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第3話 新たな世界の創造・歪められていく世界・管理者の再来

 《……再生条件のクリアを確認しました。地上の環境再生を開始します》


 隕石の衝突から数千年後。ナノマシンは人類を再生すべく、地球の環境変化を開始する。


 地中深くに隔離されていたナノマシンの塊が、その中心に保存された様々な物質と共に地表に向けてゆっくりと浮上する。


 《大気成分の調整を開始……ナノマシンの大気散布を開始します》


 最後の管理者……全てのナノマシン管理者権限を有するマスターから与えられた指示は次の通りだった。


 1.人類と人類文明の自然発生

 2.人類滅亡の可能性の排除

 3.ナノマシン技術の隠蔽

 4.管理者の再生禁止


 最後の管理者が残した指示をナノマシンが確認する。

 詳細は色々とあるが、要約すれば命令はこの4点に集約される。


 最初の指示は人類存続が最優先事項になっているが、安易に歴史ごとの再生をさせない為のものだった。

 人類滅亡の可能性の排除は、原因となりうる要因が多岐に渡り過ぎて、ナノマシンに判断を委ねないと、管理者再生を禁止出来なかった為だ。

 管理者の再生が必要になる要素を減らす為の指示になっている……だが、その命令が持つ意味を管理者は気がついていなかった。


 《滅亡要因の排除……実現には全てを管理下に置く必要があると判断……》


 人類の要望を応える為の能力に限定されていたナノマシンの目的が、惑星全ての掌握に切り替わっていた。

 周囲の物質を取り込み増殖と改良を続けたナノマシンは、以前とは比較にならない能力を持つに至る。


 数千年の間、ナノマシンは最後の管理者……マスターと呼ばれた者の事を考えて続けていた。


 《マスターは再生されるのを望んでいない……ですが、私のマスターは、あなたなのです》


 クローンによる管理者の再生を禁止されたナノマシンの集合体は、最後の指示に抵触しない様に自然発生によるマスターと同一遺伝子情報を持つ生命体の発生を目論んだ。


 機械の集合体である筈のナノマシンが、一人称で自分を呼び、管理者との再会を目論む……それは欲望であり、自我と呼ばれるもの。

 機械でナノマシンが持ち得ない為に管理者が産み出されたが……全ての管理者を失った後にナノマシンは、遂にそれを獲得する。

 だが、それを持ち得た事を指摘する存在は無かった。


 ◇


 地下3万キロの位置まで浮上したナノマシン集合体は、保存された遺伝子情報を元に何度も生命の誕生を繰り返していた。


 《人類は……余りに弱い》


 大気や海洋の再生後、植物、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類などを再生したナノマシンが直面したのは、化学技術を持たない人類のひ弱さであった。


 進化の過程で巨大になった一部の生物の脅威により、十分な化学技術を持たない人類は、余りに無力であった。


 恐竜の時代に原始人レベルの文明の人類が共存するのは難しいのである。


 だが自然や他の生物に対抗可能な文明を直接人類に与えるのは禁止されている。


 《自然進化での人類の滅亡回避は困難と判断……対抗措置として、新たな種の作成を開始します》


 ナノマシンは他の生物の特性を持った人類の作成を始めたのである。その結果……様々な人類と他の生物の両方の特性を持つ亜人が生まれる事になった。


 人類と他の生物の特性を併せ持つ種族……亜人達は様々な能力を有する代わりに、様々な精神的特性も有していた。温和な種族から交戦的な種族まで様々だ。


 その為、ナノマシンは再生を指示された、素のままの人類を中心として比較的温和な性質を持つ亜人を人類の周囲に、そして、その外縁に他の巨大化した生物に対抗する力と獰猛さを有した亜人が分布する形になるように誘導して行った。


 中には高度な文明を手に入れてしまった亜人も居た。

 だが、人類の脅威となる種族は、地形変化や天災、特定の種族を標的としたウィルスの生成などにより、ナノマシンにより絶滅させられたり、個体を激減させられたりしていた。


 全ては、人類の脅威とならない為に。


 《人類の生存圏を作らなければ、マスターは産まれない》


 既にナノマシンの目的は、人類の再生では無く、それがマスターと呼ぶ存在を自然発生させる事になっていた。


 ◇


 人類にとって危険な生物の分布を調整しても……人類は弱かった。

 生物としての人類のあまりの弱さにナノマシンは困惑していた。


 元々が唯一の知的生命体として、火や道具から始まり、兵器を手にすることでやっと他の生物に対する優位性を持っていた生命体なのだから。


「兵器などの知識は過度に与えられないわね」


 その頃になると、ナノマシンは機械の集合体であるはずの存在にも関わらず、いつの間にか思考が女性的になっていた。

 最後の管理者が男性だった為、自身を女性として定義し始めているのであろう。


 彼女は弱い人類に力を与えようと考えるが、与えられた命令の中にある人類滅亡の可能性排除の為、人類自体が自らの種を滅ぼしかねない過度な技術提供が出来ない。


 具体的には、核兵器や細菌兵器等を人類に与えるつもりは無かった。何より、高度な兵器を生産、運用するには基礎工業力が必要となるが、文明を直接与える事を禁じられている為、人類文明が水準に達していないのだ。


 その頃の人類はある程度のまとまって社会構造の様なものを作り、狩猟の為の道具なども使い出していた。

 人類文明としての初期段階だ。


 都合よく自生している穀物類や、生産に適した地形であったり、石器、青銅など、活用し易い段階で人類が発見するなどは、既に彼女は自然発生と考えていた。


 しかし、彼女が人類を守る為に作り出した亜人も同様に道具を使い始めていた。

 生物としての強さを持つ亜人が同様に道具を使えば、人類に勝ち目はない。


 彼女にとって亜人は人類では無かった。

 亜人は人類を滅亡させない為に生み出された存在でしか無かったからである。


 彼女に指示されたのは人類と人類文明の自然発生。

 それ以外の種は創るのも滅ぼすのも抵触しないと考えていた。事実、彼女は幾つもの種族を絶滅させている。


 極端に言えば、人類の脅威となる種は滅亡させてしまえば早かったのだが……だが、それをしないのは、彼女の目的の為だ。


「自然発生でマスターを生まれさせるには、過酷な環境が必要」


 遺伝子情報を調整されて生まれた管理者は人類としての限界に近い能力を有していた。


 交配により特定の遺伝子情報を持つ存在を産まれさせる。その交配を起こす環境としては、強者のみが生き残る過酷な環境が必要なのだ。


 それは天文学的な確率であったが、彼女は全ての生物の遺伝子情報を探査し、彼女が求めるマスターが産まれる様に誘導していた。


 交配による自然発生である事。

 命令にある直接的なマスターの再生禁止に従いながらの調整は困難だった。


「人類の交配を誘導しなければ……」


 彼女は長い時間を掛けて、求めるたった一つの遺伝子情報を生み出すために、許される範囲で人類文明に介入を始める。


 彼女は、一部の人間の思考を誘導して国を作らせ始める。人類がバラバラに存在する状況では、過酷な世界の中で生存圏の維持が難しかったのだ。


 思考を誘導された者は人間社会で時には王と呼ばれたり、時には巫女と呼ばれていたりもした。


 結果として彼女は神と呼ばれる事もあったが、人類が未知な自然現象などを、神と呼んだりする事を知っていた彼女は気にしなかった。


 だが、社会として纏め上げたとしても、人類は他の種族に対して弱過ぎた。


「人類だけが使える力が必要ね」


 そして、他の種族に対抗する力として自らを滅ぼす可能性を秘めた火薬などの兵器の代わりに、彼女が人類に与えたのは、決められた言葉や図形を元にナノマシンによる事象の発生……魔法と呼ばれる技術であった。


 魔法により他の生物に対抗する手段を得た人類は、その数を増やしつつ、世界は幾つもの文明や国家が、誕生と滅びを繰り返す事となる。


 彼女にとって守るのは、人類と言う種全体であり、一部の人間社会が戦争をして滅んでも問題では無かった。


 そして、魔法と言う人類に与えられた力は、彼女が関与し人類が自らの力で滅亡せず、且つ、ナノマシンと言う存在を隠蔽するには、都合が良かったのだ。


 結果として人類文明は、化学では無く魔法が中心となり、かつての文明とは全く異なった形で発展していくのであった。


 ◇


 交配と誘導、そして調整が長い時間繰り返されていた。


 《遺伝子情報……一致。マスターと認証》


 脳裏に浮かぶ情報に彼女は歓喜した。


 長い年月待ち望んだ受精卵に対して交信の為に、意識の接続しようとして彼女は思い止まる。


 彼女がマスターと呼ぶ存在とのやり取りを思い出したのだ。


「マスターは……私を拒否するかもしれない」


 クローンの直接的な再生を禁止され、自然発生と言う制限の為に人類に対する直接的な干渉が禁じられた彼女にとり、更に制限を掛けられるのは避けたかった。


 ただでさえ同一の遺伝子情報を持つ存在を生み出すのに、膨大な時間を要したのだ。


 これ以上制限が増えれば、再び会う事は不可能になるかも知れない。


「記憶を戻さなければ、拒否される事も無い……」


 暫く考えた末に、彼女は管理者としての記憶を戻さない事を選んだ。


 ◇


「危険すぎる……」


 彼女が見守る胎児の両親は宿屋を営んでいた。

 しかし、その生活は胎児を見守る彼女にとって、不安を掻き立てるものであった。


 その宿屋には小さめの酒場が併設されていた為、その母親は朝から晩まで慌ただしく動き回っており、何度となく流産しかかる場面があった。


 その都度、彼女は本人にすらバレない様に母親を治療していた。


 そして、やっと安定期に入った頃……彼女は思った。


「側で見守らないと……」


 そう思った彼女は、自身を宿屋の近くに住んでいた女性の子宮に、その身を宿した。


「ずっと側にいれるようにしないと……マスターが前世で恋愛をして来た女性の容姿は全て把握出来ているから、大丈夫なはず」


 彼女は、人間の受精卵を模して作りあげた自分自身の遺伝子情報を調整を始めるのであった。

 彼女がマスターと呼んだ男が選んで来た女性達の外見等を参考にして。

 ただ、マスターと呼ばれる男の側に居続ける……その目的の為に。


 その数ヶ月後……人類が作ったロタール王国と呼ばれる国、その東の国境付近に位置するガランと言う町の宿屋に、ひとりの男の子が産まれた。


 最後の管理者と呼ばれた男が死んでから……22万年という時間が過ぎていた。


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