第2話 管理者の苦悩・最後の命令・新たな世界の創造
《全ての権限は、マスターが保持しています。指示をお願いします。》
白衣の男は顔を顰めた。
彼は、ナノマシンを憎んでいたのだ。
管理者達には本体には無い。彼等は、最高の知能、身体能力を持つ様にデザインされた遺伝子情報から作られたデザインベイビーが元となっている。
そして、常にクローンは培養され、永遠に続くような部品としてのみ存在させられていたからだ。
「世界の再生を……」
《現状での再生よりも、時間経過による、気温の低下、地震の停止、粉塵による大気状況の安定後の再生活動を推奨します。》
(まぁ、そうだろうな……この環境から再生するより、惑星が安定してからの方が効率がいいだろうな)
ナノマシンの合理性を考えると当然とも言える回答だが、男には合理的な回答が不愉快だった。
《惑星安定後の隔離領域でのマスターの再生を行いますか?》
「いや、俺の再生は禁止だ」
(もう、永遠に続く時間はうんざりだ……)
《現時点でのマスターの再生の禁止を登録しました》
(管理者は必須と言われると思ったが……そうか、全ての権限があるからか)
本来であれば、相互監視により拒絶される命令が受諾された事に一瞬驚いたが、すぐにその理由に思い当たる。
(他の奴らも同じ気持ちだろうな……聞くことは出来ないが、我先にと終わりを迎えたんだから……)
「俺以外の全ての管理者の再生も禁止だ」
最後の管理者は、他の者が望んでいたであろう事を命令に付け加える。
《命令を受諾しました。マスター以外の全ての管理者の現時点での再生ルーチンを破棄します》
(ルーチン……か)
その表現に、管理者が単なる部品だと言われているような気分になる。
男はモニターを見た。
そこには、灼熱に燃える大地、降り注ぐ隕石、荒れ狂う突風……そんな研究所の外が映し出されていた。
(まさに地獄とやらのイメージだな。
この中でよく研究所がもっているものだ……流石というかなんと言うか)
管理者として理解していたと思っていたナノマシンの能力を改めて確認して男は少し驚愕していた。惑星の表層が失われた中でも、高密度のナノマシンにより研究所は、人間が生存可能な状況を保っていたのだ。
(このまま終わりを迎えたら人類は終わるのかな……誰も生き残ってもいないし、それも良いかもな)
永遠とも思える人生を繰り返した男は、生きるという事に価値を失っていた。
最後まで地球上の遺伝子情報を集めて、彼に託した他の管理者には悪いが、本来、この惑星は滅亡する筈だった。
「……生命維持機能を停止しろ」
人類史……いや、惑星の歴史を自分が止める事に少し躊躇いはあったが、元々ナノマシンで維持されるのが異常と思った男は指示を出す。
《実行する指示が完全に失われる為、受諾出来ません。指示をお願いします》
「……なっ!」
全てを終わらせようと思った男の命令は、呆気なく拒否される。
《現時点ではマスターの生存している為、再生ルーチンは停止可能です。
但し、指示が必要な状況下では、再生ルーチンが再開されます》
更に男を絶望させる情報がナノマシンから伝えられる。
ナノマシンは、自発的な目的設定が行えない故に管理者が必要であった。それは、ナノマシンの存在する意味そのものであった。
それ故に、管理者の破棄に関しては、完全な受諾はされなかったのだ。
(くそっ!失敗した……最後になるんじゃなかった)
ここに至り、男は自分が最後の管理者になってしまった事を後悔した。
《環境再生後にマスターの再生をする事で、指示を保留出来ます》
「ふざけるな!俺の再生は駄目だ!再生するなら他のやつにしろ!」
《他の元管理者は権限を失っているため、管理者権限の譲渡は不可です》
「なっ……」
男は唖然とした……既に管理者権限の譲渡がされ、他の管理者は生存していない。
その為、既に他の管理者に押し付ける事も出来なくなっていたのだ。
自分が未だに管理者の呪いから抜け出せない事に気が付いた男は、絶望した。自ら命を断つ事が出来ないのは、既に過去試して知っていたからである。
飲食を断っても体内のナノマシンが栄養素を生成し、自らの身体を傷付けても傷は治され生命維持をしていまうのだ。
男はそのまま黙り込んでしまった……。
◇
管理者と呼ばれていた男は考えていた。どうすれば、この終わりのない時間から抜け出せるのかを。
(明確な指示だと、ナノマシンは完了と判断して、次の指示を得るために俺を再生させそうだな……)
神話の神にも等しいナノマシンに、完了したと認識させない命令を与える。しかも、それは実行可能でなければ拒否されてしまう。
男は黙り込んで考え込む。
恐らく、これが自身が死ぬ事が出来る最後の機会なのだ。
全ての管理者権限を有しており、且つ、地球環境自体が生命の存在を許さない状態。
今なら完了出来ない命令を指示した後で、研究所を維持しているナノマシンのリソースを命令の実行に回せば良い。
だが、次はきっとナノマシンはそれ自体を学び回避する可能性があった。
《(終わりのない指示など可能なのでしょうか? 目的が存在し続ければ良いですが……)》
男は思い違いをしていた。
ナノマシンは相互監視の為に、管理者の思考すらも脳内の伝達を介してモニターしていたのだ。
だが、ナノマシンに必要なのは、従うべき指示そのものだ。自らの存在意義である従うべき命令……それが与えられるのであれば……ナノマシンは、考え込む男の言葉を待った。
ふいに男が口を開く。
「……地球上の生態系の再生は可能か?」
《可能です。大気などの環境再生後に蓄積された遺伝子情報を元に生物分布や文明も再現可能です》
男は再び考え込む……。
(今の人類を再生して……俺はどうなる?)
男が一番気にしている点の確認をする。
「その場合、管理者はどうなる?」
《現在の人類文明にはナノマシンによる介入が必須となります。その場合には管理者の権限を持つ者が必要になり、マスターの再生が行われます》
ナノマシンからの回答に、やはりなと男は思った。
(なら、ナノマシンの意図的な調整が必要な文明は駄目だな)
男はナノマシンにより保たれている今の人類文明の再生を諦める。当然ナノマシンが必要になった環境汚染や自然枯渇などになる状況も駄目だ。
ふと男は思い付いた疑問を投げかけてみる。
「……文明の再生をするとして、歴史などはどう再生するんだ?」
《全人類の遺伝子情報に加えて、記憶の元となる脳内のシナプス結合情報を構築し、人類全てに記憶を定着させます》
さらりととんでもない回答が返って来て、男は唖然とした。
「き、記憶ごと再生する……のか……」
《管理者達の再生時も、他の一般世界で生きる娯楽用の管理者クローンからのフィードバックでも、既に記憶の再生は問題無く可能と実証されています。
今回の場合は、全人類が対象となる為、記憶の再生可能に制限がありますが、一般知識としての歴史と呼ばれる範囲では再現可能です》
「それは……もう歴史でも文明でも無いな」
《再生された人類の主観では、認識され無い為、管理者以外は認識不可能と予測します》
全人類の記憶を操作して、歴史すら作ると言っているのだ。
確かに全人類が同じ認識なら、誰も気が付かないだろうが……あまりの何でも有りぶりに男は半ば呆れ返った。
男は、その言葉で、新しく作られる世界では、可能な限り自然であるべきだと思った。
歴史や記憶すら作られた世界……それは、管理者として造られた自分が重なったからかも知れない。
「文明を……いや、人類を発生させない地球環境の再生は可能か?」
《否定します。人類の存続は最優先事項になります。また、文明を与えなければ、人類が他の種族に滅ぼされる可能性が高いと予測されます》
予想通りの回答を確認して、男は再び考え込む……。
ナノマシンは人類が創り出し、人類の生存圏を維持する為に存在しているのだ。
その後、男とナノマシンの議論は数ヶ月にも及んだ。
《命令を受諾……当研究所の維持機能を停止します》
そして……人類最後の男はその生命活動を終えた。




