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第36話 蟻の巣・蟻との戦い(前半)

「た、たすけ……」


 斥候が蟻の腕の中でもがく。


「く、クソ! これじゃぁ、切りかかれねぇ!」


 蟻が丁度穴から出てきた所に立ち、身体の正面に斥候役の男を抱えているため、切りかかれないでいた。


 攻めあぐねるアベル達の前で、蟻は抱えた男の首に噛み付き、肉を引きちぎった。


 蟻の姿のまま、それは上顎を持っていた。

 そして身体の大きさに合わせて、上顎も十分な大きさを持っていた。


 気管を切り裂かれ、けひゅと声を上げたのを最後に、捕まっていた男の全身から力が抜ける。


 そして、アベルたちの耳にクチュクチュと咀嚼音が聞こえてきた。


「た、たべ、食べてる……」


 隣から震えたグレースの声がする。


 斥候を抱えたままの蟻が、スっと岩の中に入った。

 それを追ってアベル達が目にしたのは……


 地面に横たわる2人の男性と1人の女性。

 ひとりの男は右脚が付け根から無く、別の男は両腕が無かった。

 女は下半身が臍のあたりまで無くなっており、その腕にもう1匹の蟻が顔を近づけていた。


 シュュュ…


 何かを溶かすような音がしていて、音の出処を見ると、女の手首から白い煙が出ていた。


 蟻が大きな上顎で腕を切り取ると、ベッと黄色い液体を吐きかけ、ジュゥと傷が溶けだす。


「ま、まさか……こいつら、溶かしながら食ってるのか」


 あまりの光景に固まるアベル達。


「こ、殺して……くれ……」


 右脚が無い男が消えそうな声を発した。

 まだ生存者が居たのだ。


「今助ける!」


 隊長が答えながら、アベルとグレースの後ろにいた2人の騎士に視線を送る。

 食べられている女性に悪いと思いながらも、下半身を失って生きているとは思えない。


 隊長の意図を把握した2人が、女性を食べている蟻から男を庇うように移動する。


 だが、守るべき男から出てきた言葉は違った。


「たのむ……生きながら喰われるのは、もういやなんだ」


 全員が声を飲む…どれ程なのかわからないが、酸のようなもので出血死にもならず、生きたまま蟻に食べられ続けた男の頼みであった。


「い、いや……こ、こんなの、いや……」


 グレースの声が明らかに震えていた。

 いや、そちらを見ると今にも武器を落として逃げ出しそうな顔で震えていた。


「しっかりしろ、グレース! 俺達が守るんだ!」


 隊長がグレースに……そして恐らく、生き延びることを諦めている生存者の男に叫んだ。


 ドサッ

 隊長の声に反応したかのように、蟻が抱えていた斥候を床に落とした。


「アベルは、グレースと下がってろ!」


 グレースの様子を見た隊長がそう言うと蟻に槍を突き出す。


 ガリッ


 胸辺りを狙った槍は外殻に傷を付けるが、その硬さのために突き刺さらない。


「硬い!」


 槍が滑り身体が流れた隊長目掛けて、蟻の2本の腕が迫る。

 素早く槍から手を離し腰の剣を使って2本の腕を受ける。


「腕の数が倍ってのは分が……悪い!」


 と言いながら、隊長は蟻を蹴り飛ばした。


 女性を貪っていた蟻が立ち上がり、隊長の後ろから迫る。


「隊長!」


 完全に背を向けられた騎士が、蟻の胸部と腹柄(胸部と腹部の間にある部分)の隙間に槍を突き立てる。


「隙間なら刃が通るか!」


 そのまま隊長も槍の隣に剣を突き刺して、蟻を上下に切り離した。


 ガタリと音がして、先ほど蹴り飛ばした蟻が再び立ち上がる。

 隊長と騎士が立ち上がった蟻を向いて構えた。


 斥候であった男が持っていた松明を拾い二人の戦いを見ていたアベルの目に映ったのは、上半身だけで動く切られた蟻だった。


「う、後ろ!まだ生きてます!」


 床の上半身だけの蟻が騎士のふくらはぎに噛み付いた。


「ぐぁぁぁ!し、死にやがれ!」


 男は自分の足に噛み付く蟻の頭に剣を突き立てた。

 床に座った形で足を押さえる男。


 ギチギチギチ


 仲間の死など気にしないかのように、隊長に襲い掛かるもう1匹の蟻。


 隊長の剣が蟻の首や腹の隙間を狙うが、4本の腕でそれを蟻が阻む。


「なら、先に腕からだ!」


 隊長の剣が右腕を切り飛ばしたが、それに全く動じもせずに蟻の2本の左腕が隊長の頬と脇腹を抉る。


「チッ!痛みも感じないのか!アベル、グレース!動けるか」


「お、俺は大丈夫です!」


 隊長の声に応えたのはアベルだけであった。

 グレースは、まだ恐怖から立ち直っていなかった。


「安心しろ!すぐにこいつを片付けて村に帰してやる!」


 突如、蟻が両手を広げて抱きつくように隊長に迫った。

 がら空きになった首の隙間に隊長の剣が走る。


 ベッ!


 その時、蟻が消化液を吐き出した。

 蟻の首が宙に飛ぶのと、消化液が隊長の顔にかかるのは、ほぼ同時だった。


「め、目がァァ」


 隊長が目を両手で押さえて蹲る。


「「隊長!」」


 アベルと床に座ったままの騎士が声を掛ける。


「グゥ…あ、蟻はどうなった…」


 消えそうな声で隊長が言った。


「首が落ちて死にました。隊長のお陰です!助かったんですよ、俺たち!」


 床の騎士が言う。

 目を失った隊長には気の毒だが、アベルも安心して座り込みそうになった。


「そ、そうか。だが、俺もこの有様だ……助けれる者だけ連れて引き上げよう」


 アベルが、隊長の元に行こうとした時、


「い、いや、いやァァァァ!!」


 グレースの悲鳴が響き渡る。


「グレース、落ち着け!もうだい…っ!」


 床の騎士がグレースの方を振り返り、声を失う。


 そこに見えたのは、闇に薄らと見える蟻達の輪郭と、松明の火に反射していると思しき、100以上の蟻の複眼の光であった。


 ◇


 ガララン


 タワーシールドが床に落ちて音を立てる。


「も、もう…助からない…」


 グレースが床にへたり込み、目は呆然として、ガクガク震えていた。


 震える手でグレースはゆっくりと腰の剣を引き抜く。

 そのままグレースは、震える剣を自分の首に当てた。


「な、なにしてんだ!」


「…! か、返して! 生きたまま食べられるのはいやなの!」


 アベルがグレースの剣を取り上げた。


「な、何があったんだ!」


 隊長の声が聞こえる。


「新たな蟻です……数は見えるだけでも、40〜50匹はいるかと……入ってきた洞窟の方から出て来たみたいです」


 隊員の騎士が震える声で答える。

 2匹相手に既に半数近い戦力を失ったのだ。

 見習いの前で醜態は見せれないと振る舞うが、結果はわかり切っていた。


「あれが、50匹……ここまでか……せめて見習いの2人だけでも逃げてほしいが……」


 隊長が諦めた様な声を出す。


「お、俺がなんとかします!!」


 アベルはグレースに松明を預けると、グレースの剣を持つのとは反対の手で自分の剣を抜いた。


「い、いや、行かないで…」


 グレースが弱々しくアベルのズボンを摘みながら言った。


 目を合わせると、アベルは片膝をついてグレースに顔を近づけた。


「忘れたの? 俺は君の姉さんと戦ったこともあるんだよ」


 そう語りかける。


「で、でも……あんなに……」


「副団長なら平気で倒してみせるさ」


 ケイティならばと思ったのか、少しグレースの表情が和らいだ。


 グレースは下を向いて床に松明をそっと置くと、アベルの首に手を回した。


「死なないで」


 松明の火では分かりにくかったが、まだグレースは震えていた。


 絶望的な状況は何も変わっていないのだ。

 だが、死なないでと言う言葉は、少しでも生きる可能性を考えていると言う事でもある。


「あぁ、一緒に帰ろう」


 アベルはグレースの言葉に満足しながら頭を撫でる。


「うん……うん!生きて戻れたらなんでもさせてあげる」


 この状況で不謹慎だと思いながらも、グレースの言葉に一瞬引っかかる。


「なぁ、普通は何でもしてあげるって言うんじゃないのか?」


 まるで自分がグレースに何かをする前提な点が引っかかったのだ。


「やっぱり俺ってスケベだと思われてるのな」


「だって、そうでしょ?」


 アベルから離れながらニコっとグレースが微笑む。


「まぁ、元気になったみたいだし、それでいいや……ここから火を照らしててくれ。流石に真っ暗じゃどうにもならない」


「うん」


「皆を頼みます」


「おい、1人で行く気か? 俺達も行くぞ」


 そう申し出る騎士にアベルは首を横に振る。


「逃げるには隊長やあの方を誰かが支える必要があります」


 まだ息がある生存者と、目をやられた隊長を見るアベル。


「蟻が俺の方に来たら逃げて下さい」


 それだけ言い放つと、何か言おうとした騎士を残して、剣を両手に持ちアベルは蟻たちの方に駆けだした。


 蟻は数が多かった。個々の強さはアベルなら対応出来たが、次々に群れてくる。


 振り下ろされた腕を左手の剣で受け止め、右手の剣で首を切り飛ばすと、後ろから襲い掛かってくる蟻の胸部の下の隙間を振り向きざまに左手の剣で切り裂く。


 切った蟻を障害にしながら、同時に襲い掛かってくる数をなんとか捌けるようにしながら戦うアベル。


 (こいつらが単純な動きで連携もしないからなんとかなるが…)


 次々に群れてくる蟻の攻撃を全てしのげる訳もなく、身体の至る所に傷が出来ていた。


 右にいる蟻が顎を大きく開く。


「…!」


 アベルは咄嗟に後ろに数歩飛び退く。


 ベッ


 アベルがいた場所を消化液が通り過ぎる。

 次の瞬間、アベルの右腕が後ろから掴まれ、鉤爪の様な蟻の手が二の腕に食い込む。


「グッ!」


 痛みを堪えて身体を捻ると蟻がアベルの顔に噛み付いてくる。


 咄嗟に左手の剣を口に突き立てて、自由になった右腕の肩を使い蟻を押し倒す。


 出来た群れの隙間からアベルが飛び出して距離を取る。


 そのまま勢いに押されながら、気がつくとグレース達の姿が近くにあった。


「あ、アベル」


 傷だらけのアベルを見てグレースが息を呑む。


 このままだと蟻達が動けない者に襲いかかるかも知れない。


「グレース。あの岩の中に行くぞ。あそこの入り口なら、正面から1匹ずつ相手が出来る」


「う、うん」


 全員が岩の中に入ると、グレースが持っていたタワーシールドを手にアベルは入り口に陣取る。


 入り口は、丁度、人がひとり通れる幅だった。

 問題は蟻が次々来る為、交代する間も取れず、アベルだけが戦う形になる事だろうか。


 少しでも後ろに下がれば、隙間が広がり敵が抜けて入ってくる可能性が高い。


 タワーシールドを左手で持ちながら岩の入り口で牽制しつつ、右手の剣で、蟻の腕や足、首など切れる箇所を切り裂く。


「どうなった?」


 隊長の声が後ろから聞こえる。


「アベルが真ん中の岩の入り口を塞いでますが、蟻の数が……」


 応えるように隊員の声がする。


 流れ出す血に、一瞬も気を抜けない緊張感で、アベルの意識が朧気になっていく。


 (こ、このままじゃ……でも、どうすれば……)


 ふとアベルの脳裏に昔の事が浮かんだ。


 ガランの町で切られた時。

 闘技場で切られた時。


 いつも気が付くと、リリィが居て治してくれた。


 (でも、ここにアイツは居ない……死んでたまるか!)


《被観察体からの要望を受託。現行戦力での状況打開は困難と判断。魔力の強制解放を開始します》


 頭の中にかつて聞いた声が響いた瞬間、アベルは自分の下腹辺りで、何かがグリュっと蠢いたのを感じた。



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