくね」


 グレースが果物の入った袋を取り出し、皮をむきだす。

 再び流れる沈黙。


「あの、アベル……くん」


「ん?なに?」


 普段と違う緊張したグレースの様子に、アベルも戸惑いを隠せなかった。


「これからも、姉様と仲良くしてあげてね」


 アベルは一瞬グレースの言葉の意味がわからなかった。


「一方的にからかわれているだけだと思うけど、別に嫌ったりしないぞ? もう少し恥じらいとか持った方が良いとは思うけどな。 副団長からすれば子供扱いなんだろうけど、俺も一応男だし」


 苦笑いをしながら答えるアベル。


「それはそうだけど……でも、アベルくんが見てても姉様が楽しそうなのが嬉しいの」

 言いにくそうにグレースが語る。


(姉が見られて嬉しい? どう言う事だ?)


 グレースが何を言いたいのかわからないが、何処かそれ以上言うのを躊躇う様子に、テーブルに肘をついてアベルは考えを巡らす。


(姉様大好きなこいつなら、姉様をヤラシイ目で見ないでとか言い出しそうなものだけどなぁ)


 コトッ


 アベルの目の前に左側から差し出されたお皿が置かれる。


 左側を向くとすぐ目の前にグレースが居た。

 いつの間にかむき終わって持ってきたらしい。


(ち、近い!)


 アベルが座っているすぐ近くにグレースが立っていたので、丁度アベルの顔の前にグレースの胸があった。


 先程のグレースの胸の感触を思わず思い出してしまうアベル。


 ゴクリと自分が唾を飲むのが自覚出来る。


(だ、ダメだ、ダメだ……こんな時はどうしたらいいんだ? いや、なんで立ってる? 近くないか?)


 ふと、見上げると何か思い詰めたグレースと目があった。


「あの…」

「ごめんなさい!」

 反射的に謝るアベル。


「え? どうして謝るの?」

 突然の謝罪にグレースが首を傾げる。


「え……いや……その……グレースの胸を見てた……から」


 真っ赤になりながらアベルが吐露する。

 グレースもそれを聞いて真っ赤になって胸を隠す。


 ふと、グレースが深呼吸をしたと思うと、意を決したように言い始めた。


「アベルくん。あの時の約束覚えてる?」

「あの時?」


 なにか約束してたかな?とアベルが悩む。


「蟻に襲われた時に……無事に帰れたら、なんでもさせてあげるって言ったこと」


 そんな事言われたかと思い出そうとするが、必死だったし最後は意識が無かったので思い出せなかった。


「だから……いいよ」

 そう言うとグレースは、前屈みになって顔をアベルに近付けるとゆっくり目を閉じた。


 アベルの鼓動が高まる。

 すぐ近くにあるグレースの唇から視線を逸らすと、前かがみになった為、服の隙間から覗く胸の谷間が目に入る。


(いや、な、どう)

 アベルはパニックになっていた。


 だが、よくわからないまま流されてはいけないと辛うじて残った理性を総動員させて……何故かグレースの頭をゆっくり抱きしめた。


「そ、そんな事を目当てで助けたんじゃ無いから。そう言うのは好きな人とするべきだよ」


 少しの間があって、グレースがゆっくりと身体を離す。


「そうだよね……私なんかじゃ駄目だよね。全然女の子らしい事知らないし、この服だって同じ部屋の子に借して貰ったものだし」


 断られた事を気にしているのか、グレースの表情が暗くなる。


「い、いや、そう言う事じゃないって。 グレースは魅力的だし、実際……その……いや、そうじゃなくて、お礼とかそう言うのでする事じゃないと思うって話だよ」


 アベルもグレースに惹かれない訳では無い。

 それどころか、男として誘いにのりたいとさえ思っている。


 蟻の巣で助けた事を気にする必要は無いと伝えたいのだが、グレースは俯いたままだった。


「あ、あの、それに普段は鎧姿しか見たことないけど、そのワンピース……そう言う姿も、すごく似合ってるし可愛いよ」

 言い慣れない言葉に、自分で言いながら顔が火照るのを自覚する。


「ほんと!?」

 グレースの顔が明るくなる。


(やばい、なんか可愛い……普段とのギャップか)


 アベルは心が揺れ動き、先程誘いを断ったことを少しだけ後悔する。

 そこに追い討ちをかけるようにグレースの言葉が続く。


「あのね、助けて貰ったお礼もあるけど……私、アベルくんの事……好きだよ」


 その言葉に部屋を出ていく前に言っていたケイティの言葉を思い出す。


(そっか…わざわざ俺のためにワンピースを着てくれてるんだ)


 ゆっくりとアベルの手がグレースの肩に伸びる。


 ふと、アベルの脳裏に「程々にして下さい」と冷たい視線で言い放つセリーヌの顔が浮かんだ。


 ピタリと途中で止まるアベルの手。


(なんでここで思い出すんだ……俺とリリィはただの幼馴染……だよな?)


 そう思ったが、つい先日、この部屋で嬉しそうに片付けをするリリィの姿が頭から離れなかった。


 気が付くとじっとグレースが見つめていた。


「アベルくん、いま何考えてる?」

「い、いや……」

 リリィへの気持ちがよくわからず、弱々しい否定になる。


「聖女様の事だよね」

 目を離さずにグレースが言った。

 アベルの心臓が大きく脈打つ。


「な、なんで……」

 アベルは激しく動揺した。


「騎士団で、聖女様とアベルくんの事を知らない人は居ないよ? 姉様とのあの試合は殆どの団員が観ていたんだから……」

 少し俯き加減になりグレースが言う。


「ごめんね。初めからわかってたんだ。聖女様の事もあったし、お姉様と一緒に暮らしてるって聞いてたから……最初はアベルくんの事、あまり好きじゃなかったの。でも、会って話して…助けられて……気が付いたら好きになっちゃってたの。聖女様との仲だって解ってるのに、気持ちが抑えられなかったの、ごめんなさい」


 最後の方は完全に涙声になってしまっていた。


「俺とリリィは……そんなんじゃないよ」

 グレースの目から零れる涙を掬いながら言った。


 ゆっくりと目を上げてアベルの目を見るグレース。


「あいつは、ただの幼馴染で……そう言う関係じゃないから」


(俺とあいつは、どういう関係なんだろ? 幼馴染と言ってもあいつが公都に行ってからは手紙をするだけの関係だったし)


 そう思うと、何故リリィの事を気にしているのか不思議に思えてきた。


 ふっと突然グレースがアベルの唇に自分の唇を重ねる。


(…!)


 咄嗟の反応で押し返そうとアベルがグレースの肩を掴んだが……その手はグレースを押し返せなかった。


 グレースが自分の手をアベルの手に重ねる。

 気が付くと、二人はベットの上に居た。



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