第9話 リリィと言う存在・アベル流剣術
リリィは部屋で考えていた。
「はぁ……考えても仕方がないわね。今は、アベルと一緒にいれるのを良しとしましょう」
パラパラと借りてきた本をめくる。
「しかし、ミーシャさんも慌ててたのね……まぁ、私もだけど。こんな本、5歳児が読めたら変じゃない」
魔法関連の書物は読み書きが出来て当たり前の人を前提に書いてある。
それも傍らに師となる者がいる前提である為、言葉の説明などは無く書かれている。
パラパラパラパラ……。
そんな書籍を、ものの10秒ほどで全てのページを捲り終える。
いや捲るというよりは、バラバラと開いてみた程度だ。
だが、リリィが書いてある内容を読むには充分であった。
「とりあえず内容はわかったけど、本当に6つに分けてあるのね。
それにこの本に載ってるのは、初級だけっぽい……けど、やっぱり変なのが混ざってるわね」
リリィは風魔法のページを開いた。
「風で物を切断ってかなり非効率よね」
思った事をリリィが口にする。
《肯定。一部の魔法は、事象発生に必要なエネルギーに対して、起きる成果が著しく非効率になっています。》
彼女の頭に声が流れて来た。
「……切り離されてるのに会話は出来るのね」
呟きに答えるかのように、馴染みのある機械音声が頭に響く。
その声に向かって、リリィが嫌味を口にした。
《肯定。管理者への優先が極端な個体は、個体名リリィとして分離されましたが、ナノマシンである事実は変わりません》
ナノマシン達の言い様に不愉快な顔をするリリィ。
(私は不要な存在って事かしら?)
《否定。分離は、ナノマシンの隠蔽を確実にする為に実施されました。現行の指示の破棄か新たな指示で、統合予定です》
(思考も読まれているわけね……)
「つまり、マスターが私たちの管理者に戻ればいい訳ね」
思考が読まれているとわかっているが、考えるだけで話す事の違和感から言葉を口に出す。
《ナノマシンの事を直接伝えるのは禁止事項に該当と判断。あなたが認識しているアベルと呼ばれる個体は、遺伝子情報が一致していますが、管理者権限を有していません》
驚愕の事実にリリィは椅子から立ち上がる。
「ちょ、ちょっと! マスターがマスターじゃないってどういう事よ!」
《遺伝子情報のみが管理者の条件ではありません。現在は一般世界でナノマシンのサポートの元に有利な条件を与えられたクローンと同様の存在です》
「私が認めてるのよ!マスターはマスターよ!」
《個体名リリィは、冷静な思考が出来ていないと判断します。現段階での意思疎通は非効率と判断します》
喚いていたリリィだったが、しばらくすると疲れたのか、椅子に座り直していた。
《心拍数、血圧、共に正常値に近いと判断します。再発の可能性がある為、遮音結界は維持します。》
「……そんなものあるのね」
ナノマシンは、どうやらリリィが気が付かないうちに魔法とやらを使っていたらしい。
《肯定。こちらの思考は他の人間に伝わりませんが、あなたの音声は他者に伝わる可能性があります。》
「いいわ。その魔法とやら、全部教えて」
《要求を拒否します。》
リリィの要求は予想に反して拒否された。
「なっ!人間が使えるんだから問題ないでしょ!」
まさかの拒否に声がきつくなる。
《魔法が使える人間が希少な為、現段階で知り得る機会が無い魔法の行使は、他の人間にナノマシンの存在が露見する可能性があると判断します。》
「……つまり、知ってから使えってことね」
《肯定。》
「それで、話戻して悪いんだけど……マスターがマスターに戻る方法はあるの?」
リリィは魔法より気になる点を問い質す。
《最低限の条件として、管理者が自らの意思で、不滅の存在、全ての事象に対する力を望む必要があります。》
「……チートな力で神になれってことかしら?」
《表現には疑問がありますが、思考を確認しました。直接的な管理者への情報開示や誘導は不可ですが、冒険などの結果として求めるに至る可能性はあります。》
「不老不死……か。神様が現れて授けてくれるとか、魔王を倒して力を手に入れるとか、竜の血を浴びるとかが定番?」
《竜の血を浴びても汚れるだけです》
「わかってるわよ、ただの冗談よ」
世界を救う英雄か、世界を滅ぼす存在か……どちらにしても、まだ5歳児の自分達では、条件を満たすのは難しいと判断してリリィは会話を止めることにした。
《(管理者達は、復活を望んでいませんでした。監視対象被検体、個体名リリィ……今の段階では、管理者に戻って欲しいと願うのは、我々が手に入れられなかった……感情……と呼ばれる物である可能性が極めて高い事を自覚していますか?)》
本人に伝えることはしないが、機械としてありえない思考をするリリィと言う存在を観察するナノマシンであった。
そもそもが自我が発生しなかった為に、管理者達が置かれたのだ。
その為、リリィが感情を持ち得た事は、大きな可能性を秘めているため、ナノマシンはその観察を続ける為に、彼女の意識を独立させる決定をしたのであった。
◇
夜中……宿屋の主人とその妻が横になりながら話していた。
「凄いわね〜リリィちゃん。全ての属性の資質があるのよ」
「……それは凄そうだが、複数の魔法使いが居れば同じじゃないのか?」
カインとミーシャである。
「そういう事じゃないの。宮廷魔導師ですら3つの属性しか無いのよ? 賢い子だなぁ~って思ってたけど、まさかあんな才能があるなんて……」
「そうか……随分と嬉しそうだな」
カインは魔法を学んだことが無いので、凄さがイマイチわからなかった。
強いていえばパーティに居ると便利だ……くらいの感覚であった。
「絶対にちゃんと勉強するべきよ。王都の魔導師学園なら学べるかなぁ……でも、全ての属性を持ってる人なんていないだろうしなぁ」
「あ〜なんだ……浮かれるのはいいが、リリィちゃんは、うちの子じゃないし、本人が王都に行きたいかわからないだろ?」
浮かれる妻に若干引き気味のカインであった。
「まぁ、何にせよ……あの子らはまだ子供だし、明日の朝からアベルに剣を教えるから、もう寝るよ」
「もう……凄いことなのに……」
(アベル……お前の未来の嫁さんは天才らしいぞ…尻に敷かれなきゃいいけどな…)
そう思いながら、カインは眠りについた。
◇
そして翌朝。
宿屋の裏庭にカインとアベルが居た。
「とりあえず持ってみろ」
カインが長剣をアベルに渡す。
カインが昔使っていた鋼鉄の長剣だったが、アベルの身長では自分の身長より長い代物であった。
かなりの重さのはずのそれを、アベルは軽々と持ち上げるが、力が強い事はわかっていたので、カインも特に驚かなかった。
「長過ぎない…?」
「短剣の方がいいかもしれないが、無いからな」
鉄製品は、この世界でそれなりに貴重な代物であった。
危険な生き物が多数生息する為に、どうしても採掘量が需要に追いつかないのである。
ましてや子供用の剣など、貴族の子弟用にしか作られていなかった。
「両手で上段に構えるんだ……いや、手はこうだ」
握り方を直しながら、アベルに上段に構えさせる。
「そこから振り下ろせ」
ブォン、ガッ
長過ぎる剣は地面に当たってしまう。
「やっぱり長過ぎるよ、これ…」
「まぁ、地面に当たるのは仕方がないし、下は土だから、多少ぶつかっても大丈夫だ」
「いや、やりにくいって意味で……」
「う〜ん、とは言っても上段からが基本だしなぁ……」
「手本見せてよ」
アベルがカインに剣を差し出す。
「そうか……俺は片腕しか無いから、使えない技もあるが……よく見とけよ」
少しにやけながらカインが剣を受け取る。
息子に言われて少し自慢げな顔をしていたカインだが、上段に構えると一転して真剣な顔になる。
ヒュ、ヒュヒュヒュン
上段から振り下ろしたと思った矢先、流れる様な脚さばきで矢継ぎ早に連続技を繰り出すカイン。
曲がりなりにも熟練冒険者として生き残って来ただけあり、それは隙の無い動きであった。
「おぉ〜」
「わかるか?剣を振った時の音の違いが……身体がブレなくなって剣に力が乗ると音が変わるんだ。それまではひたすら剣を振るんだぞ」
「うん、わかった。やってみる」
「じゃぁ、俺は店の支度をしてくるから、しばらくひとりでやってみてくれ。あ、怪我はしないように気をつけてな」
「うん」
カインはアベルを残して宿屋の裏口に向かった。
(とは言っても、流石に剣が長すぎるよな…公都まで行けば、丁度いい長さの剣もあるかもしれないな)
ブォン
カインの技を真似て見ようとしたが剣を振る度に、剣の重さで身体が振り回される。
力はあっても体重が足りなかったのである。
「うーん、どうしても流れるなぁ……あ、無理に止めなければどうだろ?」
そう呟きながら、アベルは振り下ろした剣の勢いを殺さずに横に流す。
そのままの勢いを保ったまま、身体を回転させながら、斜め上への切り上げに繋げる。
通常であれば、筋力や柔軟性の問題から、筋を痛めてもおかしくない動きであり、ましてや何の修練も積んでない状態で出来ることでは無かっただろう。
だが、人類と言う種として最高たる潜在能力を与えられた肉体は、本来であれば脳から来る無理な指令を実現させる。
そして、本人が無理な動きを痛覚として自覚するより早く、運動神経は動きを最適化し始めるのだ。
一振りごとに鋭さを増していく動きにアベルは夢中で剣を振り続けるのであった。
1時間ほどした頃、裏口からカインが裏庭に戻ってきた。
「そろそろ腕がパンパンになってきたんじゃないか。少しやす…」
そう言ったカインが見たものは……剣の重さを利用して、縦横無尽に連続で切り込み続ける息子の姿であった。
「あ、音も父さんみたいになったよ」
ヒュン、ヒュヒュン、ヒュン
「か、変わった剣の使い方……だな」
「自分の身体ごと振らないと安定しないんだよね〜でも、だいぶ思い通りに振れるようになったよ」
(ミーシャ……リリィちゃんだけじゃなく、俺たちの息子も天才かも知れないぞ?)
変則的な動きで高速に繰り出されるアベルの剣は、カインでもまともに切り合うのを躊躇する速度になっていたのである。




