第29話 公共事業
「親愛なる神の子らに祝福を…(癒しの輝き)」
リリィが右手を振るうと、教会に集まった人々の頭上から光が舞い降りる。
「おぉ……聖女様……」
「腰の痛みが消えていく」
「神の御加護だ」
「魔法でも治らなかったのに……」
人々が恍惚とした表情でリリィを讃える。
(いや、魔法だから……)
リリィはポゾン枢機卿に請われて、祭日の日は教会に赴き聖女らしい事をしていた。
(よほど聖女認定させたい様だけど……これで救われる人も居るみたいだから、まぁいいか)
壁際に立つセリーヌは、キラキラと目を輝かせていた。
(普段の私も見てるのに、よくあれだけ信じれるわね)
常日頃からリリィに付いて回るセリーヌは、気を抜いた姿も見ている筈なのだが、こうして聖女らしい事をすると毎回恍惚な視線を向けてくる。
今更ながらにセリーヌの信仰心に半ば呆れながら感心するリリィであった。
聖女のお役目らしきものを終えたリリィがセリーヌを伴ってポゾン枢機卿の部屋を訪ねる。
「おぉ、聖女様。お勤めご苦労様です。聖女様のお導きで、ここ公都を中心に東教区では、信仰を改める者も多くございます」
「……信仰は、強要されるものでは無いと思います」
「えぇ、もちろん強要など致しません。邪神を祀るなどは別ですが、信仰はその心より生まれてこそで御座います」
その言葉に少し顔を曇らせる。
正教会が唯一の国教の座を守る為に、他の宗教を異端審問会などで弾圧していたからである。
(まぁ、流石に私が口を挟む事じゃないか……都合が良いから作らせたのは私自身だし)
文明への直接的な関与が出来ない制限の中で、アベルが産まれる様に誘導する為、この国に贔屓をしたのはリリィ自身だった。
その過程で一部の特権階級や排他主義が産まれるのは無理はなかった。
「ですが、信仰心を持つ者が少ないスラムでは、神の教えが無いため、犯罪などに走るものが多い事を考えますと、信仰を持つ事はより推奨されるべきだと思われます」
ポゾン枢機卿の言葉にセリーヌが頷く。
(盲目的なセリーヌはともかく、ポゾン枢機卿のは……思惑がありそうよね)
「スラムの者達が犯罪に手を染めるのは貧しいからだと思います。彼らには信仰よりも先にその日の食べる物が必要では無いでしょうか?」
なんとなくポゾン枢機卿に反論しないと、自分も信仰最優先と思われそうな気がしたリリィは意見を述べる。
「いえいえ、聖女様もご存知でしょう。教会では定期的に炊き出しを行っておりますし、孤児院も運営しております」
それはリリィも知っていた。
炊き出しにも孤児院の手伝いにも参加した事があるのだから。
「非才な我々の不徳の致すところで悲しい限りですが、信仰無き方々を救う術は無いと思われます」
(うーん。なんだか敗北感が……)
このまま何も言わないのは、言い負けた気がする。
「少し試してみたい事があるのですが」
「神のお力をお借りできるのでしょうか?」
ポゾン枢機卿が一瞬ニヤリとしたような気がした。
(あれ? 私、うまく乗せられた?)
と疑問がよぎるが、今更止められない。
「神の力を安易に頼るべきでは無いと思います。人の手で出来る事は人の力で解決すべきかと思います」
「仰る通りだと思いますが、実際に人の力で出来ることなどありますでしょうか?」
「彼らに仕事を与えては如何でしょうか?」
「仕事ですか?しかし、彼らに出来る仕事と言いましても……それにギルドの事もありますし」
大抵の職業にはそれぞれのギルドが存在して、就職や転職に制限があった。
「いえ、行なって頂こうと考えているのは、人があまりやりたがらない……排泄物の処理などです」
「それは、奴隷の仕事ではありませんか?」
「奴隷を雇えるのは貴族の方々など裕福な者だけで、平民街などでは、路地裏に放置されていますよね?」
この国では下水の仕組みはほとんど無く、放置された糞尿の為に臭いが蔓延しており、衛生状態があまり良くない為、ちょくちょく疫病の発生原因となっていた。
「また、ギルドの行う仕事でも、人の出入りがあまり無いため、忙しい季節などは人手が足りなくなる事もしばしばだと聞いています」
「確かにそうですが、簡単に人を増やしては、今までいる者が反発すると思われますが?」
「そこで、可能であれば公爵様などにも協力して頂き、孤児院やスラムの方々などの人手を集めて、期間限定でお貸しする仕組みを作るんです。街が綺麗になれば公都に来る人も増えます。それに今までその日の食事にも困っている方々に生きる術を与えられますし、賃金を抑えても収入を得るのですから税収もあるかと思います」
リリィが言っているのは、公共事業や派遣事業の考え方であった。
「うまく行きますでしょうか?」
ポゾン枢機卿はリリィの聖女としての立場をより強固にしたかった。
期待していたのはスラム街の者にも手を差し伸べる聖女としての反応であり、その言葉があったから教会が救済と援助に動いたと言う展開をするつもりだったのだ。
だが、リリィから出て来た案は予想外のものであった。
「しかし、そう上手く行きますでしょうか? スラム街の者とはいえ、奴隷がするような仕事をしたがらないかも知れませんし、何より奴隷を雇えない家がお金を払うでしょうか?」
「平民の家では払う手持ちは無いかも知れませんね」
「それでは……」
あっさりと非を認めるリリィ。
何か言いかけるポゾン枢機卿の言葉をリリィが止める。
「なので最初は公爵家や教会が負担するのが良いかと思います」
「公爵家や教会がですか……数回ならともかく、ずっと払い続けるのは難しいと思いますよ」
言葉は求めた聖女像のそれであったが、やはり子供なのだなと思う枢機卿。
仕事を頼むには対価が必要なのだ。そして公爵家や教会とて、出せる費用は有限である。
だが、そんな世俗に無縁な純粋さがある方が、聖女として良いのは確かだ。
そんな事を考えつつ聖女としての純粋さを汚さずに、実行可能な落とし所へ話を持って行けるかを考え始める。
沈黙が流れる。
「聖女様のお話をどれだけ出来るか調べてみようと思います」
このまま沈黙していては、自分の案は否定されたと感じるかもしれない。
そう思い一旦先延ばしの言葉を口にする。
「私は最初は、と言いましたが?」
「と言いますと?」
小さくため息を付いてリリィが続ける。
「費用面でずっと公爵家や教会が負担するのは無理なのはわかっています」
リリィの言葉に息を飲む枢機卿。
「最初だけ負担する旨を言っておけば良いのです。その後は、教会は信者の家だけにするとかで信者を増やす目的と合致しますし、公爵家としては少し時間は掛かりますが街が綺麗になりスラム街から収入を得るものが出てくれば、税も取れるでしょ? 何しろ仕事の費用を出すのは公爵家や教会ですから収入を誤魔化しようは無いですからね」
枢機卿は、自分が悩んでいた事にスラスラと答えるリリィの言葉に何も言い返せず聞き入る。
「色々と問題も出てくると思いますが、まずは小さく始めてみて、出てきた問題を解決する仕組みを作りながら、公都全体に広げていくのが良いかと思われます。試しに1区画でも良いので綺麗にしてみてはどうでしょうか? 1度清潔な状態を知れば、それを維持したいと思うでしょうし、払うのが厳しい家には、公爵家がお金を貸し付ける制度などを作れば結果として住民の正確な把握も出来ますよ?」
この世界では戸籍などの仕組みが無く、貴族家を除くと住民の正確な人数は把握されていなかった。
その部分に対してもついでだからとばかりに案を出すリリィ。
リリィにとっては採用されてもされなくても、どちらでも良かった。
何となく枢機卿の思惑にそのまま乗るのが癪に触ったという程度だったのだ。
「……わかりました。1度、公爵家とも場をつくり検討してみましょう」
◇
その後……スラムと孤児院にはそれぞれ臨時仕事の斡旋所が作られ、公都からは糞尿の臭いは無くなり、死亡率の低下やスラムの縮小、各ギルドの生産性向上、それに伴う住民の増加など、公都は好景気を迎えるのであった。
それに伴い、聖女リリィの評判は更に高まっていった。




