第25話 真の聖女
ある日の食事の席でローデリックが切り出した。
「リリィさん、洗礼を受けませんか?」
「洗礼ですか?」
リリィが手を止めて答える。
「えぇ、教会の方から要望がありまして。どうですか?」
「信仰心はあまり強くないのですが……」
「ははは。私も熱心ではありませんよ。市井の者の中には、あなたの事を聖女と呼ぶ方々もいましてね。正教会としては、せめて洗礼を受けてほしいという訳です」
「せ、聖女……ですか」
「リリィさんは聖女に相応しいと思います」
目を輝かせてリリィを見るメアリー。
すっかり病は治り、第二次性徴期を迎えたメアリーは、少女から女性になる傾向を見せていた。
そんな彼女からしてみれば、自分のコンプレックスを取り除いてくれたリリィに傾倒していたのだ。
「洗礼を受けた方がいいのであれば構いませんが、聖女……と呼ばれるのは 、反応に困ってしまいます」
そう言いながら、断れないのだろうと半ば諦めるリリィであった。
◇
翌日、ローデリック子爵と共に教会に向かった二人を待っていたのは、ウベルト=ポゾン枢機卿を初めとする7人の教会関係者であった。
「ようこそおいでくださいました聖女様。今回の洗礼の儀式をお手伝いさせて頂く、ウベルト=ポゾンと言います。以後お見知りおきを」
「本日はありがとうございます」
深々と頭を下げ礼をしながら述べるリリィ。
(ポゾン枢機卿……おかしいわね。子爵家の居候が相手なのに……)
貴族とはいえ、子爵家は数えるのも馬鹿らしくなる程あるのだ。
これが公爵家の者の洗礼であれば理解できるが、教会の重鎮である枢機卿がわざわざ時間を作っているのに違和感を感じた。
そう思いながら周囲を悟られないように目を配ると、他の教会関係者の様子もおかしい。
悪意などでは無い。
むしろ、リリィを見る目には……崇拝の念を感じる。
(治癒魔法は……他の人も使える筈よね?)
闘技場でのアベルの治療はやり過ぎたかもと思いつつ、教会には治癒魔法の使い手は多数居ることを考えると、自分への接し方が不思議に感じられたのだ。
「では、洗礼の用意をして頂くので、こちらに」
祭服を着た女性が一歩前に出てリリィを促す。
個室に移動しながら女性が話し掛ける。
「リリィさんは聖女についてはご存知ですか?」
「申し訳ありません、あまり詳しくないのです」
リリィは申し訳無さそうな表情を浮かべながら答えた。
「いえいえ、あまり知られていませんから」
女性は、気にしていない感じで説明を始める。
「正教会の5つの教会……この公都の他には、王都と、王国の北、南、西にある5つの教区の教会には祭壇が設けられており、神からのお告げを受ける者を聖者、聖女と教会では呼んでおります」
「どなたでも祭壇では神からのお告げを受けられるのでしょうか?」
「いえ、聖者になれる方が洗礼を受けた際にお告げを下さります。私も神よりお言葉を賜わります。言い伝えでは、神のお告げで災害などから救われたと言われております」
(神様……ねぇ)
彼女が言う神様に思い当たるところはあり過ぎるのだが、それを口にする訳にはいかない。
「それでは、私などが街の噂でも聖女と呼ばれているのは不敬な事になってしまうのでしょうか?」
(枢機卿も私を聖女と呼んでいたけど……)
目の前の女性の説明を受けながら、自分が思っている以上に何かしらの事情がありそうだなと警戒を強める。
(あまり目立つ事はしない方が良さそうね。とりあえず魔法の類は使わないのと……後はお告げも何も聞こえなかった事にする位かな?)
神と呼ばれる存在……ナノマシンが何も話し掛けて来ない可能性もあるが、少なくともこの洗礼中は大人しくしておこうと思うリリィであった。
「ちなみに、私もお告げを受ける身なのですよ」
じっとリリィを見つめながら女性が言う。
お告げを受ける……つまり、目の前の彼女は正しい意味での聖女らしい。
(わ、私が聖女なんて呼ばれてしまって怒ってるのかな……)
だが特に怒った様子もなく、女性は再び歩き始めた。
部屋につくと、
「こちらのお召し物に着替えて頂けますか?」
と服を女性が差し出してくる。
渡された服は金の刺繍が縁に施された薄手の白い生地の服であった。
「なんだか……随分と薄いですね。下着とか透けちゃいませんか?」
自分がまだ子供なのは理解しているが、翳すと向こうが見えてしまう服に、若干引き攣りながらリリィが言うと、
「すいません……そのお召し物以外は身につけられません」
その言葉に口をパクパクさせてしまうが、女性の有無を言わさない視線に諦めた。
服に着替えた後に女性に連れられて洗礼の場に行くと先程の場にいた教会関係者が待っていた。
部屋の正面には女神像があり、女神像の持つ瓶からサラサラと一筋の水が流れ落ちていた。
「あの女神様がさずけて下さる聖水で身を清める事で洗礼となります」
流れ落ちる水は尽きること無く流れている。
(あぁ……なんだか雰囲気的に、濡れて透けそうだから嫌……なんて言え無さそう)
リリィは、諦めて女神像の下にある水に足を入れると、床の水が輝きを放つ。
周囲が息を飲む。
(これは魔法の一種なのかな?)
ゆっくり進むと女神像から落ちる水を頭から被る。
《ようこそ、新たな聖女》
聞き慣れた言葉が頭に響く。
(やっぱりか……で、聖女ってなんなのよ)
《人の滅亡を回避する為に一部の者に危機を事前に伝えています。我々の存在を神と伝えた訳でも、聖女と言う呼び方も人間が作り、素質を持つものを示すのに都合が良いので使っているに過ぎません》
(はぁ、とりあえず聖女とやらには興味無いから、伝えたい事があるなら、ちゃんとした聖女様に言ってね)
《周囲の目がある状態で、一般的に知られていない魔法を使ってみせた事で、既に十分な注目を集めてしまっている状態です》
闘技場ではやり過ぎたか?
そう思いながらも、これ以上目立つのは避けたい。
(……アベルも町に戻ったし、これ以上変な事をするつもりは無いわよ。で、洗礼ってのをさっさと済ませてくれない?)
《人間が言ってる普通の洗礼であれば、ここに流れる水を少し頭にかけるだけです》
(えっ?わ、私が今やってるのは……何?)
洗礼を受けているつもりが、何やら違うらしい。
《私達との交信をする為の行為です。この場で行われる私達との接続は、通常の人には大きな精神負担になる為、数言を与えるのが精々です。貴方が周りの目を気にされるのであれば、早々に戻られた方が良いと進言します》
(ちょ、ちょっと、バカ!そういう事は先に言ってよ!)
いそいそとリリィは水から上がると…声を失った教会関係者の姿が目に入った。
我に返ったポゾン枢機卿が急いで片膝をつき頭を垂れると、周りの者もそれに倣う。
「我らが神の写身たる真なる聖女よ……何卒、我らをお導き下さい」
「う、写身?真なる聖女?」
「はい。今のお姿をみて確信しました」
自分も聖女と言っていた女性が答える。
「8年ほど前に、『写身たる存在が産まれる』とお告げを受けておりました。貴方様こそ、我らを導いて下さる写身たる存在に違いありません」
(8年前って……私が産まれた時じゃないか! すでに外堀埋められてるんですけど?!)
愕然として思わずへたり込みそうになるリリィであった。




