第28話 エヴルー子爵の頼み
その日、アベルの両親であるカインとミーシャの2人は、領主の館に呼びだされていた。
同行するとアベルは言ったが、領主からの使者は両親2人のみで来るようにと、その同行を拒否していたのだ。
程なくして迎えに来た馬車の中で2人は不安に駆られていた。
何せ、前回はアベルを真剣での剣術大会に出す羽目になったのだから。
そんな2人の思いも関係無いかのように無常にも馬車は館へと到着する。
応接室に通された2人はメイドが出したお茶を前に沈黙したまま領主を待つ。
重い空気が漂う。
そして部屋に領主……エヴルー子爵が姿を現した。
慌てて席を立とうとする2人。
だが、そのままで良いと向かいの席にエヴルー子爵は腰を落とした。
子爵に同行していた執事が部屋を後にすると、再び沈黙が戻る。
何か言いづらそうにしているエヴルー子爵の様子に2人は不安を覚える。
「ふむ……何処から伝えたものか」
「あ、あの……アベルの事でしょうか?」
ミーシャが恐る恐る問い掛ける。
「あぁ、そうだ。と、そんなに身構えなくても、そなた達にとって悪い話では無いはずだ」
その言葉にカインとミーシャが少し緊張を緩めた。
なんの為に呼ばれたのかはわからないが、口調からして叱責や無茶な話では無いと感じた為だ。
「それで……お話とは一体なんでしょうか?」
カインが先を促す。
「ふむ。その前に……先日の事だが謝罪させて貰いたい。申し訳なかった」
横柄な態度での言葉ではあったが、子爵から出た謝罪の言葉に驚く二人。
貴族と平民が明確に区別されているこの国で、貴族が平民に謝罪するのはかなり稀だったのだ。
「アベルの大会への出場の件であれば気にしておりません。息子も怪我も無く無事に帰ってきましたので」
カインがそう返すが、その言葉に首を横に振る子爵。
「いや、怪我はしたのだ。それも少なくとも片腕を失う……下手をすれば命すら失うような怪我をな」
子爵の言葉に思わず顔を見合わせる2人。
アベルの身体にはそんな傷は無かった。
腕を失う怪我を負ったのであれば、それは治せる見込みは皆無に近い。
カイン自身が片腕を失った事が原因で、冒険者を引退したのだから。
思わずカインが失われた腕の肩を触る。
「言いたい事はわかる。本来なら助からない程の怪我を……あの娘は大衆の前で見た事も無い魔法を使って治したのだ」
その言葉に思わず息を飲むカイン。
だがミーシャは違った反応を見せる。
「リリィちゃんには、また助けられたのね。でも、腕の欠損を治せる程成長しているなんて……公都では、余程優秀な魔術師様が教えているのかしら?」
ミーシャが呟く。
魔法の適性を確認したのはミーシャだ。
その際に初級魔法の書物は渡したが、初級の治癒魔法では部位の欠損は治せない筈だった。
その為、ミーシャは優秀な魔術師に師事しているのかと思いつつも、自分が数年前に目にしたリリィの魔法を思い出していた。
「あの娘の現在の全てを知っている訳では無いが、特に魔法を教える者が居るとは聞いていない。そもそも公爵家の治癒魔術師が見た事も聞いたことも無いと言う魔法を教えれる者など、そうそうにいるとも思えないしな」
魔法の適性の結果や、リリィの使う魔法の異常性に気がついてはいたが、まさかこの国の一角を担う公爵家の者でも未知の魔法だと聞かされてミーシャは言葉を失った。
「あの娘の話はひとまず置いておくとして、今日来てもらったのは、そなた達の息子の話だ」
脱線しかかった話を子爵が戻した。
その言葉に姿勢を正すカインとミーシャ。
「アベルの試合を見た者……特に男子に恵まれ無かった貴族家から、そなた達の息子を婿に迎えたいという話が来ていたのだ」
「ほ、本当ですか!」
乗り出しそうな勢いで反応するカイン。
平民生まれの者が貴族の目に止まり、婿養子に入り貴族に名を連ねる。
この国ではある種のサクセスストーリーであった。
平民からの出世であれば、かなり運と実力があっても陪臣に取り立てて貰える位が可能性としてあるだけで、それですら、それを求めて剣術大会に出るものが多数と言うのが現実であった。
「あの試合を目にしていないそなた達が驚くのも無理は無い。それ程の活躍を見せたのだ」
「でも、あなた……アベルにはリリィちゃんが……」
「いや、それはそうだが……相手のご令嬢次第ではあるが、側室を持つことを許してもらえる可能性だってあるだろ」
どんなに想って居ても、貴族家を継ぐのと平民同士で結婚するのは、普通は貴族家を取る人が大半であったろう。
それにカインはミーシャの手前、結ばれる可能性があるとは言ったものの、婿養子として入るアベルは弱い立場になるだろう。
そんな状況で側室を持つことが許される可能性は限りなく低い。
アベルはリリィと結ばれる方が良いと思うミーシャと、
男として上を目指すチャンスをものにすべきだと思うカインが、
言い合いを始めそうになるのを子爵が割って入る。
「まだ話は終わっていない。言ったであろう? 話が来ていた……と。少し言い方が悪かったかもしれんが、その話は今は無くなっている」
落胆するカインに、安堵するミーシャ。
「そなた達に伝えたかったのは、あの大会であの少年は、家督を継がせても良いと考える家が出る程の活躍をしたという点だ」
「それ程、我らの息子を買って頂き嬉しく思います……が、縁談の話が無くなったのは、何かがあったのでしょうか?」
元々、貴族家の跡取りとして……自体が有り得ない程の奇跡的な話なのだ。
そんな話は無いのが普通ではあるが、実際に話があったのに無くなったとなれば、その理由が気になったのだ。
直接見に行けた訳では無いが、平民の子供が参加すると言う話が広まっていたのは知っている。
エヴルー子爵家の子供だと勘違いした……等と言うことは無いはずだ。
「無くなったのには訳があってな……ランバート公爵とポゾン枢機卿から、周辺の貴族家全てに対して、リリィ及びアベルに対する婚姻の申し入れを控える様にとお達しが出されたのだ」
固まるカインとミーシャ。
それもそのはずである。公爵家当主と教会の重鎮が、わざわざ平民の子供の関係に口を出すなど、意味がわからなかった。
リリィはローデリック子爵の元で暮らしているし、引き取った以上、何かしらの思惑はあるのだろう。
だが、何故アベルまで?
いや、そもそも世話になっている筈のローデリック子爵からではなく、公爵家……そして、教会から通達があったと言うのが、全く理解出来なかった。
「気持ちは判るぞ……私も最初は通達の内容が間違っているのか疑ったからな。何故、公爵家と教会が、リリィだけでなくアベルまで? であろう?」
「その疑問が晴れるかはわからぬが……リリィ……いや、リリィ殿の今の立場は、教会が後ろ盾となった聖女様だ」
「きょ、教会の聖女様…ですか?」
既に2人の思考は話に付いてこれなくなってきていた。
色々な知識等で活躍し、聖女と噂されているのは聞いた事があるが、それはあくまで町でのあだ名のようなものだと思っていたのだ。
だが、教会……正教会が認めた聖女となると全く話は異なる。
正教会は、この国において下手をすれば貴族体制と同格……もしくは、それ以上の権威があるのだ。
「で、ですが……教会の聖女様であれば、伴侶となるのはアベルでは無い……のでは?」
女性特有のネットワークで正教会信者の考えも多少は知っていたミーシャが問う。
「まぁ…普通はそうなのだろうが、何故かリリィ…聖女様に関しては、想い人であるアベルとの仲を教会は認めている節がある」
「そ、そんな事ってあるのでしょうか?」
「わからん……公爵や枢機卿があのふたりをどうしたいのかが分からない。その為、他の家は縁談の話を撤回したのだ。
何があってそうなったのかはわからないが、わしは公爵も教会も敵に回したくは無い。そこで、そなた達への頼みだ。
そなた達の息子のアベルが他の女に走らない様に、くれぐれも気を付けてもらいたい」
なんとも言えない頼み事に、二人は顔を見合わせる。
「私が言うのも変ですが……だ、大丈夫じゃないでしょうか? リリィちゃんの為に命を2度も掛ける程ですし……」
「自らの命を張る……確かに思いはあるのだろうが、男と言う生き物は、心から惚れた者が居ても、その一時だけ別の女に思いを寄せれる生き物でもある」
エヴルー子爵の言葉に苦い顔をするカインであったが、ミーシャの前で言うわけにもいかず黙っていた。
「それと、最後に……これは、ランバート公爵の白銀騎士団からだが、幼年学校卒業後に騎士見習いとして入団する気は無いかと打診が来ておる」
「……騎士団にですか?」
普通は騎士団への入団は貴族子弟からが大半で、平民には門戸が閉ざされているものであった。
前半の話が衝撃すぎて驚きが少ないが、平民が公爵家の騎士団に入団するのも普通は有り得ない話であった。
「剣術大会で白銀騎士団の副団長と当たり善戦してな……まぁ、その試合が先程から出ている活躍した試合なのだが、その結果そういう話となったようだ」
「あの……それは、いつまでに返事をすれば宜しいのでしょうか?」
「幼年学校卒業迄に決めれば良いらしいので、あと2年程あるのだが……早く返事をするに越したことは無いだろう」
「わかりました。帰って息子と相談してみます」
そう答えるとエヴルー子爵は話は全て終わったとばかりに席から立ち上がり、部屋から去っていった。




