第19話 アベル公都に(アベル)・本当の剣術大会
領主の館でアベルとミーシャは、数年ぶりに領主と対面していた。
「町で噂になっているから会ってみれば……あの時の子供だったか」
アベルを一瞥すると子爵はそう言った。
「随分と剣の腕がたつらしいな」
「……リリィを守るために修行しました」
「ふん。たかが幼年学校で1番になったくらいで、強いつもりか?」
「……」
子爵の言いたいことがわからず、返答に困るアベル。
「あの、子爵様……お呼びとの事でしたが、どのようなご用件でしょうか?」
息子を馬鹿にされる怒りを堪えてミーシャが問う。
「最初は褒めてやろうかと呼んだのだが……世間知らずな子供に世の中を教えてやろうかと思ってな」
「どう言う事でしょうか?」
「リリィ……あの娘がどれ程の事をしているか知っているのか?」
その言葉にアベルは悩む。リリィからの手紙は毎月の様に届くが、特に変わったことは書いてなかったと思ったからであった。
リリィは手紙ではアベルの日常を聞く事が多く、自分の事は学校での出来事や家での出来事を、当たり障りない程度に書いているだけであった。
その為、アベルは普通の生活を出来ていると思っていたのである。
「あの娘は、薬やポンプなどをローデリック子爵と共に作り出し、今やランバート公爵や王都の陛下にまで名前を覚えられているのだぞ」
アベルとミーシャは驚いた。
去年、井戸に設置された手押しポンプは、水汲みが楽になり評判だったが、まさかリリィがそれに関係しているとは思っても無かったのだ。
この手押しポンプは、ローデリック子爵が使用人達が困っていると言う相談をリリィにしたところ、作り方を聞き出せた為に販売したものである。
リリィからすれば、文明水準として鋳造技術は確立されているから良いか程度の認識だったのだが、いままで存在しなかったものを量産できるレベルで正確に製造方法を図式化出来る価値に思い至っては居なかったのだ。
その後、王都に呼ばれた際に聞かれたローデリック子爵は、我が家には貴重な知恵袋が居ますのでと返答したのである。
「貴族が集う公都で常に首席を取り、王国の知恵袋とも言うべき識者を、たかが剣が少し立つくらいで守ろうなどと、身の程知らずとは思わないか?」
ただ、エヴルー子爵がアベル達にきつく当たっているのには別の訳がある。
エヴルー子爵からすれば、リリィはローデリック子爵と自分の二人で見出したと言う想いがあったが、リリィの知恵を使い名誉を得ているのはローデリック子爵ばかりという思いがあり、言わば八つ当たりのような怒りをアベルとミーシャにぶつけていたのである。
「……それでも、俺はあいつを守りたいと思っています」
か弱い幼馴染が、突然雲の上の存在に変わってしまったかのような錯覚を覚えながらも、必死に絞り出すかのようにアベルは想いを告げる。
「ほぉ、ならば来月開かれる公都での大会で優勝してみよ。言っておくが、学校のそれとは別物だぞ? 周りは大人ばかり、それも騎士団や憲兵などから選ばれた者達が真剣で行うのだ」
子爵が意地悪く言い放つ。
子爵が言う大会は、数年に1度王国で開かれ、それぞれの貴族家が数名の代表者を出し競い合うものであった。
家の名誉の為であったが、真剣を使う以上当然死者や怪我人も出る大会で、私兵や騎士団を抱える貴族……もしくは、目に留まり雇われる機会を伺う在野の武芸者以外は、賭けの対象の娯楽であった。
「お、お待ちください! この子は、まだ年端も行かない子供です、そんな大会になど……」
ミーシャが青い顔をして翻意を促す。
言い出した子爵も、その様な大会に子供を本気で出そうとは思っても無く、詫びて謝ってくるだろうとの思いで言っていた。
「出ます……優勝したら、リリィを返してください」
「……!」
子供の威勢で出ると言いかねないとは思ったが、返せと言われて子爵は憤慨する。
自分は奪ったのでは無い! 親も納得し、金まで払っている! それなのに、自分には何も恩を返さない!
ここ数年溜まった鬱憤が爆発してしまった。
「よく言った! 後で恐れをなしたなどとは聞かんぞ!」
「ちょっとアベル……何を」
「はい、構いません」
こうして弱冠8歳の少年は、真剣で大人達が斬り合う大会に出場する事となった。
◇
公都ではリリィが教室で本を読んでいた。
そこに慌てた様子のアルバートが飛び込んできたかと思うと、リリィの席に駆け寄ってくる。
「リリィ!」
「は、はい!」
突然呼ばれ驚いて返事をしてしまうリリィ。
「君が言っていた剣の腕がたつ友人と言うのは、アベルと言うのか?!」
「は、はい、そうですけど……」
アルバートがアベルの名前を出すとは思わなかったので、キョトンとしてしまう。
「3日後から開かれる剣術大会に、ガランのエヴルー子爵家の枠で出るらしいぞ!」
「アベルが公都に来るんですか?」
まさかの事に喜ぶリリィ。
「何を呑気な事を言ってるんだ。知らないのか?出る剣術大会は、大人が出る真剣での大会だぞ」
その言葉に喜びから一転して、リリィが真っ青な顔になる。
「ど、どうしよう……止めなきゃ」
「どうやって止めると言うんだ。公式に発表された以上、家の面子の問題もある……エヴルー子爵は引き下がるとは思えないぞ」
「で、でも……」
リリィの脳裏に数年前のアベルが切られた光景が浮かぶ。
「何の騒ぎですの?」
そこにカーテローゼが現れる。
「リリィの……ガランに居る友人が剣術大会に出るらしいんだ」
「剣術大会?この学校の生徒しか出場出来無いのでは?」
カーテローゼは友人と聞いて学校毎に行われている大会かと勘違いをしたのだが、アルバートがそれを訂正する。
「いや、そっちじゃない……闘技場で行われる本当の大会の方だ」
「まぁ、子供であれに出るなんて……あれは、家の名誉を掛けた真剣勝負ですよ」
真剣でやり合う為、例年少なからず怪我人……運が悪ければ死者も出る大会なのだ。
おもむろに席から立ち上がったリリィは、突然カーテローゼに頭を下げる。
「カーテローゼ様!お願いします、力を貸してください!」
「ちょっと何ですの!?や、やめて下さい……お顔を上げてください」
狼狽したカーテローゼは止める。
ここ数年でカーテローゼにとってのリリィは、頭を下げさせて喜ぶような対象では無くなっていた。
「リリィは……その子を死なせたくないんだろ」
「そう言われましても……」
こと家の名誉が絡んでいるだけに困るカーテローゼ。
家の名誉が掛かっているだけに、上から言えば通る類のものでは無かったのだ。
そんなリリィの不安をよそに、大会は無常にも開催される。
カーテローゼは父親に何とかならないか尋ねてはみたものの、アベルの出場は変わらなかった。
それどころか、子供が出場する事が話題となり、公爵としても周りの期待に応えるため、出場して貰わなければならない状況になっていたのだ。
そして大会の初戦……リリィとアルバートの2人は、闘技場の係員控え室に居た。
公爵に面会したリリィは、せめて何かあった時にすぐに駆け付けられる場所に居たいと言った為である。
カーテローゼは、残酷な物を見せたくない公爵の意向で観戦は却下されていた。
闘技場は初戦にも関わらず、まるで決勝の様な観客が入っていた。
初戦に、わずか8歳の子供が出場する話が広まった為である。
街の評判は、幼い子供を出場させたエヴルー子爵の悪評が流れていたが、残酷だと批判しながらもそれを観戦に来る辺りが人の業を表しているのだろう。
「さて……せめて子供が死ななければ良いのだが……」
賓客席の公爵が隣の席に座る者に話し掛ける。
「そうですね……リリィが想いを寄せる相手なので、悲しむような事は避けたいのですが」
公爵の隣に座るローデリック子爵が答える。
リリィが発明した色々な商品の事もあって、公爵と子爵は懇意にしていた。
「最悪、即死でさえなければ彼女の魔法で助かるとは思うのですが、何せ真剣ですから下手をすると……」
「ほぉ。あの娘の魔法はそれ程なのか」
「話に聞いたのは一度ですが、瀕死の重傷をたちどころに治したとの事です」
「その様な事が可能なのか?」
公爵が後ろに立っているお抱えの魔導師に問いかける。
「上級の治癒魔法であれば可能ですが、わずか5歳の少女が使えるのは珍しいかと。何せ上級の魔法を使える者など、王国でも両手で数える程ですから」
魔導師は信じられないと思いつつ、子爵家の当主の言を否定する訳にもいかず、そう答える。
ローデリック子爵も自分で目にした訳では無いが、家に利を与える事や、傲慢さが目に付く息子の態度が突如変わった事から、リリィならもしかして、という思いもあったのだ。
「ふむ……その少女の魔法が本当かはともかく…使わずに済むのであれば良いな」
子供を真剣勝負の見世物にする事に嫌悪感を持っていた公爵であったが、意外な話題に興味を惹かれるのであった。




