第40話 討伐報告会議・ケイティの帰宅
公爵家では会議が開かれていた。
議題は鉱山で見つかった人を食べる蟻に関する報を受けてのものだ。
会議に参加している者の表情は微妙だ。
討伐が失敗した訳では無い。
騎士団により無事に完了している。
蟻の存在が判明する迄に少なくない犠牲者が出たが、それが理由でも無い。
これが貴族から犠牲者が出たとなれば話は別だが、平民に多少被害が出ても、それ程気にする者は居ない。
微妙な表情の原因は報告に記された内容に関して、それぞれ思う事がある為だ。
「とりあえず、無事に蟻の討伐はされたようですな」
「しかし、あのようなもの……どこから沸いて出てきたのか」
凶暴な生き物が多数いる世界だ。
それでも報告にあったような生き物は、今まで聞いた事が無かった。
「もしや、これが聖女様が仰っていた危機なのでしょうか」
ふと洗礼の際にリリィが言っていた言葉を思い出したポゾン枢機卿が、それを口にした。
「なんと、それではこの事態を予想して聖女様はこの地に留まられたのか!?」
全員の目がポゾン枢機卿に集まる。
まさかリリィが……愛する男と離れたくない為に適当に言った事とは知らず……大半の貴族は聖女の導きに感心を示す。
何か困った事があれば聖女に相談をすれば助言が得られる。
それはここ数年で定着した公都に住む貴族達の共通認識だった。
中には聖女の持つ知識を独り占めしようと考える者も居たが、公爵家と教会を敵に回すリスクがある。
何より互いが自分が独占出来ないのであれば、他家にも独占させたくないと牽制し合っているのだ。
それに、公爵家やローデリック子爵家も、他の家の者がリリィに相談する事を止めていないのだから、リスクを冒さなくても十分なリターンがあるのだ。
そういった事情から聖女を慕うものは多い。
「それで、聖女様は何かお告げを?」
貴族達の関心は、既に討伐された蟻の存在より、聖女のお告げに移っていた。
だが、その問い掛けにポゾン枢機卿が首を横に振る。
「いえ、聖女様に付いているセリーヌからは特に何も……恐らく、まだこの地の災いは去っていないのでは無いかと」
「何を根拠にそのような事を述べるのか」
枢機卿の言葉を聞いて不安になった貴族が問い質す。
「ひとつは聖女様が何も告げられず、いまだこの地に留まっている事。もう一つが、今回の件では聖女様自身は動かれず使者の手によって解決されている事です」
「聖女の使者……と言うのは、例の少年の事か?」
公爵がポゾン枢機卿に尋ねる。
聖女の使者などと言う言葉は初めて聞いたのだ。
「聖女様が何故あの者に執着されるのか不思議でしたが、今回の報告で合点が行きました」
枢機卿が自信満々に説明を始める。
しかし公爵は、最初に彼が今回の一件を聖女の予言では無いかと疑問混じりに話していた事に気が付いていた。
(今に始まった事ではないが、どうも信じたいものに飛び付くのは変わらんな)
そう思いつつも、その盲目的な信仰心が今のところは公爵家の利益になっている。
これが聖女を担ぎ出し、街での実権を握る等であれば話は別だが、当の聖女本人が全く権力や財産等に興味を持たないのだから、神輿にするのは難しい。
「あの少年は最初の偵察に参加して、討伐には参加していないであろう?」
「今回の討伐隊は、副団長をはじめ200名の騎士が動員されたと聞きます」
「うむ、そう聞いている」
討伐隊の人数が最終的にそれ程になったのは、洞窟の中がかなり入り組んでいるのも理由だが、蟻の強さ的に騎士が複数で一体を相手にしなければならない為と記されていた。
「その200名で討伐した蟻の数は53匹……しかし報告では、討伐隊は洞窟奥で既に倒された蟻の死体を同数近く発見しているとの事」
「それはまさか……」
枢機卿が言おうとしている事に気が付いた貴族達が報告書を読み返す。
報告書は貴族的な言い回しを含めた記載がされており必要以上の文章量になっていた。
その為、ほとんどの者が未知の生物が居た事実と、最終的な数字に目を向けていたのだ。
「そうです。かの少年は、ひとりで騎士200名に相当する力があると言う事になるかと」
枢機卿と同じ結論に辿り着きながらも、他の者は単純に喜ぶ訳にはいかなかった。
それが事実だとすれば……外見は何処にでも居そうな少年が訓練された騎士団に相当する武力を持っている事になる。
仮に叛意を持っていた場合に、これを警戒するのは困難になる。
200名の集団であれば気が付くのは容易だが、少年ひとりでは何処にでも潜り込めてしまう。
叛意が無かったとしても、街でうら若き聖女が民衆に受け入れられているのと同様に、若き英雄も受け入れられやすいのだ。
「その少年は、今のままで宜しいのでしょうか?」
公爵に近い位置に座る貴族が公爵に問いかけた。
普段から執務を担当している事から、少年の危うさに気が付いたのだろう。
「どうすべきだと思うか? 誰か意見があるものは居るか?」
公爵の問い掛けに周囲の様子を互いに窺った後に、一人の貴族が手を挙げ、公爵はその貴族に対して頷き発言を促す。
「これほどの者を一介の騎士見習いで居させるのはどうかと思われます。ここは英雄として遇して、それなりの爵位を授け、然るべき者との婚姻をさせるべきかと」
力を持つ者を他の勢力に取られる前に、先に自勢力に取り込む。
貴族らしい意見である。
「ふむ。確かにその者だけを考えれば、王都の者らに手を付けられる前に、こちらに取り込む事も考えるべきだが……」
その少年は平民であるが、誰かの家の養子にするなりしてから婚姻すれば済む話であり、普通はそれで終わる話なのだが、気掛かりな点があった。
これが聖女が固執している少年で無ければ……である。
「その者は、聖女の使者なのであろう? 枢機卿の意見は?」
考え込む様な顔で公爵がポゾン枢機卿に意見を求める。
「先日、聖女様がセリーヌを伴って少年を見舞ったと聞いております。その際にその家や暮らしぶりなどは確認されたと思いますが、特に何も言われなかったとの事です」
公爵が期待した事とは全く違う返答が来た。
枢機卿からすれば聖女が訪ねた事が使者である証だとでも言いたいのだろう。
だが、その話からわかる事と言えば聖女の少年への執着が変わらない点と、少なくとも聞いている分では少年も聖女も生活や待遇に不満を抱いてはいなさそうという事くらいか。
「また、以前セリーヌがその者と聖女様が結婚するのは立場的に難しいと話をした際に、強く叱責を受けたとも聞いております」
「やはり婚姻相手はお互いだから口を挟むなという事か」
恐らく本人同士の為だけで言えばそれが良いのだろう。
だが、その婚姻では元平民同士が結ばれるだけであり、派閥に取り込んだ事にはならないのだ。
婚約者すら定めて居ない今の状況は、周囲に対してどの派閥からのお誘いも受けると言っているようなものなのだ。
「素手で蟻を倒したとの報告も合わせて考えますと、何かしらの神の御加護に関わる理由があると思われます。ならば、神のご意思に従うのが良いかと」
神の加護なのかはわからないが、特別な力を持っている事は確かなのだろう。
だが公爵には枢機卿が言う神のご意志とやらの説明が欲しかった。
「神の御加護か……何が禁忌に触れるかもわからぬのであれば、手の出しようも無いな。ほかの者も、勝手に動き出す者が居ないよう気をつけよ」
枢機卿の言葉を聞いて一先ずの現状維持を決める公爵。
「以前より聖女様が、かの少年を護ろうと度々その力を振るわれていますので、全ての貴族家の者には、婚姻の打診など接触を禁じる旨を通達しております」
貴族の一人が公爵の指示に応える。
当然、王国の全てが公爵家の派閥ではないが、公都周辺は公爵家の派閥で固められている。
聖女リリィに関しては、聖女と言う立場に加えてローデリック子爵の元にいる為、ある程度の牽制にはなるが、少年に関しては、そう言う面に関しては全く無防備だ。
王都や他の派閥から申し出があれば許嫁も婚約者も居ない事から押し切られる可能性もある。
しかし、情報の伝達手段が乏しいこの世界において、少年の事が他の派閥の者に知れるには時間が掛かるだろうとふんでいた。
この日からリリィに加えてアベルの婚姻相手も公爵派閥の関心事になるのであった。
◇
その日の任務を終えてアベルが部屋に居ると、扉からケイティが入って来た。
「いやぁ、流石に疲れた……暫くはのんびりしたいな」
「討伐お疲れ様です、副団長」
蟻の討伐で不在にしていたケイティが、久しぶりに公都に戻って来たのである。
ケイティが羽織っている外套は、かなり汚れている。
「随分と汚れていますね。 洗うなり着替えるなりしなかったんですか?」
「あはは。アベルは、いい嫁になれるな」
「なりませんよ! と言うか、それなら夫とか婿とかじゃ無いんですか?」
アベルの言葉に唖然とするケイティ。
「お前……私に嫁が務まると思うか?」
どう答えるか一瞬悩みながらも、ケイティに家事が出来るとは思えない。
そして世間一般では家事は女性がする事が多いのだ。
「……いや、納得しかけたじゃないですか」
「私が上司で稼ぎも多いし、アベルは家事が得意。 性別がちょっと逆なだけで悪くないと思うぞ?」
そんな事を言いながらケイティは部屋に入りつつ、外套を脱いでそのまま床に落としていく。
「服をその辺に脱ぎ捨てないで下さい……って、なんて格好してるんですか!」
上着を脱いだケイティは、シャツがあちこち破れてあられもない姿になっていた。
「あぁ、これな。あちこち切り裂かれたりしてな。怪我は魔法で治してもらったんだが、服は直らないからな」
そう言いながら笑うケイティ。
「いや、着替えましょうよ! それより副団長の装備はフルプレートじゃないですか! なんで服が破れるんですか」
あちこちが破れていて、このままでは人前に出られる服装ではない。本人が気にしていないので、アベルの方が落ち着かなかった。
「後で着替えるさ。それより、何も食べてないんだ。何か食べるものは無いか?」
そう言いながら破れたシャツの姿のままアベルの向かいに座る。
「……シチューを作ってあるので温めてきます。あとはパン位しかありませんよ」
「おぉ、愛してるよ」
「作り置きのシチューとパンで愛して貰えるなんて、有難いですね」
そんな軽口をつきながら玄関の近くにある竈でシチューを温め始めるアベル。
極力ケイティの方を見ないように努力はしているのだが、仕切りがある訳でもない。
どうしても視線が吸い寄せられる。
そして何度目かのチラ見をしてしまった時に、ケイティと目が合い、慌てて目を逸らす。
「あはは、その反応も久しぶりだな」
その様子を見て笑うケイティ。
「そう思うなら服をちゃんと着てください」
「いや、やっぱり男なんだなと思ってな」
「……からかって遊んでませんか?」
「かもな。 でも、満更でもないんだろ? さっきから、もう5回はチラチラ見てるしな」
げんなりとするアベルであった。
コンコン
そんなやりとりをしているとドアがノックされた。
「誰だ?」
ケイティがドアに向かって声を上げる。
「姉様、グレースです。お戻りと聞いたので」
ドアの向こうからグレースの声が聞こえてきた。
「グレースか。入っていいぞ」
そう言うと、ドアが開きグレースが入って来た。
「お邪魔しま……アベル?」
丁度、玄関の近くに居たアベルとグレースの目が合う。
だが、アベルが反応をするより先にグレースがケイティの服装に気が付く。
「ちょ、ちょっと姉様!なんて格好してるんですか!」
その姿に驚き、顔を真っ赤にしながら姉をたしなめるグレース。
「帰ったばかりでお腹が空いててな」
「のんびり座ってるじゃないですか! それに、そんな格好で……な、なにかあったらどうするんですか!」
「何かってアベルにか? ないない。せいぜい健全な年頃の男の子らしく、チラチラ見てくる程度だぞ? しかし、私の服より……」
そう言いながら珍しい物を見るかのように、ケイティがグレースを見る。
「な、なんですか?」
「いや、普段から女扱いされたくないと周囲に言ってる妹が、今日はやたらと女の子になっているなと思ってな。 むしろ、なにかあって欲しいのは、グレースの方じゃないのか?」
ニヤっと笑いながらケイティが言う。
「な、な、なんで私が…」
ケイティのツッコミに、顔を赤らめてグレースがどもる。
「普段、そんなワンピースなんて着ないじゃないか。さっきまで制服着てたし、わざわざ着替えて来たんだろ?」
グレースは、普段の制服や鎧姿と違って若草色のワンピースを着ていた。
「わ、わ、私の服は良いんです!早く着替えて下さい!」
「はいはい……わかったよ」
そう言いながら、ケイティが立ち上がりおもむろにシャツを脱ぎ出す。
「ちょ、ちょっと! なんでいきなり脱ぎ出すんですか! アベルは見ちゃダメ!」
そう言うとアベルの頭をグレースが抱え込んだ。
(ちょっと、近い!)
急に抱え込まれて、アベルは何も言えなくなった。
その様子をニヤニヤと見ていたケイティがおもむろに、
「あっ、そうだ!やらなきゃいけない仕事があったのを思い出した!」
そう言うと、外套を拾い上げるとそれを纏う。
「えっ? 戻るんですか?」
グレースから解放されたアベルが戸惑いながら、ケイティに聞いた。
「あぁ。あ、そうだ、今日は執務室で寝るから明日の朝、稽古の時間に起こしに来てくれ」
「ちょっと、お姉様!」
「副団長! 着替え!」
「着替えなら執務室にもあるから大丈夫だ。じゃぁな」
それだけ言い残して、ケイティは部屋を出ていくと部屋にはふたりだけが残された。




