第27話 セリーヌ
リリィの洗礼が行われた夜、
ローデリック子爵家では家族と使用人が食堂に集められていた。
「聖女リリィ様の側でお仕えする事になりましたセリーヌと申します」
もう一人の聖女の女性……セリーヌが挨拶をする。
セリーヌの服装は司祭服のままだ。
その彼女が家の主であるローデリックでは無く、居候のリリィの後ろに当然のように立っている。
ちなみに女神様と呼ぶのは帰りの馬車の中でリリィが禁止していた。
(聖女も本当はやめて欲しかったんだけど、聞いてくれなかったのよね)
「司祭の貴方がただの平民に仕えるですって?! 気は確かなの?」
子爵夫人が声を荒らげる。
元々、夫が突然連れてきた平民の娘だ。
恐らく何処ぞの平民と不倫した末に産まれたのだろう。
夫は否定するが、そう頑なに思っていた彼女はリリィの存在自体が不愉快だった。
また、あっという間に自分の子供達やメイド達もリリィを受け入れた事、
街では聖女だなんだとチヤホヤされている事。
それも気に入らなかった。
これが自分と関わりがない者なら無視も出来たが、同じ家に住んでいるのだ。
更に近頃ではリリィの悪口を言う彼女は家で孤立し始めていた。
そこに加えて……今度は教会の司祭が仕えると言うのだ。
彼女からすればローデリック子爵家……彼女の居場所が徐々に奪われていく思いだった。
「平民ではありません。聖女様です。リリィ様への無礼な物言いは、身を滅ぼしますよ?」
「ちょ、ちょっと、セリーヌ」
リリィがセリーヌを止める。
「リリィ様のお気持ちはわかっております。ですが、今後のために説明差し上げた方がこの方の為にも良いのです」
(私の気持ちとしては、これ以上悪目立ちしたくないだけなんですけど? はぁ、これが狂信者ってやつかしら)
「リリィ様は枢機卿を初め正教会の認める聖女となられました。それはすぐに教皇猊下だけでなく公爵様や国王陛下にも伝えられることでしょう。この国が神の加護により護られているのは、子供でも知っている事です」
セリーヌの自信満々の演説を聴きながら、リリィは昔を思い出す。
疫病の治療法を創り出した賢者。
魔物を退治した英雄譚。
全てを把握していた当時のリリィ……ナノマシンにとっては、治療法の発見を促す事も、才能があるもの達を集め、死なないが経験を積めるギリギリの試練を与えて育てる。
それらは、この国に根付いた教会への神託を介して誘導していたのだ。
だが、今のいままで忘れていた事からもわかる様に……リリィにとってはアベルに繋がる遺伝子情報を護る。
伝説の賢者も、英雄譚に謳われる勇者も、その為の手段でしか無かった。
(他にも色々やっちゃった気もするんだけど、切り離されてるからなぁ)
ナノマシン達と切り離される前であれば、全ての記憶や知識は取り出せるが、それが無い今は、リリィとして思い出せる範囲でしか知識を持ち得ていなかった。
だが、そんなセリーヌの説明にも納得出来ず不満の表情を浮かべる子爵夫人。
彼女からすれば所詮は教会の都合が良いように作られたおとぎ話との思いがあった。
「信じる信じないは問題ではありません。教会が認定した聖女様への冒涜は……貴方が異端審問会にかけられる理由になり得ると言っているのですよ」
その言葉を聞いて子爵夫人の顔色が青ざめる。
異端審問会……それは、司祭以上の7名で開かれるもので、その場で裁かれた者は異端者として処罰されるものであった。
震え上がり真っ青な顔をみせる夫人。
その向かいに座る子爵家の長男は、浴室での一件を思い出したのか、普段より更に怯えた顔をしていた。
「セリーヌ殿……妻も、これ以上の暴言は言わないと思うので、それくらいで許してやってくれませんか」
様子をずっと見ていたローデリック子爵が助け舟を出した。
その言葉を受けて、子爵に軽く頷くとリリィの後ろに1歩下がるセリーヌ。
「他のものも聞いての通り……必要以上に畏まるのは、リリィ殿が求めていないが、くれぐれも粗相の無いように」
「「かしこまりました」」
部屋にいる全員が同意を示す。
元々、未だにリリィに明確に敵意を持っていたのは、子爵夫人だけになっていたのだ。
「セリーヌ殿の部屋はリリィ殿の隣に用意させましたが、それで宜しかったですか?」
メイド長がセリーヌに確認を取る。
「ご配慮感謝致します」
その言葉に、セリーヌは恭しく子爵に頭を下げた。
◇
翌日の学校にも当たり前の様にセリーヌは付いてきていた。
「司祭様……ですよね」
セリーヌの服装を見たカーテローゼがセリーヌに声を掛ける。
「はい。昨日からリリィ様のお側で仕える事になりましたセリーヌと申します」
「……そうですか」
公爵令嬢として、この国で教会に逆らう愚を理解していたカーテローゼはそれ以上追及するのを避けた。
そこにやって来たアルバートが、
「しかし、司祭様がお付か。これで平民と蔑まれることは無くなるとは思うが……違う意味で周りは距離を取るだろうな」
最後の方は、小声でリリィに呟く。
傍らにいるセリーヌは、聞こえているのかわからないが、アルバートの言葉に特に何も反応を示さなかった。
「洗礼を受けたら……こうなりました……」
リリィの言葉に首を傾げる2人。
「洗礼って聖水を頭に少し垂らして頂くアレですよね?」
カーテローゼの言葉に、セリーヌの方を振り向くリリィ。
セリーヌはニコッと笑うと、「聖女様ですから」と、当たり前の様に言い放つ。
「普通の洗礼にして欲しかった……」
机に顔を埋めるリリィ。
「でも聖女様って結婚とか出来るのかしら?」
ふと、先日まで公都にいたアベルの事を思い出してカーテローゼが呟く。
「聖女様は清らかであるべきですが、子を成すためであれば神もお認めになるでしょう。当然、聖女様の伴侶に相応しい方であるべきですが」
当たり前の様にセリーヌが言う。
その言葉にリリィが反応する。
聖女だの女神だのと呼ばれるのは煩わしいだけで我慢出来るが、結婚相手をどうこう言われるとなると話が違う。
リリィにとっては、自分の立場は疎か、この国や人類全てよりアベルが優先されるのだ。
リリィの目に、冷たい光が宿る。
「せ、セリーヌ司祭様……」
表情が見えるリリィの前に立っていたカーテローゼが、
止めようとするが、意に介さずセリーヌが続ける。
「ましてやリリィ様は、ただの聖女様ではありません。お年頃になられましたら、相応しいお方を教会がお引き合わせするでしょう。それ以外の相応しくない殿方がリリィ様を穢さない様に私がお側に仕えさせて頂きます」
(ふ、ふざけるな!!望んで聖女なんかになった覚えはないわよ!)
バンッと机を叩きリリィが立ち上がる。
「セリーヌ!!」
「は、はい!」
リリィの怒鳴り声にビクッとするセリーヌ。
「アベルに何かしたらタダじゃおかないわよ 」
「で、ですが、教義では…」
バチッ!
セリーヌの足元をリリィの額に発生した電流が打ち付ける。
「ヒッ!」
「貴方達が信じるのは勝手だけど、私が書いた訳じゃない教義を、私に押し付けないで!アベルを害するなら、女神の怒りってものを教会に見せてあげるんだから! 」
「も、申し訳ありません!め、女神様のご意思は、ま、間違いなく教会に、しゅ、周知致します」
あまりの剣幕と女神の怒りに触れてしまった恐怖から、セリーヌは土下座したままガタガタと震えていた。
その様子にドン引きのアルバートが隣で同じく呆然とするカーテローゼに小声で話し掛ける。
「なぁ、アベルが他の女に走ったら……この国ってどうなるんだ?」
「女神様の天罰で滅びるとか?」
「滅びの原因が浮気からの嫉妬って笑えないんだが……」
「そうね……そんなのは、私もごめんですわ」
市井では御伽噺と思われているが、長年存在している貴族家では、神託がこの国に影響を与えた事が事実だと知っているのだ。
リリィが女神かどうかは別として特殊な力を持つ事は目にしている。そして、教会が存在を認め国に数名しか居ないはずの聖女の立場にあるセリーヌが従者となっている以上、無視できる事では無かった。
二人は国や自分達の家の存続の為にも、リリィとアベルの将来に思いを馳せるのであった。




