第35話 雨宿り・洞窟の中
アベル達は鉱山の麓の町まで来ていた。
「鉱山の近くなのに静かな町ね」
町の様子をみたグレースが呟く。
鉱山の近く……鉱夫達が集まるなら、騒がしいと言うイメージがあったためだろう。
「少し前はこれぞ男の町って感じだったが、例の話の影響かもな」
隊長がそう言いながら、予定していた宿屋を目指した。
鉱夫……男が集まるとなると、酒場や娼婦等も集まる。
隊長が言うには、前に来た時はそんな感じだったらしい。
その後、町での聞き取りの結果わかったのは、鉱山に向かった者が戻ってこない事が起きている。
最初は1人、2人だったので崖から落ちたのかと捜索もされたが、徐々に数人がまとめて行方不明になるようになり、最近は鉱山に向かうのを自粛しているといった話だった。
「隊長、これからどうしますか?」
「これだけの情報だと、対応する隊の規模も決められないし、もう少し情報が要るな。明日、山に入ろう」
調査隊の任務は現状の確認と、後に来る予定になっている本隊の為の情報収集だ。
「アベル、グレース。明日、山に入るがくれぐれも無理はするなよ。俺たちの任務は解決ではなく偵察だからな」
「任せて下さい! どんな攻撃も防いで見せます!」
そう言って背負っているタワーシールドを自慢げに見せるグレース。
そんなグレースにアベルが少し呆れ顔でつっこむ。
「偵察が任務だから攻撃される前に撤収するんじゃないか?」
「何よ、情けないわね。姉様なら軽く倒しちゃうのに、所詮はエロガキね」
姉との同居生活を聞き、部屋での姉の服装を聞いてから、グレースはアベルを完全にエロガキ認定していた。
ちなみに、アベルがすすんで話した訳では無い。
隊の先輩に聞かれたから答えただけで、殆ど裸同然な様子にグレース以外の隊員は大盛り上がりだった。
「副団長ならって言うけど、そもそも何かが襲ってくるかわからないだろ? それをこれから調べるんだから」
「グレースの意気込みは買うが、この件はアベルの意見が正しいな。まぁ、あと羨ましいから何かに襲われてもアベルは守らなくて良いぞ?」
「そうですね。姉様の貞操を守るために、アベルは守らないでおきます」
「いやいや、なんで俺だけなんだよ!」
「あら? 姉様に稽古を付けてもらってるのに、まもられたいのかしら?」
「そう言うことじゃなく、装備的な話として……いや、将来の妹は俺が守らなきゃな」
姉様大好きな少女にやり返すいい方法を思いつき、笑みを浮かべるアベル。
「な、な、な! 誰が妹なのよ! 姉様と幾つ違うと思ってるのよ!」
案の定、グレースが予想通りの反応を見せる。
「じゃぁ、妹じゃなくて将来の嫁を守るか」
何を言われたのか直ぐに気が付かなかったグレースは数秒固まるが、やがてその意味に気が付く。
「だ、誰があんたなんかと!」
そこから2人の言い合いはエキサイトし始める。
「明日は早いから程々にして休めよ」
隊長をはじめとした他の隊員は、2人を残して先に休む為にそれぞれの部屋へと向かった。
暫くしてようやく自分達が2人きりになってるのに気が付いたのは、それから数分後の事であった。
◇
翌日、調査隊は鉱山への道を歩いていた。
採掘した鉱石を運ぶ為に道幅はある程度あったが、調査の観点から異変に気が付きやすい徒歩となった。
「……大丈夫か? その盾、持とうか?」
見習いとして鍛錬はしているとはいえ、まだ身体が出来上がっていない上に、身の丈程もある盾を背負っているのだ。
明らかに他の者よりしんどそうに見えるグレースにアベルが声を掛ける。
「まだ駄目だ」
グレースが答える前に隊長から却下された。
「自分が使う武器は各自が自分自身で選ぶからな。重すぎると言うならグレース自身が判断するべきだ」
「私は平気です。アベルも人の事より周囲に気を配りなさい。偵察任務中なのよ?」
そんなやり取りをしつつ、もうじき坑道に着く辺りまで一行は進んでいた。
朝、町を出た時には雲が多少見える程度だったのだが、いつの間にか雲は厚くなり雨が降り始めていた。
「山の天気は変わりやすいとは聞くが、ずいぶん雨脚が強くなってきたな」
激しい雨と周囲に生える木々の影で、数メートル先が見える程度の視界になっていた。
それに加えて鉱山への山道だ。
地面がぬかるんで足元も危険だ。
「この先に洞窟があります!」
斥候役の弓を持った騎士が隊長に告げる。
「坑道では無いのか?」
「ここからだとはっきり見えませんが、天然の洞窟の様です」
坑道までの道に洞窟など無かった筈だがと思った隊長だったが、
「この雨では仕方がない。その洞窟で雨をやり過ごそう。それに洞窟も調査した方が良いしな」
そのまま調査隊は洞窟に向かった。
「うへぇ〜、中までびっしょりだ」
壁に槍を立てかけながら騎士がぼやいた。
騎士の兵装は基本が槍と腰に剣を帯び、ハーフプレートにズボンであった。
ただ、絶対では無く得意な武器などがあれば、副団長がハルバード、グレースはタワーシールドなどを身に付けていた。
「う〜寒い…」
身体を温める為に火をおこすと、騎士達は外套を取り、鎧を外し始める。
「わ、私は脱がないわよ?!」
突然、胸を手で隠してアベルをグレースが睨む。
「馬鹿野郎!身体が冷えちまうだろ!」
隊長から怒号が飛ぶ。
濡れたままの服は体力を奪うのである。
「で、ですが…」
「副団長なら気にせず脱いでるぞ!」
(言ってる事は正しいけど、副団長は着るべき時にも脱いでます)
などと思ったアベルだったが、グレースは顔色が悪く震えはじめていた。
「すいません。ちょっと借ります」
と言うと、槍と外套を数人分借りて、ささっと衝立を壁際に作った。
「火はあたりにくいけど、濡れた服のままよりはマシだろ。覗かないから安心してくれ」
驚いた顔をするグレース。
「あ、ありがとう」
「随分優しいじゃないか……年の離れた姉より妹狙いか?」
ニヤっと笑いながら斥候役の男がからかう。
その言葉で、再び胸を隠して睨まれるアベル。
「姉も妹も狙ってません!」
◇
雨は一向に止みそうも無かった。
ある程度服が乾いたので、それぞれは服を着て洞窟の内部を進んでいた。
先頭に隊長と斥候役の騎士。
中央にアベルとグレース。
その後ろに残る2人の騎士。
先頭の1人と最後尾の1人が松明を手にしている。
洞窟などでは不意に暗闇にならない為に複数の光源を用意するのだ。
「隊長。この洞窟、だいぶ深そうです」
洞窟の奥を見ながら、斥候役の男が言った。
奥は真っ暗でだいぶ先までありそうだった。
「また分かれ道ですね」
「妙な洞窟だな。穴の大きさはほぼ変わらず、道がやたらと分かれている」
手に持った紙に洞窟の簡単な地図を書きながら隊長が呟く。
あまりに分かれ道が多く、かなりの道が不明な状態だった。
戻る為の道を見失わないために壁に印を刻み、それを手元の地図に書いてはいるが、分岐の多さからアテになるか不明だ。
「坑道って事はないですか?」
周囲を見ながらアベルが言った。
「坑道……にしては採掘の跡もないし、補強もされていないから、違うだろうな。行方不明者は、ここに迷い込んだんだろうか」
不安な空気を纏いながら、6人は先へと進んでいく。
暗がりでハッキリとはわからないが、隣を歩くグレースが怯えている気がした。
いや、洞窟の奥に進み始めてから殆ど口を開かないし、幾分歩く位置がアベルに近い事を考えるとそうなのだろう。
そう思いながらも、何も言わずにいた。
指摘すれば、違うとムキになるのは目に見えているのだから。
しばらくすると大きな空間があった。
小さな村ほどの大きさだろうか。
「な、なんだここは」
松明の火だけでは全体が見えないが、ポツリと円錐の小屋の様な岩が立っているのが見える。
そして、その周囲は今まで通ってきた洞窟と違い、明らかに整地されていた。
「自然に出来たものではなさそうだな」
「村のものが作ったのでしょうか?」
「これだけの広さだと、かなりの手間だぞ? それなら話くらい出てるだろ」
隊長達の話を聞きながら、確かにと思うアベル。
鉱脈を見つけたと言う話は聞いていないし、村では話にすら聞いていない。
行方不明者の調査の為に、かなりの聞き込みをしたのだ。
村のものが作ったのなら聞いているはずだった。
「ちょっと……見てきます」
そう言うと、斥候役の男が中央に立つ岩に近づいていく。
残った5人は、空間に入るギリギリで待機していた。
闇の中、辛うじて岩に辿り着いた男の姿が見える。
岩に開いていた穴を覗き込んだと思った男の身体が、一瞬何かに驚いたかのようにビクっとなるが、すぐに振り返り叫んだ。
「隊長! 人が倒れています!」
その言葉に急いで駆け寄ろうとする。
だが、その足はすぐに止められることになる。
「ギチ、ギヂギチギチ」
音が聞こえた。
「な、なんだ……」
突如聞こえた声に立ち止まり周囲の警戒をする一行。
「「「ギチギチギチギチ」」」
最初の音に……いや、声に応えるように、周囲のあちらこちらから同じような音が空間に反響して鳴り響く。
「な、なんだ、鳴き声なのか? 後ろだ!」
隊長の叫びは間に合わなかった。
「う、うわぁぁぁ」
中央の岩の穴から出てきた昆虫の足のような見た目の腕が、斥候役の男の首を掴んだ。
「いま助ける!行くぞ!」
隊長が岩の方に駆け出すのに続いてアベルとグレースと騎士が続く。
岩から斥候を抱えた存在が全身を現す。
それは、成人男性ほどの蟻の姿をしていた。
二足歩行をしており、腕が4本……肩の辺りと腹部から2本ずつ生えている。
それは、上の手を男の首に回しつつ、腰あたりから生えている手は、斥候役の男の両腕を抱えて動きを封じていた。




