第10話 誘拐・自重しない力
リリィが本を抱えて宿屋から出てくる様子を、3人の男が物陰から見ていた。
普段のリリィであれば、自分に向けられた視線に違和感を感じたかもしれないが、今の彼女は別の事で頭がいっぱいだった。
「あの娘だ」
先頭の男が、後ろにいる2人の男に告げる。
その男は、ローデリック子爵の護衛をしていた男だった。
「あの娘に何かあるんですか?」
後ろに付き従う男の一人が尋ねる。
「わからん……わからんが……お貴族様が平民の世話をするなんてのは、おかしいだろ?」
(もしかして、子爵の隠し子か)
一瞬そう思ったが、ふくよかな娘の母親を思い出し、違うかと男は思った。
(しかし、似てない親子だな)
どう見ても普通の中年女性と、美少女に分類されるであろう容姿の娘を比較しながら考えた。
「上手く行けば子爵から金を踏んだくれるかもしれないし、最悪はあの娘を売っぱらえば良い。だが、俺らは顔が割れてるからな……公都まで行って他の奴らに伝えてこい。やるのは5日後だ」
男達はその場を去っていった。
◇
「あの娘ですか」
数日後、ガランの町に怪しげな男達が入り込んでいた。彼等は、物陰から店先で店番をするリリィを監視している。
「ここだと、人目についてすぐに憲兵が来てしまうな。一人になるのを待つぞ」
リーダーとおぼしき男が周りの男達に言う。
そして日が傾き出した頃、リリィがいつもの様にアベルと遊んで帰って来たところで、リリィの母親が籠を差し出した。
「リリィ、ちょっと町外れまで配達に行って来て頂戴」
「はい、わかりました」
(いつものあそこかな)
リリィは籠を受けとると、そのまま町外れに向かった。母親が行きたがらない場所で予想がついたからだ。
町外れには屠殺場があり、周囲には住居が少なかった。
墓場などは町の外に作られて居たが、血の臭い等で獣を呼ばない様に、牛舎や屠殺場などは町の外れに作られていたのだ。
そんな人気が無い道を歩くリリィの後ろを少し離れてついて行く男達。
だが、リリィは何か考えているのか、それに気がつく様子は無かった。
「この辺りなら大丈夫だろう。おい、誰か門の近くに馬車を回してこい。娘を攫ったら、すぐに町を出るぞ」
リリィをつけていた男の一人がその場から離れた。
(ミーシャさんが見せてくれたけど……水魔法の治療って要するに血液を操作して止血したりが基本っぽいわね……光魔法にも治療があったけど、何が違うのかな? 光で治療ってのがイメージ出来ないのよね。紫外線での滅菌……って訳では無いだろうしなぁ……試せばわかるんだろうけど、いきなり使ったら変だろうしなぁ)
リリィは、最近見せて貰った魔法の事を考えながら、町外れを歩いていた。
イメージを元にナノマシンが事象を起こさせるのが魔法なのだが、属性の分類がある以上、そこから逸脱し過ぎるのは不味いかと数日悩んでいるのだ。
いや、アベルやアベルの母であるミーシャに怪しまれるのは避けたいと言うのが正しいだろう。
すれ違う顔見知りの人に応対しつつ、母親に頼まれた届け先に向かうリリィは……物陰から自分についてくる人物が居る事自体には気がついては居た。
(なんだろう?でも、人の目がある所で変なことも無いか)
自分は貴族でも金持ちのお嬢様でも無い。
何やら不審な気はしたが襲うにしても理由が無いと考えていた。
何より、"普通"の女の子が尾行に気が付き、対応するのは変すぎるかも知れない。
そんな事を思っていたのだ。
町外れ近くになり周囲の人通りが更に少なくなって来たその時、物陰から男が飛び出して来た。
「えっ?」
怪しいとは思いつつ、まさか本当に襲って来るとは思わず一瞬驚く。
これ幸いと魔法の実験台にしようとしたリリィだったが、住民が唖然として見ている姿を視界に捉えた。
(人目が……騒ぎは拙いかな? って、なんで私が人目を気にしなきゃいけないのよ! 襲うなら完全に人目が無くなったタイミングで来るものでしょ!)
あくまで普通の女の子と周りに思わせておきたい都合が、リリィの動きを制限する。
その躊躇した瞬間に男はリリィの口を左手で押さえ、物陰に引きずり込み、慣れた手際で素早くリリィに猿ぐつわを付け、バサりと頭から袋を被せた。
「急げ!」
すぐ近くに停めてあったのか、馬車の音がしたと思ったら、袋ごと馬車の荷台に投げ込まれてしたたかに身体をぶつける。
「ぐっ!」
視界を奪われて混乱している間に、リリィを乗せた馬車が乱暴に走り出した。
(人攫い? でも、人が見ていたからすぐに捕まりそうね)
妙に手馴れた感じではあるが、自分が目立つ真似をしなくても事態が解決しそうと思ったリリィは自重する事にした。
「な、なんだ!あぶねぇ」
馬車は町の中を飛ばしているらしく、ぶつかりそうになった住民の怒号が聞こえて来る。
「門番がいやがる! どうします!?」
「構わねぇ! 門は開いてるんだ、そのまま突っ切れ!」
(ちょ、ちょっと!構う構う、構うわよ!)
流石に、町の外に連れてかれるのは拙いと思ったリリィは慌てる。
普通の女の子を演じるのはアベルの傍に居るためなのに、別の町に連れて行かれてしまっては本末転倒だ。
(いた! いたっ!)
激しく揺れる馬車の中で、荷台で何度も身体をぶつけるリリィ。
(さっきから痛いのよ!でも、お陰で地面の方向はわかったわ!)
「んんっんん!(氷の槍:アイスランス!)」
車輪の音が聞こえる方に向かって、詠唱を端折って魔法の名称だけで発動させる。
本来なら正しい呪文の詠唱が必須のはずの魔法が、その条件を無視して発動した。
突如作り出された水が、瞬時に槍状に形を変えて氷の槍を作り出す。
「なっ、魔法! ばかな! 口は塞いだはずだぞ!」
次の瞬間、氷の槍が車輪を破壊し、馬車は……激しい音と共に横転していた。
「いったたた……走ってる馬車をいきなり止めるのは無茶だったかな」
衝撃で袋から抜け出したリリィの背後に、一人の男がゆっくりと近づき、剣を振りかざした。
「こ、この小娘!!」
(さてどうしようか)
手のひらに水を生み出しつつ、ミーシャに見せてもらった魔法を思い出しながら、周囲からおかしくない程度の魔法に気を取られていたリリィは、横から迫る存在に気がつくのが遅れた。
「リリィ!」
突然、リリィは誰かに突き飛ばされる。
次の瞬間、リリィの目には男が振り下ろした剣と、背中を切られて地面に横たわるアベルの姿が映っていた。
◇
「あ、アベル……どうして……」
リリィは、何故アベルがここにいるのかわからなかった。
わからないが、アベルが斬られて血を流している。
さっき、自分を突き飛ばして庇ったのは……アベルだ。
ふと近くにアベルが住む宿屋が目に入った。
たまたま自分が馬車を止めた場所が、アベルの家の近くだったからだと気がついた。
いや、たまたまじゃない……アベルの家は宿屋をやっているのだから、門から近い。
リリィは、何故そこまで考えなかったのか……想定外の事態に混乱する頭の中を、そんな思いが駆け巡る。
その時、宿屋からアベルの母親のミーシャが飛び出して来た。
「アベル!」
普段の落ち着いた印象からは想像が出来ないこわばった表情をしたミーシャがアベルの側に駆け寄る。
「■■■……癒しの水:アクアヒーリング」
詠唱込みの魔法を唱えてから、ざっくり斬られ血塗れになったアベルの背中の傷に手をかざすと、淡い光がミーシャの手から現われアベルの傷を覆うように光る。
魔法により活性化された傷口が塞がっていく。
水属性の治療による自己治癒力の活性化の影響だ。
「ちっ!逃げるぞ!」
リリィを攫った男達は、拙いと思ったのか一斉に門の方に走り出した。
(逃がさない!)
その男達の様子に、我に返ったリリィは男達を追いかけようとしたが……
「ごふっ……」
アベルが口から血を吐き出した。
どの臓器が損傷しているのかわからないが、それはかなりの量の血だった。
「リリィちゃん、手を貸して! アベルが!」
ミーシャの声にアベルを見ると、アベルの顔色が真っ青になっていた。
(今は、アベルを何とかしなきゃ)
「ど、どうして……治癒魔法は効いてないんですか?!」
「傷が深過ぎるの! 血を止めるのが精一杯なの!」
背中の出血は辛うじて止まっていたが、傷が肺に達して呼吸が出来なくなっていたのだ。
それに肺の傷はまだそのままだった。
このままでは直にアベルは死んでしまう。
(駄目だ……知識が無いから、回復効果が弱いんだ……)
ミーシャの魔法は確かに発動している。
だが、闇雲に細胞を活性化して治癒力を高めているに過ぎない。
その為、どうしても表面上の止血程度の現象しか起こせず、体内の治療までその効果が届いてないのだ。
(私が自重なんてしなければ、こんな事には……マスターは死なせない!)
リリィは、ミーシャの反対側に座るとおもむろに両手をアベルにかざしながら、アベルの傷を観察する。
(この回復のさせ方だと呼吸器官の回復が間に合わない)
治療魔法がある弊害から、医療知識の発展が遅れているのか、ミーシャの魔法は内臓よりも皮膚への効果が先に来ている。
これでは、肺の出血で失血死よりも先に酸素不足に陥ってしまう。
(属性で光にも回復があるって言うなら!!)
「癒しの水:アクアヒーリング!癒しの輝き:ライトヒーリング!」
《認識されていない魔法の発現は制限され……》
(煩い!! 存在しているのは本で読んだわ! さっさと発動させなさい!)
リリィの思念に触発されて周囲のナノマシンが反応する。
(肺の傷を先に……光の治療はこう使うのか)
先日借りた本で読んだ魔法を使おうとして、唐突に使い方を理解する。
(これ、水属性が自己治癒力の活性化、光属性が体細胞組織の強制置換なんだ)
それぞれは共に初級魔法に分類される為、それ程早い速度での回復は発生させられない。
そう瞬時に判断して両方の魔法を発動させる。
「む、無詠唱……の、同時発動……」
ミーシャの呟きを無視して、リリィは考える。
(医学知識があれば効率を上げれるはず……絶対に死なせないんだから!)
左手に生み出した力で、止血と肺に溜まった血の除去をしつつ、右手で肺細胞の修復を並行して行っていく。
(知ってる魔法の範囲でいいから、手を貸しなさい!)
アベルの体内にもあるはずのナノマシン達に向かって命じる。
《……被監視対象者からの要請を……受諾。細胞単位での連続事象発現要請を実行します》
次の瞬間、リリィの手の輝きが比べものにならない程増したと思ったら、まるで時間を巻き戻すかの様にアベルの傷は瞬く間に塞がっていった。
「す、凄い……」
「リリィ……あんた……」
いつの間にか、周囲には人だかりが出来ており、その中にリリィの母親の姿もあった。
数十秒後。
「リリィ……無事か……」
ゆっくりと起き上がったアベルがリリィに聞いてきた。
「ぶ、無事じゃないわよ……心配したんだから……」
その目から大粒の涙を流しながら、リリィはアベルに抱きついた。




