第26話 建国秘話
着替えをおえて案内されるがまま廊下を歩いている。
「あの……」
前を歩く女性に話し掛ける。
確か彼女も聖女だったはずだ。
「はい」
彼女は歩みを止めて振り向く。
「せ、洗礼は終わったんですよね? もう帰っても良いですか?」
雰囲気的に許されるとは思っていないが、面倒事しか予想出来ずそう尋ねるも、女性からは否定が返ってきた。
部屋に着き女性がその扉を開ける。
20名ほどの教会関係者が座っていた。
その中にはポゾン枢機卿やローデリック子爵の姿もある。
リリィの姿を確認すると、全員が椅子から立ち上がり片膝を付いた礼を示す。
「あ、あの……顔を上げてください。と言うより、椅子に座ってください」
「いえ、そうはいきません」
ポゾン枢機卿が下を向いたまま答える。
「……命令です。お願いですから、普通に椅子に座ってください」
今まで通り接してほしいと思いつつ、様子からそうはならないだろう。
聖女の立場を受け入れたように思われるのは心外だが、このままでは話がしにくいと思い敢えて命令と言う単語を出してみた。
「女神様の仰せとあれば……」
ただの平民が貴族に無礼を! と言う反応もあるかもと思いつつも、やはり予想した通り全員が席に座り直した……が、
(聖女から女神にランクアップしちゃってるよ!?)
このままでは不味いとリリィは焦る。
全員が座ったのを確認すると、奥の上座にリリィが座らされた。
後ろには、もう一人の聖女となのる女性が立っていた。
「あ、あの……あなたも座ってください」
「いえ、私は女神様にお仕えするのが使命ですから」
言っても無理そうな空気を感じたリリィは正面に向き直る。
(いやいや、貴方は本物の聖女だったよね? さらっと女神に昇格されたのを受け入れてるし!)
他の聖女とナノマシン達との交信がどんなものか知らないが、これ程の扱いを受けるほどさっきのは違ったのだろうか?
「私は女神なんて大層なものでは無いですよ? いえ、聖女でもありませんけど……」
「いえ、貴方様は女神様の予言された『写身たる存在』に違いありません。神からの言葉を賜った直後だと言うのに全く消耗した様子がないのが、その証です」
リリィの後ろに立つ女性から訂正の言葉が述べられる。
どうやら他の聖女はナノマシン達の言葉を受けるのは消耗するらしい。
(消耗した振りをしろって教えてくれても……いや、わざわざ私が産まれることを伝えているから、わざと……あれ?)
ふとリリィがある事に気が付く。
自分が産まれる前にお告げがあったと言う事は、自分もナノマシンの一部だったのだ。
(私自身がリリィとして産まれようとしたタイミングで、ナノマシン達と切り離されて……それをお告げとして伝えた? ナノマシン達は神と思われているから、それが人として産まれるってなると……)
事情を客観的に整理すると、神の写身そのままの定義に当てはまる事実に気が付いたのだ。
(ハァ……私を祭り上げて何かさせようとしているのかと思ったけど、これは単に……事実を事実のまま伝えたらこうなったって事かしら?)
神の定義によるがリリィにそれを議論するつもりは無い。
写身である事実は事実として仕方がない。
「それで……私は何かしないといけないのでしょうか?」
肝心の質問を問い質す。
自身の存在の定義より、生活や環境がどうなるのかが重要なのだ。
「聖女としてお告げを聞くために教会に通うのでしょうか?」
肝心の何を自分に求められているのかわかっていなかったのである。
「王都に赴いて頂き教皇猊下に……必要があれば、女神様の代わりに国を治めている国王にそのお言葉をお伝え頂ければと考えております」
「お、王都! それは出来ません」
(アベルの家から片道どれだけかかると思っているのよ!)
教会に来て聖女の真似事をする位なら仕方がないかと思ったリリィだが提案を即座に却下する。
今でさえ手紙のやり取りには数日を要するし、会える機会も殆ど無いのだ。
リリィの都合を知っているローデリック子爵が苦笑するのが見える。
「何故でしょうか?理由をお聞かせください」
(アベルと離れたくないから……なんて言えないし……)
「こ、この地に産まれたことに意味がある筈です。私にも何があるのかわかりませんが、今はこの地を離れる訳にはいかないのです!」
「ま、まさか東の地に何か災いが起きるというのですか?!」
笑いを必死に堪えるように俯くローデリック子爵の姿が見える。
(た、助けてよォ)
「今はまだ神より理由のお告げはありません。ですが、神はまだこの地に残れと仰せです。それから、私は一人の普通の人、リリィとして民の中で過ごせとも仰せです」
もう全てをナノマシンのせいにして、事態の収拾を図るリリィ。
「ふ、普通の人としてなど……お立場に合った生活をなさって下さい。この国は初代国王が神より統治を託された国でございます」
「託された……?!」
(思い出した! そう言う設定だった!)
リリィは過去の自分が行った事をふと思い出したのだ。
管理者の遺伝子が産まれうる可能性を感じた当時のリリィは、その遺伝子情報を持つものを集めるべく集団……国の建国を促したのだ。
管理者が残した制約により、人類文明は自然発生に任せなければならなかった。
だが稀にナノマシンとの思考の親和性が高いものが産まれる。
その者に『予言』的なものを与え信仰国家を作らせて、様々な災害や外敵に対応させていたのだった。
理由はただ一つ。
管理者が産まれる可能性を持つ遺伝子情報を保護する為に。
(アベルが産まれる環境が出来たから、すっかり忘れていたわ)
数百年単位での出来事ではあるが、疫病は即座に治療法が見つかり、攻めてきた他国は謎の天災により滅び、飢饉には生産性が高い食物が都合良く見つかる国なのだ。
そんな国に神の写身が産まれたとなれば……盲信者が存在しても不思議はなかった。
(さて、どうしたものか……アベルが王侯貴族に成りたいと思うなら都合が良いんだけど、なりたいのは冒険者だしなぁ)
突然黙り込んで考え込み始めたリリィ。
その様子を周囲の者は、起こる災害は何か? 予言はもたらされたのか? などのざわめきが起き始めていた。
その中でじっとリリィの様子を黙って見ていたポゾン枢機卿が、口を開く。
「わかりました。御身がこの地を離れられないのであれば、せめてこの東教区教会でお立場に見合った生活をして頂きたく」
(いやいやいや、こんな傅かれてたら息が詰まりそう)
聖女だ女神だと崇められる理由はわかったが、その中で生活するのはどう考えても疲れそうだ。
何よりアベルとの接点が減りそうな予感しかしない。
「いえ、私が平民に産まれた理由がわからない以上、今まで通りが神のご意思です。ローデリック子爵様、お願い出来ますか?」
「は!女神様の仰せとあれば」
ローデリック子爵が頭を垂れる。
(絶対にあれは下を向いて笑ってるよね)
「ほ、他の皆様も今まで通りでお願いします」
「それでは、私がお供を致します」
後ろに立つ女性がそう宣言した。
「えぇ?お、お供って…」
「何かのお告げがあった際に、それを聞くものが必要かと」
この女性からは、どう言ってもダメな強い意識を感じるリリィであった。
「い、いや、今まで通り……」
「生活には口を挟みません。宜しいでしょうか、ローデリック子爵」
有無を言わさぬ口調で子爵に尋ね、その申し出に苦笑しながら頷く子爵。
反論出来ない流れであった。




