第30話 ある少女の想い
アベルとリリィが10歳になり、幼年学校の卒業が間近に迫ったある日の事。
数年で身長も伸びたが、まだ幼さが残る面影であった。
学校で用事があり帰るのが遅れたせいもあって、周囲は少し暗くなっていた。
「アベルくん」
学校を出たところでひとりの女の子が声を掛けてくる。
「デジレ。どうしたんだよ、こんな時間に」
「用事を済ませていたら、遅くなっちゃったの」
「そっか、俺と一緒だな」
デジレは嘘をついていた。
用事など無く、遅くなるのをわかっていたアベルを待っていたのだった。
街灯など当然なく日が落ちて、既に周囲は暗くなっていた。
「危ないから家まで送ろうか?」
確か家は全く方向が違ったと思ったが、既に夜道と呼べる状況に、アベルがそう申し出る。
「ホントに?ありがとう!」
そう言うとデジレはアベルの腕を取り引っ付いた。
幼少の頃よりデジレはアベルにアピールを繰り返していた。それが顕著になったのは最初の剣術大会の後くらいからだろうか。
最初の頃こそアベルは恥ずかしさもあり避けていたのだが、それでも無理に避ける事は諦めていた。
とは言え、普段は話し掛けて来る程度で、今みたいに触れたりする事は無いので、顔が赤くなりそうなのを自覚しながら、必死に平常心を装う。
一瞬、アベルの頭にリリィの事がよぎる。
学校ではアベルの相方はデジレと思われている状況だ。
何しろリリィはガランの町では学校に通っていないので、リリィの事を知らない者も多い。
いや、正確には公都の聖女の噂は大半が知っているが、その聖女がこの町の出身の少女と結びついていないのだ。
「アベルくん……卒業したら公都に行っちゃうの?」
不意に掛けられたデジレの声に振り向くと、腕を絡めたままジッと見つめるデジレの顔がすぐ近くにあった。
(か、顔が近い…)
「あぁ、騎士団に行こうかと思ってる」
ドキドキするのがバレない様に目を逸らす様に前を向きながらアベルが答える。
「そっか……」
ふたりの会話が途切れたまま、デジレの家に着く。
「そ、それじゃ……またな」
デジレの腕を離し帰ろうとするアベルだったが、デジレがアベルの腕をギュッと掴む。
「あ、あのね……貴族様から言われて、困ってる事があるの…少しだけでいいから相談に乗って欲しいの……」
神妙そうに見つめるデジレ。
アベルは、今まで自分やリリィが貴族に振り回されてきた事を思い出す。
躊躇したがそのまま帰るのも気が引けたアベルは、
「何があったんだ?」
と、問い掛ける。
「ここだと、他の人に聞かれるかもだから……来て」
内容はわからないが、道端で貴族の悪口を言うわけにも行かない。
そう思い、デジレに連れていかれるまま、アベルは彼女の部屋について行った。
「家……一人なのか?」
「うん。お父さんもお母さんも貴族様に呼ばれて出掛けているの」
デジレの家には他に誰も居なかったのだ。
灯りが限られているので、日が暮れたら家族を持つものの大半は家に帰るのだ。
この時間に外にいるのは酒場で呑む者や、そこで働く者くらいだろうか?
貴族に親が呼ばれたと聞いて、自分が領主に呼ばれた時の事を思い出し神妙な顔をするアベル。
それを証明するかのように、先程とは変わって暗い顔になったデジレ。
「あ、ごめん。椅子とか、無いから……ここに座って」
と、デジレがベッドに腰掛けて自分の横を示す。
部屋にはベッドと少しの小物があるくらいだったが、平民の家では子供の個室があるのが珍しいくらいだったので、アベルは隣に腰掛ける。
「それで、何があったんだ?」
アベルが再び聞いた。
言葉を選ぶようにデジレが沈黙していたが、
「……私……貴族様に売られちゃったみたい」
とポツリと言う。
アベルは言葉を失う。リリィの両親がリリィを売った時の事を思い出したのだ。
「……妾?になって、40くらいのおじさんの子供を産まないといけないんだって。20歳くらいまでに男の子を産まないとダメらしいの」
涙を浮かべながらデジレが言う。
「……」
子供が産まれるかどうか、その子供が男の子かどうかなんて、産めなければどうなるのか……どういう言葉を掛ければ良いのかアベルは戸惑う。
「……その貴族のところに行くのは嫌なのか?」
「行きたいって思ってると思う?奥さんは別にいるらしいけど、子供が出来なかったからって代わりなんだよ?」
「……ごめん」
当たり前の事を聞いてしまったと後悔するアベル。
そして、自分に何が出来るんだろうと、黙ってしまった。
沈黙が部屋に流れ、空気が重くなるのを感じていた。
「私……アベルくんが、ずっと好きだった」
ポツリとデジレが言う。
「あぁ、知ってる」
アベルもデジレのわかりやすいアピールに、それは気がついてはいた。
「一緒に……どこかに逃げたい……」
「……」
デジレの言葉に、何も答えられず沈黙するアベル。
「なんてね。無理だよね、わかってる。ごめんね、ちょっと言ってみただけ」
デジレが明るい声でそう言ったが、その目からは涙が零れていた。
「ごめん、俺は……」
そう言いかけた時、デジレがアベルに抱きついた。
「……!」
突然の事に驚くアベル。
「わかってる。どうしようも無いって……アベルくん。お願いが……あるの。
私の事が好きじゃなくても良いから……私の……最初の相手になって欲しいの」
「……い、いや、それは……」
まさかの話に戸惑うアベル。
娯楽が少ない為か性に対しては早熟な世界だ。
男女の行為が話題になる事もある。
だが、話のネタとしてはあったとしても2人とも10歳には変わらない。
憧れやからかいなどで、友人同士で話す程度でしかない。
「誰にも言わないから……ううん、言えないから……貴族様のところに行ったら、私は子供を作る為だけの生活になっちゃう」
「……」
「だから……最初の相手だけは、自分の好きな人であって欲しいの。お願い……せめて、すがる思い出を……私に……ください」
デジレは涙声で震えながら言う。
(一緒に逃げる事は出来ない……でも……)
複雑な罪悪感を感じながら……
それでもアベルは、腕の中で涙を流すデジレを突き放す事が出来なかった。
「お、俺、その……」
「……うん」
「こういうの……初めてだから……どうやったらいいか……」
アベルが恥ずかしそうにそれだけ言うと……
顔を上げたデジレが、ゆっくりと顔を近づけて口付けをしてくる。
そのままデジレは口付けをしたまま、アベルが覆いかぶさる様に身体の力を抜いてベットに横になった。
………
その日、アベルは男になった。




