第17話 復讐(アベル)・剣術大会(アベル)
その日、いつものように森に狩りに来たアベルは、木の上で獲物を探していた。
「ん?……あっちか?」
普段は感じない気配を察知したアベルは、その方向に木から木に飛び移りながら移動していた。
「人だ……なにしてるんだ?」
アベルが目にしたのは、街道が辛うじて見える場所で身を潜める数人の男達の姿であった。
アベルがしているように狩猟目的で来る人間はいるし、森の脇には街道もある為、そこを通る人も居る。
だが、男達の様子はそのどちらでも無かった。
耳を澄ませると、男達の声が聞こえてくる。
「もう少ししたら駅馬車が来るぞ。気を引き締めろ」
「気を引き締めろって護衛も仲間じゃないですか。見せかけの戦いをするだけでしょ?」
「客の中に腕が立つのがいるかもしれねぇだろ、油断すんじゃねぇ」
(盗賊……か?)
男達の会話を聞きながらアベルは考えた。
ふいにアベルは、リリィを攫い自分を斬った男の事を思い出した。
まさかと思いながら、アベルが男達の顔を確認すると……男達の中に、あの日アベルを斬った男が混ざっていた。
あの後、捕まったと聞いていたので、処刑なりされたと思っていたのだが……彼等はアベルの前に現れたのだ。
(あ、アイツらのせいで、リリィは……)
怒りが沸き上がる反面、頭はどんどん冷めていく。
アベルは木の上から冷たい視線で男達を見下ろすと、一番後ろに居た男に狙いを定め、ゆっくりと矢を番える。
「……」
アベルは番えた矢を離す。
矢は男の首筋に刺さり、男が糸の切れた人形のように横に倒れる。
ほとんど音を立てずに、アベルは倒れた男の元に降りたった。
森での狩りをするうちに、獲物に気付かれない動き方を身につけていたのである。
男が持っていた剣を拾い上げると、
ガリリッ!
わざと地面に剣を擦り音を出し男達の注意を引く。
「誰だ!」
「あ、あの時のガキ!」
音に気がついた男達が、振り向きざまに声を荒らげる。
そして、アベルを斬った男が驚いた表情を見せた。
「やっぱりあの時の……」
アベルは、剣をダラりと持ったまま静かに言った。
「生きてやがったのか。だが、今度こそ、死ね!」
そう言い放ちながら、男が剣を振り上げる。
次の瞬間……低い身体を更に低くするように踏み込んだアベルが、自身の身体ごと剣を横に振り抜く。
「えっ……うぎゃァァ!」
一瞬で両足を膝から切断されて、男は地面に倒れ込んだ。
「な、何しやが……」
隣の男が言葉を放っている間に、振り抜いた剣の勢いのまま、身体を回して飛び上がったアベルの剣が、男の肩から脇腹へと切り抜ける。
そのまま、左手で切り裂いた男の上半身を掴むと、近くに居た男に投げつけて怯ませ、その後ろに居た男の眉間をアベルが右手の剣で穿く。
眉間に剣が突き刺さった時には、アベルの左手は仲間を投げつけられた男の剣を掴んでおり、剣を離した右手が男の肘を叩くと、男に握られた剣が首筋に突き立てられた。
またたく間に仲間を4人失い、狼狽した残りの3人の男達は、
「に、逃げろ、化け物だぁぁ」
我先にと街道に出て走り去ってしまった。
「いてぇ……いてぇよぉ」
両足を押さえてうずくまる男 ── 町でアベルを斬った男 ── の元に、剣を片手に持ったアベルが歩み寄る。
「ま……待て、待ってくれ! あれはお頭に言われてやったんだ! 命令されただけなんだ!」
「お頭って誰だ」
静かな口調で問い質すアベル。
「お、俺たちは、双蛇の巣のメンバーなんだ!お、お頭ってのは俺たちのボスだ」
「名前は?」
「お、俺の名前は……ぐぁぁ」
アベルが男の肩に剣を突き刺す。
「ボスの名前だよ」
「し、し、知らねぇんだ! ボスは護衛の仕事を冒険者として受けて、俺たちに襲わせるんだ……ぐぁぁ!! ほ、本当に知らねぇんだ!」
男が答える間に、アベルが剣を捻る。
「何のために……あの女の子を攫った」
剣を引き抜きながら、更に問う。
「わ、わからねぇ……ただ攫ってこいとしか…」
「そうか……最後の質問だ。普段は攫った女の子は、どうしてるんだ?」
アベルが男に問い掛ける。
「なにもしねぇ」
アベルは、男の目の前に剣を突きつけた。
「た、楽しんだ後で、売るんだ!」
次の瞬間、男の首は地面に転がっていた。
アベルは転がった男の首を見ていた。
「こいつらを殺しても……リリィは帰ってこない。双蛇の巣……か」
静かにアベルが呟くが、
「あっ、血まみれになっちゃったな。落とさなきゃ」
突然、自分が血塗れな事に気が付くと、アベルの顔に表情が戻った。
先程までの冷めた雰囲気は失われ、友人と話す時のいつものアベルに戻っていた。
そしてアベルは、何事も無かったかのように、無残な姿と化した男達を放置して、血を落すために池に向かって歩き出した。
◇
幼年学校では、年に1度、その年に学んだ事を確認する意味も含めて、剣術や弓、踊りや楽器などを競い合う行事があった。
そして、ガランの町の幼年学校で行われている剣術大会の決勝の場は、かつてないほどの盛り上がりを見せていた。
普段であれば仕事などで家族ですら見に来るものは限られている毎年の定例行事。
だが今日は例年の閑散とした様子が嘘のような祭り騒ぎになっていた。
その理由は人集りの中心にあった。
最年長である10歳にしては立派な身体付きをした男の子の向かいに、まだ幼児とも言える様な背丈のアベルが対峙していたのだ。
子供の1年は大きな差が出る。
にも関わらず、今年幼年学校に入ったばかりの子供が、歳上の子を破り決勝まで進んだ事が広まり、多数の見物人が来ていた。
「が、ガキの癖に生意気なんだよ!」
年上の男子がアベルに言い放つ。体格も良く力自慢だった彼のプライドにとって、自分の弟よりも幼いアベルが周囲から注目を集めているのが気に入らなかった。
「いや、お前もガキだろ!」
「「あははは」」
見物人から飛ぶヤジに周囲から笑いが起きる。
その笑いに自分をバカにされたと感じたのか年長の男子の顔が怒りに赤くなる。
「お、お静かにお願いします! ふ、ふた、二人とも、やり過ぎないように」
「おいおい、ヨハンのやつ、どもってるぞ」
「あははは」
教員とは言え、実際は只の平民にしか過ぎず、多少剣の腕が他の人より立つというだけだったヨハンは、慣れない人集りの場にしどろもどろになっている。
本来であれば生徒が怪我をしないように注意しなければいけない立場なのだが、多数の人に見られている緊張からか年長の子の目に殺意とも呼べるものが宿っているのに気がついていない。
「アベルくん〜頑張って〜」
「そんなチビに優勝させるんじゃないぞー」
「アベル〜優勝しちゃえ〜」
双方の級友が、それぞれに応援を飛ばす。
そんな中、アベルはゆっくりと木刀を構える。
それにつられて、年上の男の子も木刀を構えた。
「はじめ!!」
「うおおおおぉ!」
開始の掛け声と共に男の子が飛び出し、体格にものをいわせて上段から頭を目掛けて木刀を振り下ろす。
アベルは、スっと右足を引いて半身を後ろにズラして振り下ろされた木刀を躱す。
素人の子供の剣筋だが、頭部に当たれば下手をすれば怪我では済まない可能性もある。
だが、それを周囲に感じさせない脚さばきでアベルが軽やかに躱し続ける。
(これ……授業の一環だったはずだよなぁ)
自分の目を狙ったであろう突きを躱しつつ、アベルはそんな事を考えていた。
時間にすれば1、2分だろうか。
僅かな時間だが、最年長とはいえまだ10歳の子供の体力では、力任せに木刀を振り回すには限界だった。
(怪我はさせる訳にはいかないよな)
踏ん張りが効かなくなってきたのだろう。
最初の一撃と比べると明らかに遅くなった上段からの斬り下しをかわし、そのまま自分の木刀で相手の木刀を上から叩き落とした。
カララン……
乾いた音がして木刀が地面に転がる。
「そ、それまで!」
教員が終わりを告げると、
「「うわわあああ!!」」
「なんだ、なんだ、もう終わったのか!」
「あんなちびっ子なのに、凄いぞ!」
「やったぁ! アベルの優勝だ!」
周囲は、その結果に大騒ぎとなった。
「ありがとうございます」
アベルは、数歩下がってから、今対峙したばかりの男の子に軽く頭を下げると、自分の級友達がいる方向に歩き出した。
「やったなぁ、すげぇじゃん、優勝だよ、優勝」
「かっこよかったよ! すごく!」
男の子の級友に肩を抱かれ、女の子の級友に手を掴まれ、もみくちゃにされながら、アベルは楽しそうに笑っていた。




