第31話 女騎士ケイティ・同居
「アベル……しっかり頑張るんだぞ」
「リリィちゃんに宜しくね」
カインとミーシャが見送りの言葉をアベルに言う。
母の言葉に、何か罪悪感を覚えるアベル。
自分の母親がリリィを気に入っているのはわかっている。
公都から手紙が届くと嬉しそうに一緒に読みたがったりするからだ。
だが小さい頃に遠くに行ってしまったリリィは、アベルにとって何処と無く遠い存在に感じられるのも事実なのだ。
手紙のやり取りもしているし、公都に行った際には一緒に過ごしている。
リリィが町に戻れるように必死になっていた時期もある。
しかし多感な年頃にとって、普段から傍に居るか居ないかの違いは大きかった。
小さい頃にいつも一緒に居たのも覚えている。
だが逆にその当時の記憶が、リリィを妹のような存在に感じさせるのだ。
「アベル、頑張れよ!お前ならやれる!」
「おぅ!」
何をやれると言っているのかはわからないが、級友だった男の子の声に返事をするアベル。
多くの人が町を去るアベルの見送りに来ていた。
その中にデジレの姿もあった。
目が合うとデジレはニコリと微笑んだ。
その目には薄らと涙が浮かんでいた。
その後も、アベルとデジレは人目を避けて会っていた。
これで良いのかという迷いは消えなかったが、今しかないという彼女の言葉を拒めなかった。
放課後に待ち合わせて話したり、手を繋いで歩いたりする時間が、いつの間にか当たり前になっていた。
そんな時間も、今日で終わる。
デジレが将来、貴族の元に行く事が決まっている以上、二人で会っている事を周囲に知られる訳にはいかない。
そんな思いを堪えながら、アベルはデジレに軽く頷き返した。
「そろそろ出ますよ」
駅馬車の御者が声を掛ける。
「それじゃ行ってくるよ」
そう周囲に言うと、アベルは駅馬車に乗り込んだ。
◇
公都に着くと街の雰囲気が変わっていた。
道は綺麗になり、人々には前より活気が溢れていた。
辻馬車に乗り換えたアベルは、乗り合わせた隣の中年の男に話し掛ける。
「昔来た時となんだか雰囲気が違う気がするのは気のせいですか?」
「ん、お前さん、知らないのか? リリィ聖女様のお陰だよ。
斡旋所に行けば職の世話をして貰えるし、街は綺麗になったし、犯罪は聞かなくなったし……今じゃ、神の街って呼ばれて周りの町から移住してくる者も多いのさ」
(そういう事は、手紙に一切書いてこないんだよなぁ……あいつ)
本人と手紙で話してる筈なのに、肝心な事を何も教えて貰えないのに、複雑な気分になった。
リリィからの手紙は日常的な事を除くと、その殆どがアベルの心配だった。
困っている事は無いか? 無茶な事はしていないか?等だ。
(お前の方が無茶な事していないか?)
自分の方が早く産まれた筈なのに、何処か母親のように接してくるリリィ。
ふと、自分が何故デジレと同じようにリリィをみれないのか。
何故、母親がリリィを気に入っているのかが、わかった気がした。
(あぁ、母親が2人いるみたいな感じなのか)
そんな事を考えているうちに、辻馬車は目的の場所に到着していた。
アベルは男にお礼を言うと、騎士団の施設前で辻馬車を降りた。
「すいません。ガランから来たアベルと言いますが、副団長に取り次ぎお願いします」
そう言うと門の前に立つ騎士らしい男に、エヴルー子爵経由で預かった手紙を渡す。
「ついてこい」
手紙を確認すると、その騎士はアベルを先導する様に施設に入って行った。
施設の中を進みひとつの扉の前で止まると、先導していた騎士がドアをノックする。
「開いてるぞ」
中から女性の声が返ってくる。
「アベル騎士見習いをお連れしました」
ドアを開けると騎士が述べる。
「おぉ、来たか少年! お前は、下がっていいぞ」
部屋に居たのは、剣術大会で戦った女騎士 ─ ケイティ ─ だった。
「はっ!」
敬礼を返すと騎士は去っていき、部屋にはケイティとアベルだけになった。
「まぁ、突っ立ってないで、その辺に座って待っててくれ」
部屋の正面にある執務机で、何やら書類を処理するケイティが、中央にあるテーブルとソファを指差す。
しばらく部屋を観察しながら待っていると、仕事が終わったらしいケイティは、アベルの向かいに座った。
以前会った時は鎧に身を包んで居たので容姿はよく分からなかったが、ケイティは茶色の髪のショート姿に褐色の健康的な肌をした20手前くらいの女性だった。
以前の試合とは違い、間近で向き合う副団長を前に、アベルは落ち着かない気持ちになった。
「自己紹介をちゃんとしていなかったな。副団長をしているケイティだ。
しかし、なんだ…お前は騎士団に入るのに、剣も持ってきていないのか?」
帯剣をしていないアベルを見て、ケイティが言った。
「いえ、あの……折られてしまい買い直すお金もありませんでしたから」
アベルは申し訳なさそうに述べる。
「そうか……平民の出だったな。すまない、こちらの配慮が足りなかった。用意させよう」
平民にとって、剣はホイホイと買えるような安いものでは無かったのだ。
「それでは、あの大会の後は全く剣は振っていないのか?」
「狩りで弓は使っていましたが剣は……」
アベルの言葉をケイティが手で遮る。
「先ずはブランクの解消からか……なら明日から毎朝、勤務の前に相手をしてやる」
「毎朝ですか?」
騎士見習いの筈が、副団長自らが稽古を付けると言い出されて驚く。
「なんだ、嫌なのか?」
「い、いえ、そういう訳じゃありませんが、ご迷惑では?」
アベルは恐る恐る尋ねる。
「なに、お前を鍛えるように公爵様からは言われているし、お前との稽古は私の為にもなる。
なんせ、副団長と言うのは事務処理も多くてな……油断するとすぐに剣が鈍るんだ」
「……わかりました、そう言うことでしたら、お願いします」
そうアベルが言うと、ケイティはニヤリと笑みを浮かべた。
「よし。そうとなったら、お前は今日から私の家に住め」
「えぇぇ!」
予想外の事に声を上げるアベル。
「毎朝稽古するなら、その方が楽でいい。あ、言っておくが、私は家事などたいしてできないからな。家賃代わりだ、掃除やらはお前がしてくれ」
豪快に言い放つ副団長ケイティの言葉に拒否権は与えられなかった。
◇
ケイティの仕事が終わってから、屋台で食べ物を買ったあと施設の近くにあるケイティの官舎にやって来た。
「まぁ、上がってくれ」
そう言われて入った部屋は……見事に散らかっていた。
アベルの実家は宿屋だ。
なので小さい頃から家の手伝いで掃除をしていたし、それが普通だと思っていた。
(とりあえず片付けて寝る場所を確保しないとな)
「……どこを使えば良いですか?」
「ん〜、そうだな……部屋はそこしかないから、適当に片付けて使ってくれ」
上着を脱ぎながら、壁の扉を指し示す。
間取りはいわゆる1DKだった。
「え、えっと……ケイティさんは何処で寝るのでしょうか」
「ん?寝るなんて、ここで十分だろ」
と、入ってすぐの部屋を言ってるらしい。
(入り口の近くでケイティさんが使うのか? 色々と気を使いそうだなぁ)
玄関付近をケイティが使うとなると、寝ている時は起こさないようにしなければいけないし、着替えの最中だったりするかも知れない。
そんな気を使うなら、逆の方が良いんだけどなぁとアベルが考えていた。
「とりあえず、飯……の前に汗流してくるか」
そう言いながら、ケイティは早くも着替え始めようとする。
「な、何してるんですか。先に言って下さい!」
アベルは慌てて後ろを向いた。
「あはは、気を使うんだな。水浴びは官舎共有の井戸だ。手拭いを持ってこい」
荷物から手拭いを取り出し、アベルはケイティの後を追った。
共有の井戸には、水浴びに使う衝立がいくつか置かれていた。ケイティの無頓着な振る舞いに気を揉みながら、アベルも自分の分の衝立を用意する。
部屋に戻ると、ケイティは身支度もそこそこに食事を始めようとした。
「せめて、ちゃんと服を着て下さい。これから一緒に住むんですから」
「面倒だな。自分の部屋くらい、気楽にさせてくれ」
そう言いながらも、ケイティはシャツを羽織った。
「いつもこんな感じなんですか? 周りは男の人ばかりなのに」
「心配してくれてるのだな。だが、この騎士団で私より強いのは団長くらいだから安心しろ」
(そういう事じゃないんだけどなぁ)
「どうせ伴侶を選ぶなら、強い男がいいからな」
ケイティは買ってきた串にかぶりついた。
「あぁ、そういえば。あの試合、剣が折れて私の勝ちになったが、聖女様が止めてくれなければ危なかったな。アベル、お前なら私に勝てるかもしれないぞ?」
「それと今の話を一緒にしないで下さい!」
ケイティは豪快に笑った。これ以上言っても無駄だと諦め、アベルも串の肉にかぶりついた。




