第12話 理不尽な現実・ローデリック子爵家
翌日、領主の館には……領主とローデリック、そしてリリィとリリィの両親、アベルとアベルの両親の姿があった。
「つまり人攫いにあって逃げようとしたが、知り合いが怪我を負ったから、魔法で治したと」
領主がリリィに問い質す。
「はい」
「魔法には詳しくないが、門番が言うには瀕死の重傷を瞬く間に治したらしいな……魔法は何処で習った?」
「わ、私が教えました」
ミーシャがゆっくり手を上げながら答える。
「この年でそんな魔法を使えるなんて話は、聞いたことも無いが?」
「はい……普通は、長年修行をしても、殆どの方があの域に達する事は出来ないのですが……リリィちゃんは才能があるんだと思います」
ミーシャの言葉にリリィの母親が睨みつけながら反応する。
貴族と平民では明確な身分の差があった。
ましてや、相手は領主。適当な理由を作り平民を殺す事すら合法的に可能なのだ。
「あ、あんたがうちの子に余計な事を教えたのかい?」
リリィの母親がミーシャを睨む。
「よ、余計な事って…」
「まて。別に今回の事を咎めるつもりは無い」
領主が手を挙げて、言い争いになるのを制する。
「だが、それ程の才能があるなら、埋もれさせるのは、我が領地の損失であろう。特別に公都の学校に口を利いてやるから、力を付けて我が領地の発展に活かせ」
領主が勝手に自分の意見を決定事項の様に言った。
その横でローデリックが嬉しそうな表情をリリィに向ける。
(平民としては立身出世のチャンスなんだろうけど……公都。アベルと離れ離れになっちゃう)
リリィは内心慌てた。
自分だけが公都に行くのでは、何のために人の姿になったのかわからない。
リリィにとっての最優先事項は、アベルのそばに居ることなのだ。
「お、恐れながら……領主様が気にかける様な才は私にはございません。あの時は無我夢中で、たまたまでございます」
領主の機嫌を損ねるのはまずいと、丁寧な言葉で意見を言うリリィ。
「ほう……年端も行かぬ子供とは思えない言い様だな。
ローデリック子爵から話を聞いた時は信じられなかったが、本当に頭も良いようだな」
(これは、まずかったか)
子供らしい態度にすべきだったかと、内心舌打ちするリリィ。
「あの……領主様」
「なんだ?」
リリィの父親の言葉に反応する領主。
「先日、そちらの子爵様にも言ったのですが……うちにはそんなお金は……」
「学校などに掛かる費用は、こちらで出す」
「それは有難いのですが、うちには人を雇う余力も無く、店番を任せられるリリィが居なくなると働き手が……」
リリィの父親は媚びた笑みを浮かべた表情を領主に向けている。
その表情は、明らかに娘を心配するものではなく、娘を差し出す代わりの見返りを求める顔だ。
(商魂逞しいのは立派だけど、家から私を出すのは前提なのね)
元々、自分の出自が原因で揉めているのはわかっていたが、話の流れが嫌な方向に向かっているのを感じるリリィが、顔を伏せる。
(平民が貴族に見返りを求めるのを無礼と切り捨てられて、アベルまで巻き込まれるのは困る。強引な手段で逃げ出すのも不味いだろう……)
リリィは打開策を考えるが、幼い子供の身では色々と不都合が多い。
そんな落ち込む様子のリリィに、アベルの両親は悲しげな視線を向ける。
少し考え込む素振りを見せた後、領主は父親に提案をした。
「……そうか。なら、学校に行かせてる間は、月に金貨5枚をそなたらに渡そう」
「ありがとうございます」
卑しい物を見るような表情をした領主が言うと、笑顔でお礼をリリィの父親が述べた。
「わ、私は行きた……むぐっ、んん!」
思わず言いかけたリリィの口を母親が押さえて黙らせる。
「……娘をよく説得するのだな。帰って良いぞ」
それだけ言うと、領主とローデリックは立ち上がり部屋を出ていった。
「なんで私が公都に行かなきゃ行けないのよ!行きたくない!」
リリィの反発に少し驚いたが、勝ち誇った顔で母親が言う。
「行かなくてどうするんだい?この町に居れば領主様に見つかる。私は、領主に睨まれる生活なんてまっぴら御免だよ。
他の方法たって、公都のスラムにでも住むのかい? その年じゃ身体を売ることだって出来やしないし、何より公都に行くなら一緒だろ?」
「そ、そんな言い方を自分の子供にしなくても……」
あまりの言い様に口を挟むミーシャ。
「元冒険者様にはわからないだろうけど、私ら平民は貴族様に逆らって生きては行けないんだよ。
この町じゃあまり無いけど、他の村に行けば食い扶持を減らす為に子供を売るなんて珍しくもないんだから」
その言葉にカインとミーシャは黙り込む。
彼等は口減らしで奴隷として親に売られた後に逃げ出して冒険者になった過去があったからだ。
「ごめん、リリィ。俺がもっと強ければ……」
ずっと俯いていたアベルがぼそっと言った。
「アベルのせいじゃないよ」
そう答えながらリリィは、自分が最初から手を抜かなかったら、こんな事にはなって無かった。そう後悔した。
屋敷を出て前を歩くアベルの後ろ姿を見ながら、
(いっそのこと、領主をなんとかしてしまおうか……)
アベルと引き離される位ならと、物騒な事を考えてしまうリリィだが、アベルに迷惑を掛けてしまうと思いとどまる。
このタイミングで領主に何かあれば、どう考えても疑いの目は向けられる。
何せ魔法を使えるのを見せてしまった後なのだ。
何より、アベル自体は少し力が強いだけの普通の人間だ。
5歳と言う年齢で親元を離れて駆け落ち……というのは考えにくい。
「ねぇ、アベル」
「うん?」
アベルが弱々しく答える。
「ふたりで……逃げよっか」
アベルは、リリィのその言葉に少し戸惑いながらも
「子供がふたりでなんて無理に決まってる……」
そう答えた。
(そうだよね)
落胆するリリィに、アベルは言葉を続けた。
「でも……きっと迎えにいくから」
「……うん!」
アベルが迎えに来てくれる。それなら、少しくらい離れ離れでも、愛を育むと思えば我慢できる。
そう考えて、リリィは公都行きを受け入れる事にしたのだった。
◇
翌年の春。
リリィは、ローデリックと共にランバート公爵領の公都に居た。
「リリィさん。今日から、こちらが貴方の住まいになります」
ローデリック子爵の屋敷は中庭があり、ガランの領主の館にも引けを取らない物であった。
いや、町の繁栄具合を考えると、ローデリック子爵の館の方が遥かに費用が掛かっているのだろう。
館の正面についた馬車を迎えたのは、執事と数名のメイドであった。
「旦那様……そちらの子が?」
執事が問い掛ける。
「えぇ、今日からこの家に住まわせる事になったリリィです。部屋の準備は出来ていますか?」
眼鏡をしたメイド長が一歩前に進み出て言う。
「はい。お部屋は2階の角部屋に用意してございます。あの……お名前が……」
「あぁ、リリィは平民の娘さんなので、姓は無いのです」
その言葉を聞き、怪訝そうになるメイド長。
「畏まりました。メイドとしてでは無く、普通のお客様としてで宜しかったでしょうか」
執事が主人に確認をとる。
「えぇ、メイドという訳ではありません。この家から学校に通うだけです」
「畏まりました」
そう言うと、ローデリックは執事と共に館の中に歩き出す。
「リリィ……様は、こちらに。お部屋にご案内します」
メイド長がリリィに声を掛けて、2階のリリィの部屋に案内する。
リリィの部屋はベッドに机……そして、様々な本が本棚に置かれた部屋であった。
リリィが部屋の中を見ていると、先程より低い声がメイド長の口から漏れる。
「どうやって旦那様に取り入ったのか知らないけど、平民ふぜいがあまり調子にのらない事ね」
それだけ言うとメイド長は去っていった。
彼女は騎士爵位を持つ家の3女で有力な嫁ぎ先も無かったが、平民の中で生きるのも嫌だった為、伝手でローデリック子爵家でメイド長として働いているのであった。
乱暴に閉められた扉を見ながら、リリィは思うのであった。
(はぁ。親元を離れても嫌われるのは変わらないみたいね)
◇
その日の夕食は、ローデリック子爵の家族と一緒だった。
広いテーブルの片方にローデリック子爵、そして、離れた反対側にリリィの席が用意されていた。
食事は、平民の実家では考えられない程のかなりの品数が並んでいる。
「どうですか、リリィ。貴方がこの家に来たお祝いに作らせて見たのですが」
「……ありがとうございます。お気遣い嬉しく思います」
やたらと品数が多いのはローデリックからのお祝いらしかった。
テーブルの上座……所謂お誕生日席に座るローデリックの右側に座っていた女性……子爵夫人がワインを飲みながら不愉快そうに口を開いた。
「こんな平民の娘を家に住まわせるなんて、何をお考えですの?」
夫人の向かいに座る青年がそれに迎合する。
「全くです。父上、この娘はいつまでこの家に?」
「学校が終わるまでだから、15までの予定ですよ」
二人の不愉快さなど気にした風も無く、ローデリックが答えた。
「15まで! 10年近くこの家に置くつもりですか? 必要ならさっさと、メイドにするなり、妾にするなり、すればいいではありませんか!大体、何故平民が本館で私たちと同じテーブルにいるのです!」
ローデリック子爵には貴族として普通に妾が何人か居たが、正室の夫人以外は貴族の出身では無かった為、本館に住むのは正室の夫人と夫人が産んだ子供たちだけであった。
「彼女は大変な才能をお持ちなのです。それに妾にするには幼すぎます」
「あら、そうですの? てっきり普通の女に飽きて、幼い娘に興味を持ったのかと思いましたわ」
汚らわしい物を見る目で夫人がリリィを睨む。
(い、居心地悪い……望んできたわけじゃないのに、私にどうしろって言うのよ)
「いや、私はそんな趣味はありませんよ」
「では、将来の妾候補ですか?」
夫人のやり取りを青年が引き継ぐ。
(な、なんだろ……この人達は、そんなに私を妾にしたいの? って、なんだか嫌な目で見られてるし)
青年の品定めをするような視線に気が付いたリリィは、目を伏せ気味にして見ないようにした。
「違いますよ。彼女の家の経済力では、彼女の才能を活かしきれないので……そうですね、将来への投資みたいなものでしょうか」
そう言いながら周囲の様子を伺ったローデリックは、
「ですが……この館より離れの方がリリィにとっても良さそうですね」
(はい。是非そうしてください……寧ろ、先にご家族に話を通しておいて下さい…)
リリィは、夫人の見下すような視線と、青年の舐めるような視線が気になって、食事の味もよくわからなかった。




