第18話 立場の変化・アベル公都に(アベル)
公都に居るリリィは、教室で思い出し笑いをしながらニヤニヤしていた。
前の日の晩に届いたアベルからの手紙を思い出していたのだ。
「けんじゅつ で ゆうしょう した。
みんな ほめてくれて うれしかった。」
アベルからの手紙は、3回に1回くらいしか返ってこないし、返ってきても数行だった。
でも、必死に手紙を書くアベルを想像すると、幸せな気分になるリリィであった。
(優勝かぁ~嬉しかったんだろうなぁ。 お祝いしてあげたかったなぁ)
そんな事をリリィが思っていると、
「な、何をニヤニヤしてますの? 気持ち悪い」
カーテローゼである。
ここに来た頃は平民と蔑む人が多かったが、どれだけ突っかかっても平然としているリリィの態度に、カーテローゼは嫌味は言いつつも、何かあると話し掛けると言う関係になっていた。
そしてカーテローゼがリリィに話し掛けると、アルバートがいつの間にかやって来て、貴族から平民への理不尽過ぎる発言を諌める。
そして暫くすると満足したかのような表情を見せながら、カーテローゼが去っていき、それに合わせてアルバートもリリィの元を去る。
それが毎日のルーチンワークのようになっていた。
公爵令嬢であるカーテローゼが毎日話掛けるのをみて、周囲の者もリリィと仲良くする訳では無いが、かといって何か嫌な事をするわけでも無くなっていた。
カーテローゼがリリィを本当に嫌っているのかわからず接し方が決めきれないのだ。
公爵令嬢であるカーテローゼ本人や、正義感からのアルバートはともかく、他の貴族家の子供達は親から公爵家との関係を良好にするように言い含められているのだ。
今も1人教室の隅の席に座っていたリリィの元に、わざわざ近寄ってきたカーテローゼが何かあったのだろう? 早く答えろ。と言わんばかりに立っている。
そして、それを少し離れた所でカーテローゼの取り巻き達が見ている。
(あ〜、これは何か言わないと駄目な感じね。しかし、なんでこの人は毎日絡んでくるんだろう)
そんな事を思いつつ、無視出来ないと諦めたリリィが口を開く。
「ガランに居る友達が、剣術大会で優勝したと聞いたので、嬉しくて」
「ふ〜ん。そんな野蛮な事が嬉しいのですね」
(う〜ん、なんて言えばいいんだろう)
いつもなら黙っておくとか適当な相槌で流してしまうのだが、その時のリリィは自分の嬉しさをわかって欲しかった。
「例えば……カーテローゼ様の家来の方が、剣術で優秀だと言われたとしたら誇らしく思いませんか?」
普段は事なかれ主義で流すリリィだが、アベルの凄さをわかって欲しくなり、説明を始める。
「我が家の家臣であれば優秀なのは当たり前ですが……そうですね。それなら、少しわかる気もしますわ」
(良かった)
少しは通じたかなと、リリィが喜んだ矢先、
「いや、ガランの町の幼年学校は平民だけだろう。我々貴族の者達がでる剣術大会とは別物だ」
騎士の出であるアルバートが話に入ってくる。
いつもならリリィの肩を持つ事が多いアルバートが、珍しくリリィの意見に異を唱える。
(騎士くんだから、剣術には拘りがあるのかな?)
周囲の女の子達が騒いでいるので、なんとなくアルバートが剣術の試合をしているのを見た事はある。
きちんと教える者がいるのか、アルバートに才能があるのか、他の家の子供よりは強いが……所詮は子供同士での話だ。
リリィの見た感じでは、どんぐりの背比べといった印象しか受けなかった。
「あら、そうですの? 農業の片手間でやってる平民の大会と、日々鍛えてる我々と一緒にしないで下さいませ」
一転して勝ち誇った顔をするカーテローゼ。
アベルが優勝したのは嬉しいが貴族と平民での優劣に特に興味は無いリリィ。
彼女はアベルが喜んだであろうと思い、それ自体が純粋に嬉しかったのだ。
「仰る通りです。貴族の方々をお守りする騎士の方々と、平民の片手間の剣術では比べるのがおかしいのは存じております」
リリィの返事に満足そうにカーテローゼは頷きを返すが
「リリィ……どれだけ腕が立っても平民では、そなたには釣り合わないぞ?」
何故かアルバートに、ダメ出しをされる。
「え? い、いや、私も平民……なのですが」
まさかの意見に慌てるリリィ。
「いや、出自こそ平民とはいえ、子爵家で暮らし、普段我々と接するそなたは、ただの平民とは異なる。それを自覚すべきだ」
「……そうですわね。貴方は自分の事について、少し認識を改めた方がよろしいですわよ」
そう意味深な言葉を残してカーテローゼは取り巻きの輪に戻って行った。
カーテローゼは周囲をまとめあげる公爵家の娘である。そして、新しい流通方法や貴族の子供に稀に見られる病気の治療薬等で躍進目覚しいローデリック子爵家。
彼女の父親、そして父親からそれを伝えられたカーテローゼは、それらの知識の出処を把握していたのだ。
貴族でも無いが、既にただの平民とも違う……公都でのリリィの立場は本人の自覚しない所で徐々に変わりつつあったのだ。
◇
2年後のガラン幼年学校では、その年の剣術大会が終わっていた。
「おぉぉ!これで3年連続だ!」
8歳になったアベルは、3連続優勝を果たしていた。
参加が幼年学校の生徒である為、大抵が最年長の10歳の子が優勝するだけの行事だったのだが、アベルが優勝してからは、ちょっとした町の催し物になっていた。
年々、子供離れした強さを身につけていくアベルを見る為に他の町からも見物人が来る程だった。
「アベルくん。弓も上手なんでしょ? 今度教えてよ」
「今度、授業でクッキー焼くから食べてね」
アベルは、ちょっとした学校のヒーローみたいになっており、色気づき始めた同級生や上級生の女の子に、チヤホヤされていた。
「はいはい。アベルは、心に決めた子が居るんだよ」
半ばからかう様な口調で級友の男の子が助け舟を出す。
事実、親元を離れて1人公都で過ごすリリィを思うと、悪い気はしないが、他の女の子と仲良くする気にはなれず、もっぱら男友達とばかり過ごしていた。
「友達は別に沢山いる方がいいじゃない。って言うか、なんであんたが出てくるのよ」
アベルが女の子と接するのが苦手な事を知ってるその級友が、チラリとアベルに目配せすると、
「あ、父さんとの約束があるんだった。またな!」
そそくさと逃げ帰るように駆け出していった。
「あ、もう!行っちゃったじゃない!」
そんな文句が聞こえたが数日もすれば、優勝の空気など無くなるだろうと思って、気にしないことにした。
◇
◆
◇
その日の晩、宿屋の酒場をアベルが手伝っていると、執事風な服装の男と、鎧を纏った男が入って来た。
「いらっしゃいませ……お食事ですか?」
男達の服装に違和感を感じながら、いつも通りの言葉で問い掛けるアベル。
「あなたが、アベルさんでいらっしゃいますか?」
「は、はい……そうですが……」
「私は、領主エヴルー子爵様の元で執事を務めさせて頂いている者です。子爵様がお会いになりたいとの事ですので、ご同行頂けますかな?」
執事の発言に場が静まり返る。
「で、でも、お店が……」
領主の館に行った時の事を思い出し、嫌な予感しかしなかったアベルは、戸惑いをみせる。
だが、そんな言葉も虚しく……
「じゃ、じゃぁ、お代置いとくから」
と、客達は、そそくさと逃げ帰っていった。
つい先程まで、アベルの剣術を褒め、うちの娘を許嫁にどうだなどと言っていたのにである。
もちろん、平民で許嫁など殆どが冗談であるが、中にはアベルの狩りの腕を知った上での打算から言っている者も居た。
それに対して、アベルもアベルの両親もまともには取り合ってはいなかったとは言え、見事なまでの豹変ぶりであった。
(こいつらも…リリィを売ったあいつらと同じか…)
アベルは、そんな客達の様子から、リリィの両親を思い出して不愉快な気分になった。
「泊まっているお客さんもいるから、お前は待って「私がついて行きます!」」
ミーシャに残れと言いかけたカインの言葉を、ミーシャが遮る。
「……わかった」
妻の決心したような目を見て、カインは妻に行かせる事にした。
「では、こちらに」
執事に促されて外に出ると、店の前には馬車が止まっていた。




