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第38話 事情聴取・お見舞い

 数日後、麓の村は騒然としていた。

 公都からの蟻の討伐隊が着いたのである。


 宿屋は臨時の詰所のようになっていた。

 その食堂ではケイティが事情を聞いていた。


「人を喰う蟻の群れか」


「はい。恐らくこの周辺の行方不明の原因は奴らかと」


 ケイティの向かいに座る隊長が答える。

 その横には足に包帯を巻いた隊員と、その反対にはグレースが座っていた。


「てっきり狼や熊かと思ったんだが……済まない、もっと慎重に調査すべきだった」


 ケイティが頭を下げる。


「いえ、これも任務ですし、あのようなものが居るとは思っていませんでしたので」


 顔の上半分が包帯に覆われていても、そう答える隊長の顔には悲痛が浮かんでいた。

 未だに部下の1人の亡骸も放置したままであったし、他の犠牲者の遺体もそのままだ。


「しかし、剣や槍も刺さらない甲殻を持つ巨大な蟻の群れか」


「何十匹も出て来て囲まれた時はダメだと思いましたよ」


「アベルが居なきゃ、今頃は全員蟻の腹の中だな」


 ケイティの言葉に隊員達が思い出したのか、感想を口にする。


「しかし、剣の腕前は知ってるが素手でか……にわかには信じ難いな」


 隊員達の言葉にケイティが怪訝な顔をする。


「ほ、本当です、お姉様!この目で見たんですから!」


 疑われたのが腑に落ちないのか、グレースが叫ぶように言った。


「……副団長だ。落ち着け、嘘だと言ってるわけじゃない」


 妹の必死さに違和感を覚えるケイティ。


「自分でもよく覚えていないんです」


 そんな中、目を覚ましたのか、アベルが階段から降りてきた。


「あ、アベル!目が覚めたのね」


 立ち上がってアベルに駆け寄ると抱きつくグレース。


「よかった…もう目を覚まさないかと思った……」


 泣き声でグレースが抱きつきながら言うと、困ったような顔をアベルがする。


「あ〜、イチャつくのは後にして、先に話を聞いていいか?」


「お、お姉様!!」


 ケイティの言い様に慌てて離れるグレースが、顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。


「副団長だ。とりあえずグレース……涙でひどい顔になってるぞ? 顔を洗ってきたらどうだ?」


 そう言われると会釈をすると、さっさと部屋に戻っていった。


「それで、アベル……覚えてないのか?」


「はい。グレースと盾で入り口を塞いでたまでは覚えてるんですが……なんて言うか、腹のこの辺に何か熱いものを感じたと思ったら気を失って、気が付いたらベッドの上でした」


 そう言いながら、自分の下腹辺りを触る。

 頭に響いた声に関しては誰にも話していない。

 言って信じてもらえるかわからないのと、何よりアベル自身があの声が誰のものなのかわからないので、説明を求められても答えようがない為だ。


「いや、凄かったぞ。なんだか、身体や……特に両手が赤く光って、素手であの蟻どもを倒してったんだ」


 隊員がアベルに言った。


 スっと目を細めるケイティ。


「赤い光か」


 そう言うと立ち上がり自分のハルバードを持った。


 ハルバードの斧部がほのかな赤い光を放つ。


「そう、そんな感じの光です!」


 興奮気味に隊員が言う。


「アベル。闘技場でやり合った時の事を覚えてるか?」


「はい。剣を折られました」


 頷くアベル。


「このハルバードは、魔力が流れる様に特殊な製法で造られている。もしかしたら、お前は素手でこれをしたのかも知れないな」


「それは……普通の武器では出来ないんですか?」


 アベルの問い掛けに首を横に振るケイティ。


「理屈としては出来るだろうが、現実的には難しいな。普通の武器では魔力が通りにくいから余程の魔力を持たないと無理だし、魔力を通せたとしても武器の方が持たないだろう」


「それなら自分の身体なら訓練すれば使えるって事ですか?」


 ケイティの説明に隊員達が反応する。

 もしかすれば、自分達もアベルと同じ事を出来るようになるかもと思ったからだ。


「魔力は魔法として身体の外に放出する……のが普通だ。少なくとも、自分の身体に纏わせると言うのは聞いたことがないし、このハルバードは魔力を引き出せるように造られているからな。ちなみにアベル……その手に魔力を纏わせるのは、もう一度出来そうか?」


「いや、その時の事も覚えてませんので、もう一度やろうにも何をどうすれば良いのか、今はわからないです」


 ケイティの問い掛けに首を横に振るアベル。

 アベルの言葉に残念だと言う表情を見せる一同。


 そこにグレースが戻ってくる。


「副団長。討伐隊の準備が出来たそうです」


 部屋に戻る際に伝言を頼まれたのだろう。そう口にするグレース。


「そうか。私は討伐隊の指揮に向かう。お前達は、一旦公都に戻れ」


 そう言うとケイティは部屋を後にした。


 ◇


 その日、ローデリック子爵はランバート公爵に呼び出され、公爵の執務室に来ていた。


「子爵殿。我らの聖女様が最近不機嫌だそうだが誠か?」


 そう話を切り出す公爵。


「どうやら、その様です。人の前では取り繕うのですが、メイド長辺りからは、おひとりの時は苛立ちや塞ぎ込んでいると聞いております」


 公爵が子爵を呼び出したのは、娘のカーテローゼからリリィが最近不機嫌だと聞き、その確認の為だった。

 そして、その原因の予想も……いや、そのまま愚痴を伝え聞いていた。


「やはり、あの少年か」


「リリィ様が感情的になるのは、恐らくそうかと」


 リリィのアベルに対する固執……それが公爵と子爵の2人の目下の悩みであった。


 様々な新しい発想、常人離れした魔法、聖女としての教会の後ろ盾。

 どれも貴重なものと言う認識であった。


 教会の意向の問題はあるが可能であれば、派閥の家の誰かと婚姻させて取り込みたいところだが……カーテローゼからは、その手段は危険だと忠告されている。


 産まれが平民なので結婚に対する価値観が違うと。


 そして、リリィの振る舞いもアベルへの執着を感じさせるには十分であった。


「幼い頃に近所だったとはいえ、何年も離れて暮らしているのに、そこまで固執するものかの?」


「貴族の家に産まれた者にとって婚姻は家の都合ですが、平民だからでしょうか」


 子爵は公爵の疑問に答えながらも、公爵より平民と関わりが多い子爵は不思議に感じていた。

 幼少期に離れ離れで暮らし、全く違う人間関係の中に居れば、大抵はそこまで固執するとも思えなかった。


 これが平民の立場のままならあるかも知れないが、今のリリィは本人が望めば大抵の貴族家に嫁げるのだ。


 とはいえ、一般論はこの場では意味が無いので、特に公爵の思い違いに口を挟まなかった。

 2人の関心は平民の子供の恋愛事情では無く、聖女リリィ個人なのだ。


 ◇


 周囲の予想通り、リリィは不機嫌だった。

 ある日、ふとリリィは思ってしまったのだ。


 アベルと自分。

 お互い公都に居るのだが、接する機会が余りに少ない。

 そして、二人とも同じ街に居るので、以前のように手紙も出しあっていない。


「むぅ……これなら、前の方がやり取りがあったじゃない」


 少し大人に近づいたリリィは、普段の教会での仕事の影響か聖女と呼ばれるに相応しい立ち居振る舞いを身に付けつつあったが……時折、その事を思い出しては不機嫌になるのだ。


「リリィ様、またご機嫌が良くない顔をなさってますが、何か気になることでも?」


 後ろを歩くセリーヌが、リリィの様子に気付き声を掛ける。


「……アベルに全然会えてない」


 ポツリとリリィが言った。


 セリーヌは少し嫌そうな顔をした。


 リリィは普段こそ聖女と言うべき少女なのだが、アベルと言う少年が関わると年頃らしい行動をしだすので、セリーヌはあまりアベルが好きではなかった。


 言い換えるとリリィに相応しくないと思っていたが、以前叱られているので、それは口には出さなかった。


「……あの少年であれば、先日、鉱山の調査で負傷したと聞いております」


 気乗りはしないが、助け舟を出す事にした。

 そんなに会いたいなら会いに行けば良いのに、何故かそうしなかった。


 以前勧めたが理由も無く会いに行くと仕事の邪魔になると悪いかららしい。

 その為、会いに行く理由を与えたのだ。


「負傷?!何があったの?」


「詳しくは知りませんが……なんでも、蟻?に襲われたとか」


「蟻?」


 リリィが地面を見る。


「はい。蟻と聞いています」


 セリーヌも足元を見る。


 足元を蟻が数匹這っていた。

 普通の何処にでもいる蟻だ。


 セリーヌも小耳に挟んだ程度でしかないが、山で蟻に襲われて怪我をした……らしい。


「と、ともかく、怪我をしたならお見舞いにいきましょう!」


 どうやったら蟻を相手に怪我が出来るのか謎だが、リリィにとってそれは重要では無かった。


「い、今からですか?」


「そうよ!」


 そう言うとリリィは、セリーヌの手を取り騎士団の施設に向かった。



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