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第16話 アベルの覚醒(アベル)・弓の授業(アベル)

 時は少し戻り、リリィがガランを去る日。

 街の入口には馬車が止まっており、その周囲を護衛であろう騎馬が3騎立っていた。


 その少し離れた所に黒髪の少年と少女……そして、少年の両親が2人の様子を見守っている。


 まだ完全に陽が昇って居ない早朝の為、他には門番しか居なかった。

 リリィの両親の姿もないのだ。


 何か言いたいが何を言えば良いかわからない。

 そんな表情を見せるアベルの頬を、リリィの手がそっと触れる。


「じゃぁ……行ってくるね」

「……あぁ」


 アベルが斬られた一件以来、アベルとリリィの間には、何処かギクシャクした空気が続いていた。


「なによ……恋人が遠くに行っちゃうのに、気の抜けた返事」

 拗ねたような顔をするリリィ。


「誰が恋人だよ」

 顔を赤らめながらアベルが反論しようとすると、スっと近づいたリリィがアベルに抱きついた。


「好きだよ……これからもずっと」

 小声でそう言うと、アベルから離れ馬車の方へと駆けていった。


 馬車が過ぎ去るのを見送ったあと……その場で馬車が完全に見えなくなるまで立っていたアベルは、部屋に戻ると1人涙を流していた。


(力が欲しい……あいつを守ってやれるだけの力が……)


 だが、どうすればリリィを守れたのかアベルにはわからなかった。

 相手は貴族だ。

 平民が多少努力した程度で、どうにかなる相手ではない。


 リリィの将来の為には、もしかしたら貴族の家で生活をして学校に通わせて貰う方が良いのかも知れないが……

 リリィの意志を確認する事すら出来なかった。


 何故なら、リリィが嫌がっているとわかってしまえば、より辛く惨めな気分になる事がわかっていたから。


「俺にあいつを護る力があれば……」


 その目は壁に立て掛けられた父の剣を見つめて、力が欲しいと願っていた。


 《クローンからの要請確認…近接戦闘力の向上と判断………亜人、魔物、竜の存在を確認………現状の身体能力値では、不十分と判断。身体の強制改造、及び、身体強化の魔法の作成を開始します》


 アベルの頭の中に無機質な声が突如鳴り響く。

 アベルは管理者では無かったが、管理者のクローンとしては登録されていた。


 管理者のクローンは、個人レベルで持ちうる色々な望みをナノマシンからのサポートによって得られる様になっている。


 通常であれば、トップアスリートになりたいと思えば、それを実現出来る身体能力などであった。


 だが、幾度となく作り直された世界には、

 猛獣よりも遥かに獰猛で巨大化した生物である魔物、

 亜人の中でも魔法の因子を濃く持つ魔族、

 食物連鎖の頂点に立つ竜、

 などが存在していた。


 ナノマシンは、近接戦闘によりそれらと戦いうる身体にアベルを作り替え始めたのである。


 護る……その希望の想定敵に、この世界の生物を前提として……


「ぐっ……うわわあああ!」

 アベルは突如として襲う全身の痛みと発熱に叫びを上げて、次の瞬間には気を失っていた。


 ◇


「う……ううん……」


「アベル! 気がついたのね!」


 アベルが目を開けると心配そうな顔をしたミーシャが居た。


「あれ?母さん……おれ……」


「良かった。7日間も眠ったままだったのよ」

 ミーシャが泣きながら話し掛けてくる。


「そ、そんなに……ぐっ!」

 アベルは起き上がろうとしたが、関節に残る痛みに顔をしかめる。


「ま、まだ無茶しちゃ駄目よ。ゆっくり寝ていなさい」

 そう言うと肩を押さえてアベルを横にさせた後、おでこに手を当てて熱を測る。


「熱はだいぶ下がったみたいね……とりあえず、今は身体を休めてなさい」

 そう言うと、ミーシャは部屋を出ていった。


 一人になったアベルは、ゆっくりと右手を天井に向けて伸ばす。


 目に入るのはいつもの見慣れた自分の右手……だが、アベルは自分の身体が今までと違うのを感じていた。


 ◇


 アベルが目を覚まして数日後、すっかり身体は回復しアベルは動けるようになっていた。


 いや……倒れる前より身体は軽く調子が良くなった気がする程だった。


 身体だけでは無い。意識を集中すると2階の部屋に居ながら、1階の食堂で話す色々な声が明確に聞こえていた。


(俺の身体……どうなったんだろ?)

 意識を失う前に頭に響いた声を思い出そうとするが、モヤが掛かったかのように明確には思い出せない。


 それよりも、アベルの意識は力が入り過ぎる身体の違和感に戸惑っていた。


「もう、身体は大丈夫なのか?」

 アベルが1階に降りると、父親のカインが尋ねてきた。


「うん、もう大丈夫。学校に行って来るよ」

 調子が良すぎる違和感があるが、これ以上心配を掛けたく無いと、カインにそう伝えながら、アベルはそのまま家を出て、久しぶりの学校に向かった。


「あ! アベルが来てる! どうしたんだ、何日も休んで」

「アベルくん、大丈夫?」


 学校に行くと、心配してくれていた友人達がアベルに声を掛けてくる。


「あぁ、もう大丈夫。ありがとな」

「おう! しんどかったら言えよな」

 そう言いながらアベルの背を友人が軽く叩いた。


「そう言えば、今日、弓の授業あるけど出来るのか?しんどくないか?」

 今日の授業の内容を思い出したのか、不安そうな表情で聞いてくる。


 平民が通う幼年学校では、文字の読み書きの他に、男子は狩りに使う弓や槍、女子は裁縫などがあった。


「大丈夫だと思う」

 身体はすっかり良いのだが、数日休んで心配を掛けたのを考えて、アベルはそう答えた。


 そして弓の授業に出る為に、男子が校庭へと移動する。

 校庭と言っても、平民が通う為の学校だ。特に整備されている訳でも無く、石等もあちこちに転がっている広場だ。


 その広場に弓の的や使い古された鎧が付いた丸太が立っている。

 女の子達が裁縫を学んでいる校舎にしても、あちこちから隙間風が入って来る程傷んでいる。


 リリィが通う貴族用の幼年学校を目にしていれば、その違いになにか思ったかも知れないが、平民用の幼年学校しか知らないアベルにとっては限られた予算の中で最低限の教育をするこの学校が普通であった。


 だが、まだこの町に住む者は恵まれている方かも知れない。

 公都から近い為に学校があるが、大半の村や町で産まれた子供達は、学校自体に行く事は無く、字の読み書きや計算も教えられる事無く一生を終える者の方が多いのだ。


「アベルか。もう大丈夫なのか? 無理はするなよ」

 弓の授業の為に校庭で子供達を待っていた初老の教員がアベルに気が付き体調を気にして声を掛けて来た。


 教員と言っても殆ど報酬は無いに等しい。歳をとった為に、森や山に入れなくなった元狩人が趣味がてらに教えているのだ。


「はい。ありがとうございます」

 そう返事をしながら、アベルは弓を持つと空いた的の前に立った。


「休んでる間に腕なまってたりな。今日は、俺が勝つんじゃないか?」


 ニヤリと友人が後ろから声を掛ける。

 その友人は弓が上手かったが、それでもアベルの方が僅かに成績が良かったのだ。


 アベルは友人をチラリと見て笑うと、弓に矢を番えた。


(なんだ……これ……)


 アベルの目には、何故かハッキリと矢が飛ぶ軌道が映っていた。

 僅かに動かすだけで、矢が何処に刺さるのかがハッキリとわかる。


 目に見える軌道に躊躇いながらも、その軌跡が的の中心に行く様にして矢を放つ。

 放たれた矢は、まるで吸い込まれる様に的の真ん中に当たる。


「いきなりど真ん中かよ」

 友人の声が聞こえてくるが、アベルは自身の力に興奮していて、そのまま次の矢を手に取る。


(まだ! もっと上手くやれる!)


 何故か直感的にそう感じたアベルは、感じるままに素早く2本の矢を取ると、立て続けに連続で放った。


 立て続けに放たれた2本目の矢は、先に刺さっていた矢を弾き飛ばして的の中心に刺さり、3本目の矢は……2本目の矢に当たると、その矢を2つに裂きながら矢尻の部分に突き刺さったのだ。


「……」


「す、すげぇ」

「なんだ、それ!」

「すご〜い」


 一瞬の間の後、溢れんばかりの騒ぎとなる周囲の友人達。


「お、おい、アベル……今のどうやったんだ?」

 先程の友人がアベルに聞いてくる。


「いや、なんとなく出来る気がしたんだ」

「なんとなくって、すげぇな、おまえ」


 友人の言葉に、アベルは照れくさそうに笑っていた。


 帰宅後、アベルはカインに声を掛けた。


「父さん、弓矢借りていい?」


「別に構わないが、どうするんだ?」

「ん〜、ちょっと森に狩りに行ってくる」


 その日から、毎日森に行き獲物を狩って、肉や毛皮を売るのがアベルの日課となった。



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