第20話 公都での再会
闘技場に一人の男が現れる。
男はベテランの冒険者であり、冒険者の引退を考え始めている年齢に差し掛かっていて、仕官目当てに出場していた。
男は長剣とバックラーを持ったまま不機嫌そうな表情で相手を見ていた。
その相手、アベルは父の剣を背中に背負い闘技場に入ってくる。
「仕官目当てで参加したのに、こんな子供の相手をさせられるとは……殺せば名声どころか悪評にしかならないとは……」
男が不機嫌な理由がこれであった。
この一戦は男にとってメリットが無く、デメリットばかりなのであった。
この組み合わせには公爵が一枚噛んでいた。
娘のカーテローゼからの頼みもあり、家の面子が絡まない冒険者で、且つ、比較的穏やかな性格をした者と当たるようにしたのである。
そんな中、試合開始の銅鑼が鳴る。
「急所は外すから死んでくれるなよ」
そう言うと左手のバックラーを突き出すようにジリジリと距離を縮める男。
それに対して、アベルは剣を構えたまま微動だにしない。
二人の距離が剣が届くぎりぎりまで縮まる。
「お、おい……なんで動かないんだ?」
脇から見ていたアルバートがつぶやく。
その声にリリィの不安が強くなる。
(アベル…お願い……死なないで……)
《個体名リリィ……問題ありません》
ここ暫く無かったナノマシンの返事とも言える声に驚くリリィ。
次の瞬間、間合いに入った男がバックラーを押し付けるように突き出す。
それを予想していたかのような反応で、男の左側に回り込むアベル。
「ちぃ!」
男がバックラーをアベルの視界を塞ぐように動かすと同時に、右手の剣でアベルの左太ももを切りつける。
軽い衝撃を右手首に感じながらも剣を振り下ろした男の目に……手首から先が無くなった自分の右腕が飛び込んできた。
「ぐぅぅぅ……」
男が左手で押さえてうずくまる。
バックラーが目の前に来る直前……アベルの目は、右手の剣の動きを、その剣が近い未来に通る軌跡と共に捉えていた。
それを見るや否や、男の手首が通る位置目掛けて左手一本で剣を切り上げたのであった。
ゴゥンゴゥン
試合終了の銅鑼の音が闘技場に響き渡る。
会場はまさかの番狂わせに沸き立っていた。
「ま、まさか……圧勝するとは」
アルバートの漏らした感想は、闘技場の至る所で多くの人が口にしていた。
◇
初戦の後、アベルは控え室に戻っていた。
「ここで待ってたら、執事さんが来て宿屋に連れてってくれるんだっけ」
大人に剣で勝っても、いまだ8歳。
片道2日かかる町は遠い地であり、一人で宿の手配もままならないのであった。
戦いで見せた落ち着きは無く、挙動不審な様子で落ち着きなくキョロキョロしていた。
そんな控え室の扉が開く。
「アベルー!」
入ってきたのはエヴルー子爵家の執事では無く、リリィであった。
そのままアベルに飛びつくリリィ。
「うわっ!」
ガタン!
勢いよく飛びつかれた弾みで、椅子から転げ落ちる二人。
そのままアベルを下敷きに抱きついたまま、リリィは泣きじゃくっていた。
「アベル!アベル!心配したんだから!なんて危ない事ばっかりするのよ!」
「い、いや、これは……」
予想外の展開に戸惑うアベル。
そこに一緒に付いてきたアルバートが声を掛ける。
「少し好きにさせてやってくれ。平民の身で貴族ばかりの学校に通いながら、泣き言1つ漏らさないそいつが、お前の心配をして泣いているんだ。それと……」
言いにくそうにアルバートが言葉を続ける。
「……リリィ……下着が見えてるぞ」
その言葉に我に返ったリリィは、飛びついた際にめくれ上がってしまったスカートに気が付いて、急いで直す。
「……アルバート様……見ました?」
「い、いや、すぐに横を向いたから大丈夫だ」
顔を赤らめてアルバートが言う。
「……何色でした?」
「……白……だったな」
「み、見てるじゃないですか!アルバート様のバカー!」
涙目で顔を真っ赤にしてリリィが怒鳴る。
「そ、そなたが悪いんだ!いきなり男を押し倒すなんて誰が予想出来る!」
「お、押し倒してなんていません!い、勢いです!」
「……はは……あははは」
アベルが笑い声を上げる。
「な、何よ」
「いや、悪い。リリィがリリィのままで良かったと思って」
「何よそれ」
アベルが何を言ってるのかわからず、キョトンとする。
「それで……なんでアベルが大会に出てるの?」
椅子を直し、座りながらリリィが尋ねる。
「あぁ……エヴルー子爵に呼ばれて……なんて言うか…リリィを取り返そう……と?」
アルバートに空いている椅子を手で勧めて、自分も座りながら言った。
「と?ってなに、と?って。なんで疑問形なの?」
「いや、なんだろ……流れで、いつの間にかなってたから……でも今のままだと、リリィはずっと家に帰ってこれないだろ?」
「出場したら帰れるの?」
アベルの説明に首を傾げるリリィ。
「優勝したら返してくれるって約束になってる」
「返すって……アベル、あのね」
リリィが姿勢を直してアベルに語りかける。
「う、うん」
「エヴルー子爵とどう言う話をしたのかわからないけど……あの日の話聞いてたでしょ?私はあの家には戻れないよ?お金と引き換えに……売られたようなものだもの。そんな所に帰って喜んでくれるとは思えないよ」
「……」
アベルは言葉を失う。
「でも、私の為にしてくれたのね。ありがとう」
微笑むリリィ。
「ただね……それなら尚更、戦うのは辞めるべきよ?私はアベルが怪我したりする方が辛いんだから」
「今更、出るの辞めれないと……思う」
納得出来ないような表情をしながらアベルが言う。
リリィがアルバートを見るが、アルバートは首を横に振る。
「公爵様にもう一度お願いしてみるのは……」
「二人とも明日の対戦相手を調べてないみたいだな……心配する割に変なところで抜けている」
呆れた顔でアルバートが続ける。
「明日の対戦相手は、恐らく公爵家のお抱えの白銀騎士団副団長……前回の優勝者だ。 今、出場を辞めれば公爵が裏で手を回したと言う噂が立ちかねないから、棄権は無理だ。せめて今日が辛勝だったなら、子供相手にという話もあっただろうが、力を見せた今となっては……」
戦う理由が無くなったにも関わらず、戦うしか無い状況に暫し3人は無言になってしまった。




