第33話 魔術学園・魔力って何?
「これはこれは、リリィ様。ようこそおいでくださいました」
学園長と書かれた部屋に入ると、ローブ姿の男がドアまで走ってやって来てリリィの手を取る。
「あ、あの…」
リリィが戸惑っていると、
「ゴホン」
「あ、これは失礼しました」
セリーヌが咳払いをすると、男はリリィの手を離した。
「いやぁ、私が言うのも変なのですが……まさか私どもの学園に来ていただけるとは思っていませんでしたので、つい嬉しくて無作法を致しました。どうぞ、お入りください」
勧められるまま席に座るとリリィが切り出す。
「魔法をより学びたいと考えており、こちらに入学させて頂きたいと思っております」
「魔法を……学ぶ……ですか?」
「えぇ……」
少し困った顔をした学園長の言葉に、リリィは訝しむ。
魔法を学ぶ為に魔術学園に来た。
特におかしな事を言ったつもりは無いのだが、学園長の表情は困惑を表していた。
「魔法の素質を持つ者は……貴重でして……」
「えっと、それは私は入学が難しいと言う事でしょうか?」
いまいち、学園長の話がわからず問いかける。
「いえいえ、滅相もない!わたくし共は大歓迎です!」
「……それでは、何が問題なのでしょうか?」
学園長は言いにくそうに汗を拭きながら、
「実はリリィ様に教えれる者が居ないので……」
と予想外の事を言い出した。
「えぇ?!魔術学園ですよね!?」
「も、もちろん魔術学園です。で、ですが、この建物の大半は……その……魔法ギルドでして」
つまり学園長の話はこうだった。
この世界では魔法が使えるものは貴重で、優秀な魔導師は、大半が貴族に仕えるか、冒険者として名を馳せるかしており……それが出来る能力がない者、もしくは研究に没頭したいものが魔法ギルドに所属していた。
そして、そもそも魔法の素質があるかに気が付ける事が稀であり、その稀なケースは素質を見出した魔導師が師匠となり導くケースが多い為、学園に来る人は殆ど居なかったのである。
事実、いま学園に在籍しているのは、火事に巻き込まれながら火傷を負わ無かったことで見つかった平民の少女と、自分の子全てに魔法の属性が無いかを見て貰った騎士爵を父に持つ少年の二人だけだった。
学園長は、てっきりリリィが教壇に立つものとばかり思っており、もしかすると生徒も増えるのではないかと期待していたのだ。
「ですから、リリィ様が通われる場所では無いとお伝えしましたのに」
セリーヌが呆れたような口調で言った。
(生徒が2人だけとか思わないじゃない! てっきりいつもの様に聖女として相応しく無い的な意味かと思ったわよ!)
セリーヌの無礼な発言にも言い返す訳でもなく、更に申し訳なさそうに下を向く学園長。
「生徒が2人でも、授業はあるのですよね? 一度、どの様なものか見学できませんか?」
「は、はぁ。それは構いませんが……」
(この世界の魔法のハードルって高い?)
リリィ自身もミーシャが魔法を使えて、素質を調べると言う機会が無ければ、魔法を使えると知る事は無かったかも知れない。
イメージが根幹になる魔法の原理からすると、本人の自覚が無ければ発現することも無い。
そういった意味で希少な存在となっていたのだ。
この魔術学園も、貴重な魔術師の発掘と育成を目的に設立されたのだが、素質がある者が簡単に見つからない事や、育成にかかる費用の問題から、殆ど存在意義は無くなりつつあった。
リリィは、そのまま去ろうかと思ったのだが、魔法を他の人がどう認識しているのか興味を持ち、見学を申し出たのだ。
◇
学園長の部屋で授業が始まるのを待たせてもらう事にしたリリィとセリーヌ。
教えるのは学園長自身らしい。
それを聞いてセリーヌが呆れた顔を見せるが、リリィは生徒が2人なら他の人を雇える訳もないかと、特に何も口にしなかった。
時間になり学園長がふたりの子供を教えるのを、部屋の後ろで見学しようとした所、どうせ二人しか居ないのだからと空いている席に座って授業を見る事となった。
「アニーは、火魔法の章を。ケインは風魔法の章を開いて下さい」
二人が見慣れた本を、それぞれの鞄から取り出す。
「あ、懐かしい」
「リリィ様もこの本を読んでおられるのですね」
学園長が言った。
「はい。幼年学校に入る前に少し借りる機会があったので、その時に読みました」
「「「え?」」」
学園長とふたりの生徒の声が重なる。
「え?」
「幼年学校に入る前に……読んでいたのですか?」
不思議そうな顔で学園長が尋ねる。
大きい都市や町には幼年学校があるとはいえ、この世界の識字率はそれほど高くはない。
ましてや学校に行く前に魔術関係の書物を読む子供など殆ど居ない。
「はい。そう言えば、魔法に関する本は、その本しか読んだ事ないですね」
続くリリィの言葉に、学園長が更に驚く。
「そんな歳で読めるのもですが……これには初級の基礎的な物しか載ってませんが」
「はい。なので魔法を学びたいと思ったのです」
「えっと……」
学園長が何か言いたそうな様子を見せるが、続く言葉は無かった。
生徒の2人は話がわからず黙ったままだ。
教室に沈黙が流れる。
「リリィ様は、上級治癒魔法はどちらで学ばれたのでしょうか?」
沈黙を破るようにセリーヌが聞いてくる。
学園長が感じた疑問はセリーヌも同様に感じた為だ。
「上級? 初級までしか使えませんよ?」
「闘技場で切断された腕を、無詠唱の上級治癒魔法で治したのでは無いのですか?!」
驚いた顔でセリーヌが指摘してくる。
その言葉でようやくリリィは学園長やセリーヌが言いたい事を理解する。
「アベルが怪我した時の事ね。でも、残念ながら……残念? ともかく、あれは初級魔法ですよ。その本に書かれている水、光、土、火の魔法を少しずつ組み合わせて使ったもの……かな?」
氷を生み出す。
熱伝導を遮断する。
生み出した物質を操作する。
細胞を活性化する。
それぞれの事象を含む魔法は、初級の本に書いてある筈だった。
個別の魔法として書かれているので、一部分だけを使う方法は無いが、ナノマシンがリリィのイメージを実行したのであれば初級の範囲内なのだろうと、些か疑問に思いつつ答える。
「初級……四種類……流石は聖女様です」
初級魔法をどう使えば数年前に目にしたような事が出来るかわからなかったが、そこは自分が崇拝する女神の現身たるリリィだと納得するセリーヌ。
「何が流石なのかわからないですが……とりあえず、今はお二人の授業を進めてください」
「そ、そうですね。まずはアニーからやってみましょうか。火弾をやってみて下さい」
呼ばれた少女は頷くと席から立ち上がると、手を前に突き出す。
「■■■…火弾」
ぐぐぐ……と音が聞こえて来そうな程、力を入れて手の先を見つめるアニー。
1分程してようやく小さな火が現れたと思うと、すぐに消えてしまった。
「ハァハァ」
明らかにアニーは疲れた顔をしていた。
(これなら、普通に道具を使った方が早いんじゃ……)
リリィはそんな事を思ったが、勿論口には出ていない。
「次はケイン」
ケインもアニーと同じ様に手を出し呪文を唱える。
「■■■…風弾」
こちらも同じく手の先を見つめている。
(火と違って風は見えないけど、どうするんだろ)
しばらくするとケインの手の先から、フゥーと風が流れてきた。
(風……? 弾と言うより、これじゃぁ……)
「どうでしたか?」
学園長がリリィに問いかける。
「いや、あの……」
ふたりの生徒はじっとリリィを見ている。
正直な感想では、魔法を使わなくても道具なりを使えば良いのではといった所だが、それをこの2人に言う訳にはいかない。
だが褒めるにはお世辞でも無理があったのだ。
(なんて言えば良いんだろ…)
そんなリリィの考えを見通したかのように学園長が口を開く。
「リリィ様は、幼い頃より魔力の修行をされていらっしゃったのでしょうが、普通の者は魔法の修行は10歳過ぎてからなので、これでも普通なのですよ」
努力してこれでは、魔法を使う者がなかなか増えないのも納得出来てしまうリリィ。
費用対効果が悪過ぎるのだ。
その時間で別の仕事をする方が短期的に見れば間違いなく効率が良い。
だが、それよりもリリィにとって気になる言葉が混ざっていた。
「魔力の修行……ですか?」
「えぇ、属性は生まれついての才能ですが、魔力は努力しかありませんから」
ふと気になってセリーヌを見る。
「はい。教会でも治癒魔法が使える者は、出来るだけ多くの者を救えるように毎日しております。そう言えば、リリィ様が魔力の修行をしているのはお仕えしてから見掛けておりませんが、もうなさってないのですか?」
その言葉にセリーヌの部屋に行くと、たまに瞑想のような事をしていたのを思い出す。
(お祈りか何かかと思っていたけど……もしかして、あれは魔力の修行をしていたのかな?)
話の流れ的に、その修行はした方が良さそうな事はわかる。
わかるのだが、そもそもリリィは聞かれた事に答える為には、先に聞かなければいけない事があった。
「えっと、すいません……魔力ってなんですか?」
リリィは首を傾げながら訊ねるのであった。




